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50層 異常発生 クラーゲン 後編
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テオたちの頭上で鳥のように自由に浮遊する影。
「エアカッター」
そこから正確無比に空気の鋭い刃が触手だけを切り飛ばした。
「これでひとまずの安全は確保しましたね。今度は逃げ道を作らないと」
男は微笑みながらワンドに魔力を込める。
「アイス、セプテット」
男の背後から七つの氷山と見間違うほどの大きな氷の塊が現れると川に落ちる。
「おおい!? そんなのぶち込まれたら波が立つだろう!」
高波がテオたちを飲み込むかと思われたが杞憂。
「僕がそんな初歩的なことを見逃すとでも? よく見てください」
周辺は季節が一変したようだった。先ほどまで草が生い茂る夏のような季節が、雪が覆う銀世界に。地面に境目はない。どこが川やら道さえ知らず。
「初級氷魔法のアイスで……川を本当の氷河に……?」
「正確にはセプテットですが」
川に蓋をしたことで自身の安全も確保した。影はゆっくりと降りてくる。
声でとっくに正体を見抜いていたビクトリアはパーティの中で唯一げんなりとした表情で彼を出迎えた。
「……トニョ。もう追いつくとは」
トニョ。最もエキドナ攻略に近いとされるトップランカーの魔法使い。
そんな彼はつれない態度で出迎えられてもスマートに笑い流す。
「やあ、レディ。一か月ぶりですか」
「一か月ぶりって……せいぜい三日ぶりでしょう」
「いや一週間ぶりじゃないか?」
「ええ? 半月くらいじゃない?」
ダンジョン内では時間の流れが狂う。時計を見ずに自分の睡眠時間を測るように難しい。
「おう、トニョ……えっと……十時間ぶりか?」
「この時間感覚の狂い……計算が苦手なせい? それとも痺れているせい?」
ビクトリアは幼馴染のおつむの出来にあきれ果てる。
「どれどれ」
トニョが身を屈めてテオの容態を見る。
「どうされたんです? 元気いっぱいのあなたが倒れ込んでいるなんて。拾い食いでもしましたか?」
「んにゃ……あのにょろにょろとしたのを蹴ったらこんな感じに」
「ビクトリアさんのヒールでも治らないんですか?」
「あいにく私の専門外の毒よ。あいつ一体なんなの? イカやタコじゃないのはわかってるんだけど」
「おや、長生きしているあなたもクラゲを知らないのですね」
「クラゲ……? クラゲって海でプカプカしてるのじゃないの」
「淡水にも種類によってはクラゲはいますよ。こんな初歩的なことも知らないのですか」
「う、うぐぐ」
ビクトリアは悔しさに歯ぎしりする。
「っと……祖父の……師匠の口癖が移ってしまいましたね。失敬。これは人の心を折る悪い魔法だ。適当に流してください、レディ」
「別にいいわよ! 悔しいけど事実だし!」
トニョは今も腫れ上がる患部に手をかざし、
「ヒール」
治癒魔法を唱える。腫れは一気に引き、そして二度と膨れ上がることはなかった。
「おお、ビクトリアでも治らなかったのにトニョだと一発だ!」
「おいおい、そう言ってやるなよ、テオ~。ビクトリアさんが気にするだろ~」
ロビンはここぞとばかりに意趣返しに回る。
「ニヤニヤするな。きもい」
「格好悪い男」
女性陣からかなりの不評を食らってしまう。
「それでそのクラゲはまだ倒れてないようだけど」
ビクトリアの耳がぴくぴく動く。
「どうやら逃げられてしまったようですね。あれはここのボスじゃありません。何らかの手段で外部から侵入した魔物ですね。だから他の層へ行き来もできる」
「51層にって……出入口、見渡す限りどこにもないんだけど」
「あはは、そんな発想では一生見つかるはずがありません」
「いちいち気に障るわね、こいつ……!」
「ビクトリアちゃん抑えて抑えて」
殴りかかろうとするビクトリアをマチルドは羽交い締めにする。
「なあ、もしかして51層へは水に潜らなくちゃいけないのか?」
テオはなんとなしに言う。
「どうやら君には冒険の才能が眠っているようですね。ご明察です。出入り口は水底にあります」
「エキドナ……もうなんでもありだな……」
ロビンは想像のスケールの大きさに圧倒されてしまう。
「ってか水中!? 濡れるのは嫌だぞ! 俺の盾が崩れちまう!」
まるで子猫のようにして盾を胸に抱える。
「ご心配なく。水底まで氷を凍らせていますので。あとは炎で溶かすなり剣で削るなりして下へ向かいましょう」
「おお!? ってことはトニョ、一緒に来てくれるのか!?」
「そういう約束でしたよね?」
「うおお! やったー! 新たな仲間だ! ようこそだぜ」
テオは無邪気にトニョに抱き着いた。
「あはは、僕なんかをこんなに熱烈に歓迎するのは初めてですよ」
「俺だけじゃないぜ! みんなも歓迎してるぜ! なあ、みんな!?」
テオは仲間たちの顔を見る。
「まあ、あたしは魔法の勉強になるから、ちょっとだけは歓迎かしら、ちょっとだけ」
「ええ、まじ? こいつを同行させるの?」
「俺より顔のいい奴……! ライバル……!」
それぞれが思い思いの言葉をする。
