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ロビンとリチャードと

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 ロビンとリチャードの二人は何も喋らず何も語らず暗闇の底へと歩んでいた。とっくにはぐれていることは気づいている。とうに仲間たちとの立ち位置がかけ離れていたことにも気づいていた。
 これから始まる出来事は仲間には、特にテオには見せられないし、察せられてはならない。そのような良識の共有、呼吸が合う、話し合えば通じ合える点が多数あるというのに衝突は避けられなかった。

 運良く、いや運悪く一体の魔物と遭遇する。

「ほう、グリフォンか。これはまた珍しい」

 白毛の頭に黄色く曲がった嘴。前足は獲物を掴むのに長けた指の長い三前趾足。後ろ足は翼を使わずとも空高く跳躍する獅子の足。開けば空を飛べる鷲の翼があるが、

「悲しいかな、この洞穴ほらあなの中では自慢の翼は重荷にしかなるまい」

 現にすでに右翼には深い切り傷があり、血は止まっているものの痛々しい姿だった。

「恐らくはノワールによって外から連れてこられた魔物だろう。そしてその切り傷、70層のアラクネナイトにやられたな? つい先ほど相手したドラゴンにも同様の傷を負っていた。ははは、ノワールめ、時間はあったろうに未だに70層で足踏みをしているのか。決着はすぐそこのようだな」

 リチャードは剣を握る。

「ロビンくん。手出し無用だ。邪魔にならないように端っこに隠れていてくれよ」
「へいへい、旦那に任せるぜ」

 ロビンは隠密スキルを使い姿と気配を消す。

「ぐるるぅぅぅ」

 グリフォンは怯えて後ずさりする。

「ほう、吾輩とのレベル差がわかるのか。殺すには惜しい。しかしいつ敵に回るかもわからないからな。せめて一思いにマナへと還してやる」

 リチャードは大剣を携えたまま素早く左に跳躍する。そして壁を蹴り、より高く。
 グリフォンの負傷した右翼を狙う。グリフォンの翼は巨体を浮かすほどの筋力を誇る。ただ開いただけでも人間の全身の骨を折るのには充分なほど。しかしこの個体に人間を、それも元魔王のリチャードを吹き飛ばすほどの体力は残っていない。

「ぐるうう!」

 本来狂暴とされるグリフォンだったが抗うことよりも逃げることを選んだ。
 翼を開くことなく巨体を壁に寄せ、斬撃から身を躱そうとする。

「むっ!?」

 リチャードにとっても意外な行動だったが剣戟が届く距離だったのでそのまま大剣を振り下ろした。
 翼が飛ぶ。主を置いてのように飛散する。
 鷲と獅子の巨体は地に落ちる。二度と飛び立つことも起き上がることはない。

「ぐるう……ぐるう……」

 地上なら、空中なら、ドラゴンとも互角の戦いを見せるとされるグリフォンが叩かれ潰され虫の息。

「地の利というやつだ。地上ならもっと有意義な勝負ができただろうが生憎ここは地中。吾輩のホームだ」

 約束通り一思いにマナに還そうと振り上げた大剣を、

「──狙うならここだろうと思っていたよ!」

 即座に振り返り、背後に迫っていた矢を切り落とす。

「ダメだよ。ダメダメだよ、ロビンくん。隠密スキルを使っても全然殺意を消せてないよ」

 矢を放ったのはロビンだった。

「弁明なら一応聞いておこう? 狙ったのはグリフォンかい? それとも吾輩かい?」

 弓の名手であるロビンが相手を間違えるはずがない。リチャードにもそれくらいはわかっていた。

「どちらにせよ、君の名誉は地に落ちたも同然」
「名誉、ね……」

 ロビンは弓を下ろし、姿を消した。

「だから無駄なんだって!」

 リチャードは再び背後からの攻撃、ロビンの剣戟を受け止めた。

「これが答えか、ロビンくん……いやロビン!」
「名誉だぁ!? 獣人風情が知った口を聞いてんじゃねえ!!」

 隠密スキルはもはや効果がなかった。ロビンの心に秘めていた憎悪と殺意が身から溢れ出ていた。

「君のことは気に入ってたんだがねぇ……今この時をもって君は庇護対象を外すとしよう」

 レベル差に筋力差。鍔迫り合いは一秒と持たない。

「ふん!」

 剣を弾くと同時に蹴りを入れる。

「があぁつ!?」

 鍔迫り合い同様、かけ離れた実力差。戦いも一秒たりとも成立しない。
 蹴られたロビンは壁まで吹き飛び、動かなくなる。

「愚かだ、実に愚かだ。この吾輩に剣で挑もうなど。弓矢で挑めば一分は寿命が延びただろうに」

 リチャードは大剣を引きずりながらロビンの元へと寄る。

「もう謝っても遅いぞ。君の罪は重い。吾輩に弓矢を向けたことは……まあ赤子の戯れのようだが……吾輩の部下シロくんを狙った以上生かしてはおけない」
「……何が庇護対象だよ……獣が……偉そうによぉ……」
「偉そうに? 違うね、偉いんだよ。偉くて強い、それが吾輩だ」

