74 / 78
森の民は魔物の大群と出会う
しおりを挟む
「それでどうしてこんなところに村ができてるのかしら? この近くにエルフの里があるの知らないわけではないでしょうに」
ビクトリアは御馳走の鳥の肉を食らいながら村の成り立ちをエミリの父親から聞く。
「この村はつい最近できたんだです。つい最近といってももう十年も経ちますが」
「十年ならつい最近で合ってるわね」
十歳にも満たなさそうな見た目の少女とは思えぬ台詞にエミリの父は苦笑いする。
「俺がこの村に移住したのも今年で五年目なんだ。この村では貴重な鉄が採れますから」
「鉄……ね」
「鉄……知っていますよね?」
「馬鹿にしないで。鉄くらいなんとなしに知ってるわ。故郷でも使っている者がいたけど、里中から変わり者の物好きという印象を抱かれていた」
「魔法を使うことに長けたエルフと違い、人間にとって鉄は……貴重な材料なのです」
「ええ、それも身体から血を流して奪い合うほどってことくらい知ってるわ」
「今は戦争が起きるほどではありませんが……やはり鉄は金になるのです。ご存じないかもしれませんがこの山には天から大きな隕石が落ちてきたのです。それも一個ではなく、複数。それもただの隕石ではない。鉄を含んだ隕石なのです」
ビクトリアは鳥の骨をしゃぶりながら確認する。
「あー、それって三十年前の出来事じゃないの?」
「え、ええ、その通りです、よくご存じで……ご家族から聞いてたのですか?」
「私もあの時のこと覚えてるわ。あれはちょうど私の60歳の誕生日の時。昼間だったかな。林檎の木の下で昼寝してたら明るいのに雷が落ちたみたいな音がして、その衝撃でか私の顔に林檎が落ちてきたことがあるからよく覚えてる」
「……本当にご長寿なんですね」
「エルフだもの。当然でしょう」
ビクトリアは当然と言いながらも得意げに自慢げに答えた。
「でも鉄なんてここらへんで普通に採れるでしょう? それこそ湖でも採れるんじゃなかった?」
「湖鉄鉱石は現在王国の管理下にあります。ごく一部の人間、それも王国に都合のいい人間だけが採集を許されています」
「うわ、出た、王国。二百年も体制がもたず崩壊するってのによく作るわね。短命種ってば本当苦労が好きなのね」
エルフは寿命が長く、個体が少ないためにコミュニティを作っても村程度の規模に収まる。国のような大規模なコミュニティを作る必要性を感じないのである。もしも仮にエルフほどの長寿な種族が国を作れるほどの人数まで繫殖したとしても現在の農耕技術では国民全員が永遠に近い寿命を持つ人口を支えきれず早々に飢餓状態に陥ってしまう。
「……坑道掘りも露天掘りもダメなのです……今の時代はあまりにもマナが濃い。大地を掘り起こせば地中に眠るマナを起こしてしまい、あっという間に大量の魔物が発生する」
「じゃあ鉄を諦めればいいのに」
「それができれば苦労はしないのです!」
ドン! とエミリの父親はテーブルに拳を振り下ろした。
「……すみません、取り乱しました」
エミリの父親は見るからに苦労していた。衣服は数日洗濯していないとわかるほどに汚れていて、顔もやつれている。ビクトリアに振舞っている料理はどれも彼が作った。この時代では料理は女がすることがほとんどだが、そもそも家に母親の姿はなかった。何かしらの事情が見え隠れしている。
しかしそんな簡単なことを見落としてしまうのが異種族というもの。
「気を付けてよね。私、まだご飯全部食べ切ってないんだから」
「……すみません。娘の命の恩人に当たるべきではありませんでしたね」
「でも話が見えてきたわ。だから地上に露出した鉄の隕石が穴を掘らずに手軽に採集できるから人が集まってきてるってわけね。ん? でもそんな美味しい話あったら王国とやらはこの土地も独占したりしないわけ?」
「あ、そこははい、これも最近の話なのですがギルドのおかげなんです。この村を作ると決めたのもギルドの皆さんなんです」
「ギルド?」
「王国の独善的な体制に対抗して同志が集まってできた組合です。王国に逆らえない庶民にとっては大助かりですね……まあ、それでもサポートが行き届いているかと言うと微妙なのですが……やはりまだまだ出来立ての組織……自分の身は自分で守らないとですね」
「ふーん、そういうものなのね」
