Terminal~予習組の異世界召喚

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ep9.襲来

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 ガリュウと出会ってから5日。最初は人里に一人で出向くと椿に伝え、怒った彼女と影虎の喧嘩が終息。影虎は、情報収集と人里での拠点確保を命じられる。
その間、椿は魔法や魔法具の作成、そしてミーニャの育児に集中するという。本来は誰より先に母親を探したい筈だが、説得を受け入れる姿勢にはいった椿は素直だった。

ミーニャを人里に下ろして良いかもわからない、椿はそう言って預かった少女を世話する。人とは違った容姿の少女が迫害の対象になどなっていたら傷付くのはミーニャだと言った。
母親になると決めた以上、ミーニャを守ることには躊躇しないと椿は宣言する。

たった数日で何故そこまで想えるのか謎だが、影虎は椿の意思を尊重した。影虎はミーニャの親を探し、親元に返してやるつもりだが、それが足下を走り回る小さな子供の不幸となるなら考えを改めるだろう。

同じ境遇の少女に同情する程度には、影虎にも優しさがあるのだから。


ーーーーー

斥候として人里に影虎が向かって一週間がたった。

【これ小娘。儂の頭の上を走り回るでない】
「きゃーっ。えへ、うへへ」

ガリュウの頭の上を駆け回り、前転をしながらはしゃぐミーニャ。そのミーニャを嗜めるものの、下手に動けず為すがままのガリュウ。
あの日以降、こちらに干渉しないと告げて眠りに入ったガリュウだったが、竜を遊具認識したミーニャが毎日のように身体をよじ登りに行った。小さな身体を上手に使い、ゴツゴツしたガリュウの鱗を登るミーニャ。最初は、登れないように体をよじったりしていたガリュウだったが、一度それでミーニャが落下した事で、抵抗らしい抵抗すらできなくなった。
 彼が動けばそれだけで小さな少女などつぶれてしまう。それを理解してか大人しく遊ばれるだけになっていた。

 あまりにはしゃぎ過ぎるのなら、椿や影虎が彼女を抱き上げ回収する事もあった。そのため、多少であれば許容する度量を持つガリュウとミーニャの関係は悪くなかった。
 そんな彼らを拠点として用意したキャンピングカーの窓から眺める椿は、朝食の後片づけで洗い物をしていた。皿をピカピカになるよう洗い終えた彼女は、エプロンの帯をほどきながら外にいるミーニャを呼びに行った。

「ミーニャ。そろそろ森に行こう」
「あーい!」 
「うん。良い御返事。ガリュウもごめん、少しの間だがゆっくりしてくれ」
【あぁ。だが、森の鳥どもが落ち着きがない。長居はするなよ】
「わかった。ミーニャ行くわよ」

 エプロンを脱いだ椿は、ミーニャに声をかけながら背中に籠を背負う。彼女の声に元気良く返事したミーニャは、ガリュウの尻尾を滑り降りて傍による。ミーニャは椿が手に持っていた子供用の小さなかごに手を伸ばす。この火山のふもとに拠点を置いてから、朝食の後には近くの森に出かける生活をミーニャに教えていた椿。籠の肩ひもを掛けて背負わせてあげると手を繋いで森に出発する。

 彼女がミーニャを森に連れ出す行為には理由があった。森での食料の見つけ方をミーニャに学ばせる事と獣人であるミーニャの体を鍛えるためだった。純粋な人間でない以上、ミーニャを普通の人間として育てるだけではだめだと判断。
 鼻の利くミーニャに木の実を探させたり、森で散歩しながら危険な動物の避け方なども教えていた。もちろん、言葉を教える事も忘れずに、花を見つけては辞書を開いて名前を教え、毒のある植物などは避けさせた。椿自身も異世界での生活で、馴れない事が多い中で必死に勉強していた。
 ミーニャがきちんと木の実を見つけたり、危険なものを避けた時は褒め、危ない事をした場合にのみ叱った。叱ると幼いミーニャは大泣きして椿も泣き声に胸が苦しくなるが心を鬼にしていた。

