12 / 25
ep11.村
しおりを挟む
ミーニャと椿の両名がワームが変異した魔王と遭遇した頃。先に人里に降りていた影虎は、人口500人ほどの村に滞在していた。
元々異世界人とそん色ない白人系顔の影虎。学生服では直ぐに勇者だと察知されるため、椿が城からくすねた衣服を身に纏い、村に降り立った。だが、村に入った瞬間に想定外の出来事が起きていた。
正午前に村に辿りついた彼は、村の入り口付近で差し掛かった。その時、彼の背後からある程度補正された道路を土煙を上げながら爆走する4輪馬車が村から飛び出す。危うく轢かれそうになった事で腹を立てていた。
―――――
「あぶねぇな」
何処の世界にもスピード狂がいるのだなとしみじみと感想を頭に思い浮かべた。だが、馬車が通り過ぎた後に、村の方から慌てた男達の声が聞こえる。
「馬車を止めてくれ!!」
「あ?」
見た目が商人ぽい彼らは、汗を流して馬車を追いかけていた。おおかた商品を乗せた馬車が暴走でもしたのか、御愁傷さまだなと無視を選択する。馬車を追いかける事は簡単だが、村で怪しまれないよう力を制限しなければいけないからだ。
「娘が、娘が乗っているんだ!!」
「え」
一番大きな声を出したのは、10人近くいる男達の一番背後で肥満体を揺らしているおやじ。一番裕福な服を着ているが、必死に走っているため汗だらけだ。そのオヤジさんの言葉を聞いて通り過ぎて行った馬車を見る。視力を多少強化して目視すれば、馬車の後部から5歳くらいの赤髪の女の子が泣きながら手を伸ばしていた。
馬の様子からどんどん馬車の速度が上がっている。いずれ馬車と馬を繋ぐ手綱が切れたり、悪路で横転するだろう。そうなれば子供なんて死ぬだろう。
俺としては見捨てても構わない。元々この世界ターミナルと深くかかわるつもりは皆無。魔物なんてものが居る上に、魔法もある世界。人の命は地球よりも軽いのだろう。
元々関わりのない相手で、助ける義理もない。
「……待ってろ」
助けるメリットなど無いにも拘らず、気が付けば足が動いていた。距離は300mほど、馬の脚くらいなら魔力を好き放題に使った強化魔法による脚力だけで追いつける。けれど村に潜伏する役割を忘れる事があってはいけない。
言うなら全力で手を抜き、手加減した状態で人命救助という訳のわからない作戦を決行する。助けたい訳ではないが、子供一人見殺した後に、椿と拾った獣人ミーニャとどんな顔をして合流すればいいのだろうか。まず子供を見捨てた奴を受け入れる村があるかどうか。
(普通の強化じゃ、追いつけないか)
馬車を追いかけて見るが、中々馬車との距離が縮まらない。勇者として異世界に来た事で強化された肉体に強化魔術を施して駆けているのだが追い付かない。早く助けなければ危険性が高まるので余裕がない。
「椿、さっそく使う」
俺は、旅立つ前に椿と交わした会話ともらったものを思い出す。
―――――
「これで村に行っても怪しまれないだろう。顔が男前すぎるのが些か心配だがな」
俺の服を用意した椿に服装のチェックを頼んでいたときだ。椿は俺の姿を確認し終えると布で包まれた大き目なナイフを差し出してきた。椿の手には非常に大きいそれも、俺の手のサイズにはぴったりだった。
俺はそれを受け取るが、何故ナイフを渡したのかと尋ねた。
「勇者避けにと思ってな。力をセーブしながら戦うのはいいが、普段の動きが人間離れしてるお前の事だ、気を抜くだけで素が出そうだからな」
「それで武器を?」
「馴れない戦い方なら、戦闘馴れしてないように偽れるだろ? それにそのナイフは、持ったものの魔力を制限する働きと風を操る魔法陣が刻みこんである」
椿が魔法陣の説明を始めたため、ナイフに巻かれた布を解いて刀身を見る。かなり丁寧に研がれた煌めく刀身に魔法陣が彫られていた。かなり複雑で解読不能な魔法陣だが魔力を流す事で魔法陣が輝き、ナイフから風が発生する。かなり手加減した状況で使用したためそよ風程度だが、まだまだ風を発生させることはできそうだと感じた。
