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8.
迷宮での夜
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(危なかった、セーフ……)
千尋の後に続いて歩いている一ノ瀬は、心の底から安堵していた。
試練だったとは言え、あのまま千尋とディープキスをし続けていたら……きっとベッドへ押し倒して、キス以上の事をしていたかもしれなかったからだ。
(千尋の唇、柔らかかった……声も、顔も……ヤバかった)
先程の千尋とのキスを思い出し、いったん落ち着いていた一ノ瀬の下半身が再び熱を持って疼き出した。パンツの股間辺りの布地が不自然に張ってきて、慌てて妄想を遮断し違う事を考える様にした。
一ノ瀬が邪念を振り払っている間に、いつの間にか次の階へと進み、自動販売機が並んでいる休憩所みたいな部屋へ辿り着いた。
壁一面にハンバーガーやうどん、クッキーなどの食べ物の自販機に、水やお茶、ジュース等ドリンク類の自販機など様々な種類の自販機がズラッと並んで設置されてある。
その自販機に向かう形で木製のテーブルとベンチ椅子が複数並べて置いてあった。隅にはゴミ箱まである親切設計。電力とか一体どうなっているのだろうか。これも全て神パワーの成せる技なのか。一ノ瀬は軽く唸った。
千尋は沢山並ぶ自販機を物珍しそうな目で見て回っていた。ここが迷宮という事を除けば、並んでいる自販機の様子がどこぞのサービスエリアかといった感じだった。
「ねぇ一ノ瀬、そろそろお昼だから何か食べようよ。一ノ瀬は何が食べたい? 僕はこの天ぷらうどん食べてみたい」
「では私も、千尋様と同じので」
千尋は軽く頷き、点灯している天ぷらうどんのボタンを押し、数秒待った。本当にお金無しで買える様だ。
取り出し口のランプが消えたので扉を開けると、中に薄黄色のプラスチック容器に入った熱々の天ぷらうどんが姿を見せた。
千尋はゆっくりと取り出しテーブルへと運び、一ノ瀬が天ぷらうどんを待っている間に自分と一ノ瀬の分のお茶を自販機から取り出した。
「申し訳ありません、千尋様、全て私がしますので……」
テーブルの上に置かれてあった箸箱から二人分の箸を取り出していた千尋に、出来上がった天ぷらうどんを持った一ノ瀬が申し訳無さそうに話しかけた。
「いーよいーよ、気にしなくって。それより美味しそう、早く食べようよ」
「……そうですね、頂きましょうか」
二人は向き合って座り、割り箸を割って湯気の出ているうどんをすすった。
一流の職人が作ったものとは違う味だったが、千尋は逆にこのチープな味が気に入った様で早々と完食しおかわりをした。
一ノ瀬は、目の前で美味しそうに食べている千尋の顔を嬉しそうに眺めながら、うどんをすすった。
千尋と二人きりで食べたうどんは、今まで食べてきた中で一番美味しく感じたのだった。
* * * * *
夕食も別の階の休憩所で食べ終え、二人は順調に先の階へと進んでいたが、段々と壁の上部に引っ付いている光る苔の明るさが少し暗くなってきた様に感じた。
千尋が腕時計で時間を確認すると、午後九時になろうとしていた。丁度宿泊所の部屋の前にいたので今日はここまでにしましょう、と一ノ瀬に促され、二人で部屋に入った。
部屋はまぁまぁ広く、ダブルのベッドが六台、二列で三台ずつ並べてあった。それぞれのベッドの上には寝巻きだろうか、折り畳まれた浴衣と帯が置いてある。
部屋の隅には洗面所と、扉付きの簡易トイレまで設置されていて、この部屋はさながらどこかのホテルの様な雰囲気だった。
一ノ瀬は部屋の中とベッド全てを見て回って確認したところ、他に利用者はいない様だった。
二人は洗面所に用意されてあったホテルのアメニティグッズの様な歯ブラシで歯を磨き、トイレを済ませ、ベッドに置いてある浴衣に着替えた。
