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ep16.打倒
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「ギュアア……」
藤也の決死の攻撃によって、折れた剣の切っ先が脳まで届いた魔熊は今度こそ絶命した。その巨体が重く地面に倒れ伏した。
倒れた魔熊は、ピクリとも動かない。その様子を見た藤也が膝をついて、うずくまる。
「どうにか、たおせた」
「あぁ。……だがまだ一匹だ。早く村に連絡しないと」
実質、魔熊の群が森にいる以上、避難しなければ危険だ。藤也も戦闘継続は不可能と見える。俺の取るべき行動は、動けない藤也を村まで運ぶ事だろう。村の人間も藤也の怪我を見れば状況を察して動いてくれるはず。
藤也の腕に装着されていたダンゴ虫も藤也の魔力が切れた事で、魔力となって消える。
召喚魔法の性質として、魔力供給がなければその場に留まれないのだろうか。後で椿に相談する必要性があるな。召喚魔法は藤也が使っているのを見て初めて知ったが、後に厄介になりそうな予感がする。今のうちに対策を考えておくべきだろう。
「肩を貸そう」
「ご、ごめん」
藤也の様子を見れば、魔熊との戦闘で右腕が折れたらしい。腕が逆方向に曲がり内出血が酷そうだ。早急に治療が必要。文明レベルは中世ほどの世界だが、過去に来たという勇者達のおかげか、医療の技術や治癒魔法のレベルは高い。
折れた腕も何とかなるだろう。
藤也に肩を貸して、出来うる限り早足で村へと戻る。
少しして村の入り口が見えた段階で、背後から何かが接近する気配を感じて足を止める。
「あ、アマリナさん」
「藤也にエノク。無事……ではなかったか」
森から走ってきたのはアマリナだった。先行して魔熊の群を探りに行った彼女は、多少の傷を負っているようだが無事のようだ。そして、腕を骨折した藤也を見て心配そうにしている。
堅いタイプかと思ったが、意外と心許した相手には素が出るのだろうか。
「森の出口付近に魔熊の死体があったが、お前達だけで倒したのか?」
「な、なんとか」
「そうか」
アマリナは意外そうにしてるが、事実なのは確かだ。
「あんたはどうだったんだ?」
「そうだな報告しておこう。私が森の奥に向かった段階で12匹の魔熊がいた。どれも通常よりも巨大なサイズで繁殖期だった。そのせいで凶暴化と飢えが混ざって危険だった」
「倒したんですか?」
「あぁ。緊急を要する事態だったため、討伐した」
一人で12匹の魔熊を殺したというアマリナ。それが真実なら、実力はやはり本物だ。本人は特に傷を負った様子がないなら、相性も良かったと取るべきか。
「一応周囲を探ってみたが、お前達が倒した魔熊が群れで最後の一匹だろう。他に魔熊はいなかった」
「それは、よかった」
「魔熊の討伐が終わったなら……ますは藤也の治療をするべきだ」
俺がそう提案すればアマリナも異論はないと頷いて、藤也に肩を貸す形で村まで戻る事となった。
…………
3日後。
魔熊を討伐したとアマリナがギルドに報告。藤也が治療院に運ばれ、骨折の治療を受けて3日ほど。俺の冒険者研修は、魔熊の登場という非常事態があったものの、藤也とアマリナの口添えもあって無事完了。
どうにか冒険者ギルドに正式登録された。
これで俺個人で依頼を受ける事が可能になり、関所などでも比較的通過しやすくなる。
その証明に渡されたギルドカードをポケットにしまい、俺は村を離れ、火山へと向かって走る。俺の目的は椿達との合流。そのために村を抜け出す機会を伺っていたが、アマリナという女が俺を警戒していたため3日も掛ってしまった。
