銃と火薬とアイスクリーム

クロ

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十二月十四日(2)

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 昼休みの始まりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。
 教諭が廊下へ出たのを見届けると教室への長居は無用だとばかりに、白夜は教室の外へ急ぎ足で向かった。
 蒼太の教室に行くためだ。
 途端、白夜の背中に衝撃が走った。
 百夜が、蹴られた、と理解するよりも早く廊下へ吹き飛ばされる。
 不本意ながら教室から廊下へ、足ではなく頭から移動する形となった。
「今日は珍しく背中に足跡ついてなかったから、つけて置いたぞ」
 背中を蹴った男子生徒の言葉に白夜の周囲が笑いに包まれる。
 白夜は倒れたまま男子生徒の顔を見るが、名前もクラスも知らない生徒だった。
 すぐに立ち上がり蒼太のいる教室に向かうために廊下を進もうとするが、待てよ、とばかりに先ほど白夜の背中を蹴った男子生徒がついてくる。
 逃げるようにして女子トイレに駆け込み、個室に入り鍵をかける。
 このようなイジメは白夜にとっては日常茶飯事だったこともあり、さして気には留めないが蒼太を待たせてしまうことに気が重くなる。
 掃除が行き届いておらず、嫌な臭気を放つこの個室から飛び出してすぐにでも蒼太の元に向かいたいが、邪魔が入るのは目に見えている。
 もし蒼太が白夜と会っているところを誰かに見られれば、蒼太にも飛び火する可能性がある。そんなことを考えると軽率な行動は取れなかった。
 白夜が便座に腰掛け個室の壁に書かれた落書きを眺めていると、三人の女生徒が荒々しい言葉を引き連れ入ってくる。
 会話の大半は白夜に今からする仕打ちの内容だった。
 三人のうち一人が用具室を開け、清掃用のホースを取り出し洗面台の蛇口にホースを設置すると蛇口のバルブを全開にした。
「親切な私達が流してやるよ」
 個室の上部から白夜に向かって清掃用のホースで水が注ぎ込まれる。
 刺すような冷たさの水を頭からかぶり続ける白夜だが、悲鳴どころか一声もあげることはなかった。
「……」
 腰まである長い髪が水道水を含み、首が後ろに引っ張られる。
 濡れ烏のようになった髪をそのままに俯き、未だ止まることのないホースから降り注ぐ冷水にも表情を変えなかった。
 個室に入ってからの白夜の表情は、変わることがない。
 当初、無言の白夜と相反して個室の外では歓声が上がったが、何の反応もないとわかると白夜の入った個室に向かって舌打ちした。
「冷たいなら冷たいって言いなさいよ、そしたらやめたげるよー」
 引っ込みがつかなくなったのか、白夜の入る個室の前に集まった一人が笑い声交じりに言った。
 なぶるような女性徒の声に、周囲が盛り上がる。
 ――冷たくなんてない。
 白夜の身体の内部は湯気が立ち上らんばかりに熱せられていた。眼鏡が曇り、世界が霧に包まれる。
「泣きそうな声で、色々言ってみなさいよ」
 ――泣きそうにもなっていない。
「……」
「ちっ、つまらねーの」
 その言葉を合図に白夜の周囲が途端に静かになる。
 結局、何を言われても白夜は一度たりとも声を出すことはなかった。
 否、出したかったが出せなかったのだ。
 声を出せなかった――
 ――白夜は、嗤っていた。
 無言でワラう。声をあげずに喉の奥でワラう。表情は愉悦。公園で遊んでいる少年少女そのもの。
 一度声を出してしまうと笑い声が止められそうになかったから、声はあげなかった。
 ――悔しくない。
 ――だって……こんなに楽しくてしょうがないんだから。
 ポケットから折り紙を取り出し、折り始める。白夜の手中でじょじょに鶴が形作られていく。
 この身体の熱さを冷やしてくれるのは個室の外にいるあいつらだけ、白夜はそれが本能的にわかっていた。
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