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ビクトリアの選んだ道

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 普段は両親に頼りっきりの甘えん坊であり怠け者であったビクトリアだったが追い込まれると今まで怠けていた分のエネルギーを発散するようにアクティブになった。

「ふんにゅにゅ……!」

 両手で岩を抱きかかえる。足元では清らかな渓流。
 耳がせわしなく揺れる。感じ取っているのは水の音、そして、

「よいしょー!」

 突然、岩を放り投げる。豪快な水柱が立つ。
 負荷をかけすぎて震える手で川の底をかき回す。

「いた!」

 お目当ての感触が手を横切る。

「くそ、ぬるぬるする……!」

 一度掴み損ねたそれを両手で大事に掴み取ると滑り落ちないようにそうっと川岸に上がる。

「はあ……労力の割に成果はしょぼいわね……」

 捕まえたそれを葉の上に並べる。

「中が一匹、小が二匹……小魚の分際で手間取らせるんじゃないわよ……」

 ビクトリアが捕まえたのは魚だった。銛や釣り竿を作れなかったが幸いにも石打漁は知っていたため大人たちの見様見真似だったものの何とか捕まえることができた。

「まあ? でも? 初めてにしては上出来なんじゃないかしら?」

 自惚れであったがあながち過大評価でもない。知識としては知っていてもなかなか実行に移せる者は少ない。そうして結果として出せているのだから上出来と言える。

「この調子で調理もさくっと進めていくわよ」

 エネルギッシュでアクティブなビクトリアだったが彼女の快進撃はここまでだった。
 適当に拾ってきた木に魔法で火をつけるもすぐに消えてしまう。

「はあ!? なんでよ!」

 もう一度魔法の火を放つが結果は同じだった。

「……おかしい……どうして火が続かないの……マナが濃いから?」

 などと当てずっぽうの推測。正解は彼女が拾ってきた薪は火つきが悪い広葉樹の枝だったからだ。

「仕方ない……大きくなるまで魔法を使い続けるか」

 火つきの悪さを荒業で解決する。広葉樹は火つきこそ悪いもの、火持ちは良い。しばらくするとれっきとしたたき火になる。
 しかししばらくすると、

「うえっ! ぺっ! なによ、この煙!」

 上り始めた煙はビクトリアの顔を狙ったかのように目と鼻を燻す。
 拾ってきた薪はどれも水分を多く含んだ生木だった。
 うざったい煙だったが火を消すわけにもいかない。
 ふとビクトリアは単純な事実に気づく。

「風下! 風下に座ってた!」

 たき火の向こう側に移動すると、煙はビクトリアを燻すことはなくなった。ただし匂いはそのままだった。

「なんでたかがたき火に息を切らさなくちゃいけないわけ……」

 温室育ち、自由気まま、ワガママに育ってきた少女は理不尽に怒る。

「……なんて言ってたらもっと疲れる……さっさと焼こう……」

 ビクトリアは捕った魚に木の棒を突っ込み、たき火の近くに置いた。鱗を剝がすなどの下処理をせずに。
 これは疲れから来る判断ミスではなく、そもそも知識として欠落していた。しかし環境を考えれば無理もない。まだ村にいた頃は両親に魚の身と骨を分けてもらってたほど甘やかされていた。
 そして丸焼きの出来は案の定、

「焦げ焦げシャリシャリ……全然おいしくない……それと骨がのどに刺さった……」

 惨憺さんたんたる結果。素人が勘で作れば無理もない。また塩もないため、味の誤魔化しようもなかった。

「なんで一気に三匹を調理しちゃうかな……一本ずつやればまだ火加減の調整ができたものを……」

 後から判明する手際さが魚の小骨よりも深く突き刺さる。
 初めて作った魚の丸焼きは味以前の問題のひどいものであったが空腹を凌ぐためにも完食せざるを得なかった。
 一人になって改めて身に染みる、ダメダメな自分。そして如何に自分が愛されていたかがわかる。
 膝を抱えてじっとする。たき火が吹く風に負けそうになっても薪の追加や魔法を放つ気力がなくなっていた。
 そして嘘のような言葉が口からこぼれる。

「…………帰りたい」

 ぽつりと足元に水滴が落ち、白石に黒シミを作る。
 ビクトリアは頭を上げるとまた一滴、二滴、小雨が降り始めた。

「うそ、雨降るの!? こんな時に!」

 両手で濡れた顔を拭く。

「ちゃんと耳を澄ましてたはずなのに!」

 はるか遠くの雷の音も聞き分けるなど優れた聴覚は森の天気の変化の予想にも役が立つ。ベテランにもなると森に生息する小動物の行動からも天気の移り変わりを察知できる。

「こ、この足音……!?」

 ビクトリアは改めて聴覚に集中すると聞き覚えのある足音。それも二人。
 追手だった。それは間違いなく、自分を捕まえに、迎えに来た追手。不思議なことに焦燥感と同時に安心感が湧く。