藤也の怪我が重く、2週間ほどは治療院に通う必要があり、アマリナが生活の手助けをしている隙に村を出た。村の連中には森の様子を見てくると伝えた。
久々に力を制御せずに、全力疾走してみるが気分がいい。周囲の景色が次々変わり歩いて一週間掛った距離がもう後僅か。
だが俺は途中で足を止める。拠点にしていた火山のふもとに向かう間にある森の様子がおかしいからだ。
「なんだこれ。森中が枯れ果ててやがる……」
記憶が正しければ、かなり巨大な森が広がっていたのだが今は見るも無残な姿になっている。椿達の拠点から離れているが、俺の留守に何かあったのかと思い急いで拠点に向かう。
「椿、何処だ椿!」
火山に辿りついたが、椿達が居ない。拠点にしていたキャンピングカーは残されている。だが使用した痕跡が全くない。かなり長い事使用していないのか埃が溜まっている。荒らされた形跡はないが、家事が好きな椿らしくない。
周囲にいないか呼びかけて見たが反応がない。
【おい小僧よ】
「うぉ!?」
いよいよ危機感を感じた瞬間、足元から渋い声が聞こえて慌てて飛び上がる。俺が飛び上がると黒い地面が動き始め、ギロリと巨大な眼が俺を捉える。
「……ガリュウか」
「戻ったと思えば、人の頭の上で騒ぎおって」
完全に椿達の事で頭がいっぱいになりガリュウの存在を忘れていた。ガリュウはその巨体を起こして、俺を見下ろす。
「悪いな。……ガリュウ、椿達がどこへ行ったか聞いてない?」
多分知らないと思うが、聞かない訳にはいかない。もしガリュウも知らなければ嗅覚に頼って人探しという事になる。ここ何日か雨も降っていた事を考えると、嗅覚での探索は難しい。
俺は最後の手段として、首にかけているシルバーのドックタグを手に取る。【Egoist】と書かれたそれを引きちぎろうかと考えたときガリュウが答える。
【娘と小娘であれば、人里に降りると言っていた】
「ハァ? 何でそんな勝手なことしてるんだよ。それに人里って俺のいた村以外にもあるのか?」
俺の問いにガリュウは頷く。そして、ガリュウは巨大な爪でキャンピングカーを指差す。何かあるのかと思えば、キャンピングカーの裏に魔法陣が刻まれており、魔力を帯びて起動していた。
【ある日、空から魔力弾が飛んできてな。その奇妙な家に命中すると、小娘の姿が現れたのだ】
「ビデオメッセージみたいなもんか」
ガリュウが興味なさげに眠りについた。俺はキャンピングカーの壁に刻まれた魔法陣に触れる事で魔法陣を起動する。
俺が触れると魔法陣が輝き始め、立体映像の椿が現れる。
『これを見れるのはガリュウと影虎だけだから、伝言を残しておく。オレとミーニャは今、その場所から北に向かった所にある国の王都にいる。経緯を説明するには長いんだが、メッセージだから二回話す手間がないので教えておく』
それからメッセージは続き、俺は椿の現状を知る。そして椿の能天気さに頭を痛め、どうにか合流しなければと思った。最初に魔王と遭遇し撃退したという内容で度肝を抜かれ、人に見つかったのは仕方ないにしてもパン屋を営むのは意味がわからないと思った。
衝動的に大きな買い物をするタイプで、出来る限り人里から離しておこうと考えていたのに、それが災いした。
メッセージ内で何度も「本当に可愛いお店で、断れなかった」だのほざいていた。
これはきちんと家族会議するべきだろう。今の所、王都に溶け込めているのなら問題が発生する前に何とかしないといけない。
勇者であることが不特定多数の人間に知られると、厄介事を避けられなくなる。ヴァルハラからの追手が来ないとも限らない。あの聖女の性格から考えて、何か仕込んできそうな予感がする。
