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森の民は鉄の村に何をもたらす
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一人のエルフが鉄の村を訪れてから十年が経過した。
今日もエミリは日課である果物や薬草の採集を終えると村に帰った。十年も続ければ要領を掴み、採集量は子供の頃と比べ物にならないほどに増えた。ぱんぱんに膨らんだ大袋を豪快に肩に抱えてのっしのっしと歩く。日々の暮らしが彼女を大きく立派に成長させた。
村も大きくなっていた。村を囲っていた、腰の高さほどしかなかった木の柵は取り払われ、代わりに石積みの塀に切り替わっていた。
人も増えていた。特に若い男が増え、代わる代わるエミリに話しかける。
「やあ、エミリ。今日もたくさん採れたかい」
「ええ、見ての通り」
「エミリ! 今度一緒に遊びに行かないかい?」
「ごめんなさい、忙しいの。また今度」
「エミリさん。あなたのために花を用意しました。ぜひ受け取ってくれませんか」
「きれいな花だけど足りてまーす」
エミリは美人に成長していた。おまけに活発で明るい性格のまま。仕事に追われる男たちの癒しに、そして憧れの的になっていた。
村の男を誰でも選べる立場である彼女だったが、今日至るまで恋仲にまで発展することはなかった。
「エミリ。おはよう」
「あ、リーダーさん。おはようございます」
リーダーも変わらずリーダーとして村のために働いていた。今は三期目であり最終年。次期リーダーも彼が最有力候補だった。
「重いだろう? 俺が持とう」
「大丈夫ですよ、これくらい! すぐそこおうちですし!」
「そうか。それじゃあまた後で」
リーダーは簡単に挨拶を済ませると自分の仕事に戻っていった。彼はエミリの知らない村の外の人間と話していた。
「ただいまー!」
エミリは帰宅した。元気に挨拶するが返事はない。彼女の両親は未だに帰ってこないが、それでも彼女は元気に帰りの挨拶をしたのだった。
「んー?」
返事がないはずなのに家の中から物音がする。
「さては……」
エミリはそのことに不気味さを感じず、にかっとほほ笑む。
「エルフ様~。朝ごはんはわたしが用意しますよ~」
台所へ行くと何も塗っていない食パンをもそもそと食べる、寝ぼけたビクトリアがいた。
「ん~……エミリ、いたの……?」
ビクトリアはこの村に残ることを選んだ。用心棒として雇われ、エミリと二人で暮らしている。用心棒として働くのは主に夜。魔物の襲撃は昼夜問わないが、夜間は人手が足りない上に月が出ていないと暗くて戦えない。その点エルフであれば鋭い聴覚で敵の居場所を察知できるため重宝されている。
仕事を終えると昼まで寝ているのがほとんどだがたまに腹を空かせると台所に出没し、ネズミのように食料を漁る。
「蜂蜜とりんごジャム、どっちがいいですか?」
「……ん~、りんごジャム……蜂蜜は……あんたが食べなさい……大好きでしょう……」
「もう、いつの話をしてるんです? わたしがいつも食べるのは野菜サンドですよ」
パンを切り分けてりんごジャムを塗る。そして寝ぼけたビクトリアの手に握らせる。
「はい、お待たせしました。こぼさないよう気を付けてください」
「……ありがと……」
あの日約束したようにエミリはビクトリアを甲斐甲斐しく世話をしていた。いつしか姉妹のような立ち位置が逆転していた。
「……食べてたら思い出した……今日は朝からリーダーが来るんだっけ……」
糖分を摂ったことで頭が回り始め、昨晩の約束を思い出す。
「リーダーとはさっき会いましたよ。なんだか村の外の人と一緒にお話されてました」
「また新たな入居者かしら? 世話好きね~、ほんと」
「うーん、あの感じはなんか違うんですよね……」
エミリは切り分けた野菜サンドイッチを持って席に着く。一口齧ろうとした時だった。
「ちょっとエミリ! 肘に怪我!」
「え?」
エミリは肘を張って確かめる。すると右肘に擦り傷があった。
