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森の民はリーダーに選ばれる

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 リーダー、クラトスは緊急で集会を開いた。議題は勿論村の今後についてだった。彼は批判を恐れずに現状と展望を伝え、対策を伝えた。そして当然の如く批判は噴出した。

「一か月後!? 一か月後だって!? あまりに話が急すぎるぜ! 俺は結婚して家を建てようとしてたんだぞ!!」
「ようやく始めた仕事が軌道に乗ってきたというのに……」
「私のような老いぼれ……いまさらどこに行こうというのか……」

 批判する彼らは決して怠惰ではなかった。各自それ相応の理由が持ってこの村から離れることを渋った。
 しかし、

「お前ら死にたいのか!? 何度も言っているが鉄は無限じゃない! 孤立する危険性もあるんだ! 今なんだ! 今行動しなければ助かるものも助からないんだ!」

 リーダーの逸れることを許さない真っすぐすぎる説得に、飽き飽きしながらも応じる他なかった。

「みんな、わかってくれたな? それじゃあ今日から一か月後に」

 支配的な空気に一石が投じられる。

「あーあー、ちょっといいかしら」

 ビクトリアが手をあげて介入する。いつもの調子で緊張感はない。

「……エルフ様。どうされたのですか? 集会で発言するなんて珍しい」

 ビクトリアは異種族であり、短命種の営みには基本無関心であり参加にも消極的であったが今回は違う。

「なに? 発言しちゃまずいっての?」
「そんなまさか。どうぞ。意見があるならなんなりと」
「そうね。それなら遠慮なく、そして単刀直入に言わせてもらうわ。私はこの村を離れることに反対よ」

 エルフが発言する珍事だけでなく、リーダーの考えに真向から反対する度胸に辺りがどよめく。

「……エルフ様。生憎ですがこれはもう決定事項。いくらあなたといえどひっくり返しはできない」
「決定事項? 村の連中が本当に納得してるとは思えませんけど?」
「それでも最終決定権はリーダーにある。エルフ様どいえど従ってもらいますよ」

 強力な魔法を放つエルフが相手でもクラトスは物怖じしない。態度を崩さず、押し通そうとしていた。

「……ほんと強引。あんたらしくないわね」
「なに?」
「あんたが焦っている理由、当ててあげようか? そのリーダーである時間もだからでしょう?」

 クラトスはわずかに眉をひそめる。

「え? あれ、そうだっけ?」
「そういえばそうだったような……」

 村人たちは季節の変わり目や気温の上下には敏感だが納入以外での細やかな月日の流れには鈍感だった。

「そうだそうだ! 新月! 次の新月には新しいリーダーを選ぶ話になっていたんだった!」

 村人たちは頭上を見上げる。雲一つのない夜空。星々は輝くも丸い月もなければ糸のように細い月もない。

「……エミリの入れ知恵だね。やはり彼女は頭が回る」
「あんたも真面目そうな顔して意外と卑怯よね。任期を有耶無耶にして既成事実を作ろうなんて」
「人聞きの悪い。手段を選ばないと言ってほしい」

 村の放棄を確実にするためにもリーダー特権は必要不可欠。そして隠し通していたのも次なる策のため。

「いいでしょう、それでは次のリーダーを決めましょう。他に候補がいればですがね」

 クラトスには長年の実績があり信頼も厚い。それに勝つための対抗馬が必要なのだが……、

「よく考えたものよね。あんたに勝つためにはそれなりに準備と時間が必要なのよね」

 彼はリーダーの座を守るために徹底していた。任期を隠すことで現れるかもわからない対抗馬に準備期間を与えなかったのだ。

「よくおわかりで。さあさあ、次のリーダーに名乗り出る者はいるか? 何人でもかかってくるといい」
「よく言うわ。たくさん候補が名乗り出ても票がばらけてるだけ。あんたが有利になるだけでしょうに」
「おや、そんなつもりはなかったんだが。それで結局誰が名乗り出るんです」
「いまさら名乗り出る必要はないでしょうけど、はっきりさせておこうかしら。私よ。私、エルフが次のリーダーになってやろうじゃない」
「……驚いた。君なのか」