地盤を固めるまでは、派手に暴れるのは避けたい。敵が誰であろうと始末する地力はある。けど正体不明の敵を相手取る場合、足元をすくわれる可能性を考慮しない訳にはいかない。
【さっきから溜息ばかりだな小僧】
「あいつのせいで気苦労が絶えなくてな」
【そうか】
今後の計画を立てねばならない。まずは、椿の用意した新たな拠点への移動が第一前提だ。王都と言っていたが身分証明などは大丈夫なのだろうか。ギルドカード以外にも必要となるのか、予想より早い移動で
都会を知っているアマリナやダーザにでも相談してみるべきか。
「とりあえず、一度村に戻る」
【そうか。一つだけ忠告してやろう】
「なんだ?」
【この土地周辺に強大な力を持った者どもが向かってきておる。どうなるかはお前次第だ】
ガリュウの言葉を聞いて、厄介事が迫っている事を知る。一応忠告は受け取っておくとしよう。相手が何か分からない。もしかすれば追手なのかもしれないが、対処法は同じだ。
「わかった。落ち着いたらまた顔出す」
【好きにしろ】
ガリュウが再び眠りについたので、俺は村に戻るべく荒れ果てた森を走る。周囲に人の気配が全くなかったため、怒魔法の試運転も行う。村では怒魔法を一切使えず、練習不足だった事もあって不安要素がある。
怒魔法の火種は、今回勝手に行動した椿についてだろうか。怒りの火種に魔力を投入して発生した莫大なエネルギーが全身に現れた刺青のような回路を通って身体強化を施す。
一歩踏み込み地面を蹴るだけで周囲が衝撃波が地面を削り、俺から洩れる熱気で枯れた木々が発火する。
「危ないな」
咄嗟に足を止める。背後の惨劇を見て、魔力を投入しすぎたと後悔する。いまいち種火と魔力の配合度合いが理解できない。以前は石で特訓していたが、そろそろ別の特訓もすべきだろうか。
怒魔法について考えながら、森を駆け抜け村周辺に辿りついた俺は、怒魔法を解除し歩いて村へと向かう。
どうにか隣の国へと渡る方法がないか、相談へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
そして、腕の治りが遅い藤也を大きな街の治療院に連れて行こうと思っていたアマリナと目的が一致。アマリナ達に同行する形で隣の国に向かう事が決まった。
ダーザ達や村の人間も俺達の出発前に見送りに集まってくれた。村を離れやすくするために、村にあるギルドの仕事は全て終えていたため、村の人間にも顔を覚えられていたらしい。
色々と食料などを選別として分け与えてくれた。おかげでリュックの中身がいっぱいになり、正直少し重い。
特に世話になったダーザと隊商の奴ら、そしてギルドの受付嬢や村の子供らに別れを告げる。
だが何故か村の受付嬢に告白された、なので「俺には、嫁が居る」と伝えた結果、大泣きの上村人達に慰められていた。
妙に俺に優しかったのはそういう事だったのか。多少悪い事をしたなと思いつつ、最期は「頑張ってください」と涙ながらに激励してくれた。
ダーザ達隊商も近いうちに移動を開始し、国を転々とする関係からまた会える事もあるだろうと言われた。
そうして初めて拠点とした村を離れた俺。そして同行してくれるアマリナと負傷している藤也は、森を抜けとなりの国へと向かった。
―――――――――
影虎達の村から少しだけ離れた村に二人の目立つ男女が訪れていた。
男は、ワイバーンの素材で出来た鱗鎧を装備した茶髪の細身な高校生くらいの青年。背中には巨大なハンマーが備え付けられており体格に身合わないアンバランスさが特徴的だ。
一方女は長い金髪を腰まで垂らし、白い羽が散りばめられた鎧を身に纏った美しい女性。腰に青く煌めく槍を装備していた。
彼らはギルドの受け付け担当の男性と話し合っていた。
「へぇあのアマリナにパートナーが、ね」