王国であれば村を作るとなれば近くのエルフに使者を出して一声くらいはかける。それがないということはまだまだ組織としては未熟という証左。
「エルフの里が山一つを越えた先にあるとは知っていましたが……リスクはあると思いましたがやはり金には代えられないと」
「別に不可侵の約束してるわけじゃないからいいんじゃない」
この時代、エルフと人間は互いを嫌悪しながらも近すぎず遠すぎず微妙な距離感にいた。争うほど憎んでいるわけでもなく、友になるほど仲が良いわけでもない。時折、道具と魔法の知恵を交換するなど、全体的に見れば良好な関係とは言えた。
それでも土地を侵略されたとなればあっという間に争いへと発展する。
今回は幸運にも空白地帯に当たる。しかしこれ以上山の深くへ開拓したらあるいは……。
「そういえばエルフさんはどうしてここへ?」
「別に? なんだっていいじゃない」
「いやいや、こんな若いエルフが一人で出歩くなんて珍しいじゃないですか」
「気まぐれよ」
「俺、もっとエルフさんのこと知りたいなーなんて……」
あまりにしつこい質問。すぐに真意を見抜く。
「あ、もしかして私のことを密偵かなんかだと思ってる? 村の規模、人数、武器とか調べ尽くして情報を持ち帰られることを心配してる?」
「え!? いや、そんなことは!?」
エミリの父親の声が裏返る。
「……冗談よ、安心して。本当にここへは通りがかっただけ。そもそもエミリと出会わなければ入るつもりもなかったし」
「あ、あはは、そうですか」
心底安堵したような顔。エミリの父親だけあって、彼もまた表情が正直に出る。
「……ま、まあ、エルフが攻め込んでこなくても魔物の被害で先細っていくだけなのですが」
「ああ、さっきスライムがいたわね。あんな村の近くで出るものなのね」
「そもそもこの土地はマナが濃いですから……王国がこの土地での採集を認めた、権利を諦めたのもこの土地をマナを見越してなのかもしれません」
「なーに深刻そうな顔してるの? 魔物が出るって言ったってたかがスライム一匹でしょう?」
「まさか! そんな生温い話では──」
その時、外からけたたましい鉄の鐘の音が鳴り響く。
「なになに? 食事中にうるさい音ね」
「来やがった! 来やがった! 来やがった!」
エミリの父親は叫び声を上げながら家の外へ飛び出す。
「……なんだったの、今の……」
あまりの豹変ぶりに気になったビクトリアは、出されていた料理を全部口に詰め込んでから彼を追いかけた。
村には魔物の大群が押し寄せていた。どれもスライムや鳥のような小型の魔物だがその数はゆうに百を超す。
「んんん!? んんんんんんんぐん!?」
ビクトリアは何この魔物の大軍と言いたかったがまだ食べ物を飲み込めていなかった。
大人たちが総出で撃退にかかっているが圧倒的に数が足りない。お手製の鉄の武具は威力としては十分だが、使う側がまるで慣れていない。そして統率力も取れていない。
「こんにゃろおお! 懲りずにまた来やがってええええ!」
戦列に加わっていた一人が頭に血が上り、魔物を討伐しようと深追いしてしまう。
「よせ! 戻ってこい!」
仲間が呼び戻そうとするも遅かった。
「ぐああああ!」
鳥型の魔物が急降下し、鋭利な爪で男の眉間に傷を負わせる。
痛みにうずくまると今度はスライムに囲まれてしまう。
「誰か手を空いてるの! 誰か! 誰か!」
仲間のピンチを救出しようと呼びかけするも応じる者はいない。目の前の敵で精いっぱいだった。
「え、ええ……誰か魔法を使える奴はいないの……? 弓の使い手は?」
かつて故郷も魔物に襲われることはあったが魔法や弓をたくみに使い、怪我人を出さずに撃退に成功していた。
ビクトリアは初めて見る劣勢に焦りを見せていた。
「これ、やばくない……?」
人数は揃っていても所詮は寄せ集め。鉄の武器を装備していても生かし切れていない。何より魔物への知識がない。スライムは核を狙えば一突きで倒せるが、誰もかれも突くのではなく叩いて潰そうとしている。
訓練をしようにもその日食いつなぐ稼ぎのために時間を作れない。たとえ時間を作れたとしても労働は朝から晩まで激務のため、体力が追い付かない。
「だ、だめだ、死にたくない……!」
一人が持っていた武器を投げ出して村に戻る。
「馬鹿! 背を見せるな! 狙われるぞ!」