「風の出力は魔力に起因する。ただお前のバカみたいな魔力を使って台風なんて起こしたら隠蔽にならないからセーブしてある。その代わりかなり繊細な作業まで可能にしたからな」
「街に行くまでに練習しておくとするか。名前はあるのか?」
椿がターミナルに来て初めて作った魔道具を布で覆いながら、ナイフの名前を聞いてみる。すると椿は腰に手を当てながらドヤ顔で答える。
「ゼピュロスウィンg」
「長い。風刃で決定な」
「なんで!?」
厨二病全開の椿の命名は避ける方向で行く。心底驚いている椿の意見は無視する。厨二病な名前をつけなければ威力が出ないという独自の理論に巻き込まれてはたまらない。風刃でさえ自分ではかなり来ている。
「と、とりあえずゼピュロス「風刃」……を主に使っていくといいさ。色々機能を増設しているから」
「信用してるが、またおかしな機能つけてないだろうな?」
「え?」
椿は俺の質問にビクリと肩を動かした。地球でも椿は魔法陣を物に刻み込んでアイテムを構成していた。その効果は中々優秀なものが多いが、おかしな能力を持っている事が多い。
たとえば水のない場所で水を生成する如雨露であれば、突然如雨露から水の竜が現れたり、空に浮かび上がる靴を履けば背中から翼が生えたりと趣味を反映させる悪癖がある。
「ななな、ない。ないにきききいいまってるだろ」
「こっちを見て話せ」
視線を逸らした事で、この風刃にも碌でもない機能が付与された事が決定。ただ、丁寧に魔法陣が彫られた刀身を見れば椿の努力も一目瞭然だった。
せっかくの好意を無駄にする事もない。
「ありがたくもらっておく。じゃ行ってくる」
「お、不意打ちは卑怯だ。……いってらっしゃい」
前髪を払いのけ、額に口づけすると椿は顔を赤くしながら文句を言ってくる。その表情は愛らしく、尊いもののように思えた。
美人は三日で飽きると言うが、今まで一度たりとも飽きたことはない。日々椿の表情に愛しさを感じ、護りたいと願う。
だからこそ、俺は椿についてきたのだ。
「……?」
この世界に来た目的を再認識し、荷物を背負って森の中に入ろうとした時、起きてからすぐにテントの横の森に遊びに行っていたミーニャが顔を出す。
こちらの様子を伺うミーニャに目線を合わせるように腰を降ろしてみれば、ミーニャが少し警戒しながらも近寄ってくる。俺自身どう接していいのかわからないため、恐る恐る目線を合わせるようにしゃがむ。
「どうかしたのか?」
「う、うう」
赤毛の尻尾を足の間に巻きつけながら、恐る恐る手を出すミーニャから、それを受け取る。出来る限り怖がらせないようにミーニャが離れるまで動かず、ミーニャが恥ずかしそうに木の後ろに隠れた段階で掌を見る。
掌には、赤く熟した木の実が乗せられていた。
どうやらこれを俺にくれるらしい。ふとミーニャを見れば、椿が与えた子ども服のポケットをパンパンにする同じ木の実が毀れおちていた。
森に椿と出かけるうちに見つけたお気に入りの木の実のようだ。
「ありがとう。必ずお前の家族も見つけてやる。それまでいい子でな」
直接触れることはしない。怖がらせるだけだ。だから、出来る限り優しい声でミーニャにも別れを告げる。どう扱っていいかまだ分からない子だが、必ず家族の元に帰してやりたいと思った。
破滅か敵対しかない俺と椿と共にいる事は、あの子の不幸となるとわかっているから。
―――――――
「風刃」
腰に装着したナイフを解き放ち魔力を流す。刀身が光を発し、周囲を風のカーテンが覆い始める。その風は俺の魔力と繋がり、自在に操る事が出来る。
俺は風を全面に展開、走る速度を上げる度に強くなる空気抵抗を風自体で無力化。さらに追い風を発生させる事で加速する。追い風と向かい風が消えた事で足が速く動く。
ぐんぐんと加速していく自分の速度。普段の速度には全く及ばないが、暴走した馬車を追い越す事くらいは、朝飯前だろう。
