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 わたくしには何一つ、他人より優れている所なんてない。
 唯一決定的に一般人と違う点があるとすれば、王国一の悪女マノンの娘である――その一点のみ。
 糾弾されることはあっても、賞賛されることはけしてない。

 そんな後ろ向きな考えを、全部殿下のキラキラに吹き飛ばされた。
 いや、光に照らされてはじめて、そこまで自分がうじうじしていたことを自覚できた、というべきだろうか。

 わたくしはこういう人間で……そしてそこから、変わりたい。
 わたくし自身のためもある。だけど何より、殿下のため――見込んでくださった方のお役に、少しでも立ちたい。立てる人間になりたい。


 その覚悟をしてきたはずだった。そのための一歩だったはずだった。
 けれど母のことは、わたくしの想像以上に、わたくしにとって重荷だったらしい。名前を出されただけで、頭が真っ白になってしまうほど。

「本当に、ずっと……待っていた。きみが私の所に帰ってくる日を」

 猫を撫でるような甘い声に、ぞぞぞっと寒気が走って、ようやく自失状態から立ち直る。

 侯爵閣下はいつの間にかわたくしと距離を詰め、顎の辺りに指を添えていた。急所である喉の近くに気を許していない人の手があると、気持ち悪さでざわざわする。

 だけどソファに座った状態で目の前に立たれては逃げ場がないし、手を振り払いたい衝動もぐっとこらえた。笑みを浮かべるのは無理だけど、なんとか声を絞り出す。

「わたくしの名前はシャリーアンナです、閣下。どなたかと勘違いなさっているのではないでしょうか」
「しらを切ろうというのかな? それとも今日まで、ラグランジュ男爵夫妻が義両親だということを知らなかったの? マノン=ザンカーこそ、きみの本当の母親なんだよ、シャリーアンナ」

 どこか歌うような抑揚をつけ、妙に若く見える侯爵は言う。

 わたくしはきゅっとスカートを握りしめた。

 これはおそらく、かまかけではない。証拠も確信もあるのだろう。

「十年前になるかな。ラグランジュ夫妻に連れられてパーティーに来たきみを見て、一目でわかったよ。世間はきみの髪のことばかり言うけれど、きみが誰とも異なっていたのは、その異様で邪悪な目だった。ああ、すぐにわかったとも。全く変わらない、忌まわしいこの瞳……」

 侯爵の指が頬を上って目の下まで来そうになり、わたくしはとっさに全力でのけぞってしまう。

 まあ、最初からおかしい話ではあったのだ。
 デュジャルダン侯爵家は力のある貴族だ。だから本人が気に入った相手を身分問わず迎えるというストーリーであれば、まだ話はわかりやすい。

 けれどレオナールとわたくしの婚約は、このご当主様が決めた。わざわざ縁を持っても何のメリットもない、かといって昔恩を売ったわけでもあに男爵家の令嬢を指名した。

 その理由が母で、母に未練のある侯爵が娘のわたくしを家に迎えたがっていた、というのは、腑に落ちる答えではある。

 瞳のことも、どこまで詳しく知っていたのかはわからない。だがあの眼鏡は偶然のプレゼントなんかではなく、閣下によってわたくし用に作られたものだったということになるのだろう。

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