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森の民は鉄の村に出会う

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 エミリは目を輝かせていた。

「わ、わたし、エルフ初めて見ましたー……」

 初めて見る異種族。聞いていた話の通り、耳が長く尖っている。それだけで心が躍る。
 一方のビクトリアはというと、

「あ、そう。悪かったわね。初めてエルフを見るのにこんなに泥だらけで」

 つんけんとして無垢な少女を寄せ付けない。

「本当、本当にそれについてはごめんなさーい……村に着いたらもっとちゃんとしたお詫びしますのでー」

 二人はエミリの住む村に向かっていた。林檎だけでなく肉や魚を受け取ることになっている。

「あ、あの、本当に近くまでなんですか? せっかくだし、ゆっくりしていけばいいのに」

 村に案内してもらっているもののあくまで近くまで、入る予定はなかった。そして他の人間にビクトリアがいるということを話してはいけない約束もしていた。

(短命種の村なんて、狼の胃袋に入るようなものだわ……)

 ビクトリアは決して警戒心を解かなかった。目の前の少女に対してもそれは同じだった。

「急いでいるの。本当は寄り道なんてしていられないんだけどあんたがどうしてもというから付き合ってるだけ」

 などと口は言っているが、またも腹の虫が鳴る。身体は正直だった。

「そもそも、本当にこんなところに村があるわけ? 割とこの近くに住んでるけど短命種が住み着いてるなんて聞いたことがないわ」

 一つ山を挟んだとはいえ、子供が一日歩ける距離に異種族の集落がある。誰かが気づいてもおかしくない。ごくまれにエルフと人間の里の間に数十人規模のハーフエルフの集落ができる時もあるがエミリの身体的特徴を見るにその可能性も低い。

「さ、さあ? わたしの生まれる前からある村ですし……いつからあるなんて考えたこともなかった……」
「それもそうね。子供のあなたに聞いても仕方なかったわね」
「子供って……お言葉ですけどあなたも子供じゃ……」
「あんたが思ってるよりずっとお姉さんよ」
「そ、そうですね、エルフですものね……20歳くらいですか?」
「惜しいわね、90歳」
「きゅ、90歳!? 村の誰よりもお姉さんじゃないですか! それと全然惜しくない! 20と90じゃまるで違いますよ!」

 エミリは衝撃を受けるもビクトリアの言葉を信じた。素直でいい子だった。

「そういえばエルフさん、お名前は」
「エルフよ」
「エルフって……それは種族名で」
「エルフって言ってるでしょう。村のみんなもエルフって名前。ご先祖様からず~っとエルフ」
「……それ困らないんですか?」
「微妙に発音が違うの。私の場合、エにアクセントがあるの。まあ短命種の耳じゃ聞き分け出来ないでしょうけど」
「なるほど、そういうものなんですか……」

 嘘のような本当の話に疑問を感じるもこれもまた信じた。奇跡的に素直でいい子だった。

「耳がいいって本当なんですね。お父さんお母さんからよく聞いてます、エルフはすごく耳が良いから悪口言ってると連れていかれるって」
「へえ、ふーん、そーう」

 エミリは言った後に気づく。

「あ! 今のは! 決してエルフさんの悪口を言ったわけでは! すみません!」
「あらあら、どうして謝るの? 私が短命種の教育にいちいち苛立つとでも?」
「ひぃっ!? 笑顔なのに怖い!」

 笑顔でパワハラをしているとビクトリアの耳がぴくりと動く。

「ん? なんか金属音が聞こえない?」
「金属音、ですか? わたしには聞こえませんが」
「カキン、カキンってずっと鳴り続けてるんだけど」
「あー……たぶんそれは鉄を削ってる音ですね。村では鉄を削るのが男の仕事なんです。わあ、でもすごい。本当に耳が良いんですね」
「つまり村が近いってことなのね」
「えっと……まだ遠いかと。歩いて十分はかかりますけど」
「近いじゃない。じゃあ私はここで待ってるから肉と魚よろしく~」
「あ、あの、本当にまだ遠くて、さっきは十分はかかるって言いましたけど本当は三十分くらいかかって」
「じゃあ尚更無理ね。昨日からずっと歩き通しでクタクタなの」
「だから……その……」