2秒も経たないうちに距離を詰め、風刃の有効射程距離へと到達。丁度舗装された道路を走っている馬車を確認し、風の斬撃を馬と馬車を繋ぐ手綱目掛けて飛ばす。
風のコントロールは、繊細に行い切れ味は手術用のメスを凌駕する。攻撃ではなく、綱を切るためだけに振るった風の刃は、カーブしながら見事に綱を切断。暴れ馬達は、馬から解放され森へと駆け抜けていく。一方動力源(馬)を失った馬車は減速を始める。
俺の予想では、そのまま止まるはずだった。だが運悪い事に補正された道路から逸れる事で悪路へと足を踏み入れる。当然、悪路の石に車輪が乗り上げ、馬車が横転する。視界に馬車から放り出された子供の姿が映る。
「風刃!」
咄嗟に風を鞭のように編込み、風の鞭で放り出された子供が森の木々に激突する前に捕縛。負担が掛らないよう引きよせ、右手で抱きとめる。
子供は目を丸くしていたが恐怖が後から湧いて出たため、俺の腕の中で大泣きを始める。横転した馬車はその衝撃でバラバラになっており、抱きとめた子供が助からなければ
「うぇえええん、うぇえええ」
「泣くな泣くな。(面倒だな)」
ミーニャとは違い人間の少女だが、赤毛なだけで彼女を思い出す。泣きわめく少女の宥め方などわからず、後方から追ってきている筈の商隊との合流を望む。
こんな時こそ椿が居ればと思わなくもないが、無い物ねだりをしても仕方ない。少しすれば走って追いかけていた男たちの足音と声が聞こえる。魔法具を見られてあれこれ聞かれるのも面倒なため、子供を抱えていない方の腕で口でくわえた風刃を布で包み背中のホルスターに装着する。
「ぱぱ。ぱぱぁあああ」
「今は知ってこっちに来ている。後少しだけ我慢してくれ」
「アリッサー!!!」
「パパ?」
影虎が子供相手に無意味な説得をしている時、ちょうど追いかけてきた男達の姿が見えた。どうやら声で父親だと理解したらしい赤毛の子供が声の方向に目線を向けて泣きやんだ。
「ほらな? もう大丈夫だ」
これが俺とターミナルで召喚した国以外の人間と接触した最初の事件だった。
元々異世界人とそん色ない白人系顔の影虎。学生服では直ぐに勇者だと察知されるため、椿が城からくすねた衣服を身に纏い、村に降り立った。だが、村に入った瞬間に想定外の出来事が起きていた。
正午前に村に辿りついた彼は、村の入り口付近で差し掛かった。その時、彼の背後からある程度補正された道路を土煙を上げながら爆走する4輪馬車が村から飛び出す。危うく轢かれそうになった事で腹を立てていた。
―――――
「あぶねぇな」
何処の世界にもスピード狂がいるのだなとしみじみと感想を頭に思い浮かべた。だが、馬車が通り過ぎた後に、村の方から慌てた男達の声が聞こえる。
「馬車を止めてくれ!!」
「あ?」
見た目が商人ぽい彼らは、汗を流して馬車を追いかけていた。おおかた商品を乗せた馬車が暴走でもしたのか、御愁傷さまだなと無視を選択する。馬車を追いかける事は簡単だが、村で怪しまれないよう力を制限しなければいけないからだ。
「娘が、娘が乗っているんだ!!」
「え」
一番大きな声を出したのは、10人近くいる男達の一番背後で肥満体を揺らしているおやじ。一番裕福な服を着ているが、必死に走っているため汗だらけだ。そのオヤジさんの言葉を聞いて通り過ぎて行った馬車を見る。視力を多少強化して目視すれば、馬車の後部から5歳くらいの赤髪の女の子が泣きながら手を伸ばしていた。
馬の様子からどんどん馬車の速度が上がっている。いずれ馬車と馬を繋ぐ手綱が切れたり、悪路で横転するだろう。そうなれば子供なんて死ぬだろう。
俺としては見捨てても構わない。元々この世界ターミナルと深くかかわるつもりは皆無。魔物なんてものが居る上に、魔法もある世界。人の命は地球よりも軽いのだろう。
元々関わりのない相手で、助ける義理もない。
「……待ってろ」
助けるメリットなど無いにも拘らず、気が付けば足が動いていた。距離は300mほど、馬の脚くらいなら魔力を好き放題に使った強化魔法による脚力だけで追いつける。けれど村に潜伏する役割を忘れる事があってはいけない。