 リチャードは強くて偉い。それゆえに命の選別も自由。気に入った人間がいれば生かすし、気に入らなければ殺しもする。これまでも、これからも。

「残念だ、実に残念だ。君は吾輩と違って憎しみに囚われてしまったようだね。私も君と同じように大事な人を失ったことがある。今回の暴走もそれが引き金なんだろう。その点は同情の念を禁じ得ないね」
「……ああ? お前に俺の過去を話したことがあったか?」
「全部知ってるよ。吾輩は魔王だ。洞窟全体に我が眷属を配置している。君たちがエキドナに入った直後から行動、会話まで全部を見せてもらった。君たちのドラマはとても素晴らしかった。あれを真のドラマと言うのだろうね、感動したよ。それだけにこの結末は非常に残念だ」
「……やっぱ俺の判断は間違えてなかったな……人の被ったお前を生かしちゃおけねえ……仲間の元に、行かせちゃならねえ……」
「安心したまえ、君の仲間は吾輩が守る──」

 リチャードはロビンの元にたどり着くと剣を振り上げた。

「──立つだけが取り柄のタンクよりは頼もしいだろうさ」
「……ははは、そいつはどうかな……案外、俺が勝つかもだぜ!」

 立つだけが取り柄のタンクが立ち上がり盾を前にして体当たりする。
 剣を振り上げていたリチャードはそのまま胴で受け止める。

「ふん! 蛾の体当たりのように軽いな!」

 身体でロビンを受け止めたまま剣を握り直す。背中から風穴を空けようと振り下ろそうとした時だった。

 ぷすり。

 一本の矢がリチャードの腰に突き刺さる。矢は確かに皮膚を突き刺し体内に侵入したが筋肉に阻まれ臓器に達することはなかった。

(矢……どこから……)

 矢が飛んできた方向に視線を向ける。矢は物陰から放たれていた。弓の近くに火の灯ったロウソクが設置されていた。

(……罠か、忌々しい。人類が生み出した、下らない発明だ。勝負に水を差すとは無粋だ)

 視線を戻し、改めて剣を振り下ろし、トドメを刺そうとするが腕が動かない。

「……だ……れ……は……」

 なんだこれは。そう言おうとしたのにろれつが回らない。
 視界がぐるりと回り始める。手から剣が滑り落ちる感触。

(まさか!! これは!!)

 倒れるリチャードをロビンは勝ち誇った面持ちで見下ろす。

「そうだよ、てめえから拝借した毒だ。ははっ、ざまあ見やがれ」
「き……さ、ま……あの、時……」

 ロビンはリチャードを無視して早歩きで自分の剣を拾いに行く。

「なあ、旦那……誰が庇護対象だって? 誰が立つだけが取り柄のタンクだって?」

 形勢は逆転した。かつてないほどのジャイアントキリングに内心はスキップするほどにウキウキしているがそれだけの体力も余裕もない。

「言葉や魔法を使えても所詮は獣だってことだ。強さは認めてるぜ。肝心なところでずるがしこい人間に出し抜かれる運命だけどな」

 剣を握って動けないリチャードを見下ろす。

「さてどうすれば手っ取り早く殺せるかな……お前の骨は剣よりも硬そうだ。脳は頭蓋骨に守られ、心臓は正しい位置がわかりにくいうえに肋骨に守られている」

 結論は素早く導かれる。

「よし、首を落とす。最悪骨は斬り落とせなくても脈を斬れば死ぬだろう」
「……やめ……」
「安心しろ、旦那。首を跳ねるのは初めてじゃねえ。ガキの頃に親父から教えてもらったんだ。泣いて嫌がってるのに何回もさせられたぜ」

 ロビンは剣を振り上げる。そして目を瞑り祈る。

「ウィル……これで俺を……許してくれるか……」

 目を瞑ったまま、剣を振り下ろした。

 キィン!

 剣は途中でひっかかる。
 骨を切るにはあまりに高い、金属音。
 何事かと、ロビンは目を開ける。目が見開く。

「し、師匠……」

 そこにはロビンの剣を受け止めるテオがいた。

「テ、テオ、なにやって」
「それは、こっちのセリフだっ」

 テオは圧倒的に力が開いているはずなのに苦しそうに剣を弾いた。

「師匠……何やってんだよ!!!!!」

 テオの叫びはあまりにも悲痛だった。
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