 エミリは9歳にして思いやりの出来るいい子だった。そのせいで言いたいことが言えないことがある。
 そしてビクトリアは、90歳にしては経験が足りなさ過ぎた。

「私はここらへんで隠れてるから。怪しまれないようにこっそりと食料を持ってくるのよ」
「……はい……わかりました……」

 結局最後まで言い出せず、肩を落とす。
 そしてゆっくり、ゆっくりと村の方向に向かった。

「何を言いかけてたのかしら……? まあ私の知ったことではないわね」

 異変に気付いていながらも些細なことだろうと流したビクトリアは道のはずれの藪に身を隠して休憩に入る。

「……ちょっと疲れた……」

 洞窟内で寝たとはいえ、疲れは抜け切れていなかった。そして林檎五個で空腹を多少満たしたからか、急な眠気が襲ってくる。

「ダメよ……眠っちゃ……ねむ……ちゃあ……」

 ビクトリアは深い眠りに包まれた。夢すら浮かんでこないほどの熟睡だった。



 ビクトリアを現実世界に呼び戻したのは叫び声だった。

「いやあああああお助けええええええええ」
「この声、エミリ!?」

 寝ぼけた頭を骨の杖で叩いて覚ます。

「まさかまだ野犬がいたの!?」

 身体は素早く動いていた。本気で焦り、少女の身を案じていた。

「おだすけえええ」

 声は近かった。恐らく村に行き、戻ってきたら襲われたのだろう。

「エミリ!」

 エミリは野犬ではなく魔物に襲われていた。

「ひいいおたすけえええ」

 その魔物は、スライムだった。人間の赤ん坊サイズの、かわいらしさすら感じるほどの小さなスライムだった。
 それがぴょんぴょんとウサギのように跳ねて追いかけまわしている。じゃれついているようにさえ見える。

「エルフさまあああ! いいところに! たすけてええええ!」

 追われているほうは必死だった。犬が自分の尻尾を追いかけるようにその場をぐるぐると回り続けていた。

「……飽きたら教えて頂戴」
「いやああああだづげでええええ」
「……冗談よ。ファイア」

 火の魔法を放つ。当たり損ねたものの、急な攻撃にスライムは驚いて逃げ出した。
 深追いはしなかった。小さな命に情けをかけたわけではなく、単純に面倒だったからだ。
 理由はそれだけではなかった。

「ごわがっだでづよエルブざばあああ!!」

 走り回り続けたはずの身体にどこのそんな体力があるのかと言いたくなるほどの力で抱き着く。

「きゃああ!? だから抱き着くなっての!!」

 エミリは先ほどの服と異なっていた。村に入った時に着替えたのだろう。それなのにビクトリアに抱き着いたせいでまた泥んこになってしまっていた。

「このご恩は、ご恩は、一生かけてお返ししますうう」
「いらないわよ! 百年も生きられない短命種に世話なんて務まるものですか!」

 ビクトリアはうざったく抱き着いてくる少女を引きはがそうとするが、

「いい加減離しなさいっての!? なんなの、この力は!!」

 なかなか振りほどけない。

「おーい! エミリー!! 大丈夫かー!?」

 エミリの絶叫は村の中にまで聞こえていた。騒ぎを聞きつけた大人が駆けつけたのだった。

「エミリと……そこにいるのは……エルフか!?」

 そしてエミリに抱き着かれたままで逃走できるはずもなく、姿を、顔を、特徴的な耳を見られてしまう。

「……あ、もう、最悪……!」

 ビクトリアは杖を構える。近づいてきた大人を威嚇する。

「ま、待った待った! 敵意はない! その様子だと、エミリを助けてくれたんだろう! ありがとう! 娘を助けてくれて!」
「あんた、この子の父親……?」
「そ、そうだが……」
「私はこの世で最も嫌いな者に父親が入ってるのよね」
「そ、その言いぶりから他にも嫌い者があるんだね。しかし俺は違うぞ? 一切、君に危害は加えるつもりはない」
「……」

 ビクトリアは杖を下ろさずに睨みつける。

「……」

 エミリの父親はごくりと唾を飲み込んだ。

「お父さん聞いて聞いて!! エルフさん、すごいんだよ! 火をぶわーって放ってね! スライムだけじゃなくてね、野犬も追い払ってくれてね! あと林檎もすごいモリモリ食べるの! すごいんだよ!」

 エミリは緊迫した空気も感じ取れずにマイペースだった。

「……調子狂うわね、この子は……」

 そういうビクトリアも腹の虫がぐううと鳴るのだった。 
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