銃と火薬とアイスクリーム

クロ

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十二月十五日

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『十二月十五日』
 朝、久しぶりに台所に立ち自分の分の弁当を作ることにした。たまには作らないと腕が落ちる気がするし、なにより何日も連続でお昼抜きは身体に優しくない。
 冷蔵庫を開け、食材を吟味する。選択肢は少なく、メインは冷凍食品になりそうだ。
 冷凍食品を取り出し、レンジに入れ、適当な時間にタイマーをかけ温めボタンを押した。
 例えば私は道具を使えば人を殺せる。
 正確に言えば、道具で人を殺す方法を知っており、それを実行しえるだけの体力と技術を持っている。
 言葉にすれば大仰だが、実際のところ、大した技術ではない。『知っているかどうか』と『可能かどうか』がイコール出来るような単純な行為だ。
 要は知っていれば出来る、知らなければ出来ない、といったことだ。
 だけど、仮にそれが必要な局面に追い込まれたとしても、躊躇なく実行できるかどうか?
 無理だった。
 仕返しをしたかった。殺してやりたかった、のにだ。
 なぜか?
 恐いから、だ。
『人を殺せば逮捕される』とか『良心の呵責に耐えられそうにない』ましてや『殺される相手のことを考えると』などといったものではない。
 ただ単純に、純粋に、恐いのだ。
 これは倫理とも道徳とも関係ない。
 単なる反射的な恐怖反応の問題である。
 どうやら人間は、破壊的な行動を禁忌するように出来ているらしい。そこは当然思考や理性が介在し、これを抑制したり冗長したりするはずだが、これは前提条件が必要となる。
 因果関係についての情報の有無、である。
 平易に言い直すなら『実行した結果どうなるか知っているか』ということだ。
 例えば、誰かを刃物で切りつければ怪我をし、大量の鮮血が溢れ出て、相手は悶え苦しみながら絶命する。
 結果的にどうなるかを知っているから私には出来なかった。
『今までは』
『昨夜未明、自宅近くの路地裏で吉永 和実(よしなが かずみ)さんが全身を折られた状態で発見されました――三日前の事件との関連性を――』
 昨夜の出来事がテレビから流れてくる。
 冷めた表情でキャスターの言葉を聞き流した。
 私はもう昔の私ではなくなっていた。自殺に失敗した日、理由もなく手に入れたこの人を殺せる力。最初は偶然。二回目は必然、自らの意思を持って。
 私は人を殺せた。
 力を使えばどうなるか理解していたのに、だ。
 簡単に力を行使できた。ほんの少し触れて思うだけで相手が壊せた。
 一つ壁を破れた気がした。一つのラインを超えた気がした。
 何故このような力が私にあるかはわからない。どうでもいい。
 だってあるものはあるんだから――この世界には正義の味方がいないことを私は知っている。それは十分に思い知らされてきた。
 だから私を止められるものはいない。
 チン、とレンジが冷凍食品を温めたことを告げる。
「もう出来てるわよ」
 母がレンジを開け、私に声を掛けてくる。これは非常に珍しい。         
 いつも適当なことを喚いている父が、今日は大人しくニュースを見ているから心に余裕があるのかもしれない。
「最近、百夜どうしたの? 暗い顔してないじゃない」
 私のことを気に掛けるなんていうのは更に珍しい現象だ。珍現象といってもいい。
 驚きながらもお弁当を作る手は止めない。
 ピーマンを包丁できざんでフライパンで炒めるだけだが、すべて冷凍食品よりかは温かみがある気がする。
 何かを料理したという事実が大事なのだ。
「そんなに変わったかな……」
 素直な疑問を口にする。
「変わったわよ、昔っからそんなに笑う子じゃなかったと思うけど……まるで別人みたいってお父さんもそう言ってたわよ」
 昨晩帰って来て、父親と二階へ上がる階段の前であったが、そんなことを思われていたのか……なんだか恥ずかしくなった。
 自分が笑っていたことに気がついてなかったからだ。笑顔が無意識のものだったのは間違いないが、一体私は何が楽しかったのだろうか……。
 たしかに昔からあまり笑わない子だったと思う。
 そして高校に入ってからは更に笑わなくなったのだから、そのような印象を持たれたとしても当然といえば当然なのかもしれない。
 私の手が止まっていることに気がついたのか、母が弁当箱にレンジで温めたものを詰めてくれる。
 こんなことをしてくれるのは何ヶ月ぶりだろうか、自分でも驚くくらい掛け値なしに素直な言葉が口から漏れた。
「ありがとう……」
 言葉の終わり際は尻すぼみになってしまったが、母の表情を見る限りなんとか伝わったようだ。
 私が笑顔になると母と父の仲も上手くいく。
 たまたまだったのかもしれないけど。
 明日になるとまたいつもの父と母になるのかもしれないけど。
 私は信じたい。
 それじゃあ、障害はすべて――排除しないといけない。
 私はこの力ですべて手に入れるんだ。
 この考えは間違っていない。
 このチャンスを逃したくない。
 そうだ、だって、今までこんなに辛い目にあってきたんだから。
 だから殺したっていいんだ。
 殺さなきゃ。
 殺らなきゃ。
 一人残らず。
 そうしないと笑えない。
 笑わなきゃいけないんだから。
 笑えばすべて上手くいくんだから。
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