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 破廉恥女の人生の墓場に選ばれたザンカー伯爵は、御年アラウンドフィフティーのご老体だったらしい。冷徹で残忍な性格をしており、おまけに病が原因で、化け物じみた容姿をしていた。人間不信の彼は金と権力に任せて何人かの女性と結婚したが、いずれも長続きしなかったそうである。

 マノンはそんなお手本のような悪徳貴族に無理矢理嫁がされ、散々なぶられた後、誰にも知られずに衰弱死した。

 これが表向き、というか庶民に伝わっている悪女マノンの物語の最期、である。

 しかしこれは誰かが面白おかしく広めた噂であり、事実は少々異なる。

 何しろこの親子以上に年の離れた夫婦、誰にも予想できなかったことであるが、存外うまくいってしまったのである。

“気持ち良いが正義”がマノンの宗教だったことはもう述べたが、世間的に見ればどう考えても“あり得ない”ザンカー伯爵すら、マノンにとっては“愛せる人”の範囲内に余裕で収まっていたらしい。

 偏屈老人は、嫌悪や嘲笑等、負の感情を向けられることには慣れていたし、財産や権力目当てのおべっかにも耐性があった。が、ガチ恋猛アタックには、免疫が皆無であらせられたらしい。

 最初こそ新妻いじめに精を出そうとしたが、半年後にはすっかり、メロメロのデロデロになっていた。人里離れた場所に夫婦専用の別荘を建て、最低限の使用人だけに世話をさせるほどに。

 そこは老いてもさすがの切れ者系悪徳貴族、悪女を貞淑な妻にさせるには、物理的遮断が最も有効と理解できていたのだろう。他に選択肢がなければ、マノンは実に一途な妻だった。

 察するに、庶民の間でマノンは死んだ、という説が広まったのも、ザンカー伯爵が流布していたのでは? と推測される。彼は外界を隔絶することで妻と自分を守り、幸福な理想郷を築いた。

 だがここで、年の差夫婦めでたしめでたし――という終わりにもならないのだ。もう少しだけ悪女の物語は続く。

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