「エルフ!」
「エルフ!」

 追手はビクトリアの両親だった。
 顔を見た瞬間、心細さが吹き飛び安堵する。しかし過去の軋轢を忘れられずママ、パパと言葉に出しかけるも喉にひっかかる。

「近寄らないで!」

 先ほどまで魚を刺していた木の棒を握る。

「ま、まって、お母さんたちは丸腰よ?」
「そうだ、無理にお前を捕まえに来たんじゃないぞ。迎えに来たんだ」

 手を上げて争わない意思を見せながらもじりじりと寄ってくる。

「それ以上近寄ったら魚みたいに丸焦げにする!」

 まるで反抗期に入った娘。だが状況は決して平和的ではない。

「本当よ? 弓とか持ってないでしょ?」
「そうだ、縄だって持ってないぞ」

 二人はぐるりとその場で回転する。

「確かに武器は持っていないようね……それと他に追手もいないみたいだし」

 耳を澄ましてもここに家族以外にいない。しかし雨音に紛れている可能性も否定はできない。

「一人で焚火したの? すごいわあ、いつの間にそんなに立派になったの」

 母親が話題を変える。

「もしや魚も捕ったのか? 教えもしてないのにすごいじゃないか」

 父親も魚の残骸を見て、娘を褒め称える。

「そ、そうやってご機嫌取ろうたって意味はないんだからね!」

 強がって見せたが実際には効果絶大だった。今すぐにでも母と父の胸に飛び込んでもっと褒めてと甘えたかった。
 圧倒的なエネルギーで支えられていた抵抗心が揺らぐ。

「でも大変だったでしょう? 魚を捕るのも火を起こすのも」

 母親はお見通しだった。まだまだ未熟だと知っている。

「機嫌を直して帰っておいで」
「そうだ、みんな待ってるぞ」

 二人は手招きする。

「騙そうたって、そうはいかないんだから……」

 握っていた木の棒が手から滑り落ちそうになる。本当なら握って痛いのは木の棒ではなく両親の手。今すぐに手をつないで帰りたかった。
 しかし疑問が残る。手をつないで帰った先が住み慣れた我が家ではなく、牢屋だとしたら……。

「……帰ったらお肉が食べたい」

 そう、ぽろりと本音を漏らす。なんてことのない子供らしいワガママ。一般家庭であればすぐに叶えられる。
 しかし両親の二人は、

「そ、れ、は……」
「うん……」

 気まずそうに笑う。

「あー……そっか……」

 この一瞬でビクトリアは自分の歩く道を決めた。

「ファイア」

 両親に向かって火の魔法を放つ。ただし威力は最低限に抑え、威嚇程度に。
 それでも突然の攻撃に二人は慌てふためていて尻餅をついた。

「わかってちょうだい!! 光の御子は悪いことじゃない! あなたのために言ってるの!」
「そうだぞ! 名誉なことなんだ! お父さんたちのためにも帰ってきてくれ!」
「誰が水と林檎で一生牢屋で過ごすものですか! それにトイレがおまるよ! 二人はそんな生活耐えられるの!?」
「大変なのはわかっている! でもお父さんたちも大変なんだ! お前が光の御子になってくれないとお父さんたちはあの村で暮らせなくなるんだ!」
「お父さん! それをエルフの前で言っちゃあ──」

 エルフはどんな小さな失言も聞き漏らさない。

「ああ、ああ、そういうこと……! 娘のためとか言っておきながら結局は自分のためなんじゃない……!」

 即席の杖にありったけの魔力を込める。怒りに身を任せた炎を放とうするも、その前に握力に耐え切れず木の棒が折れてしまう。

「はああああ!? こんなときに!!」

 魔法が使えなければただの小娘。

「しめた!」

 父親が腕づくで捕まえようと走る。
 ビクトリアはまた選択を迫られる。抵抗するか、服従するか。

「こうなったら……!」

 ビクトリアは戦うよりも逃走を選んだ。それも川を渡り始めた。
 天気は雨。すでに増水が始まっていた。

「馬鹿な真似はよしなさい! エルフ!」

 ビクトリアは下流に流されながらも持ち前のエネルギーで渡り切る。
 父親はまだ対岸にいた。

「あなた! どうして追わないの!」
「お、俺は泳げないんだ……」
「まだこの程度なら歩けるでしょう!」
「エルフと一緒に戻ってきたときにもっと増水したらどうする!」
「エルフを取り戻せなかったらもっとどうするのよ!」
「じゃあ俺は流されてもいいってか!?」

 愛され愛していた両親の醜い争いが始まる。優れた聴覚は大雨も激流も二人の呪詛をかき消してはくれない。
 ビクトリアの身体はとっくに冷え切っていた。
 それでも、それでも……。

「……二人とも帰れないならさ、いっそのこと一緒に村を出ようよ」

 それは娘からの提案だった。こんな娘の前でみっともなく言い争いをする二人だったが九十年を共にした血のつながった唯一無二の家族。どんな激流でも流せない不和があったが、それでも切り捨てられなかった。
 ビクトリアにとっては悩みが全てが解決する名案だった。これ以上にないほどのハッピーエンドだった。
 しかし両親の反応は、

「馬鹿! 外の世界はそんなに甘くない!」
「この一帯にエルフの住む森はあそこ以外にないんだぞ!」
「まさか短命種の村に居候するつもり!」
「やめておけ! 我々があいつらを同格と見れないようにあいつらも我々を同格と見ていないのだ! しょせんはオオカミとネズミの関係のようなもの! 灰色の毛で四本足で歩くだけの共通点なんだ!」

 まるで耳を貸そうとしなかった。

「娘には自分の言うことを聞かせようとするのに私の言葉には耳を傾けてくれないんだ……」

 聞こえてるようで実質的には無視されているようなもの。ビクトリアにとって監禁や食事制限よりもこれが一番堪えがたいものだった。

「……それなら私も一生耳を貸さない。ずっとそっちで喧嘩してればいいよ」

 ビクトリアは耳を塞いでその場を立ち去る。
 両親が大声で喚いているのがわかったが、どんな言葉だったかわからない。知りたくもない。
 喉の痛みがずきずきと痛んだ。
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