Terminal~予習組の異世界召喚

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ep10.66の魔王

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「ガリュウ。どうして此処に」

 椿の危機に大空から現れたのは、火山に住む竜ガリュウだった。彼は巨大な爪と牙で巨大ワームを拘束しながら、黄色の眼で椿と気絶したミーニャを見る。

【生きていたか娘。森で異常な魔力を感じて来てみれば。……とはいえ。儂もこのような輩が紛れ込んでいるとは思わんかったがな】
「ありがとう。恩に着る」
【小娘は、生きているのか?】
「うん。魔力不足だが魔力を私が補てんしてる」
【ならば離れておけ】

 ガリュウは椿の答えを聞くと納得したまま、巨大なワームの体を首の力で引きずり距離を取る。巨大な怪物同士が争えば傍にいる二人も被害を被る事を想定しての行動だった。

 だが既に枯れ果てた森の木々をなぎ倒しながら、巨大な竜に噛みつかれたワームは体をうねらせる。黒いワームのうねりに地面を鋭い爪で掴んで踏ん張る黒竜だが、全身の力で一気に動き始めたワームに大きくのけぞらされる。

【ギュゥウウウ】
【おのれ】

 牙が離れ、距離を取らされ無防備になった黒竜に向かって頭を持ちあげたワームの口から紫の毒ガスが大量に噴射される。
 紫のガスをもろに浴びたガリュウの頑強な鱗が、少しづつ溶け始める。そして、ガリュウの魔力も急速に吸収されているのか、徐々にガリュウの魔力が減少する。


「そいつの攻撃は危険だ。離れろ」
【出来たらやっておるわ! 早く離れろ!】

 全身に毒ガスを浴びせられるガリュウは、巨大な翼で飛び立とうとするもワームが繰り出していた繊毛の束によって手足を拘束され距離を取る事が出来ない。空に逃げる事もかなわなくなったガリュウだったが、一方的に攻撃される事が彼の闘志に火をつけた。丁度ガリュウの指示通りに椿が浮遊の魔法陣を起動して、空中に逃げたことを確認。
 両手に絡みついた繊毛の束を掴みとり、巨大な体を大きく躍動させながら、自分より巨大な黒いワームの体を遠心力で回し始める。黒いワームは最初は地面にしがみ付いていたにもかかわらず、ガリュウの腕力に力負けしてグルグルと巨体が回転させられる。

【グォオ!】
【ギュゥオオオ】

 やがて激しく回転する遠心力と自身の体重に耐えられなくなった繊毛が千切れ、黒いワームの体が激しく地面に叩きつけられる。叩き付けられたダメージで悶えるワーム。一方消化された鱗をもろともせず敵意剥き出しでワームと対面するガリュウ。
 相手の正体に心当たりがあるのか一切の油断なく相手の出方を見る。

「ガリュウ、そいつは何なんだ」

 椿は、空中で二匹の怪獣同士の戦いを見ながらガリュウに大声で質問する。明らかに異質の怪物をガリュウは知っているかのように感じ、遠くにいるガリュウに魔法陣で声を拡張する。
 椿の声を聞いたガリュウは、目の前のワームを警戒しながら答える。

【貴様ら勇者と戦う運命にあるものだ】
「!? もしかして魔王」
【その通りだ。お前達は居世界の住人だと言う事は分かっている。だから教えてやる。あの額の文字が見えるか?】
「あの魔力を秘めた文字?」

 椿は自分の魔法を解析できる目で口から悪臭漂う血を吐いているワームの額を見る。何度見ても額の文字から強大な魔力が発せられており、その魔力がワームを活性化させていた。そして額に刻まれた文字がこの世界で”66”を表す数字だと読み取れる。
 ガリュウはその数字について説明し始めた。

 一つ、ターミナルで生きる人々の天敵となる存在であること。強大な魔力や力など持ちうる力はそれぞれで、姿形種族も多種多様。共通点は、身体のどこかに魔王の刻印が刻まれている事と、ターミナル世界の存在しか魔王になれない。
 原因は不明だが、野生の動物や魔物が魔王になる例もあれば、ただの人間が絶望の果てに魔王へ変貌することもある。

 二つ、魔王となった存在は、意識を刻印に浸食され、大きく人格が変貌するパターンが多い。(稀に魔王になる前の人格を保つ者もいる)