「あ、すみません。わたしってばうっかり……エルフ様のパンには血はついてないと思いますが念のため捨てて」
ビクトリアは世話係の言葉を一切無視してパンの残りを喉の奥に押し込み、エミリの腕を掴む。
「じっとしてなさい」
そして回復魔法を唱えた。あっという間に擦り傷は消えて、元の健康な肌に戻る。
「いつ見てもすごいですね、回復魔法。リーダーよりも上手です。早いし痒くならない」
回復魔法はリーダーから習った。魔法の扱いはやはりエルフが一枚も二枚も上手だった。
「当然よ、あんな素人がこの私を越えようなんて百年あっても足りないくらいだわ」
「あはは、リーダーはそこまで長生きできないと思いますけど」
「そうね、無駄に苦労積んで早死にしそう」
「縁起でもないこと言わないであげてください……エルフ様?」
ビクトリアはエミリの腕を掴んだまま、じっと観察する。
「あんた、背までじゃなく腕も伸びた?」
「なんですか、それ? 背も伸びるなら腕も伸びるに決まってるじゃないですか。まだまだ育ちざかりですよ~」
腕に力を込めてコブを作る。
「わたしがこうしていられるのも全部エルフ様のおかげですよ?」
ビクトリアの功績は大きい。エミリだけでなく村をも助けている。彼女が来てからというもの、理由は不明だが魔物の襲撃の回数は半分以下に縮小した。一部では用心棒としてではなく女神として崇める者も出始めている。
「殊勝なことね。これからも精々私の世話をしなさいよね」
何回も繰り返される感謝は日常と化していた。ビクトリアは当然とばかり胸を張る。
「はい! 喜んで!」
二人が食事を終え片づけを始めた頃に玄関からドアを叩く音が聞こえた。
「あぁ、この叩く音はリーダーね」
次に人の声。
「すまない! リーダーです! エルフ様はいらっしゃいますか!」
予想通り、リーダーが訪れた。
「行きましょうか、エミリ。どうせ新入りに顔合わせとかでしょうけど付き合ってあげましょう」
「はい、お供します」
二人は玄関へと向かった。
この時、村の変化はすぐそこまで訪れていた。
「この村を放棄するですって!?」
突然の話にビクトリアは耳を疑った。
「だめよ、そんなの!」
そして頭から否定に入る。
「うれしいなあ、エルフ様はこの村に相当愛着が湧いてるようで」
「別に短命種の村なんてどうでもいいわ! それよりもどうして村を放棄するって!?」
リーダーは落ち着いて説明に入る。
「昨今この土地での魔物の襲撃が増加しています。勿論、この村は不思議な力に守られてか、エルフ様が訪れてからというもの、被害は急激に少なくなりました。ですがその分、近辺の村の被害が多くなっています。つい一か月前も最寄りの村が魔物被害に遭い、放棄を決めました……この村の人口が増えたのも魔物の襲撃が少ないという情報を聞き、近辺から移り住んできたからです」
「それがこの村を放棄とどう関係するわけ? 受け皿になっているというなら、ますます放棄しちゃダメじゃないの」
「この村は鉄を売って富を稼いでいます。ですが村の誰かが鉄を買っているわけではありません。主な取引先は村の外、王国なのです。鉄を採集してはそこまで運ばなくてはいけない。その物流の線が途切れてしまったのです」
「途切れてしまったのなら直しなさいよ」
「それができたら苦労はしません。王国がこんな辺境を気にかけません。そもそもこの村ができたきっかけもギルド。その頼りの綱であるギルドも今は魔物の討伐で手一杯です」
「うぐぐぐ」
ビクトリアは頭を働かせるも良い対案が浮かばない。彼女はこの村に固執していた。
「あの、リーダー。わたしからもよろしいですか」
「エミリ。君から話すなんて珍しいね。勿論いいとも。君はこの村の一員だ。発言権は当然有している」
「ありがとうございます。わたしの意見はこうです。王国もギルドも頼りにならない……それでしたら、この村をより大きく発展させたらどうでしょう。今は鉄を売るだけの村ですが、職人やドワーフを招き、より高度な加工品を作れるようにする。幸いにもこの村はエルフ様がいるおかげで妖精族への風当たりは少ない。ドワーフもこのような環境であれば遠方からでも足を運んでくださるでしょう。それで王国にもギルドにも頼らない、自立した街を作るのです」