言うなら全力で手を抜き、手加減した状態で人命救助という訳のわからない作戦を決行する。助けたい訳ではないが、子供一人見殺した後に、椿と拾った獣人ミーニャとどんな顔をして合流すればいいのだろうか。まず子供を見捨てた奴を受け入れる村があるかどうか。
(普通の強化じゃ、追いつけないか)
馬車を追いかけて見るが、中々馬車との距離が縮まらない。勇者として異世界に来た事で強化された肉体に強化魔術を施して駆けているのだが追い付かない。早く助けなければ危険性が高まるので余裕がない。
「椿、さっそく使う」
俺は、旅立つ前に椿と交わした会話ともらったものを思い出す。
―――――
「これで村に行っても怪しまれないだろう。顔が男前すぎるのが些か心配だがな」
俺の服を用意した椿に服装のチェックを頼んでいたときだ。椿は俺の姿を確認し終えると布で包まれた大き目なナイフを差し出してきた。椿の手には非常に大きいそれも、俺の手のサイズにはぴったりだった。
俺はそれを受け取るが、何故ナイフを渡したのかと尋ねた。
「勇者避けにと思ってな。力をセーブしながら戦うのはいいが、普段の動きが人間離れしてるお前の事だ、気を抜くだけで素が出そうだからな」
「それで武器を?」
「馴れない戦い方なら、戦闘馴れしてないように偽れるだろ? それにそのナイフは、持ったものの魔力を制限する働きと風を操る魔法陣が刻みこんである」
椿が魔法陣の説明を始めたため、ナイフに巻かれた布を解いて刀身を見る。かなり丁寧に研がれた煌めく刀身に魔法陣が彫られていた。かなり複雑で解読不能な魔法陣だが魔力を流す事で魔法陣が輝き、ナイフから風が発生する。かなり手加減した状況で使用したためそよ風程度だが、まだまだ風を発生させることはできそうだと感じた。
「風の出力は魔力に起因する。ただお前のバカみたいな魔力を使って台風なんて起こしたら隠蔽にならないからセーブしてある。その代わりかなり繊細な作業まで可能にしたからな」
「街に行くまでに練習しておくとするか。名前はあるのか?」
椿がターミナルに来て初めて作った魔道具を布で覆いながら、ナイフの名前を聞いてみる。すると椿は腰に手を当てながらドヤ顔で答える。
「ゼピュロスウィンg」
「長い。風刃で決定な」
「なんで!?」
厨二病全開の椿の命名は避ける方向で行く。心底驚いている椿の意見は無視する。厨二病な名前をつけなければ威力が出ないという独自の理論に巻き込まれてはたまらない。風刃でさえ自分ではかなり来ている。
「と、とりあえずゼピュロス「風刃」……を主に使っていくといいさ。色々機能を増設しているから」
「信用してるが、またおかしな機能つけてないだろうな?」
「え?」
椿は俺の質問にビクリと肩を動かした。地球でも椿は魔法陣を物に刻み込んでアイテムを構成していた。その効果は中々優秀なものが多いが、おかしな能力を持っている事が多い。
たとえば水のない場所で水を生成する如雨露であれば、突然如雨露から水の竜が現れたり、空に浮かび上がる靴を履けば背中から翼が生えたりと趣味を反映させる悪癖がある。
「ななな、ない。ないにきききいいまってるだろ」
「こっちを見て話せ」
視線を逸らした事で、この風刃にも碌でもない機能が付与された事が決定。ただ、丁寧に魔法陣が彫られた刀身を見れば椿の努力も一目瞭然だった。
せっかくの好意を無駄にする事もない。
「ありがたくもらっておく。じゃ行ってくる」
「お、不意打ちは卑怯だ。……いってらっしゃい」
前髪を払いのけ、額に口づけすると椿は顔を赤くしながら文句を言ってくる。その表情は愛らしく、尊いもののように思えた。
美人は三日で飽きると言うが、今まで一度たりとも飽きたことはない。日々椿の表情に愛しさを感じ、護りたいと願う。
だからこそ、俺は椿についてきたのだ。
「……?」