一ノ瀬は、洗面所とトイレに近い一番端のベッドに寝る様千尋に伝え、一ノ瀬はその隣のベッドで休もうと移動した瞬間、千尋に袖をグイッと引っ張られた。
「千尋様、何か……?」
「………………」
千尋は頬を赤らめて無言のままだ。しかし何か言いたげな表情をしていた。
「千尋様?」
「あの、さ……一ノ瀬…………僕と一緒に寝てくれないか……」
初めての迷宮での夜で、千尋は一人で寝るのが怖いらしかった。
まつ毛を伏せ、小さくモジモジしている千尋を見て一ノ瀬は庇護欲を掻き立てられ、胸がキュンとなった。拒否出来る訳がない。
「分かりました、それでは……失礼します」
一ノ瀬は布団をめくり、千尋と同じベッドへと入って横になった。
それに合わせるかのように、壁の光る苔の明るさも更に暗くなり、夜の室内といった感じを醸し出した。
二人が同じベッドで横になって一時間が経過した頃、一ノ瀬に背を向けた状態の千尋は未だ寝付けないでいた。
(……眠れない……)
いつも夜遅くまで大好きな小説を読んでいた千尋は、普段より体力を使って疲れているにもかかわらず、枕が変わったせいなのか、迷宮といういつもと違う場所の為なのか、眠れずにいた。
早く寝ないと明日の活動に影響が出てしまう。一ノ瀬はおそらくもう寝てしまっただろう。千尋は目をギュッと閉じて羊の数を数え始めた。
すると、羊が五十匹を超えた時、背後から声が聞こえてきた。
「……千尋様、寝ていらっしゃいますか」
小さく、囁く様な一ノ瀬の声が聞こえた。普段なら返事をするが、眠りかかっていたので千尋は応答するのが少し面倒に感じてそのまま寝たフリをした。
「……千尋様」
再び一ノ瀬が小さな声で呟いた。千尋は尚も微動だにせず、寝たフリを続けた。
一ノ瀬は自分が寝た事を確認しているのか、それとも何か用事があったのか。
用事があるのなら起きた方が良いのか。そんな事を千尋が思っていると、後ろから手が伸びてきてギュッと抱きしめられた。
千尋の後に続いて歩いている一ノ瀬は、心の底から安堵していた。
試練だったとは言え、あのまま千尋とディープキスをし続けていたら……きっとベッドへ押し倒して、キス以上の事をしていたかもしれなかったからだ。
(千尋の唇、柔らかかった……声も、顔も……ヤバかった)
先程の千尋とのキスを思い出し、いったん落ち着いていた一ノ瀬の下半身が再び熱を持って疼き出した。パンツの股間辺りの布地が不自然に張ってきて、慌てて妄想を遮断し違う事を考える様にした。
一ノ瀬が邪念を振り払っている間に、いつの間にか次の階へと進み、自動販売機が並んでいる休憩所みたいな部屋へ辿り着いた。
壁一面にハンバーガーやうどん、クッキーなどの食べ物の自販機に、水やお茶、ジュース等ドリンク類の自販機など様々な種類の自販機がズラッと並んで設置されてある。
その自販機に向かう形で木製のテーブルとベンチ椅子が複数並べて置いてあった。隅にはゴミ箱まである親切設計。電力とか一体どうなっているのだろうか。これも全て神パワーの成せる技なのか。一ノ瀬は軽く唸った。
千尋は沢山並ぶ自販機を物珍しそうな目で見て回っていた。ここが迷宮という事を除けば、並んでいる自販機の様子がどこぞのサービスエリアかといった感じだった。
「ねぇ一ノ瀬、そろそろお昼だから何か食べようよ。一ノ瀬は何が食べたい? 僕はこの天ぷらうどん食べてみたい」
「では私も、千尋様と同じので」
千尋は軽く頷き、点灯している天ぷらうどんのボタンを押し、数秒待った。本当にお金無しで買える様だ。
取り出し口のランプが消えたので扉を開けると、中に薄黄色のプラスチック容器に入った熱々の天ぷらうどんが姿を見せた。
千尋はゆっくりと取り出しテーブルへと運び、一ノ瀬が天ぷらうどんを待っている間に自分と一ノ瀬の分のお茶を自販機から取り出した。