「なあ!? みんな歓迎してるだろう?」
「ほとんどが歓迎してるように見えませんが……まあいいでしょう。よろしくお願いします」
こうして心強すぎる魔法使いトニョがパーティに加わった。
「エアカッター」
そこから正確無比に空気の鋭い刃が触手だけを切り飛ばした。
「これでひとまずの安全は確保しましたね。今度は逃げ道を作らないと」
男は微笑みながらワンドに魔力を込める。
「アイス、セプテット」
男の背後から七つの氷山と見間違うほどの大きな氷の塊が現れると川に落ちる。
「おおい!? そんなのぶち込まれたら波が立つだろう!」
高波がテオたちを飲み込むかと思われたが杞憂。
「僕がそんな初歩的なことを見逃すとでも? よく見てください」
周辺は季節が一変したようだった。先ほどまで草が生い茂る夏のような季節が、雪が覆う銀世界に。地面に境目はない。どこが川やら道さえ知らず。
「初級氷魔法のアイスで……川を本当の氷河に……?」
「正確にはセプテットですが」
川に蓋をしたことで自身の安全も確保した。影はゆっくりと降りてくる。
声でとっくに正体を見抜いていたビクトリアはパーティの中で唯一げんなりとした表情で彼を出迎えた。
「……トニョ。もう追いつくとは」
トニョ。最もエキドナ攻略に近いとされるトップランカーの魔法使い。
そんな彼はつれない態度で出迎えられてもスマートに笑い流す。
「やあ、レディ。一か月ぶりですか」
「一か月ぶりって……せいぜい三日ぶりでしょう」
「いや一週間ぶりじゃないか?」
「ええ? 半月くらいじゃない?」
ダンジョン内では時間の流れが狂う。時計を見ずに自分の睡眠時間を測るように難しい。
「おう、トニョ……えっと……十時間ぶりか?」
「この時間感覚の狂い……計算が苦手なせい? それとも痺れているせい?」
ビクトリアは幼馴染のおつむの出来にあきれ果てる。
「どれどれ」
トニョが身を屈めてテオの容態を見る。
「どうされたんです? 元気いっぱいのあなたが倒れ込んでいるなんて。拾い食いでもしましたか?」
「んにゃ……あのにょろにょろとしたのを蹴ったらこんな感じに」
「ビクトリアさんのヒールでも治らないんですか?」
「あいにく私の専門外の毒よ。あいつ一体なんなの? イカやタコじゃないのはわかってるんだけど」
「おや、長生きしているあなたもクラゲを知らないのですね」
「クラゲ……? クラゲって海でプカプカしてるのじゃないの」
「淡水にも種類によってはクラゲはいますよ。こんな初歩的なことも知らないのですか」
「う、うぐぐ」
ビクトリアは悔しさに歯ぎしりする。
「っと……祖父の……師匠の口癖が移ってしまいましたね。失敬。これは人の心を折る悪い魔法だ。適当に流してください、レディ」
「別にいいわよ! 悔しいけど事実だし!」
トニョは今も腫れ上がる患部に手をかざし、
「ヒール」
治癒魔法を唱える。腫れは一気に引き、そして二度と膨れ上がることはなかった。
「おお、ビクトリアでも治らなかったのにトニョだと一発だ!」
「おいおい、そう言ってやるなよ、テオ~。ビクトリアさんが気にするだろ~」
ロビンはここぞとばかりに意趣返しに回る。
「ニヤニヤするな。きもい」
「格好悪い男」
女性陣からかなりの不評を食らってしまう。
「それでそのクラゲはまだ倒れてないようだけど」
ビクトリアの耳がぴくぴく動く。
「どうやら逃げられてしまったようですね。あれはここのボスじゃありません。何らかの手段で外部から侵入した魔物ですね。だから他の層へ行き来もできる」
「51層にって……出入口、見渡す限りどこにもないんだけど」
「あはは、そんな発想では一生見つかるはずがありません」
「いちいち気に障るわね、こいつ……!」
「ビクトリアちゃん抑えて抑えて」
殴りかかろうとするビクトリアをマチルドは羽交い締めにする。
「なあ、もしかして51層へは水に潜らなくちゃいけないのか?」
テオはなんとなしに言う。
「どうやら君には冒険の才能が眠っているようですね。ご明察です。出入り口は水底にあります」
「エキドナ……もうなんでもありだな……」
ロビンは想像のスケールの大きさに圧倒されてしまう。
「ってか水中!? 濡れるのは嫌だぞ! 俺の盾が崩れちまう!」
まるで子猫のようにして盾を胸に抱える。
「ご心配なく。水底まで氷を凍らせていますので。あとは炎で溶かすなり剣で削るなりして下へ向かいましょう」
「おお!? ってことはトニョ、一緒に来てくれるのか!?」
「そういう約束でしたよね?」
「うおお! やったー! 新たな仲間だ! ようこそだぜ」
テオは無邪気にトニョに抱き着いた。
「あはは、僕なんかをこんなに熱烈に歓迎するのは初めてですよ」
「俺だけじゃないぜ! みんなも歓迎してるぜ! なあ、みんな!?」
テオは仲間たちの顔を見る。
「まあ、あたしは魔法の勉強になるから、ちょっとだけは歓迎かしら、ちょっとだけ」
「ええ、まじ? こいつを同行させるの?」
「俺より顔のいい奴……! ライバル……!」
それぞれが思い思いの言葉をする。
「なあ!? みんな歓迎してるだろう?」
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