エミリは身体だけでなく頭脳も成長していた。年の離れたリーダーにも真っ向から論理で反論する知性を培っていた。
「やるじゃない、エミリ! そうね、それで行きましょう」
しかしリーダーは首を振った。
「残念だがそれはできない。良い案であるがそれは現実的ではないんだ。その案には絶対に必要な前提が要る。しかし現在、その前提が崩れかけている」
エミリは全て説明する前に察する。
「……もしや鉄ですか」
「その通りだ。人員が増えたのは嬉しいがその分消費量も加速した。今のペースだって十年先には枯渇する計算だ」
「つまりさらに村の人口が増えればこの村は先細ってしまうと……」
さすがのエミリも口を閉ざす。それでも諦めきれずに思考するも反論できなかった。
「あと君たちには話しておかないといけないことがもう一つある」
「何よ、まだやる気?」
「どうしてエルフ様は喧嘩腰なのか……この村を放棄したら次の我々の行先だ」
「ちょっと待ちなさいよ、まだ放棄すると決まったわけじゃ──」
間髪入れず押し通す。
「ここから百日はかかる、山里だ」
「百日!? その間ずっと歩かせるつもり!?」
「徒歩ではない。馬や牛を使ってだ」
「もっと遠いじゃない!? というかどうしてそんなに遠くに引っ越す必要があるわけ!?」
「そこでも鉄は採れるんです。鉄隕石のような限られた資源ではなく、山から採収できる。この村のほとんどが鉄に関わる仕事だ。この村と変わらない仕事内容で生活を続けられる」
「ちょっと待ってください。山から採るということは坑道ですよね? 魔物がたくさん出るんじゃありませんか」
エミリは的確に弱いところを突く。
「……その通りです。魔物は出る。それは避けられないさ」
「もしやその相手をエルフ様にさせるつもりですか? 危険です!」
「エミリはこう言ってますが、エルフ様。まさかあなたが魔物に遅れを取るようなことはありませんよね」
突然話を振られたビクトリア。しかし勢いは変わらない。
「あ、当たり前でしょう! 誰が魔物なんかにやられるもんですか!」
「リーダー! 誘導尋問は卑怯ですよ! 今のは同意とはみなしませんからね!」
エミリが庇いに入る。
「この村はエルフ様のおかげで発展しました。その恩人にちょっと失礼ではないですか?」
「失礼とは人聞きが悪い。魔物の説明は後でちゃんとするつもりだった。それに最大限誠意を見せているつもりだ。そもそも村を放棄すると話したのは君たちが初めてだ。移住した先でエルフ様を危険に晒すことになるのは重々承知だ。だからこそ真っ先に説明したんだ。頼りにしてるんだよ、この村で唯一の魔法使いに」
リーダーもビクトリアの負担を減らそうと何度も魔法使いの募集をかけたがこの辺境に見合った報酬もないのに集まることはない。
彼は孤独だった。リーダーである以上、弱みを見せられない。立場上頼ることが許されたのはエルフ様であるビクトリアのみだった。
「明日の朝、村全員に説明するつもりだ。そして一か月で準備を整えて出発する」
「一か月!? 寝て起きたらすぐじゃない!」
「もはや相談ですらないんですね……全部一人で決めるなんていくらなんでも横暴です。せめてみんなで多数決を採るなどしてワンクッション挟むべきです。何をそんなに急いでいるのですか? 冬だってまだ先です」
「仕方のないことなんですよ。大移動の最中にも魔物の脅威はあります。ギルドに護衛してもらう手筈なのですが……今の時期しか余裕はなく、充分に人員を配置できないのです。お金を積めれば話は変わるのですが……なので今この瞬間を逃したら次はいつになるかわからない。今しかないんですよ」
「だからといってたったの一か月で準備が終わるとでも思いますか? 少し考えれば無理な計画だってわかりますよね?」
「わかってますよ。無理で無謀な計画だってことくらい。だけどこの村のリーダーは俺だ。君たちも村の一員である以上従ってもらう。村に残りたいなら残ればいいでしょう。その時は二人だけの村になるでしょうが」