魔物にも知能はある。背を見せた者は絶好の獲物と判断し、積極的に襲いにかかる。
「ひいいいい!」
すんでのところで転倒し爪を回避する。
回避された鳥の魔物は上空を旋回し、次の獲物を探す。
前線がじわじわと押されていく。早めに逃げる者もいれば怪我を負いながら下がる者も。
「……巻き込まれたら面倒ね」
身を隠し魔物発生場所とは真逆の方角に向かう。
魔法の扱いに長けたビクトリアでもあの数は不安を覚えた。
(私はエルフだから……通りすがりだから……)
資源も人も限られたこの村はいずれ滅ぶ運命。それが早まったに過ぎない。
自分には関係ない、忘れようと言い聞かせていると、
「おだすけえええ!!」
聞き覚えのある声が尖った耳の先が拾う。
「ま、まさか、エミリ!? あいつ、こんな時に!? どこに!?」
するとほぼ村の入り口に彼女は転んでべそをかいていた。
女子供は家の中に避難していたが、どういうわけかエミリは屋外にいた。
「まさか散々魔物に襲われたのにまた村の外に!? 馬鹿なの!?」
魔物には知能がある。肉食動物と同程度の知能を有し似た習性を持っている。
肉食動物がそうであるように獲物には弱く小さいもの、とりわけ子供を狙う。
旋回していた鳥の魔物が新たな獲物にエミリを選ぶ。翼を広げて急降下する。
「おとうさああんおかああさああんエルフさまあああ」
叫び声が爆発音にかき消される。
「あ、ああ、あんた! 泣きわめくのやめなさい! 耳障りだから!」
ビクトリアが火の魔法を放ち、エミリを救ったのだった。
「うわああエルフさまあああ!」
またも抱き着こうとする彼女を、ひらりと身を躱す。
「……ひどい」
「三度も通用しないわよ! ほらすぐに立ち上がる! 逃げるわよ!」
エミリを起こそうとする瞬間、
「しまった!! 村の中にスライムが!!」
防御ラインを突破してスライムの群れが侵入する。
「追いかけろ! 女子供を守るのが優先だ!」
「追いかけなくていい!! 邪魔だからすっこんでろ!!」
大人たちの呼びかけに負けない声量でビクトリアが叫ぶ。
「ファイア!」
スライムを倒すにしては大げさな火力を放つ。
しかしそれが幸いとなる。大きな爆発音が発生し、鳥の魔物が怯む。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
膨大な魔力タンクを贅沢に使って火の魔法を放つ。当たらないとしても上空の鳥の魔物を追い払うのには充分だった。
「す、すげえ……」
「あれが魔法か……」
魔法の存在を知れど初めて見る人間も少なくなかった。
「こら、そこ! ぼうっとしてないの! 手を動かせるならスライムを相手しなさい! 叩くんじゃなくて突くのよ!」
自分の仕事を思い出した男たちがビクトリアの指示に従う。
スライムは数は多かったがまだまだ小型。冷静に対処し、効率的な攻撃を行えば討伐は容易だった。
こうしてビクトリアの助太刀もあり、村は守られたのだった。
「……エルフなのに目立ちすぎたわ。あとはこっそりと逃げ出して」
「エルフさまあああああありがとうございましたあああああ」
こそこそと逃げようとするビクトリアにエミリは後ろから抱き着く。
「こんの、馬鹿エミリ!! なにしてくれてんの!!」
「かっこよかったですう! エルフさまああ!」
「え? そう? いやあそれほどでも──じゃない! 今すぐ離しなさい!」
逃げようとする時すでに遅し。
「ほう、これは珍しい……」
「へえ、お嬢ちゃん、エルフじゃないか」
大人たちがビクトリアを取り囲んでいた。
ビクトリアは御馳走の鳥の肉を食らいながら村の成り立ちをエミリの父親から聞く。
「この村はつい最近できたんだです。つい最近といってももう十年も経ちますが」
「十年ならつい最近で合ってるわね」
十歳にも満たなさそうな見た目の少女とは思えぬ台詞にエミリの父は苦笑いする。
「俺がこの村に移住したのも今年で五年目なんだ。この村では貴重な鉄が採れますから」
「鉄……ね」
「鉄……知っていますよね?」
「馬鹿にしないで。鉄くらいなんとなしに知ってるわ。故郷でも使っている者がいたけど、里中から変わり者の物好きという印象を抱かれていた」
「魔法を使うことに長けたエルフと違い、人間にとって鉄は……貴重な材料なのです」
