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「殿下、お召し物が汚れてしまいます! そういったことはわたくしが――」
「ありがとう、シャンナ。でもたぶん、大丈夫だと思う。ほら」

 そう言う彼が床を指さすと、割れた皿の破片が浮かび上がり、お行儀良く並んでくっついた。床は水で洗い流され、ぴかぴかになる。

 さすが全属性使い……風魔法と土魔法と水魔法の応用編かな。
 でも詠唱もせず同時発動、しかもこんな器用な使い方するって、やっぱり控えめに言ってこの人化け物なんじゃなかろうか。というか、掃除といいお茶入れといい、結構板に入った仕草のように見えるんですが。皇族は一体どんな教育をしているのですか……。

 出遅れた上にぞうきんで床を磨くような仕事もなくなり、わたくしはせめてこれぐらいはと殿下からトレーを受け取る。

 この辺でようやく我に返ったらしいいじめっ子の取り巻きABが、殿下に向かって指を突きつける。

「なんだてめえ、気にくわねえ奴だな!」
「そうだそうだ、こちらにおわす方をどなたと心得る!」

 わあ……たぶんこの人達、日頃ニュースをチェックしないタイプなんだ……。
 貴族クラスであれば当然転校初日に紹介を聞いているだろうし、平民だって隣国から殿下が留学にいらっしゃる旨、周知はされているはずだ。直接お顔はわからずとも、見たことのないキラッキラの王子様然とした方がいれば、容易に隣国の皇子様と推測できるはず――。

 あ。でも顔もちゃんと知っていたはずなのに、うっかり天使と見間違えた今世紀最大のアホもいましたね。
 わたくしなんですけどね!
 自分もやらかしたことを思い出したら、この人達のことを全く責められない気がしてきた。そう、人は間違える悲しき生き物。当事者意識のない情報って、右から左に抜けがちですよね……。

 ただ、ふくよかな主犯は、さすがに雰囲気などから乱入者の正体を察しているらしい。
 蒼白なまま「お、おい、や、やめ……!」とかあわあわしているのだが、体がすくんでしまっているせいか、声が小さくて届いていない。

 あら、目が合った。「ふざけんなよお前、付き人ならなんとかしろよ!」と言いたげなものすごい形相でこっちを見ている気がする。

 いけない、ついいつもの癖で流され傍観者ムーブが。わたくしはそっと、殿下に小さく囁きかける。

「殿下。ここはこう、いったん下がりませんか、とご提案してみたいわたくしなのですが――」
「ごめんね、ぼくは転入してきたばかりだから、この国のことをよく知らなくて。そちらは有名な人なの?」

 駄目です、この皇子殿下――ヤる気だ!
 これはもう、寛大な御心で無礼を許すとかいう可愛いものじゃなくて、「噛みついてきたんならやり返されても文句ないよな」って人間の言動ですよ。穏やかで甘い顔していても、流れている血は戦闘民族皇国人なのかなあ!

 そういえばミーニャの時もバッチバチだったもの……虫も殺さぬお顔だけど、実は中身大魔王だったりなされるのかしら。ああ、いけない。無力感のあまり現実逃避に走り始めている。しっかりするのよわたくし。
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