「申し訳ありません、千尋様、全て私がしますので……」
テーブルの上に置かれてあった箸箱から二人分の箸を取り出していた千尋に、出来上がった天ぷらうどんを持った一ノ瀬が申し訳無さそうに話しかけた。
「いーよいーよ、気にしなくって。それより美味しそう、早く食べようよ」
「……そうですね、頂きましょうか」
二人は向き合って座り、割り箸を割って湯気の出ているうどんをすすった。
一流の職人が作ったものとは違う味だったが、千尋は逆にこのチープな味が気に入った様で早々と完食しおかわりをした。
一ノ瀬は、目の前で美味しそうに食べている千尋の顔を嬉しそうに眺めながら、うどんをすすった。
千尋と二人きりで食べたうどんは、今まで食べてきた中で一番美味しく感じたのだった。
* * * * *
夕食も別の階の休憩所で食べ終え、二人は順調に先の階へと進んでいたが、段々と壁の上部に引っ付いている光る苔の明るさが少し暗くなってきた様に感じた。
千尋が腕時計で時間を確認すると、午後九時になろうとしていた。丁度宿泊所の部屋の前にいたので今日はここまでにしましょう、と一ノ瀬に促され、二人で部屋に入った。
部屋はまぁまぁ広く、ダブルのベッドが六台、二列で三台ずつ並べてあった。それぞれのベッドの上には寝巻きだろうか、折り畳まれた浴衣と帯が置いてある。
部屋の隅には洗面所と、扉付きの簡易トイレまで設置されていて、この部屋はさながらどこかのホテルの様な雰囲気だった。
一ノ瀬は部屋の中とベッド全てを見て回って確認したところ、他に利用者はいない様だった。
二人は洗面所に用意されてあったホテルのアメニティグッズの様な歯ブラシで歯を磨き、トイレを済ませ、ベッドに置いてある浴衣に着替えた。
一ノ瀬は、洗面所とトイレに近い一番端のベッドに寝る様千尋に伝え、一ノ瀬はその隣のベッドで休もうと移動した瞬間、千尋に袖をグイッと引っ張られた。
「千尋様、何か……?」
「………………」
千尋は頬を赤らめて無言のままだ。しかし何か言いたげな表情をしていた。
「千尋様?」
「あの、さ……一ノ瀬…………僕と一緒に寝てくれないか……」
初めての迷宮での夜で、千尋は一人で寝るのが怖いらしかった。
まつ毛を伏せ、小さくモジモジしている千尋を見て一ノ瀬は庇護欲を掻き立てられ、胸がキュンとなった。拒否出来る訳がない。
「分かりました、それでは……失礼します」
一ノ瀬は布団をめくり、千尋と同じベッドへと入って横になった。
それに合わせるかのように、壁の光る苔の明るさも更に暗くなり、夜の室内といった感じを醸し出した。
二人が同じベッドで横になって一時間が経過した頃、一ノ瀬に背を向けた状態の千尋は未だ寝付けないでいた。
(……眠れない……)
いつも夜遅くまで大好きな小説を読んでいた千尋は、普段より体力を使って疲れているにもかかわらず、枕が変わったせいなのか、迷宮といういつもと違う場所の為なのか、眠れずにいた。
早く寝ないと明日の活動に影響が出てしまう。一ノ瀬はおそらくもう寝てしまっただろう。千尋は目をギュッと閉じて羊の数を数え始めた。
すると、羊が五十匹を超えた時、背後から声が聞こえてきた。
「……千尋様、寝ていらっしゃいますか」
小さく、囁く様な一ノ瀬の声が聞こえた。普段なら返事をするが、眠りかかっていたので千尋は応答するのが少し面倒に感じてそのまま寝たフリをした。
「……千尋様」
再び一ノ瀬が小さな声で呟いた。千尋は尚も微動だにせず、寝たフリを続けた。
一ノ瀬は自分が寝た事を確認しているのか、それとも何か用事があったのか。
用事があるのなら起きた方が良いのか。そんな事を千尋が思っていると、後ろから手が伸びてきてギュッと抱きしめられた。
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