「マニャ、あっち。うー」
「こぉら、走ったらダメ」 

 森へのお出かけにミーニャは大好きになった人間、椿がいっぱい遊んでお話ししてくれると興奮気味。すぐに椿の手を引っ張って森を進んでしまう。その行為を窘める椿だが子供というのは元気の塊。
 大人の事情で縛れる存在ではない。一人で走って行かなくなっただけでも進歩しているのだと諦めるしかない。ミーニャに連れられ赤い木の実が実った木まで案内される。
 その木の実は、王国から盗んだ図鑑で食べられる木の実だとわかり、先に椿が口に含む。口の中で優しい甘さが広がり、一応下の上で展開した毒物に反応する魔法陣が反応しない事で安全性を確認。
 ミーニャと二人で木の実を籠に集め終えると、倒れた木の幹に腰掛け昼食をとる事にする。椿の膝の上に座り木漏れ日を浴びながら彼女の作ったハムのサンドウィッチを小さな口でほおばるミーニャ。その隣で持って来た魔法瓶から紅茶をコップに注いで楽しむ椿。
 ピクニックのような光景は、何故か人気のない森の中に調和していた。


「マニャ。にゃー、なー、なー」
「ふふん。そう。ミーニャもいっぱいお話してくれるようになったね」

 二人して森で休息。今まではずっと他者を警戒していたミーニャだったが椿に対しては心を開き、ずっと何かを話し続けていた。まだ言葉をしゃべれないので気分で喋っているだけなのだが、椿はミーニャの言葉をきちんと最後まで聞いてあげる。指を刺したり表情である程度は読み取れるため、ミーニャは次々とご機嫌に言葉を話す。
 所々で椿が教えた絵本の言葉なども使えるようになっているため、話をする事の大切さを実感していた。そのまま時間がすぎれば楽しいひと時だったのだが、膝の上に座るミーニャが耳をピコピコ動かして周囲を見渡す。

「ん? 何かいるの?」
「うー! うぅうう!」

 突然ミーニャが小さな八重歯をむき出しにして、何かに威嚇する。だが怯えているのかギュッと椿の衣服を小さな手で握りしめている。椿は怯えるミーニャを抱っこして立ち上がり、森に意識を向ける。

(そういえば、ガリュウが森で鳥たちが騒がしいと言っていた。だが今は小動物一匹すらいない。いつもはミーニャの所に遊びに来ているのに)

「ミーニャ、今日のお出かけは終わり。家に帰りましょう」
「な」

 椿の言葉を理解してか、ミーニャは頷く。だが椿達が森を出るより先に、森の木々がなぎ倒され鳥たちが一斉に空に飛び立つ。そして、二人の直ぐ側の大地が盛り上がり、地面を突き破って巨大な口を持ったワームが何匹も姿を現す。
 体の表面は茶色い硬質なゴムのようで、口元の牙はとても鋭く、吐きだす唾液が周囲の植物を瞬時に消化している。その大きさも人一人簡単に丸呑みできるほどで、それが10匹近く現れる。腹を空かせているのか、その長い胴体を10匹で絡めて、椿とミーニャを包囲する。

「うぇええ。ううう」「少し目をつむって耳をふさいでいなさい」

 化物に涙目になるミーニャを胸に抱き寄せ、椿はもう片方の手で指を弾く構えをする。どんな理由であれ自分達を餌に選んだのだから反撃されるのは必然。

「オレは生き物には優しいつもりだ。だが、やむを得ない。恨むのなら、自分の低能さを恨んでくれ。構築魔法、白亜の城」

 椿が指を弾くと、彼女の周囲に白い無数の魔法陣が現れる。それらは、椿の魔法をサポートするシステムであり、彼女の所持する無数の魔法陣を操作し補助する。自動照準によって自分達を囲むワームの群れに狙いを定めて魔法を起動。
 様子見にと、風の刃を発射する魔法陣を起動して、先制攻撃を仕掛けた。無数の刃がワームの体に命中。
 人体なら瞬時に両断する刃だが、ワーム達の体には少し傷が付くだけだった。ワームの胴体は筋肉の塊であり、その筋肉を硬質ゴムのような皮が包み込んでいて、刃物が通りにくい構造をしていた。
 見るからに効果が薄い魔法だが、攻撃を受けたワーム体が一斉に椿へと突進してくる。瞬時に指を弾いて、白い鎖を発射して相手を拘束する魔法を起動。敵に照準を合わせず発動しただけの魔法だが、白亜の城の補助効果で的確に迫りくるワーム達の体を空中から伸びた鎖が拘束。巨大なワーム達の重機のような体を高速する魔力の鎖は、ギシギシと音を立てながらも千切れることはない。