「そうなんだよ。以外だよな」
「そのトウヤって奴、勇者か何かかな?」
「さぁ。ギルドの情報じゃ何処の国の勇者とか言う話は出てないな。まぁ優秀な冒険者には勇者も多いからな。最近じゃいろんな国で勇者が召喚されている。可能性はあるね」
男と受付の男性が情報交換を行い、話を傍で聞いていた女が男の肩を掴んで「そろそろ行くわよ」と急かす。男はそれに賛同し、受付の男性に礼を言ってギルドの外に出る。
二人は、アマリナ達のいるはずの村へ向かって歩き始める。
「どう思うよ」
「言うまでもないでしょ。日本人かそれに近い文化の世界から来た勇者よ」
「アマリナが見込んだって事は、実力はどうだろうな」
「邪魔な勇者は、どうするか忘れたわけ?」
女が男に問い掛けたとき、森の中から魔熊が現れる。二人は森の舗装された道から外れ、森の中を突っ切っていたため、野生の魔熊のテリトリーに侵入。
魔熊の怒りに触れ、襲いかかられている。地面を走って強靭な牙で二人を捕食するために襲い掛かる。。
そんな状況で二人は、一切取り乱さない。
目前に迫った魔熊に対して、男が背中に備えられた巨大なハンマーを片手で軽々と持ち上げる。
「殺す。だろ」
男がハンマーを振るうと、稲妻を纏った一撃が魔熊を襲った。
「ギュォ」
魔熊は無惨な悲鳴をあげ、爆発四散。魔熊の防御力を凌駕したハンマーの一撃を放った男は、再びハンマーを背中に装備。
「そうよ。勇者を殺せば雑魚であっても、ステータスが上がる」
「ステータス系の勇者の俺達には、レベリングが必要だからな。野良勇者は良い経験値」
「えぇ、そうよ」
男は、一年前に小国アヂバンで召喚された戦鎚の勇者カズヤ。女は5年前に大国セイクリッドにて召喚された青槍の勇者アカネ。二人は200年周期の正規の召喚以外で異世界から招かれた勇者であった。
不穏な嵐が、アマリナ達(影虎を含む)へと向かう。
藤也の決死の攻撃によって、折れた剣の切っ先が脳まで届いた魔熊は今度こそ絶命した。その巨体が重く地面に倒れ伏した。
倒れた魔熊は、ピクリとも動かない。その様子を見た藤也が膝をついて、うずくまる。
「どうにか、たおせた」
「あぁ。……だがまだ一匹だ。早く村に連絡しないと」
実質、魔熊の群が森にいる以上、避難しなければ危険だ。藤也も戦闘継続は不可能と見える。俺の取るべき行動は、動けない藤也を村まで運ぶ事だろう。村の人間も藤也の怪我を見れば状況を察して動いてくれるはず。
藤也の腕に装着されていたダンゴ虫も藤也の魔力が切れた事で、魔力となって消える。
召喚魔法の性質として、魔力供給がなければその場に留まれないのだろうか。後で椿に相談する必要性があるな。召喚魔法は藤也が使っているのを見て初めて知ったが、後に厄介になりそうな予感がする。今のうちに対策を考えておくべきだろう。
「肩を貸そう」
「ご、ごめん」
藤也の様子を見れば、魔熊との戦闘で右腕が折れたらしい。腕が逆方向に曲がり内出血が酷そうだ。早急に治療が必要。文明レベルは中世ほどの世界だが、過去に来たという勇者達のおかげか、医療の技術や治癒魔法のレベルは高い。
折れた腕も何とかなるだろう。
藤也に肩を貸して、出来うる限り早足で村へと戻る。
少しして村の入り口が見えた段階で、背後から何かが接近する気配を感じて足を止める。
「あ、アマリナさん」
「藤也にエノク。無事……ではなかったか」
森から走ってきたのはアマリナだった。先行して魔熊の群を探りに行った彼女は、多少の傷を負っているようだが無事のようだ。そして、腕を骨折した藤也を見て心配そうにしている。
堅いタイプかと思ったが、意外と心許した相手には素が出るのだろうか。
「森の出口付近に魔熊の死体があったが、お前達だけで倒したのか?」