リーダーにはこの後別の予定が入っていた。話すだけ話して切り上げていった。
「うわあ、露骨な捨て台詞……あんな嫌な奴だとは思わなかったわ……」
「エルフ様。リーダーを悪く思わないでください。悩みに悩んで思いつめた結果ああなってしまったんです……」
「ふん、知ったこっちゃないわ。私とエミリに歯向かおうなんていい度胸じゃない」
「わあ、エルフ様ってばわたしの心配もしてくれてるんですか? 嬉しいです」
「別にあんたなんかの心配なんてしてないわよ! それよりもエミリ。あんたやるじゃない」
「え? 何がです?」
「舌戦よ、大舌戦。あのリーダーに捨て台詞を吐かせるまで追いつめたじゃない。見直したわ」
「あーはは、誉めてくれるのは嬉しいですが……このままではリーダーの思うがままですね。みんないきなり移住するなんて言われれば驚きはするでしょうが、結局はリーダーの言うことに従うと思います」
「面白くないわね……あいつの思うがままってのは」
「あの、エルフ様」
エミリはおずおずと話す。
「……対抗策はなくもないです。この手を使えば村はしばらくこのまま存続ができると思います。ですがかなりの荒技ですし、エルフ様のお手を煩わせてしまうことになります」
「あら、そんな手があるなら使うほかないじゃない。早速──」
「エルフ様。実行に移す前に確認しておきたいことがあるのです」
「……何よ、改まって」
エミリはもう出会った頃のエミリではない。しかし根本的な部分は彼女のままだった。
「……エルフ様は本当にこの村に残りたいんですよね?」
今日もエミリは日課である果物や薬草の採集を終えると村に帰った。十年も続ければ要領を掴み、採集量は子供の頃と比べ物にならないほどに増えた。ぱんぱんに膨らんだ大袋を豪快に肩に抱えてのっしのっしと歩く。日々の暮らしが彼女を大きく立派に成長させた。
村も大きくなっていた。村を囲っていた、腰の高さほどしかなかった木の柵は取り払われ、代わりに石積みの塀に切り替わっていた。
人も増えていた。特に若い男が増え、代わる代わるエミリに話しかける。
「やあ、エミリ。今日もたくさん採れたかい」
「ええ、見ての通り」
「エミリ! 今度一緒に遊びに行かないかい?」
「ごめんなさい、忙しいの。また今度」
「エミリさん。あなたのために花を用意しました。ぜひ受け取ってくれませんか」
「きれいな花だけど足りてまーす」
エミリは美人に成長していた。おまけに活発で明るい性格のまま。仕事に追われる男たちの癒しに、そして憧れの的になっていた。
村の男を誰でも選べる立場である彼女だったが、今日至るまで恋仲にまで発展することはなかった。
「エミリ。おはよう」
「あ、リーダーさん。おはようございます」
リーダーも変わらずリーダーとして村のために働いていた。今は三期目であり最終年。次期リーダーも彼が最有力候補だった。
「重いだろう? 俺が持とう」
「大丈夫ですよ、これくらい! すぐそこおうちですし!」
「そうか。それじゃあまた後で」
リーダーは簡単に挨拶を済ませると自分の仕事に戻っていった。彼はエミリの知らない村の外の人間と話していた。
「ただいまー!」
エミリは帰宅した。元気に挨拶するが返事はない。彼女の両親は未だに帰ってこないが、それでも彼女は元気に帰りの挨拶をしたのだった。
「んー?」
返事がないはずなのに家の中から物音がする。
「さては……」
エミリはそのことに不気味さを感じず、にかっとほほ笑む。
「エルフ様~。朝ごはんはわたしが用意しますよ~」
台所へ行くと何も塗っていない食パンをもそもそと食べる、寝ぼけたビクトリアがいた。
「ん~……エミリ、いたの……?」
ビクトリアはこの村に残ることを選んだ。用心棒として雇われ、エミリと二人で暮らしている。用心棒として働くのは主に夜。魔物の襲撃は昼夜問わないが、夜間は人手が足りない上に月が出ていないと暗くて戦えない。その点エルフであれば鋭い聴覚で敵の居場所を察知できるため重宝されている。
仕事を終えると昼まで寝ているのがほとんどだがたまに腹を空かせると台所に出没し、ネズミのように食料を漁る。
「蜂蜜とりんごジャム、どっちがいいですか?」
「……ん~、りんごジャム……蜂蜜は……あんたが食べなさい……大好きでしょう……」
「もう、いつの話をしてるんです? わたしがいつも食べるのは野菜サンドですよ」
パンを切り分けてりんごジャムを塗る。そして寝ぼけたビクトリアの手に握らせる。
「はい、お待たせしました。こぼさないよう気を付けてください」
「……ありがと……」
あの日約束したようにエミリはビクトリアを甲斐甲斐しく世話をしていた。いつしか姉妹のような立ち位置が逆転していた。
「……食べてたら思い出した……今日は朝からリーダーが来るんだっけ……」
糖分を摂ったことで頭が回り始め、昨晩の約束を思い出す。
「リーダーとはさっき会いましたよ。なんだか村の外の人と一緒にお話されてました」
「また新たな入居者かしら? 世話好きね~、ほんと」
「うーん、あの感じはなんか違うんですよね……」
エミリは切り分けた野菜サンドイッチを持って席に着く。一口齧ろうとした時だった。
「ちょっとエミリ! 肘に怪我!」
「え?」
エミリは肘を張って確かめる。すると右肘に擦り傷があった。
「あ、すみません。わたしってばうっかり……エルフ様のパンには血はついてないと思いますが念のため捨てて」
ビクトリアは世話係の言葉を一切無視してパンの残りを喉の奥に押し込み、エミリの腕を掴む。
「じっとしてなさい」
そして回復魔法を唱えた。あっという間に擦り傷は消えて、元の健康な肌に戻る。
「いつ見てもすごいですね、回復魔法。リーダーよりも上手です。早いし痒くならない」
回復魔法はリーダーから習った。魔法の扱いはやはりエルフが一枚も二枚も上手だった。
「当然よ、あんな素人がこの私を越えようなんて百年あっても足りないくらいだわ」
「あはは、リーダーはそこまで長生きできないと思いますけど」
「そうね、無駄に苦労積んで早死にしそう」
「縁起でもないこと言わないであげてください……エルフ様?」
ビクトリアはエミリの腕を掴んだまま、じっと観察する。
「あんた、背までじゃなく腕も伸びた?」
「なんですか、それ? 背も伸びるなら腕も伸びるに決まってるじゃないですか。まだまだ育ちざかりですよ~」
腕に力を込めてコブを作る。
「わたしがこうしていられるのも全部エルフ様のおかげですよ?」
ビクトリアの功績は大きい。エミリだけでなく村をも助けている。彼女が来てからというもの、理由は不明だが魔物の襲撃の回数は半分以下に縮小した。一部では用心棒としてではなく女神として崇める者も出始めている。
「殊勝なことね。これからも精々私の世話をしなさいよね」
何回も繰り返される感謝は日常と化していた。ビクトリアは当然とばかり胸を張る。
「はい! 喜んで!」
二人が食事を終え片づけを始めた頃に玄関からドアを叩く音が聞こえた。
「あぁ、この叩く音はリーダーね」
次に人の声。
「すまない! リーダーです! エルフ様はいらっしゃいますか!」
予想通り、リーダーが訪れた。
「行きましょうか、エミリ。どうせ新入りに顔合わせとかでしょうけど付き合ってあげましょう」
「はい、お供します」
二人は玄関へと向かった。
この時、村の変化はすぐそこまで訪れていた。
「この村を放棄するですって!?」
突然の話にビクトリアは耳を疑った。
「だめよ、そんなの!」
そして頭から否定に入る。
「うれしいなあ、エルフ様はこの村に相当愛着が湧いてるようで」
「別に短命種の村なんてどうでもいいわ! それよりもどうして村を放棄するって!?」
リーダーは落ち着いて説明に入る。
「昨今この土地での魔物の襲撃が増加しています。勿論、この村は不思議な力に守られてか、エルフ様が訪れてからというもの、被害は急激に少なくなりました。ですがその分、近辺の村の被害が多くなっています。つい一か月前も最寄りの村が魔物被害に遭い、放棄を決めました……この村の人口が増えたのも魔物の襲撃が少ないという情報を聞き、近辺から移り住んできたからです」
「それがこの村を放棄とどう関係するわけ? 受け皿になっているというなら、ますます放棄しちゃダメじゃないの」
「この村は鉄を売って富を稼いでいます。ですが村の誰かが鉄を買っているわけではありません。主な取引先は村の外、王国なのです。鉄を採集してはそこまで運ばなくてはいけない。その物流の線が途切れてしまったのです」
「途切れてしまったのなら直しなさいよ」
「それができたら苦労はしません。王国がこんな辺境を気にかけません。そもそもこの村ができたきっかけもギルド。その頼りの綱であるギルドも今は魔物の討伐で手一杯です」
「うぐぐぐ」
ビクトリアは頭を働かせるも良い対案が浮かばない。彼女はこの村に固執していた。
「あの、リーダー。わたしからもよろしいですか」
「エミリ。君から話すなんて珍しいね。勿論いいとも。君はこの村の一員だ。発言権は当然有している」
「ありがとうございます。わたしの意見はこうです。王国もギルドも頼りにならない……それでしたら、この村をより大きく発展させたらどうでしょう。今は鉄を売るだけの村ですが、職人やドワーフを招き、より高度な加工品を作れるようにする。幸いにもこの村はエルフ様がいるおかげで妖精族への風当たりは少ない。ドワーフもこのような環境であれば遠方からでも足を運んでくださるでしょう。それで王国にもギルドにも頼らない、自立した街を作るのです」
エミリは身体だけでなく頭脳も成長していた。年の離れたリーダーにも真っ向から論理で反論する知性を培っていた。
「やるじゃない、エミリ! そうね、それで行きましょう」
しかしリーダーは首を振った。
「残念だがそれはできない。良い案であるがそれは現実的ではないんだ。その案には絶対に必要な前提が要る。しかし現在、その前提が崩れかけている」
エミリは全て説明する前に察する。
「……もしや鉄ですか」
「その通りだ。人員が増えたのは嬉しいがその分消費量も加速した。今のペースだって十年先には枯渇する計算だ」
「つまりさらに村の人口が増えればこの村は先細ってしまうと……」
さすがのエミリも口を閉ざす。それでも諦めきれずに思考するも反論できなかった。
「あと君たちには話しておかないといけないことがもう一つある」
「何よ、まだやる気?」
「どうしてエルフ様は喧嘩腰なのか……この村を放棄したら次の我々の行先だ」
「ちょっと待ちなさいよ、まだ放棄すると決まったわけじゃ──」
間髪入れず押し通す。
「ここから百日はかかる、山里だ」
「百日!? その間ずっと歩かせるつもり!?」
「徒歩ではない。馬や牛を使ってだ」
「もっと遠いじゃない!? というかどうしてそんなに遠くに引っ越す必要があるわけ!?」
「そこでも鉄は採れるんです。鉄隕石のような限られた資源ではなく、山から採収できる。この村のほとんどが鉄に関わる仕事だ。この村と変わらない仕事内容で生活を続けられる」
「ちょっと待ってください。山から採るということは坑道ですよね? 魔物がたくさん出るんじゃありませんか」
エミリは的確に弱いところを突く。
「……その通りです。魔物は出る。それは避けられないさ」
「もしやその相手をエルフ様にさせるつもりですか? 危険です!」
「エミリはこう言ってますが、エルフ様。まさかあなたが魔物に遅れを取るようなことはありませんよね」
突然話を振られたビクトリア。しかし勢いは変わらない。
「あ、当たり前でしょう! 誰が魔物なんかにやられるもんですか!」
「リーダー! 誘導尋問は卑怯ですよ! 今のは同意とはみなしませんからね!」
エミリが庇いに入る。
「この村はエルフ様のおかげで発展しました。その恩人にちょっと失礼ではないですか?」
「失礼とは人聞きが悪い。魔物の説明は後でちゃんとするつもりだった。それに最大限誠意を見せているつもりだ。そもそも村を放棄すると話したのは君たちが初めてだ。移住した先でエルフ様を危険に晒すことになるのは重々承知だ。だからこそ真っ先に説明したんだ。頼りにしてるんだよ、この村で唯一の魔法使いに」
リーダーもビクトリアの負担を減らそうと何度も魔法使いの募集をかけたがこの辺境に見合った報酬もないのに集まることはない。