「ええ、それも身体から血を流して奪い合うほどってことくらい知ってるわ」
「今は戦争が起きるほどではありませんが……やはり鉄は金になるのです。ご存じないかもしれませんがこの山には天から大きな隕石が落ちてきたのです。それも一個ではなく、複数。それもただの隕石ではない。鉄を含んだ隕石なのです」
ビクトリアは鳥の骨をしゃぶりながら確認する。
「あー、それって三十年前の出来事じゃないの?」
「え、ええ、その通りです、よくご存じで……ご家族から聞いてたのですか?」
「私もあの時のこと覚えてるわ。あれはちょうど私の60歳の誕生日の時。昼間だったかな。林檎の木の下で昼寝してたら明るいのに雷が落ちたみたいな音がして、その衝撃でか私の顔に林檎が落ちてきたことがあるからよく覚えてる」
「……本当にご長寿なんですね」
「エルフだもの。当然でしょう」
ビクトリアは当然と言いながらも得意げに自慢げに答えた。
「でも鉄なんてここらへんで普通に採れるでしょう? それこそ湖でも採れるんじゃなかった?」
「湖鉄鉱石は現在王国の管理下にあります。ごく一部の人間、それも王国に都合のいい人間だけが採集を許されています」
「うわ、出た、王国。二百年も体制がもたず崩壊するってのによく作るわね。短命種ってば本当苦労が好きなのね」
エルフは寿命が長く、個体が少ないためにコミュニティを作っても村程度の規模に収まる。国のような大規模なコミュニティを作る必要性を感じないのである。もしも仮にエルフほどの長寿な種族が国を作れるほどの人数まで繫殖したとしても現在の農耕技術では国民全員が永遠に近い寿命を持つ人口を支えきれず早々に飢餓状態に陥ってしまう。
「……坑道掘りも露天掘りもダメなのです……今の時代はあまりにもマナが濃い。大地を掘り起こせば地中に眠るマナを起こしてしまい、あっという間に大量の魔物が発生する」
「じゃあ鉄を諦めればいいのに」
「それができれば苦労はしないのです!」
ドン! とエミリの父親はテーブルに拳を振り下ろした。
「……すみません、取り乱しました」
エミリの父親は見るからに苦労していた。衣服は数日洗濯していないとわかるほどに汚れていて、顔もやつれている。ビクトリアに振舞っている料理はどれも彼が作った。この時代では料理は女がすることがほとんどだが、そもそも家に母親の姿はなかった。何かしらの事情が見え隠れしている。
しかしそんな簡単なことを見落としてしまうのが異種族というもの。
「気を付けてよね。私、まだご飯全部食べ切ってないんだから」
「……すみません。娘の命の恩人に当たるべきではありませんでしたね」
「でも話が見えてきたわ。だから地上に露出した鉄の隕石が穴を掘らずに手軽に採集できるから人が集まってきてるってわけね。ん? でもそんな美味しい話あったら王国とやらはこの土地も独占したりしないわけ?」
「あ、そこははい、これも最近の話なのですがギルドのおかげなんです。この村を作ると決めたのもギルドの皆さんなんです」
「ギルド?」
「王国の独善的な体制に対抗して同志が集まってできた組合です。王国に逆らえない庶民にとっては大助かりですね……まあ、それでもサポートが行き届いているかと言うと微妙なのですが……やはりまだまだ出来立ての組織……自分の身は自分で守らないとですね」
「ふーん、そういうものなのね」
王国であれば村を作るとなれば近くのエルフに使者を出して一声くらいはかける。それがないということはまだまだ組織としては未熟という証左。
「エルフの里が山一つを越えた先にあるとは知っていましたが……リスクはあると思いましたがやはり金には代えられないと」
「別に不可侵の約束してるわけじゃないからいいんじゃない」
この時代、エルフと人間は互いを嫌悪しながらも近すぎず遠すぎず微妙な距離感にいた。争うほど憎んでいるわけでもなく、友になるほど仲が良いわけでもない。時折、道具と魔法の知恵を交換するなど、全体的に見れば良好な関係とは言えた。
それでも土地を侵略されたとなればあっという間に争いへと発展する。
今回は幸運にも空白地帯に当たる。しかしこれ以上山の深くへ開拓したらあるいは……。
「そういえばエルフさんはどうしてここへ?」
「別に? なんだっていいじゃない」