【ギュアアアアア】
「焼いてみるか」

 パチンと指がなると、ワーム達の足元に赤い魔法陣が出現。魔法陣から炎が噴きあがってワームの体を焼く。だが炎にもだえるワームの体はあまり燃え上がらない。ゴムの体で内部にどろっとした血液が流れているため燃えにくいのだろう。
 森の中に言い表しにくい悪臭が漂う。だが、燃えにくいと言えダメージがあるのか苦しげな悲鳴をあげ次第に死に絶える。 しかし、まだ地面にもぐっていた3匹のワームが地面から飛び出して、椿へと口から消化液を吹きかける。

「なんだこの群」
「マニャ」

 ミーニャを抱っこしながら、椿は白亜の城が自動で展開した結界に阻まれる消化液を見る。その消化液は、強烈な酸性であり触れたものを瞬時にどろどろに溶かす事が結界に弾かれた液を浴びた木々を見て理解できる。酸を吐きだしたワーム達の開いた口内を狙って椿は、魔力の砲撃を行う。魔法陣から発射された砲撃がワームの口内から内蔵を抉り、3匹のワームを死滅させる。
 無傷の椿だが突然現れたワーム達が、攻撃を受けているにもかかわらず逃げもしないで、襲ってくる理由がわからない。餌と認識したにしても、手痛い被害を負えば逃げるものだ。なのにワーム達は、死すら恐れずに向かってくる。
 徹底的に焼き払い森を焦土にする手もあるが、その選択肢は最後の手段すぎる。襲われたからと言って森を焼き払うのは、やり過ぎだと理解している。
 だが、何匹殺しても次々に地面から現れる。消化液や体当たりを繰り返すワーム達。椿は、それらに対して魔法で対処して一定ラインからの侵入を許しはしない。だが魔法による爆撃と砲撃で20体近く殺すのに、依然としてワームの勢いが止まらない。

 さすがに面倒になってきた時、大きく周辺の地面が揺れる。その揺れは激しく、ワーム達が暴れるより周辺の被害が大きく地面が盛り上がって木々が倒れる程だった。

「大きいな」

 その揺れが収まった時、森の木々より遥かに高い位置にまで首を伸ばす黒いワームがいた。今まで相手したワーム達が人一人を丸呑みに出来る怪物なら、今現れた巨大ビルのようなワームは街一つを飲み込めるだろう。
 黒い体からは、紫のガスのようなものが噴き出し、他のワームと違い閉じた口からもガスが溢れ出していた。そのガスに触れた植物は枯れ、巨大ワームの体から無数に生える繊毛のような触手が空を飛んでいた無数の鳥達を食虫植物のように瞬時に捕獲し、体内へと引きずり込んだ。
 グルグルと喉を鳴らしながら、超巨大なワームは自分を見上げる椿達を見る。

「これは本当に生物なのか?」

 あまりの巨体とそのおぞましい生態と姿に椿は疑問を覚える。異世界の生態系を完全に理解できていない彼女だったが、目の前に現れた怪物が生態系に適合しているとは思えなかった。明らかに目の前の生き物は生態系を壊す存在。
 生きているだけで周囲の生物が死滅するたぐいの怪物だ。それに椿の眼には、ワームの体からおぞましい魔力が漏れ出している光景が見て取れる。そしてワームの額に最も強い魔力が宿った文字が刻まれている。魔法の文字から巨大なワームに魔力が供給されているように見て取れた。そして、周囲に漂う魔力が全て巨大なワームに吸収されている。その被害は、先ほどまで椿と戦っていたワーム達にも及んでいる。椿の推理は、あの怪物のせいでワーム達は地中に住めなくなり魔力不足で地上にいた魔力の豊富な椿達に襲い掛かったのだろう。彼らも切羽詰まっていたのだろう、馴れぬ地上に出て魔力不足で死にかけていたのだから。
 そして今も森全てが黒い怪物の胃袋の中のように命を食われていく。椿も自身の魔力が少しづつ巨大ワームに吸い取られている。そして、椿は胸に抱いたミーニャが一切動かず脱力していることに気が付く。 