この世界に来た目的を再認識し、荷物を背負って森の中に入ろうとした時、起きてからすぐにテントの横の森に遊びに行っていたミーニャが顔を出す。
こちらの様子を伺うミーニャに目線を合わせるように腰を降ろしてみれば、ミーニャが少し警戒しながらも近寄ってくる。俺自身どう接していいのかわからないため、恐る恐る目線を合わせるようにしゃがむ。
「どうかしたのか?」
「う、うう」
赤毛の尻尾を足の間に巻きつけながら、恐る恐る手を出すミーニャから、それを受け取る。出来る限り怖がらせないようにミーニャが離れるまで動かず、ミーニャが恥ずかしそうに木の後ろに隠れた段階で掌を見る。
掌には、赤く熟した木の実が乗せられていた。
どうやらこれを俺にくれるらしい。ふとミーニャを見れば、椿が与えた子ども服のポケットをパンパンにする同じ木の実が毀れおちていた。
森に椿と出かけるうちに見つけたお気に入りの木の実のようだ。
「ありがとう。必ずお前の家族も見つけてやる。それまでいい子でな」
直接触れることはしない。怖がらせるだけだ。だから、出来る限り優しい声でミーニャにも別れを告げる。どう扱っていいかまだ分からない子だが、必ず家族の元に帰してやりたいと思った。
破滅か敵対しかない俺と椿と共にいる事は、あの子の不幸となるとわかっているから。
―――――――
「風刃」
腰に装着したナイフを解き放ち魔力を流す。刀身が光を発し、周囲を風のカーテンが覆い始める。その風は俺の魔力と繋がり、自在に操る事が出来る。
俺は風を全面に展開、走る速度を上げる度に強くなる空気抵抗を風自体で無力化。さらに追い風を発生させる事で加速する。追い風と向かい風が消えた事で足が速く動く。
ぐんぐんと加速していく自分の速度。普段の速度には全く及ばないが、暴走した馬車を追い越す事くらいは、朝飯前だろう。
2秒も経たないうちに距離を詰め、風刃の有効射程距離へと到達。丁度舗装された道路を走っている馬車を確認し、風の斬撃を馬と馬車を繋ぐ手綱目掛けて飛ばす。
風のコントロールは、繊細に行い切れ味は手術用のメスを凌駕する。攻撃ではなく、綱を切るためだけに振るった風の刃は、カーブしながら見事に綱を切断。暴れ馬達は、馬から解放され森へと駆け抜けていく。一方動力源(馬)を失った馬車は減速を始める。
俺の予想では、そのまま止まるはずだった。だが運悪い事に補正された道路から逸れる事で悪路へと足を踏み入れる。当然、悪路の石に車輪が乗り上げ、馬車が横転する。視界に馬車から放り出された子供の姿が映る。
「風刃!」
咄嗟に風を鞭のように編込み、風の鞭で放り出された子供が森の木々に激突する前に捕縛。負担が掛らないよう引きよせ、右手で抱きとめる。
子供は目を丸くしていたが恐怖が後から湧いて出たため、俺の腕の中で大泣きを始める。横転した馬車はその衝撃でバラバラになっており、抱きとめた子供が助からなければ
「うぇえええん、うぇえええ」
「泣くな泣くな。(面倒だな)」
ミーニャとは違い人間の少女だが、赤毛なだけで彼女を思い出す。泣きわめく少女の宥め方などわからず、後方から追ってきている筈の商隊との合流を望む。
こんな時こそ椿が居ればと思わなくもないが、無い物ねだりをしても仕方ない。少しすれば走って追いかけていた男たちの足音と声が聞こえる。魔法具を見られてあれこれ聞かれるのも面倒なため、子供を抱えていない方の腕で口でくわえた風刃を布で包み背中のホルスターに装着する。
「ぱぱ。ぱぱぁあああ」
「今は知ってこっちに来ている。後少しだけ我慢してくれ」
「アリッサー!!!」
「パパ?」
影虎が子供相手に無意味な説得をしている時、ちょうど追いかけてきた男達の姿が見えた。どうやら声で父親だと理解したらしい赤毛の子供が声の方向に目線を向けて泣きやんだ。
「ほらな? もう大丈夫だ」
これが俺とターミナルで召喚した国以外の人間と接触した最初の事件だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる