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65層 リチャードの追想とアイアンテイルドラゴン戦
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「リチャード。リチャード」
忘れもしない母親の声。本物の太陽の日差しにどこまで広がる草原。まだ尻尾が生えていた頃の思い出。
「またあなたの頭を撫でさせて」
長く細い指が頭の上の耳をくすぐる。
「おかあさま。またぼくのみみをさわってる」
「だってリチャードの耳はとってもかわいいですもの。いいな~、お母さんもリチャードみたいな耳が欲しかったな」
母親の頭には獣の耳はない。毛の生えていないつるつるの耳が顔の脇にあった。
「うんざりです。いいかげんみみばなれしてください」
「もう、いじわる~」
今でも後悔する。なんて意地の悪いことを言ってしまったのだろうと。時間を戻せるならいくらでも触らせてあげたい。
この直後に母親は命を奪われる。他でもない同族の手によって。
母親は最期まで優しかった。自分の命よりも子供の未来を考えていた。
「リチャード……人間を憎んではいけない……過ちは誰だって犯すものなの……」
母のわき腹には矢が突き刺さっていた。爪の届かない遠距離から嘲笑うように攻撃してくる、人間が好む卑怯な武器。生きるために好き嫌いせずにさまざまな武器を扱ってきたが弓だけは好きになれない。
「母さん、しゃべっちゃだめだよ……しゃべったら血が……」
この頃はまだ魔法を習得していなかった。応急処置の仕方もわからなかった。傷口を手で塞いでみたものの、流れ続ける血を見ていることしかできなかった。
「あなたには……半分お母さんの血が入っているの……だからお母さんを、自分を嫌いにならないでね……約束して……」
母親の言葉はその時到底理解できなかった。尻尾は人間に切り落とされたばかりで激痛が全身に走っていて頭が間話ならなかった。
それでも約束しなくては一生後悔する。そう直感し約束をする。
「わかったよ、母さん……人間を憎まない、約束する……!」
今日でも母の言いつけは守っている。人間を憎んではいない。母親も自分も大切にしている。復讐など考えても行動に移さないようにしている。
「いい子ね、リチャード……」
母親が頭に手を伸ばしてくる。長い細い指が耳に届く直前にぴたりと止まり、そして地に落ちる。
「母さん!! 母さん!!! かああさああああん!!!」
ドーン!!!
現実で起きた轟音に膠着していた身体が跳ね起きる。
「……いかんな、敵前で眠りこけていたか」
現在65層セーフルーム。魔王リチャードは座ったまま夢を見るほどの眠りについていた。
「仮眠のつもりだったが連戦の疲れが出たか。いくらレベル上げのためとはいえ、60層のアイスマンモスを30連戦はちとやりすぎたな」
あえて報酬が豊富なボスがリポップする層に留まり続けての連戦も効率的に経験値を稼ぐ手段の一つ。ただし未熟な初心者にはお勧めはできない。また連戦を重ねるうちにリポップの時間は次第に間延びしていくようになるので長居は禁物。リポップが遅くなる原因は魔力不足と推測される。エキドナ(仮称)と言えど魔力は無限ではない。それでも地上とは比べ物にならない魔力量を保有していることに違いはない。
「レベルは77……時空魔法は使えんが、まあ問題はないだろう」
鑑定を使ってレベルとステータスを確認する。うっかり毒状態のままで戦ってピンチに陥ってしまって以来大事な戦いがある前は必ずチェックしている。
「武器も防具も耐久に問題はないな」
武器と防具を拳で叩いてみる。両方とも壊れはしない。
エキドナ(仮称)の攻略で自分よりも右に出る者はいないと自負しているリチャードであったが決して慢心はしない。
何十年ぶりの、まるで情報のない得体のしれない初見の敵を相手取ることを考えると身震いする。ソードクイーンアントも初めて見る魔物だったが所詮はソードアントの延長に過ぎない。
「さて66層に辿り着く前のウォーミングアップと行こうか」
セーフルームを出た途端に頭上から棘付きの鉄球が振り下ろされる。
「おっと危ない」
リチャードは全身甲冑ながらも機敏な動きで前転し、これを躱す。
「ぐるああ!!」
今度は巨大な爪が降りかかってくる。回避は間に合わない。
「ドラゴンか!」
剣を盾にして爪の直撃は回避するも、
「ぐう……!」
ドラゴンの右腕がリチャードの身体を潰しにかかる。リチャードの筋力でもやすやすと押し返せなかった。
またもドラゴンとエンカウントする。忘れてはいけない、通常ならば80層でようやくエンカウントする敵。65層にいるはずがない。山奥に住むはずの虎が人里まで下りてきているようなもの。
しかも今度のドラゴンは幼体ではない上に別種とかなり厄介。身体の大きさはさほど変わらないものの、鱗に厚みに増し、硬度も向上していた。尻尾の先は膨らみ、棘付きの鉄球になっている。
「こんなところでアイアンテイルドラゴンと出くわすとはな! しかしこれはピンチではなくチャンス! 不幸ではなく幸運! 貴様の経験値、貰い受ける!」
アイアンテイルドラゴンは希少種。強敵な分、経験値も大きい。
「身体強化!」
身体に獣人の血が流れているためにそもそもの筋力は凄まじく、その上に人間が生み出した補助魔法でさらに跳ね上がる。
「おんどりゃあああ!」
力を振り絞って鋼鉄の竜の身体を浮かす。面を食らっている隙を突いて足の下から脱出する。
「鑑定!」
レベルとステータスを確認する。
「レベル80か! いいぞ、鉄が貴金属に見えてきた!」
横から高速で迫る尻尾の鉄球を躱し、大剣を地面で引きずる。
「食らえ! リチャードカッター!」
力を溜めてからの切り上げ。リチャードカッターはスキルではないが気合の問題では叫んでいるだけ。
ドラゴンは共通して背中よりも腹が柔らかい。セオリー通りの攻撃であったが、
「……フッ。まるで刃が立たない」
力を入れた分、跳ね返ってきた衝撃は大きい。今の一撃で剣を握っていた手のひらは擦り切れ血が滲む。
「ぐるああああ!」
追撃を加えようとしてくるアイアンテイルドラゴンの鼻先に、
「ウォーター!!」
大量の水を浴びせて視界を奪う。
「ぐるああああ!!!」
それでも怯まずに噛みつこうとしてくるので、
「ファイア!!」
今度は高温度の炎をぶつける。
ジュワア!
被っていた水は火に当てられて一気に蒸発し湯気になる。
「ぐるああ!? ぐるあああ!??」
いくら首を振っても視界を遮る湯気は晴れない。なにせ顔から発生してるのだから。
「ふはははは! なんと間抜けか! かたいのは鱗だけでなく頭もそうなのだな! 言うまでもないが中身の意味だぞ!」
視界に頼らずとも聴覚でも位置は把握できる。アイアンテイルドラゴンはリチャードの声をした方向へ突進する。
ドオオン!!
アイアンテイルドラゴンの頭はリチャードではなく壁に直撃する。
「はっはー! 挑発に容易く乗るとはやはり間抜け!」
リチャードは高く跳躍して回避していた。そしてそのまま大剣を重力をフルに生かして振り下ろす。
「リチャードカッター!!」
会心の一撃は脳天を直撃する──がやはり刃は通らなかった。
「しかし、勝ったな」
勝つためには無理に刃を通す必要はない。通すのはダメージだけでいい。
「ぐ、ら、ら、ら……」
衝撃で脳を揺さぶられたアイアンテイルドラゴンは目を回し、嘔吐しながら倒れこむ。
いわゆる眩暈状態に入った。
「さて、急いでトドメにかかろうとするか」
リチャードはアイアンテイルドラゴンの顔の前に立つと、
「ファイア、ファイア、ファイア、ファイア、ファイア」
魔法を何度もぶつける。しかしHPはほとんど削れない。
「ウオーター、ウオーター、ウオーター、ウオーター」
今度は水をかける。これもまたHPにさほどの影響を与えない。
リチャードは何度も熱しては冷やすを繰り返す。するとそのうち、大剣ではまるで刃が立たなかった鋼鉄の鱗にヒビが入る。
彼はこの現象の名前を知らない。この現象はダンジョン攻略の中で偶然発見したもの。いくら筋力を上げても攻撃が通じない50層ボスのゴールデンナマズにやけくそで魔法を放っていたら同じようにヒビが入ったのだった。ちなみにこの攻略法を見つけるまでに半年を費やした。
「よし、そろそろか」
剣を振り下ろしトドメを刺そうとしたその時、
「む、魔力反応」
自分のものではない、別の誰かの、ごくわずかな魔力を感知した。
あまりに少なすぎて何の魔法かもわからない。
しかし魔力量に似合わぬ高威力の現象が出力される。
リチャードの目からは何もない空間で突然炎がさく裂したようにしか見えなかった。
突然爆発した炎はアイアンテイルドラゴンにトドメを刺し、リチャードの鎧を粉々に砕いた。
忘れもしない母親の声。本物の太陽の日差しにどこまで広がる草原。まだ尻尾が生えていた頃の思い出。
「またあなたの頭を撫でさせて」
長く細い指が頭の上の耳をくすぐる。
「おかあさま。またぼくのみみをさわってる」
「だってリチャードの耳はとってもかわいいですもの。いいな~、お母さんもリチャードみたいな耳が欲しかったな」
母親の頭には獣の耳はない。毛の生えていないつるつるの耳が顔の脇にあった。
「うんざりです。いいかげんみみばなれしてください」
「もう、いじわる~」
今でも後悔する。なんて意地の悪いことを言ってしまったのだろうと。時間を戻せるならいくらでも触らせてあげたい。
この直後に母親は命を奪われる。他でもない同族の手によって。
母親は最期まで優しかった。自分の命よりも子供の未来を考えていた。
「リチャード……人間を憎んではいけない……過ちは誰だって犯すものなの……」
母のわき腹には矢が突き刺さっていた。爪の届かない遠距離から嘲笑うように攻撃してくる、人間が好む卑怯な武器。生きるために好き嫌いせずにさまざまな武器を扱ってきたが弓だけは好きになれない。
「母さん、しゃべっちゃだめだよ……しゃべったら血が……」
この頃はまだ魔法を習得していなかった。応急処置の仕方もわからなかった。傷口を手で塞いでみたものの、流れ続ける血を見ていることしかできなかった。
「あなたには……半分お母さんの血が入っているの……だからお母さんを、自分を嫌いにならないでね……約束して……」
母親の言葉はその時到底理解できなかった。尻尾は人間に切り落とされたばかりで激痛が全身に走っていて頭が間話ならなかった。
それでも約束しなくては一生後悔する。そう直感し約束をする。
「わかったよ、母さん……人間を憎まない、約束する……!」
今日でも母の言いつけは守っている。人間を憎んではいない。母親も自分も大切にしている。復讐など考えても行動に移さないようにしている。
「いい子ね、リチャード……」
母親が頭に手を伸ばしてくる。長い細い指が耳に届く直前にぴたりと止まり、そして地に落ちる。
「母さん!! 母さん!!! かああさああああん!!!」
ドーン!!!
現実で起きた轟音に膠着していた身体が跳ね起きる。
「……いかんな、敵前で眠りこけていたか」
現在65層セーフルーム。魔王リチャードは座ったまま夢を見るほどの眠りについていた。
「仮眠のつもりだったが連戦の疲れが出たか。いくらレベル上げのためとはいえ、60層のアイスマンモスを30連戦はちとやりすぎたな」
あえて報酬が豊富なボスがリポップする層に留まり続けての連戦も効率的に経験値を稼ぐ手段の一つ。ただし未熟な初心者にはお勧めはできない。また連戦を重ねるうちにリポップの時間は次第に間延びしていくようになるので長居は禁物。リポップが遅くなる原因は魔力不足と推測される。エキドナ(仮称)と言えど魔力は無限ではない。それでも地上とは比べ物にならない魔力量を保有していることに違いはない。
「レベルは77……時空魔法は使えんが、まあ問題はないだろう」
鑑定を使ってレベルとステータスを確認する。うっかり毒状態のままで戦ってピンチに陥ってしまって以来大事な戦いがある前は必ずチェックしている。
「武器も防具も耐久に問題はないな」
武器と防具を拳で叩いてみる。両方とも壊れはしない。
エキドナ(仮称)の攻略で自分よりも右に出る者はいないと自負しているリチャードであったが決して慢心はしない。
何十年ぶりの、まるで情報のない得体のしれない初見の敵を相手取ることを考えると身震いする。ソードクイーンアントも初めて見る魔物だったが所詮はソードアントの延長に過ぎない。
「さて66層に辿り着く前のウォーミングアップと行こうか」
セーフルームを出た途端に頭上から棘付きの鉄球が振り下ろされる。
「おっと危ない」
リチャードは全身甲冑ながらも機敏な動きで前転し、これを躱す。
「ぐるああ!!」
今度は巨大な爪が降りかかってくる。回避は間に合わない。
「ドラゴンか!」
剣を盾にして爪の直撃は回避するも、
「ぐう……!」
ドラゴンの右腕がリチャードの身体を潰しにかかる。リチャードの筋力でもやすやすと押し返せなかった。
またもドラゴンとエンカウントする。忘れてはいけない、通常ならば80層でようやくエンカウントする敵。65層にいるはずがない。山奥に住むはずの虎が人里まで下りてきているようなもの。