「ミーニャ!」

 慌ててミーニャの様子を見れば、顔色が真っ青で額に汗を浮かべて気絶している。そして、ミーニャの小さな体から魔力が漏れ出し巨大ワームに吸い取られている事がわかった。

「オレとした事が」

 椿は、瞬時に地面に魔力で魔法陣を描いて魔力の吸収を遮る。椿の白亜の城が持つ自律防御に頼りすぎた事でミーニャが魔力を吸収される事を防げなかった事が椿を苛立たせる。慢心ゆえに護るべきものをおろそかにしたことが腹立たしい。
 咄嗟の処置で魔力の消費は消えたが、失った魔力がミーニャの小さな体には大きすぎた。すぐにミーニャの胸に手を当て魔力を負担がないように補てんする。

【ギュアアアアア!!】

 だが、椿とミーニャの魔力を吸収できなくなったワームが二人の方向を見て唸る。既に森の魔力を吸い尽くしている怪物が芳醇な魔力を吸収できず、もっと魔力を吸収するために半径10mはありそうな巨大な口を開き空気と一緒に椿達を吸い込もうとする。

「く」

 強烈な吸引に椿は吸い込まれそうになるが、指を弾いて白い鎖の魔法を起動。自分の体を鎖で固定すると反撃に80もの魔力砲を発射する。それぞれ属性や貫通力や形状の違う魔力砲が黒いワームに命中。体中で爆発を起こすが威力が巨体の前では小規模で肌にダメージすら与えられない。それどころか魔力砲の魔力を吸収され、逆に焼けた肌を再生すらされてしまった。

(白亜の城は対人、対獣用。あんなでか物には火力不足だな)

 椿が展開した戦闘補助用の魔法陣は、対人と対獣用に効率化された代物。自動防御と自動照準、そして各種サポートを司るが特徴的なのが魔力の効率化である。必要最低限の魔力で敵を倒す事を想定しているため、火力よりも殺傷力を極めている。そのため想定外の巨体を持つ怪物相手には、致命傷を負わせる事が出来ないのだ。
 さらに上位の術式に変えるべく魔法陣を展開したい椿だが、ミーニャへの魔力を補てんしながら制御術式を展開するのは難しい。さらに他の制御術式には、彼女が守るべきミーニャを保護対象に設定していないという課題があった。
 元々ミーニャを守りながら戦うことなど想定していないため術式の調整ができていないのだ。それを発動した場合、自動防御でミーニャを攻撃してしまう可能性があり、使えない。こんなことなら予め調整しておくんだったと後悔する。
 だが後悔しても現状は変わらない。

【ギュウウウ】
「邪魔をするな!」

 業を煮やした黒いワームが体から生える無数の繊毛を伸ばして椿達を拘束しようと攻撃を仕掛けてくる。その数は百から二百でひとたび捕まれば一気に魔力を吸い取られる。椿は白亜の城を最大限に活用し、別々の意志を持っているように複雑な軌道を描く触手をマシンガンのように無数の魔弾で迎撃。
 瞬時に再生する触手を相手に消耗戦に持ち込む。次々に襲ってくる触手を爆破し、切断し、燃やすもやがて処理能力を超えた触手が自動防御の結界に触れる。

 バチバチと結界が触手を防ぐが、触手が触れた部分の結界の魔力が吸収される。このままでは結界を消化されてしまう。そう考えた椿が対影虎用の魔法陣を起動を決意、指を弾き自身の背後に全長50mはありそうな巨大で複雑な魔法陣を描く。だが瞬時に発動するための補助が対人用の”白亜の城”に限定されているため、発射までのラグが生じる。

「後少し」

 椿がそう口で零した瞬間、椿の行動を理解したのか巨大なワームが山すら飲み込んでしまいそうな巨大な口を開き、その巨体で急加速。蛇のように地面を這いながら新幹線のごとく速度で急接近。
 馬鹿でかい巨体が地面を抉りながら高速で動くと予想していなかった椿は、突然の敵の行動に驚き魔法陣の発動が遅れる。
 もう間に合わない距離まで黒いワームの口が迫り、強烈な吸引を食らう椿。気絶したミーニャを抱きしめかばったのは母としての本能か。しかし、そんな事で巨大なワームの捕食を免れる事は出来ない。

【――――――――!!】
【ギュォ!?】

 だが奇跡は起こる。
椿がミーニャをかばった瞬間、もう突進する黒いワームの上空から空を揺らすほどの咆哮と共に黒い竜が巨大な口を開け、ワームの胴体に噛みついた。体自体はワームの方が大型だが、突進の勢いもありワームの突進が強制的に方向転換させらる。それによって椿達から大きくそれたのだった
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