三つ、基本的に人類と敵対し、人類を破滅に導く魔王が多い。そして、魔王は仮に倒されたとしても必ず復活、または別個体として魔王化し108体以下には決してならない。それでも魔王の復活の遅れで数が減ることはあるが、最終的にみれば絶対数は減らない。勇者によって殺された魔王は復活が非常に遅れる傾向にあり、100年から1000年ほど復活できない。

 今回目の前にいるワームの魔王は、ワームの突然変異が魔王化したもので間違いないらしい。数百年前に別の魔王と共に戦っていたガリュウが断言したため、相手が魔王だと確定する。さすがに異世界に来て一月も経たない内から魔王と遭遇することは想定外だった。
 それはガリュウも同じであり、自然災害そのもののような魔王が自分の住処の傍に現れるとは思っていなかったらしい。

「魔王なら勇者であるオレの魔法が有効なはずだ」

 勇者が居世界から召喚される理由。それは勇者にのみ与えられる魔法属性【聖】が魔王にとって特攻作用があるからだ。勇者は居世界から召喚されると資質による差分はあるが肉体が強靭になり、最初から強力な魔法を持っている。それに加えて魔王に対する特攻を持っている事が、勇者召喚が行われる理由。
 それは過去から立証されている。現にガリュウの友人だった魔王は、異世界の勇者によって傷つけられたのだ。それが憎き大英雄との戦いで響いたのだから、忘れるわけがない。

【確かに有効だ。だがお前は小娘の治療に励め。貴様ら勇者がいなければ滅ぶほど、この儂や世界が軟いと思うな】
「りょ、了解」

 ガリュウに叱責され、椿はミーニャへの魔力の補填に集中する。椿自身、魔王ワームを殺す事自体はもう可能だったがガリュウの言葉に甘える事にする。

【葬り去ってやろう】

ガリュウはようやく体勢を立て直した魔王ワームに向かって口から黒炎を吐き出した。椿の魔法でも燃えにくかったはずのワームの肉体を更に強化した魔王ワームの体だったがガリュウの黒炎を浴びた瞬間激しく燃えだす。
 ガリュウの吐きだす黒炎は、石を溶かすような温度を誇る影虎の怒魔法すら焼き尽くす超高温の炎。その炎を浴びせられた魔王ワームが焼けつく匂いを漂わせながら激しく暴れまわる。本能的に火を消そうとしている事が見て取れるが、ガリュウの口から炎が途切れることはない。
 やがて、魔王ワームが動かなくなり、山一つ分ほどの火柱が沈下する。ガリュウが炎を吐きだすのをやめ、黒焦げの魔王ワームの様子を伺う。

「まだだ!」
【下か!?】

 椿とガリュウが魔王ワームを観察した時、黒焦げのワームの死体がボロボロと崩れる。そして崩れたワームの中身が空洞であることを二人は察知。巨大ワームが炎から逃げ伸びる場所は一つだと両者ともに高度を上げる。椿は魔法陣を操作して上空に移動を始め、ガリュウも巨大な翼をはばたかせながら空へと飛び上がった。

 二人の判断が正しかったのか、偏差でガリュウのいた足場から地面を掘り進んで一回り大きくなった魔王ワームが飛び出してくる。巨大なワームは口と胴体を地上から突き出したウツボのような状態で待機。奇襲攻撃には失敗したが、上空で魔王ワームを観察する二人相手に毒ガスを口から吐き出す。
 ガリュウは、巨大な手で結界を張っていた椿達を結界ごと掴み毒ガスを回避。空中で自在に羽ばたける黒竜は機動力を活かして魔王ワームを相手取る。椿達を握るつぶさぬよう手加減しながらも毒ガスを回避するガリュウは黒炎を弾丸のようにして吐きだす。

【ギュアアア】
「ダメだ。また地中に逃げられる」
【存外に知能は高いのか】

 毒ガスを回避したガリュウの反撃に反応して魔王ワームは地中に潜って逃れる。ガリュウの炎を文字どおり痛いほど味わった魔王ワームは、ガリュウの動きに最大限の警戒をしている。
 脱皮して難を逃れたワームだが、黒炎の威力が高かったため皮膚が焼け爛れておりダメージの深さが見える。だからこそ、警戒する魔王ワームに炎での攻撃は難しい。