 クラトスは純粋に驚いた。もし仮に対抗馬が現れるとするならばそれはエルフではなく、

「ええ、エルフ様こそ次のリーダーにふさわしいとわたしは考えています」

 エミリがビクトリアの後ろに立つ。

「……エミリ。何の考えがあってかわからないがそれは悪手じゃないかい?」
「いいえ、これこそが最善です。エルフ様には人を惹きつけるカリスマがあります」
「惹きつけても同じ歩幅で歩めないというのに……まあ、この話は追い追いやっていくとしよう」

 クラトスはぱんぱんと手を叩く。

「それでは皆。急ではあるがこれから新たなリーダーを選ぶことになった。大きな水瓶と……うん、何を入れよう」

 紙のような貴重品を使い捨てにはできない。代用品が必要だった。

「鉄くずなら捨てるほどあるぞ。使うと良い」
「アッシュの葉っぱも使えるんじゃない? 鉄くずは水瓶を傷つけちまうかもしれないし」
「葉っぱなんて入れたら裂けちまって増えちまうんじゃないか」
「なによ!」
「やんのか!?」

 提案する村人が喧嘩を始める。

「しょうもないことで喧嘩してんじゃないわよ、みっともない」
「ここは公平に二つとも使うとしよう」
「そうですね。それではクラトスさんを支持する場合は鉄を、エルフ様を支持する場合アッシュの葉を入れることにしましょう」

 折衷案でその場は事なきを得た。





 用意された水瓶の中は空であることを確認して投票が始まる。
 立候補者の二人は魔法や脅迫で不正できないように隔離される。
 クラトスとビクトリアの二人は人気がないことで人気のスポットで待機させられた。

「……」
「……」
「……」
「……」

 二人は無言だった。公衆の面前では舌戦を繰り広げたのにいざ二人きりになると何を話せばいいかわからなかった。

(気まずいわね……何か話しなさいよ……)

 ビクトリアは何か言いださないか待っていると、

「そういえばエルフ様」
「な、なにかしら!? 聞きたいことがあるの!? なんでも聞きなさい!」
「今日ここで俺とエミリが話しているのを盗み聞きしていましたよね」
「ししししらないわよ!? プロポーズとか全然知らないから──あっ」

 テンパって自爆。
 しかしクラトスは淡々としていて、

「聞いていたのなら話が早い。俺は彼女を愛しています」
「あ、愛して……!」
「俺は本気で彼女を幸せにするつもりだ。覚悟であなたとは違うんだ」
「な、なによ、それ。私が彼女の幸せを望んでいないとでも思ってるの」
「彼女の幸せを真に願うなら少し距離を置くべきだ。このままで彼女もあなたも──」
「自分の幸せは自分で決める! 誰かに決められるもんじゃないわ!」
「……あなたならそう言うんでしょうね。はあ、これだから……」

 クラトスが最後まで言う前に、

「投票全員終わったよ! 二人とも戻ってこい!」

 二人は呼び出されてしまう。

「……悪いがこの勝負は貰いましたよ」
「はあ? まだ結果を見てないのに勝ったつもり?」
「勝ったも同然でしょう。異種族のエルフを村のリーダーにするメリットなんてありますか?」
「そ、そりゃ……そうね、エルフの村で人間が村長になるようなものよね。簡単には受け入れられないわ」
「おや、意外とすんなり受け入れられる」
「……でもこの村にいたいって気持ちは本当にあるのよ。そこだけはあんたには絶対に負けるつもりはないから」

 ビクトリアはそう言って先に戻った。



 そして運命の瞬間がやってくる。

「それじゃあ水瓶をひっくり返すぞ!」

 村人全員が見守る中、水瓶がひっくり返される。
 鉄くずが真っ先に飛び出る。

(まあ、そうだわな……)

 クラトスが内心で言い聞かす。しかし彼の余裕は長く続かなかった。

「うーん? まだ中に残ってるな」

 村人が壺の中を掻き出す。するとアッシュの葉が出てくる。それも鉄くずの倍は出てくる。

「な、に!?」

 掻き分けて行き、結果が出る。
 ビクトリアの圧勝だった。
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