しかも今度のドラゴンは幼体ではない上に別種とかなり厄介。身体の大きさはさほど変わらないものの、鱗に厚みに増し、硬度も向上していた。尻尾の先は膨らみ、棘付きの鉄球になっている。
「こんなところでアイアンテイルドラゴンと出くわすとはな! しかしこれはピンチではなくチャンス! 不幸ではなく幸運! 貴様の経験値、貰い受ける!」
アイアンテイルドラゴンは希少種。強敵な分、経験値も大きい。
「身体強化!」
身体に獣人の血が流れているためにそもそもの筋力は凄まじく、その上に人間が生み出した補助魔法でさらに跳ね上がる。
「おんどりゃあああ!」
力を振り絞って鋼鉄の竜の身体を浮かす。面を食らっている隙を突いて足の下から脱出する。
「鑑定!」
レベルとステータスを確認する。
「レベル80か! いいぞ、鉄が貴金属に見えてきた!」
横から高速で迫る尻尾の鉄球を躱し、大剣を地面で引きずる。
「食らえ! リチャードカッター!」
力を溜めてからの切り上げ。リチャードカッターはスキルではないが気合の問題では叫んでいるだけ。
ドラゴンは共通して背中よりも腹が柔らかい。セオリー通りの攻撃であったが、
「……フッ。まるで刃が立たない」
力を入れた分、跳ね返ってきた衝撃は大きい。今の一撃で剣を握っていた手のひらは擦り切れ血が滲む。
「ぐるああああ!」
追撃を加えようとしてくるアイアンテイルドラゴンの鼻先に、
「ウォーター!!」
大量の水を浴びせて視界を奪う。
「ぐるああああ!!!」
それでも怯まずに噛みつこうとしてくるので、
「ファイア!!」
今度は高温度の炎をぶつける。
ジュワア!
被っていた水は火に当てられて一気に蒸発し湯気になる。
「ぐるああ!? ぐるあああ!??」
いくら首を振っても視界を遮る湯気は晴れない。なにせ顔から発生してるのだから。
「ふはははは! なんと間抜けか! かたいのは鱗だけでなく頭もそうなのだな! 言うまでもないが中身の意味だぞ!」
視界に頼らずとも聴覚でも位置は把握できる。アイアンテイルドラゴンはリチャードの声をした方向へ突進する。
ドオオン!!
アイアンテイルドラゴンの頭はリチャードではなく壁に直撃する。
「はっはー! 挑発に容易く乗るとはやはり間抜け!」
リチャードは高く跳躍して回避していた。そしてそのまま大剣を重力をフルに生かして振り下ろす。
「リチャードカッター!!」
会心の一撃は脳天を直撃する──がやはり刃は通らなかった。
「しかし、勝ったな」
勝つためには無理に刃を通す必要はない。通すのはダメージだけでいい。
「ぐ、ら、ら、ら……」
衝撃で脳を揺さぶられたアイアンテイルドラゴンは目を回し、嘔吐しながら倒れこむ。
いわゆる眩暈状態に入った。
「さて、急いでトドメにかかろうとするか」
リチャードはアイアンテイルドラゴンの顔の前に立つと、
「ファイア、ファイア、ファイア、ファイア、ファイア」
魔法を何度もぶつける。しかしHPはほとんど削れない。
「ウオーター、ウオーター、ウオーター、ウオーター」
今度は水をかける。これもまたHPにさほどの影響を与えない。
リチャードは何度も熱しては冷やすを繰り返す。するとそのうち、大剣ではまるで刃が立たなかった鋼鉄の鱗にヒビが入る。
彼はこの現象の名前を知らない。この現象はダンジョン攻略の中で偶然発見したもの。いくら筋力を上げても攻撃が通じない50層ボスのゴールデンナマズにやけくそで魔法を放っていたら同じようにヒビが入ったのだった。ちなみにこの攻略法を見つけるまでに半年を費やした。
「よし、そろそろか」
剣を振り下ろしトドメを刺そうとしたその時、
「む、魔力反応」
自分のものではない、別の誰かの、ごくわずかな魔力を感知した。
あまりに少なすぎて何の魔法かもわからない。
しかし魔力量に似合わぬ高威力の現象が出力される。
リチャードの目からは何もない空間で突然炎がさく裂したようにしか見えなかった。
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外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
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