「な、なんとか」
「そうか」
アマリナは意外そうにしてるが、事実なのは確かだ。
「あんたはどうだったんだ?」
「そうだな報告しておこう。私が森の奥に向かった段階で12匹の魔熊がいた。どれも通常よりも巨大なサイズで繁殖期だった。そのせいで凶暴化と飢えが混ざって危険だった」
「倒したんですか?」
「あぁ。緊急を要する事態だったため、討伐した」
一人で12匹の魔熊を殺したというアマリナ。それが真実なら、実力はやはり本物だ。本人は特に傷を負った様子がないなら、相性も良かったと取るべきか。
「一応周囲を探ってみたが、お前達が倒した魔熊が群れで最後の一匹だろう。他に魔熊はいなかった」
「それは、よかった」
「魔熊の討伐が終わったなら……ますは藤也の治療をするべきだ」
俺がそう提案すればアマリナも異論はないと頷いて、藤也に肩を貸す形で村まで戻る事となった。
…………
3日後。
魔熊を討伐したとアマリナがギルドに報告。藤也が治療院に運ばれ、骨折の治療を受けて3日ほど。俺の冒険者研修は、魔熊の登場という非常事態があったものの、藤也とアマリナの口添えもあって無事完了。
どうにか冒険者ギルドに正式登録された。
これで俺個人で依頼を受ける事が可能になり、関所などでも比較的通過しやすくなる。
その証明に渡されたギルドカードをポケットにしまい、俺は村を離れ、火山へと向かって走る。俺の目的は椿達との合流。そのために村を抜け出す機会を伺っていたが、アマリナという女が俺を警戒していたため3日も掛ってしまった。
藤也の怪我が重く、2週間ほどは治療院に通う必要があり、アマリナが生活の手助けをしている隙に村を出た。村の連中には森の様子を見てくると伝えた。
久々に力を制御せずに、全力疾走してみるが気分がいい。周囲の景色が次々変わり歩いて一週間掛った距離がもう後僅か。
だが俺は途中で足を止める。拠点にしていた火山のふもとに向かう間にある森の様子がおかしいからだ。
「なんだこれ。森中が枯れ果ててやがる……」
記憶が正しければ、かなり巨大な森が広がっていたのだが今は見るも無残な姿になっている。椿達の拠点から離れているが、俺の留守に何かあったのかと思い急いで拠点に向かう。
「椿、何処だ椿!」
火山に辿りついたが、椿達が居ない。拠点にしていたキャンピングカーは残されている。だが使用した痕跡が全くない。かなり長い事使用していないのか埃が溜まっている。荒らされた形跡はないが、家事が好きな椿らしくない。
周囲にいないか呼びかけて見たが反応がない。
【おい小僧よ】
「うぉ!?」
いよいよ危機感を感じた瞬間、足元から渋い声が聞こえて慌てて飛び上がる。俺が飛び上がると黒い地面が動き始め、ギロリと巨大な眼が俺を捉える。
「……ガリュウか」
「戻ったと思えば、人の頭の上で騒ぎおって」
完全に椿達の事で頭がいっぱいになりガリュウの存在を忘れていた。ガリュウはその巨体を起こして、俺を見下ろす。
「悪いな。……ガリュウ、椿達がどこへ行ったか聞いてない?」
多分知らないと思うが、聞かない訳にはいかない。もしガリュウも知らなければ嗅覚に頼って人探しという事になる。ここ何日か雨も降っていた事を考えると、嗅覚での探索は難しい。
俺は最後の手段として、首にかけているシルバーのドックタグを手に取る。【Egoist】と書かれたそれを引きちぎろうかと考えたときガリュウが答える。
【娘と小娘であれば、人里に降りると言っていた】
「ハァ? 何でそんな勝手なことしてるんだよ。それに人里って俺のいた村以外にもあるのか?」
俺の問いにガリュウは頷く。そして、ガリュウは巨大な爪でキャンピングカーを指差す。何かあるのかと思えば、キャンピングカーの裏に魔法陣が刻まれており、魔力を帯びて起動していた。