彼は孤独だった。リーダーである以上、弱みを見せられない。立場上頼ることが許されたのはエルフ様であるビクトリアのみだった。
「明日の朝、村全員に説明するつもりだ。そして一か月で準備を整えて出発する」
「一か月!? 寝て起きたらすぐじゃない!」
「もはや相談ですらないんですね……全部一人で決めるなんていくらなんでも横暴です。せめてみんなで多数決を採るなどしてワンクッション挟むべきです。何をそんなに急いでいるのですか? 冬だってまだ先です」
「仕方のないことなんですよ。大移動の最中にも魔物の脅威はあります。ギルドに護衛してもらう手筈なのですが……今の時期しか余裕はなく、充分に人員を配置できないのです。お金を積めれば話は変わるのですが……なので今この瞬間を逃したら次はいつになるかわからない。今しかないんですよ」
「だからといってたったの一か月で準備が終わるとでも思いますか? 少し考えれば無理な計画だってわかりますよね?」
「わかってますよ。無理で無謀な計画だってことくらい。だけどこの村のリーダーは俺だ。君たちも村の一員である以上従ってもらう。村に残りたいなら残ればいいでしょう。その時は二人だけの村になるでしょうが」
リーダーにはこの後別の予定が入っていた。話すだけ話して切り上げていった。
「うわあ、露骨な捨て台詞……あんな嫌な奴だとは思わなかったわ……」
「エルフ様。リーダーを悪く思わないでください。悩みに悩んで思いつめた結果ああなってしまったんです……」
「ふん、知ったこっちゃないわ。私とエミリに歯向かおうなんていい度胸じゃない」
「わあ、エルフ様ってばわたしの心配もしてくれてるんですか? 嬉しいです」
「別にあんたなんかの心配なんてしてないわよ! それよりもエミリ。あんたやるじゃない」
「え? 何がです?」
「舌戦よ、大舌戦。あのリーダーに捨て台詞を吐かせるまで追いつめたじゃない。見直したわ」
「あーはは、誉めてくれるのは嬉しいですが……このままではリーダーの思うがままですね。みんないきなり移住するなんて言われれば驚きはするでしょうが、結局はリーダーの言うことに従うと思います」
「面白くないわね……あいつの思うがままってのは」
「あの、エルフ様」
エミリはおずおずと話す。
「……対抗策はなくもないです。この手を使えば村はしばらくこのまま存続ができると思います。ですがかなりの荒技ですし、エルフ様のお手を煩わせてしまうことになります」
「あら、そんな手があるなら使うほかないじゃない。早速──」
「エルフ様。実行に移す前に確認しておきたいことがあるのです」
「……何よ、改まって」
エミリはもう出会った頃のエミリではない。しかし根本的な部分は彼女のままだった。
「……エルフ様は本当にこの村に残りたいんですよね?」
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海月 結城
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ストーカーが幼馴染みをナイフで殺そうとした所を庇って死んだ俺は、気が付くと異世界に転生していた。だが、目の前に見えるのは生い茂った木々、そして、赤ん坊の鳴き声が3つ。
そんな俺たちが捨てられていたのが孤児院だった。子供は俺たち3人だけ。そんな俺たちが5歳になった時、2人の片目の中に変な紋章が浮かび上がった。1人は悪の化身魔王。もう1人はそれを打ち倒す勇者だった。だけど、2人はそんなことに興味ない。
しかし、世界は2人のことを放って置かない。勇者と魔王が復活した。まだ生まれたばかりと言う事でそれぞれの組織の思惑で2人を手駒にしようと2人に襲いかかる。
けれども俺は知っている。2人の力は強力だ。一度2人が喧嘩した事があったのだが、約半径3kmのクレーターが幾つも出来た事を。俺は、2人が戦わない様に2人を守護するのだ。
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