上 下
32 / 78

40層 シン・ボス ソードクイーンアント戦

しおりを挟む
 頭の内部を損傷し動かなくなったソードアントがフロアに残っている。絶命すれば亡骸はマナとなって霧散するが虫の魔物は厄介にも脳を損傷しただけでは絶命に至らない場合がある。そのためにひと工夫が必要。

「リチャード。お前がくれた毒、すっげー効くのな」

 ロビンは亡骸から矢を引き抜いて回る。彼が放っていた矢には黒騎士から借りた毒を付着させていた。微量にも関わらず、巨体の虫といえど瞬時に絶命、最低でも麻痺させて二度と動けなくするほどに猛毒。

「調合して作れるよう代物じゃないってのは素人でもわかるんだがどこで手に入れたんだ?」

 ロビンの質問にリチャードは快く答える。

「ああ、これはより深層で現れる魔物から運よく手に入れたのだ。もちろんその魔物は戦闘になればこの猛毒を大量に使ってくるぞ」
「……深層のボスってのは想像以上にハードなんだねえ」
「ボス? 違うな」

 リチャードは訂正する。

蜘蛛の魔物だ。何度も出くわすことになるからな、今から心の準備をしておくんだな。吾輩でも体内に回ればひとたまりもない」

 ロビンの心を折ろうとした狙いや意図はなく、あくまで事実を述べる。

「……おお、そうかい。そんなのがウロウロしてるのか。さぞ最深層にいる魔王様ってのはビビりなんだな」

 覚悟はとっくに決まっている。もうどんな脅しをかけても彼の心に変わりはない。

「そういやあんた、ここのダンジョン長いんだろう? 魔王と戦ったことはあるのか?」
「ま、魔王か……」

 リチャードは返答に悩む。なにせその魔王は自分自身なのだから、なんと答えたものか。

「……戦ったことはないな」
「そっかー。お前ほどの実力者でも魔王にまでたどり着けないのか」
「それにしても解せないな。吾輩は長くここに滞在しているが一度として戦ったことがない。なのに諸君らは本当に魔王の存在を信じているのか? 地上で見た者はいないのだろうに」

 リチャードはこの百年、一度も地上に出ていない。ダンジョン内でもシロ以外とは誰とも出会っていない。
 最初は大義名分のために権力者が魔王がいると恐怖を煽り立てたのかと思った。ダンジョンに潜り込んでくる者は偽りの大義を妄信し、義憤に駆られていると。
 ただ一人、ロビンは違う。彼だけは魔王への執着が凄まじく、執念に形がある。

「……」

 ロビンはソードアントの目から矢を抜こうとするがなかなか抜けない。

「……いるんだよ、魔王は」

 眉間に足を置いて力を入れてやっとのこさで抜けるが勢い余って転倒する。

「ははは、格好悪いところを見せちまったな。なあ、頼みがあるんだけどよ、この毒矢、俺に分けてくれねえか」

 リチャードは大剣を握ってロビンの元に駆け寄ってくる。

「おいおい、そんなに怒ることかよ」
「違う、ロビン! 後ろだ!」

 突如空中から巨大な蟻が落下する。それもちょうどロビンの背後だった。
 土煙が舞い上がる。その中からロビンをお姫様抱っこしたリチャードが現れる。

「大事ないか!?」
「助かったぜ、リチャード!」
「幸運だったな。転倒したことで狙いが外れたのだろう、直撃が免れたな」
「やっぱさっきの落下は偶然じゃなく意図した攻撃か! つうかあいつ何者なんだ!? どこに隠れてたんだ!?」
「全長は先ほどまで戦っていたソードアントの二倍といったところか。特に腹部が発達している。恐らくは女王蟻だろう」
「やっぱあんたすげえな!? 今の一瞬でそこまでわかるか!?」
「いいや、わからない……! 40層でこんな魔物は見たことがない! んぐっ」

 着地と同時にリチャードが呻く。

「悪いがここからは自分の足で歩いてくれ……」

 地面に膝をつき深い息を吐く。

「おい、まさか! 俺を助けるために怪我をしたのか!?」

 武器を収納できるマントは剥がれ、重厚な鎧に穴が開き、むき出しとなった背中には大きな切り傷ができていた。

「ヒール!」

 リチャードは自身で回復魔法を唱える。

「これで止血は済んだ。なに、これしきかすり傷さ」

 立ち上がろうとするがふらつく。

「どこがかすり傷だ! 肩を貸せ! 一緒に逃げるぞ!」

 ロビンはわきの下に潜り込むと巨体を支えるが、

「くっそ重いな! お前の身体!」
「ああ、産んでくれた母上に感謝だな」
「鎧のせいだよ!」

 脱いで逃げるわけにはいかない。

「俺のことは良い。まずは自分の身を第一にしろ」
「そんなことできるかよ! 自分を助けてくれたやつを見捨てて自分だけ助かるなんてよ!」

 ソードクイーンアントはあっという間にロビンたちの背後にたどり着く。そして今度は外さないようにとゆっくりと狙いを定める。強者の余裕を見せた。

「今からでも遅くない……間に合わなくなる前に……」
「……いいや間に合ったさ、間一髪だ」

 ロビンは足を止める。同時にソードクイーンアントは剣のように鋭い大顎を振り下ろす。

「チェックメイトだ、クイーン。後は頼むぜ、大将キング

 ソードクイーンアントのさらに頭上高くから落下する剣──

「テオ!!!」

 ──否、勇者。

「クラッシャー!!!!」

 新たなちからを手に入れた必殺技はより広く、より速く、敵を一飲みした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...