【ある日、空から魔力弾が飛んできてな。その奇妙な家に命中すると、小娘の姿が現れたのだ】
「ビデオメッセージみたいなもんか」
ガリュウが興味なさげに眠りについた。俺はキャンピングカーの壁に刻まれた魔法陣に触れる事で魔法陣を起動する。
俺が触れると魔法陣が輝き始め、立体映像の椿が現れる。
『これを見れるのはガリュウと影虎だけだから、伝言を残しておく。オレとミーニャは今、その場所から北に向かった所にある国の王都にいる。経緯を説明するには長いんだが、メッセージだから二回話す手間がないので教えておく』
それからメッセージは続き、俺は椿の現状を知る。そして椿の能天気さに頭を痛め、どうにか合流しなければと思った。最初に魔王と遭遇し撃退したという内容で度肝を抜かれ、人に見つかったのは仕方ないにしてもパン屋を営むのは意味がわからないと思った。
衝動的に大きな買い物をするタイプで、出来る限り人里から離しておこうと考えていたのに、それが災いした。
メッセージ内で何度も「本当に可愛いお店で、断れなかった」だのほざいていた。
これはきちんと家族会議するべきだろう。今の所、王都に溶け込めているのなら問題が発生する前に何とかしないといけない。
勇者であることが不特定多数の人間に知られると、厄介事を避けられなくなる。ヴァルハラからの追手が来ないとも限らない。あの聖女の性格から考えて、何か仕込んできそうな予感がする。
地盤を固めるまでは、派手に暴れるのは避けたい。敵が誰であろうと始末する地力はある。けど正体不明の敵を相手取る場合、足元をすくわれる可能性を考慮しない訳にはいかない。
【さっきから溜息ばかりだな小僧】
「あいつのせいで気苦労が絶えなくてな」
【そうか】
今後の計画を立てねばならない。まずは、椿の用意した新たな拠点への移動が第一前提だ。王都と言っていたが身分証明などは大丈夫なのだろうか。ギルドカード以外にも必要となるのか、予想より早い移動で
都会を知っているアマリナやダーザにでも相談してみるべきか。
「とりあえず、一度村に戻る」
【そうか。一つだけ忠告してやろう】
「なんだ?」
【この土地周辺に強大な力を持った者どもが向かってきておる。どうなるかはお前次第だ】
ガリュウの言葉を聞いて、厄介事が迫っている事を知る。一応忠告は受け取っておくとしよう。相手が何か分からない。もしかすれば追手なのかもしれないが、対処法は同じだ。
「わかった。落ち着いたらまた顔出す」
【好きにしろ】
ガリュウが再び眠りについたので、俺は村に戻るべく荒れ果てた森を走る。周囲に人の気配が全くなかったため、怒魔法の試運転も行う。村では怒魔法を一切使えず、練習不足だった事もあって不安要素がある。
怒魔法の火種は、今回勝手に行動した椿についてだろうか。怒りの火種に魔力を投入して発生した莫大なエネルギーが全身に現れた刺青のような回路を通って身体強化を施す。
一歩踏み込み地面を蹴るだけで周囲が衝撃波が地面を削り、俺から洩れる熱気で枯れた木々が発火する。
「危ないな」
咄嗟に足を止める。背後の惨劇を見て、魔力を投入しすぎたと後悔する。いまいち種火と魔力の配合度合いが理解できない。以前は石で特訓していたが、そろそろ別の特訓もすべきだろうか。
怒魔法について考えながら、森を駆け抜け村周辺に辿りついた俺は、怒魔法を解除し歩いて村へと向かう。
どうにか隣の国へと渡る方法がないか、相談へ向かった。
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そして、腕の治りが遅い藤也を大きな街の治療院に連れて行こうと思っていたアマリナと目的が一致。アマリナ達に同行する形で隣の国に向かう事が決まった。