「いやいや、こんな若いエルフが一人で出歩くなんて珍しいじゃないですか」
「気まぐれよ」
「俺、もっとエルフさんのこと知りたいなーなんて……」
あまりにしつこい質問。すぐに真意を見抜く。
「あ、もしかして私のことを密偵かなんかだと思ってる? 村の規模、人数、武器とか調べ尽くして情報を持ち帰られることを心配してる?」
「え!? いや、そんなことは!?」
エミリの父親の声が裏返る。
「……冗談よ、安心して。本当にここへは通りがかっただけ。そもそもエミリと出会わなければ入るつもりもなかったし」
「あ、あはは、そうですか」
心底安堵したような顔。エミリの父親だけあって、彼もまた表情が正直に出る。
「……ま、まあ、エルフが攻め込んでこなくても魔物の被害で先細っていくだけなのですが」
「ああ、さっきスライムがいたわね。あんな村の近くで出るものなのね」
「そもそもこの土地はマナが濃いですから……王国がこの土地での採集を認めた、権利を諦めたのもこの土地をマナを見越してなのかもしれません」
「なーに深刻そうな顔してるの? 魔物が出るって言ったってたかがスライム一匹でしょう?」
「まさか! そんな生温い話では──」
その時、外からけたたましい鉄の鐘の音が鳴り響く。
「なになに? 食事中にうるさい音ね」
「来やがった! 来やがった! 来やがった!」
エミリの父親は叫び声を上げながら家の外へ飛び出す。
「……なんだったの、今の……」
あまりの豹変ぶりに気になったビクトリアは、出されていた料理を全部口に詰め込んでから彼を追いかけた。
村には魔物の大群が押し寄せていた。どれもスライムや鳥のような小型の魔物だがその数はゆうに百を超す。
「んんん!? んんんんんんんぐん!?」
ビクトリアは何この魔物の大軍と言いたかったがまだ食べ物を飲み込めていなかった。
大人たちが総出で撃退にかかっているが圧倒的に数が足りない。お手製の鉄の武具は威力としては十分だが、使う側がまるで慣れていない。そして統率力も取れていない。
「こんにゃろおお! 懲りずにまた来やがってええええ!」
戦列に加わっていた一人が頭に血が上り、魔物を討伐しようと深追いしてしまう。
「よせ! 戻ってこい!」
仲間が呼び戻そうとするも遅かった。
「ぐああああ!」
鳥型の魔物が急降下し、鋭利な爪で男の眉間に傷を負わせる。
痛みにうずくまると今度はスライムに囲まれてしまう。
「誰か手を空いてるの! 誰か! 誰か!」
仲間のピンチを救出しようと呼びかけするも応じる者はいない。目の前の敵で精いっぱいだった。
「え、ええ……誰か魔法を使える奴はいないの……? 弓の使い手は?」
かつて故郷も魔物に襲われることはあったが魔法や弓をたくみに使い、怪我人を出さずに撃退に成功していた。
ビクトリアは初めて見る劣勢に焦りを見せていた。
「これ、やばくない……?」
人数は揃っていても所詮は寄せ集め。鉄の武器を装備していても生かし切れていない。何より魔物への知識がない。スライムは核を狙えば一突きで倒せるが、誰もかれも突くのではなく叩いて潰そうとしている。
訓練をしようにもその日食いつなぐ稼ぎのために時間を作れない。たとえ時間を作れたとしても労働は朝から晩まで激務のため、体力が追い付かない。
「だ、だめだ、死にたくない……!」
一人が持っていた武器を投げ出して村に戻る。
「馬鹿! 背を見せるな! 狙われるぞ!」
魔物にも知能はある。背を見せた者は絶好の獲物と判断し、積極的に襲いにかかる。
「ひいいいい!」
すんでのところで転倒し爪を回避する。
回避された鳥の魔物は上空を旋回し、次の獲物を探す。
前線がじわじわと押されていく。早めに逃げる者もいれば怪我を負いながら下がる者も。
「……巻き込まれたら面倒ね」
身を隠し魔物発生場所とは真逆の方角に向かう。
魔法の扱いに長けたビクトリアでもあの数は不安を覚えた。
(私はエルフだから……通りすがりだから……)
資源も人も限られたこの村はいずれ滅ぶ運命。それが早まったに過ぎない。
自分には関係ない、忘れようと言い聞かせていると、
「おだすけえええ!!」
聞き覚えのある声が尖った耳の先が拾う。
「ま、まさか、エミリ!? あいつ、こんな時に!? どこに!?」
するとほぼ村の入り口に彼女は転んでべそをかいていた。