「ガリュウ。回避に専念してくれ」

 ガリュウの手の上でミーニャを抱えたままの椿が右手で空に魔力で構成された魔法陣を描き始める。魔王ワームを引きずり出す術式自体は椿は保持している。だが現状白亜の城しか展開できない椿はいちから術式を構築し始める。一度組んだことのある術式のため時間がかからないことが唯一の利点といえる。
 しかし、戦闘中に術式を描く行為は致命的。今回のように仲間がいなければ大変危険な行為である。

【考えがあるのか。よかろう。頭に乗れ】
「止めは用意できない。任せる」

 椿たちを頭に乗せたガリュウが回避に専念しながら飛び回って毒ガスを避け続ける。その間に椿はガリュウの頭部に吸着する魔法陣を足の裏に発動。回避をガリュウに委託する事で集中力を切らさず巨大な茶色の魔法陣を書き上げていく。工程を重視し、数値を綿密に、威力を考慮し、魔力を注ぐ。一切の計算違いなど許されない魔法陣を用いた魔法。
 この世界の歴史から時代遅れの烙印を押された魔法だが、それを極めた椿は無敵だった。

「術式完成。穴倉から這い出て来い」

 ガリュウの上空に半径500m程の巨大な魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣は椿が指をはじいたとき、荒廃した台地が魔法陣から発生した引力に引かれ持ち上がる。徐々に地面がめくれ上がって、大地が削り取られていく。その引力は非常に強く、地中深くに逃れようとしていた魔王ワームの巨体すら持ち上げる。

【ギュオ?】

 地中に住まうワームだった魔王は、突然の未体験である浮かび上がる感覚に困惑する。空に吊り上げられたことで逃げ場を失った魔王ワームを補足したガリュウと椿。椿は攻撃用の魔法を用意する時間がなかったため、とっさに攻撃できない。

【相手が悪かったな66の魔王よ】

 だが予め魔力を練りこみ必殺の一撃を用意していたガリュウは違う。無様にも空に浮かび上がったワームに急接近して、両腕から黒い炎でできた怪獣が扱うサイズの両剣(両方に刃のある長刀)を振り上げ、下降する勢いを生かして巨大なワームの体を頭部から尻尾の先まで両断した。

【グポオ】

 炎の両剣で両断された魔王ワームは、断面から黒い炎に包まれ即死。額に刻まれた紋章も消滅し、完全な死を迎えた。燃えはじめた死体は、瞬時に焼き尽くされ灰も残しはしない。魔王の死を確認したガリュウは、翼で減速しながらゆっくり着地する。
 椿は、魔王が死んだため大地を持ちあげていた魔法陣を解除する。かなりの質量を持ちあげていた魔法陣が消える事で少しづつ落下する大地。大地が落下した時、地震のような衝撃と砂嵐のような土埃が発生。

【ふん】

 その土埃に対してガリュウは翼を一度羽ばたかせるだけで土埃を縦に裂いた。そして、砂埃が両脇を避けていき、数分後に全てが収まる。周囲はこれ以上ないほどに荒れ果てていたが、元凶である存在は死んだ。
 戦いを終えたガリュウから降りた椿は、戦闘前から眠っていたミーニャの前髪を指で撫でる。愛しい我が子の無事を喜ぶ母のような表情でミーニャを抱く椿にガリュウが心配そうに尋ねる。

【小娘の容体はどうだ】
「心配してくれてありがとう。もう魔力は供給し終えてる。今は疲れて眠っているだけだから問題ない」

 椿はミーニャの小さな額に指を当て、バイタルをチェックする。指先から小さな白い魔法陣がミーニャを解析するが生命の危機はないと使用者に伝える。それを椿はガリュウにも報告し、彼に頭を下げる。

「ガリュウのおかげで助かった。本当にありがとう」

 椿の心からの礼だった。彼が異変を嗅ぎつけて現れなければミーニャが危険だった。そして、先に街に潜伏して情報収集している影虎の努力を無に帰してしまう事態となっただろう。それだけは避けたかった。彼と共に生きていく中で彼の負担にはなりたくないのが彼女の心境。留守を任された以上やり遂げてこその妻であるというのが椿の考えだ。
 まだ結婚していないとはいえ、10年以上共に生きている影虎と椿の関係は夫婦に近い。故に家を守るのは椿の使命なのだ。
 だからこそ、ガリュウの助太刀は心から感謝している。

【礼はいい。だがあの男を行かせたのだ。自分達の身は守れるようにしておけ。仮にも勇者であるのなら、魔王との戦いは避けられん】
「肝に銘じておく。けど、これは」

 椿は背後に広がる生命力を奪われ枯れ果てた大地を見る。椿が一度持ち上げたせいで余計に荒れてしまい、もう植物一つ育たぬかと思われた。仕方なかったとはいえ、自然に恨みはない椿。僅かばかりに良心が痛むのか、どうにかできないものかと考える。

【どの道あの怪物が現れた事で大地は死んでいる】
「そう……だよな」

 少し落ち込み気味の椿だったが、彼女の前の地面が盛り上がり始めた事で再び戦闘態勢へ移行する。指を何時でも弾けるように構える。
 地面を掘り進んで現れたのは、魔王化していないワームだった。その数は10匹近くにも及び、椿は迎撃しようと指を弾く。だが突然割り込んできたガリュウの腕に魔法が命中。爆発を引き起こすがガリュウの強固な鱗には大したダメージはない。

「なにするんだ」
【こ奴らに敵意はない。むしろ恩を感じておるのだろう。まぁ人間にはわからぬか】

 ワーム達をかばったガリュウの言葉に耳を傾ければ、こちらの様子を伺うようにじっとしているワーム達。確かに敵意は感じなかったため手を降ろすとワーム達の体が淡く発光する。魔法を解析できる魔眼を持っている椿はワーム達の目的を知って肩を撫でおろす。

「浄化魔法……まさか、再生するつもりか」
【元々こいつらの種族は土壌の浄化を担う。種族特有の魔法を持っておる個体が集まれば荒れ果てた大地もやがて生命が芽吹くだろう】

 地中深くに住まうワーム達だが、彼らは地球のミミズと同じく土を食べ、そこに含まれる有機物や微生物、小動物を消化吸収しその糞で土壌改良することが出来る。さらに種族が持つ浄化の魔法は土を耕し、植物の生長を促進する作用があると言う。
 その事を知った人間達がこの種族(元々は巨大なサイズの個体は少なかった)を乱獲したため、地中深くに逃れていた。そして地中深くで天敵のいない彼らは大地を肥やし続け、今の姿に進化した。
 故に彼らが森の再生を行うなら、任せても問題ないと言える。さらに魔王ワームの死体から空気中に還元される魔力もあり、ワーム達が魔法を使った段階で倒れた木々から若葉が出始めていた。

【災厄は排除した。儂は戻るぞ】
「うん。オレはミーニャが起きたら帰る」

 ガリュウは「ではな」と言い残して大空に飛び立った。巨大な体が空に飛び上がる光景は圧巻であり、じっくり遠くに消える姿を眺めていた椿。
 彼の姿が見えなくなった所で、椿はその場に腰掛け抱っこしていたミーニャを膝に眠らせる。 

「ごめんね、ごめんねミーニャ。ママがもっとちゃんとしてれば、怖い目にも合わなかったのに」 

 すやすや眠るミーニャの寝顔を眺め、謝罪の言葉を零す。
 少しだけ侮っていた。この世界の危険性を、そして護る戦いの難易度の高さを見誤っていた。この世界はすぐ傍で人が死ぬほど命が軽い。そんな世界で戦う事の出来ない幼子を守りながら戦う事に対して、認識が甘すぎた。

「術式改築開始」

 野生動物、災害、盗賊、人間による姦計、ありとあらゆる状況においても自らと我が子を守る。そう誓った椿は、ミーニャが眠っている間にあらゆる術式を書き直した。己の保存している魔法陣に愛娘を守護するための細工を施していく。
 一度組んだ魔法陣に新たな調整を加えるのは、至難の技。現代の魔法使い達が簡単な術式でもいじるのに10日はかかる。そんな作業を娘の頭を撫でながら、子守歌を歌うように書き換えているのだ。

 神技ともいえる魔法の書き換え、これからの戦闘に対する備えはミーニャが目覚めるまでの1時間ほど続けられたのだった。
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