ダーザ達や村の人間も俺達の出発前に見送りに集まってくれた。村を離れやすくするために、村にあるギルドの仕事は全て終えていたため、村の人間にも顔を覚えられていたらしい。
色々と食料などを選別として分け与えてくれた。おかげでリュックの中身がいっぱいになり、正直少し重い。
特に世話になったダーザと隊商の奴ら、そしてギルドの受付嬢や村の子供らに別れを告げる。
だが何故か村の受付嬢に告白された、なので「俺には、嫁が居る」と伝えた結果、大泣きの上村人達に慰められていた。
妙に俺に優しかったのはそういう事だったのか。多少悪い事をしたなと思いつつ、最期は「頑張ってください」と涙ながらに激励してくれた。
ダーザ達隊商も近いうちに移動を開始し、国を転々とする関係からまた会える事もあるだろうと言われた。
そうして初めて拠点とした村を離れた俺。そして同行してくれるアマリナと負傷している藤也は、森を抜けとなりの国へと向かった。
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影虎達の村から少しだけ離れた村に二人の目立つ男女が訪れていた。
男は、ワイバーンの素材で出来た鱗鎧を装備した茶髪の細身な高校生くらいの青年。背中には巨大なハンマーが備え付けられており体格に身合わないアンバランスさが特徴的だ。
一方女は長い金髪を腰まで垂らし、白い羽が散りばめられた鎧を身に纏った美しい女性。腰に青く煌めく槍を装備していた。
彼らはギルドの受け付け担当の男性と話し合っていた。
「へぇあのアマリナにパートナーが、ね」
「そうなんだよ。以外だよな」
「そのトウヤって奴、勇者か何かかな?」
「さぁ。ギルドの情報じゃ何処の国の勇者とか言う話は出てないな。まぁ優秀な冒険者には勇者も多いからな。最近じゃいろんな国で勇者が召喚されている。可能性はあるね」
男と受付の男性が情報交換を行い、話を傍で聞いていた女が男の肩を掴んで「そろそろ行くわよ」と急かす。男はそれに賛同し、受付の男性に礼を言ってギルドの外に出る。
二人は、アマリナ達のいるはずの村へ向かって歩き始める。
「どう思うよ」
「言うまでもないでしょ。日本人かそれに近い文化の世界から来た勇者よ」
「アマリナが見込んだって事は、実力はどうだろうな」
「邪魔な勇者は、どうするか忘れたわけ?」
女が男に問い掛けたとき、森の中から魔熊が現れる。二人は森の舗装された道から外れ、森の中を突っ切っていたため、野生の魔熊のテリトリーに侵入。
魔熊の怒りに触れ、襲いかかられている。地面を走って強靭な牙で二人を捕食するために襲い掛かる。。
そんな状況で二人は、一切取り乱さない。
目前に迫った魔熊に対して、男が背中に備えられた巨大なハンマーを片手で軽々と持ち上げる。
「殺す。だろ」
男がハンマーを振るうと、稲妻を纏った一撃が魔熊を襲った。
「ギュォ」
魔熊は無惨な悲鳴をあげ、爆発四散。魔熊の防御力を凌駕したハンマーの一撃を放った男は、再びハンマーを背中に装備。
「そうよ。勇者を殺せば雑魚であっても、ステータスが上がる」
「ステータス系の勇者の俺達には、レベリングが必要だからな。野良勇者は良い経験値」
「えぇ、そうよ」
男は、一年前に小国アヂバンで召喚された戦鎚の勇者カズヤ。女は5年前に大国セイクリッドにて召喚された青槍の勇者アカネ。二人は200年周期の正規の召喚以外で異世界から招かれた勇者であった。
不穏な嵐が、アマリナ達(影虎を含む)へと向かう。
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