女子供は家の中に避難していたが、どういうわけかエミリは屋外にいた。
「まさか散々魔物に襲われたのにまた村の外に!? 馬鹿なの!?」
魔物には知能がある。肉食動物と同程度の知能を有し似た習性を持っている。
肉食動物がそうであるように獲物には弱く小さいもの、とりわけ子供を狙う。
旋回していた鳥の魔物が新たな獲物にエミリを選ぶ。翼を広げて急降下する。
「おとうさああんおかああさああんエルフさまあああ」
叫び声が爆発音にかき消される。
「あ、ああ、あんた! 泣きわめくのやめなさい! 耳障りだから!」
ビクトリアが火の魔法を放ち、エミリを救ったのだった。
「うわああエルフさまあああ!」
またも抱き着こうとする彼女を、ひらりと身を躱す。
「……ひどい」
「三度も通用しないわよ! ほらすぐに立ち上がる! 逃げるわよ!」
エミリを起こそうとする瞬間、
「しまった!! 村の中にスライムが!!」
防御ラインを突破してスライムの群れが侵入する。
「追いかけろ! 女子供を守るのが優先だ!」
「追いかけなくていい!! 邪魔だからすっこんでろ!!」
大人たちの呼びかけに負けない声量でビクトリアが叫ぶ。
「ファイア!」
スライムを倒すにしては大げさな火力を放つ。
しかしそれが幸いとなる。大きな爆発音が発生し、鳥の魔物が怯む。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
膨大な魔力タンクを贅沢に使って火の魔法を放つ。当たらないとしても上空の鳥の魔物を追い払うのには充分だった。
「す、すげえ……」
「あれが魔法か……」
魔法の存在を知れど初めて見る人間も少なくなかった。
「こら、そこ! ぼうっとしてないの! 手を動かせるならスライムを相手しなさい! 叩くんじゃなくて突くのよ!」
自分の仕事を思い出した男たちがビクトリアの指示に従う。
スライムは数は多かったがまだまだ小型。冷静に対処し、効率的な攻撃を行えば討伐は容易だった。
こうしてビクトリアの助太刀もあり、村は守られたのだった。
「……エルフなのに目立ちすぎたわ。あとはこっそりと逃げ出して」
「エルフさまあああああありがとうございましたあああああ」
こそこそと逃げようとするビクトリアにエミリは後ろから抱き着く。
「こんの、馬鹿エミリ!! なにしてくれてんの!!」
「かっこよかったですう! エルフさまああ!」
「え? そう? いやあそれほどでも──じゃない! 今すぐ離しなさい!」
逃げようとする時すでに遅し。
「ほう、これは珍しい……」
「へえ、お嬢ちゃん、エルフじゃないか」
大人たちがビクトリアを取り囲んでいた。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです
狼蝶
恋愛
転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?
学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?
幼馴染みの2人は魔王と勇者〜2人に挟まれて寝た俺は2人の守護者となる〜
海月 結城
ファンタジー
ストーカーが幼馴染みをナイフで殺そうとした所を庇って死んだ俺は、気が付くと異世界に転生していた。だが、目の前に見えるのは生い茂った木々、そして、赤ん坊の鳴き声が3つ。
そんな俺たちが捨てられていたのが孤児院だった。子供は俺たち3人だけ。そんな俺たちが5歳になった時、2人の片目の中に変な紋章が浮かび上がった。1人は悪の化身魔王。もう1人はそれを打ち倒す勇者だった。だけど、2人はそんなことに興味ない。
しかし、世界は2人のことを放って置かない。勇者と魔王が復活した。まだ生まれたばかりと言う事でそれぞれの組織の思惑で2人を手駒にしようと2人に襲いかかる。
けれども俺は知っている。2人の力は強力だ。一度2人が喧嘩した事があったのだが、約半径3kmのクレーターが幾つも出来た事を。俺は、2人が戦わない様に2人を守護するのだ。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~
昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる