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黒騎士リチャードは壁になりたい
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現在39層。
黒騎士を先頭にしてテオ一行はダンジョンを潜る。
同行はしても決して気を許したわけでも仲間になったわけでもない。現にパーティ契約を結んでいない。経験値もバフも共有されない状態でいる。
「……なあ、テオ。本当にあいつと同行するのか?」
「ちょっとロビン。まだあんたはリーダーのテオが決めたことをまだずるずると引きずっているわけ? いつも大将大将おだてておいてさ。調子よくない?」
「ロビンを助けるわけじゃないけど私も正直反対。後ろから刺してこないだけどマシだけど絶対裏があると思う。ロビンを助けるわけじゃないけど」
「それ二回言う必要もあります?」
「心配すんなって! リチャードはいいやつだ!」
「こら、馬鹿テオ。聞こえちゃうでしょっ」
全員がちらりと先を歩く黒騎士に目をやる。
重装備なのに歯車仕掛けのように驚くほど歩きは均一。乱れは生じない。
「……聞こえちまったか?」
「聞こえてるにきまってるでしょうね。だってこのダンジョンに十年以上も潜り続けているって話でしょう? 猛者中の猛者に決まってるもの。聴覚も優れているに違いないわ」
そう、マチルドの想像通り、黒騎士リチャードは後ろの会話を一言も聞き漏らしていない。
聞き漏らすはずがない。
推しと推しの会話なのだからだ。
(ハア、ハアッ……! 推したちが吾輩の後ろで会話をしている! 生の、生の会話だ! 眷属のジリス越しと違って、声も鮮明に聞こえる……! 耳がぁ幸せ~!)
多少疎外感を感じるもそれは慣れっこ。伊達に百年もぼっちで引きこもっていない。
「じゃあどうして何も言ってこないんだ?」
「……一人に慣れきっているんじゃないの?」
「ん-、せっかく助けてもらったのに一人きりにさせるのよくないよな……リチャード! こっち来て一緒に話そうぜ」
「まあ、テオってば。迷いがないわね~」
黒騎士は泣きそうになる。
(優しい! テオくんってば優しすぎるよ! 暗闇のダンジョンに差す一筋の光だなあ、もう! しかしそれは甘さでもあるんだ……ここはガツンと言わなくちゃな……)
振り返らずに答える。
「お気持ち感謝する。しかしテオくん。吾輩は君らと慣れあうつもりはないんだよ」
要約すると、誘ってくれてありがとう。大好きテオくん。でも知らない人と一緒に行動すると危ないから気をつけようね、である。
精一杯に心遣いしたつもりだったがすぐさま黒騎士は気付く。
(あ、あれ!? これ、すっごく感じ悪くない!? せっかく誘ってもらったのに拒絶したみたいじゃん! しかも相手はまだ多感な少年! これはやっちまったか!?)
こっそりと後ろを窺う。
「そっか……俺、ちょっと勘違いしてたみたい」
しゅんとなるテオがそこにいた。
(NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!! 吾輩の馬鹿! 引きこもり続けてコミュ力0になったか!? ああ、穴があったら入りたい……もう大きな穴に入ってるんだけども)
黒騎士は心の底から反省した。
「まあまあ、仕方ないわ、テオ。これから徐々に心の距離を縮めていけばいいでしょう」
マチルドがテオの頭を撫でて慰める。
「ほう、あの馬鹿テオを凹ませるとは……やるわね、あの黒騎士」
「ビクトリアちゃん、もうちょっと幼馴染を心配してあげて?」
ロビンは石を蹴り上げる。
「けっ、せっかくのテオの誘いを断りやがってよ。いけすかねえな」
「いけ好かないのはどっちよ。あんたはコソコソと命の恩人の陰口叩いてさ、みみっちぃたらもう……それでも男なの」
「男に決まってんだろ! いいだろ! 気に食わないもんは気に食わないんだよ!」
「男は男でも小さい器よね、ほんと!」
「なにを!?」
黒騎士をきっかけに喧嘩が始まってしまう。
(ああ、吾輩が原因で推し同士が喧嘩を!? やはり差し出がましっただろうか、水先案内なんて!)
黒騎士が同行する理由。それは彼らを安全地帯に案内するためだった。元よりこのダンジョン、エキドナに安全地帯は存在しない。しかしあったら便利だろうと考えたリチャードは穴を掘って作ってしまった。ないなら作ってしまえばいい。それを実践したのだった。
それも安全地帯は一つだけではない。今では下一桁が5の階層に設置され、どれも魔物に悟られないよう巧妙に隠されている。
35層にも存在する。引き返せば最も近いと説得したのだがテオたちの意思で進むことになった。時間が惜しいし食料の問題があった。
(全滅しかけたのに諦めるという選択肢はなかったな……このまま行けば本当に吾輩は倒され……いやいや諦めるな、吾輩。ここでへこたれている場合ではないぞ、吾輩には為しえないといけない目的があるのだから)
リチャードがテオたちを助けた後も同行する理由。それはダンジョン攻略を諦めさせ、自分との決戦を回避するためだ。
(本当はこのダンジョンの主で魔王のリチャードです、と話したいところだが何が起こるか予想できない。大変リスクが大きい。だから正体を隠しつつ、どうにかして引き返してもらうしかない……名残惜しくあるが即刻引き返してもらいたいところだがまた道中で異常発生の魔物と遭遇する危険性がある……せめて全員をLv50くらいまで成長してもらえば安心できるのだが……)
黒騎士はまたこっそりと後ろを窺う。
「決闘だ決闘! 杖を構えやがれ!」
「上等じゃない! あんたなんて汚物と一緒にきれいにまとめて水に流してやるわ!」
今にも二人が真剣勝負を始めそうな一触即発の空気。
(NOOOO!!! 引き返すどころかパーティの絆が引き裂かれそうな危機ではないか!!)
なんとか和やかな空気に戻そうと頭を巡らすも、
(……なにも浮かばん! というか吾輩、集団行動の経験ゼロ! でもととととにかく、なんとしてでも二人を止めないと!)
黒騎士は人間が両手で扱うのもやっとの大剣を持ち上げてから岩の地面に突き刺す。
ガチィン、と高音が耳の奥を突く。ロビンもマチルドも耳をふさいで動きを止める。
次は全員が自然と音元を視線を動かす。
「……静かにしろ」
静寂に包まれる。
黒騎士はそれだけ言って再び歩き始める。
言いたいことだけを手短に言って歩き始める。一見威厳がある振舞だが違う。彼が歩き始めたのはこの場からいなくなりたかったからだ。
(吾輩の言葉足らずー! 空気冷え冷えじゃないかー!)
最早後ろも見えない。結構歩いていたつもりだがまだ42層。安全地帯が設置された45層が遠く感じる。
テオたちも取り残されないよう歩き始める。
そして歩きながら、
「……悪かったわ、ロビン」
先に謝ったのはマチルドだった。
「顔を見せようとしない相手を信じられないのはわからなくもない。だけどあれこれ疑うだけ疑って拒絶しては何も始まらないわ。せめて見ようとする努力はしてほしい」
「謝ったと見せかけて説教かよ」
「お願いよ、ロビン」
「……わかったよ。少しの間だけな。しかし怪しい動きを見せたら俺は、なんでもするぞ」
「……早まったりはしないでよね」
二人の諍いはひとまずこれにて決着。
それを眺めていたもう一方の幼馴染組は、
「なあ、ビクトリア……二人は仲直りしたってことでいいんだよな?」
「さあ、どうかしら。いつまた火を吹くかわからないわ」
ビクトリアはいつも通り、さっぱりしていた。
「仲直りしたって言ってくれよ~」
テオは少し涙目になる。
「それよりもリチャードって男、奇妙よね。会った頃は軽いノリをしてたのに今は威厳がある感じで……性格が変わったみたい」
「うーん? 移動中だから集中してるんじゃないか? ビクトリアみたいにさ」
「あら、珍しい。テオが人の頑張りに気付くなんて。これは明日槍が降るかもね」
「またまた~、ここはダンジョンだぞ~? 槍が降るわけ……あ、でもダンジョンだし、ありえるかもな」
「テオに嫌味が通じないのもいつものことね……」
ビクトリアはロビンほどではないが注意を払っていた。その点では彼と比べ物にならないほどに冷静だった。聞くべきところは聞く。見るべきところは見る。聞き分けも見分けもできた。
(……ん、リチャードが何かひとりごとを呟いてる)
何者か、正体を探るべく、ビクトリアは耳を澄ませる。
リチャードは小声で呟く。
「はあ……壁になりたい……」
それを聞き取ったビクトリアは、
(本当に何者なの、こいつ?)
そう思った。
黒騎士を先頭にしてテオ一行はダンジョンを潜る。
同行はしても決して気を許したわけでも仲間になったわけでもない。現にパーティ契約を結んでいない。経験値もバフも共有されない状態でいる。
「……なあ、テオ。本当にあいつと同行するのか?」
「ちょっとロビン。まだあんたはリーダーのテオが決めたことをまだずるずると引きずっているわけ? いつも大将大将おだてておいてさ。調子よくない?」
「ロビンを助けるわけじゃないけど私も正直反対。後ろから刺してこないだけどマシだけど絶対裏があると思う。ロビンを助けるわけじゃないけど」
「それ二回言う必要もあります?」
「心配すんなって! リチャードはいいやつだ!」
「こら、馬鹿テオ。聞こえちゃうでしょっ」
全員がちらりと先を歩く黒騎士に目をやる。
重装備なのに歯車仕掛けのように驚くほど歩きは均一。乱れは生じない。
「……聞こえちまったか?」
「聞こえてるにきまってるでしょうね。だってこのダンジョンに十年以上も潜り続けているって話でしょう? 猛者中の猛者に決まってるもの。聴覚も優れているに違いないわ」
そう、マチルドの想像通り、黒騎士リチャードは後ろの会話を一言も聞き漏らしていない。
聞き漏らすはずがない。
推しと推しの会話なのだからだ。
(ハア、ハアッ……! 推したちが吾輩の後ろで会話をしている! 生の、生の会話だ! 眷属のジリス越しと違って、声も鮮明に聞こえる……! 耳がぁ幸せ~!)
多少疎外感を感じるもそれは慣れっこ。伊達に百年もぼっちで引きこもっていない。
「じゃあどうして何も言ってこないんだ?」
「……一人に慣れきっているんじゃないの?」
「ん-、せっかく助けてもらったのに一人きりにさせるのよくないよな……リチャード! こっち来て一緒に話そうぜ」
「まあ、テオってば。迷いがないわね~」
黒騎士は泣きそうになる。
(優しい! テオくんってば優しすぎるよ! 暗闇のダンジョンに差す一筋の光だなあ、もう! しかしそれは甘さでもあるんだ……ここはガツンと言わなくちゃな……)
振り返らずに答える。
「お気持ち感謝する。しかしテオくん。吾輩は君らと慣れあうつもりはないんだよ」
要約すると、誘ってくれてありがとう。大好きテオくん。でも知らない人と一緒に行動すると危ないから気をつけようね、である。
精一杯に心遣いしたつもりだったがすぐさま黒騎士は気付く。
(あ、あれ!? これ、すっごく感じ悪くない!? せっかく誘ってもらったのに拒絶したみたいじゃん! しかも相手はまだ多感な少年! これはやっちまったか!?)
こっそりと後ろを窺う。
「そっか……俺、ちょっと勘違いしてたみたい」
しゅんとなるテオがそこにいた。
(NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!! 吾輩の馬鹿! 引きこもり続けてコミュ力0になったか!? ああ、穴があったら入りたい……もう大きな穴に入ってるんだけども)
黒騎士は心の底から反省した。
「まあまあ、仕方ないわ、テオ。これから徐々に心の距離を縮めていけばいいでしょう」
マチルドがテオの頭を撫でて慰める。
「ほう、あの馬鹿テオを凹ませるとは……やるわね、あの黒騎士」
「ビクトリアちゃん、もうちょっと幼馴染を心配してあげて?」
ロビンは石を蹴り上げる。
「けっ、せっかくのテオの誘いを断りやがってよ。いけすかねえな」
「いけ好かないのはどっちよ。あんたはコソコソと命の恩人の陰口叩いてさ、みみっちぃたらもう……それでも男なの」
「男に決まってんだろ! いいだろ! 気に食わないもんは気に食わないんだよ!」
「男は男でも小さい器よね、ほんと!」
「なにを!?」
黒騎士をきっかけに喧嘩が始まってしまう。
(ああ、吾輩が原因で推し同士が喧嘩を!? やはり差し出がましっただろうか、水先案内なんて!)
黒騎士が同行する理由。それは彼らを安全地帯に案内するためだった。元よりこのダンジョン、エキドナに安全地帯は存在しない。しかしあったら便利だろうと考えたリチャードは穴を掘って作ってしまった。ないなら作ってしまえばいい。それを実践したのだった。
それも安全地帯は一つだけではない。今では下一桁が5の階層に設置され、どれも魔物に悟られないよう巧妙に隠されている。
35層にも存在する。引き返せば最も近いと説得したのだがテオたちの意思で進むことになった。時間が惜しいし食料の問題があった。
(全滅しかけたのに諦めるという選択肢はなかったな……このまま行けば本当に吾輩は倒され……いやいや諦めるな、吾輩。ここでへこたれている場合ではないぞ、吾輩には為しえないといけない目的があるのだから)
リチャードがテオたちを助けた後も同行する理由。それはダンジョン攻略を諦めさせ、自分との決戦を回避するためだ。
(本当はこのダンジョンの主で魔王のリチャードです、と話したいところだが何が起こるか予想できない。大変リスクが大きい。だから正体を隠しつつ、どうにかして引き返してもらうしかない……名残惜しくあるが即刻引き返してもらいたいところだがまた道中で異常発生の魔物と遭遇する危険性がある……せめて全員をLv50くらいまで成長してもらえば安心できるのだが……)
黒騎士はまたこっそりと後ろを窺う。
「決闘だ決闘! 杖を構えやがれ!」
「上等じゃない! あんたなんて汚物と一緒にきれいにまとめて水に流してやるわ!」
今にも二人が真剣勝負を始めそうな一触即発の空気。
(NOOOO!!! 引き返すどころかパーティの絆が引き裂かれそうな危機ではないか!!)
なんとか和やかな空気に戻そうと頭を巡らすも、
(……なにも浮かばん! というか吾輩、集団行動の経験ゼロ! でもととととにかく、なんとしてでも二人を止めないと!)
黒騎士は人間が両手で扱うのもやっとの大剣を持ち上げてから岩の地面に突き刺す。
ガチィン、と高音が耳の奥を突く。ロビンもマチルドも耳をふさいで動きを止める。
次は全員が自然と音元を視線を動かす。
「……静かにしろ」
静寂に包まれる。
黒騎士はそれだけ言って再び歩き始める。
言いたいことだけを手短に言って歩き始める。一見威厳がある振舞だが違う。彼が歩き始めたのはこの場からいなくなりたかったからだ。
(吾輩の言葉足らずー! 空気冷え冷えじゃないかー!)
最早後ろも見えない。結構歩いていたつもりだがまだ42層。安全地帯が設置された45層が遠く感じる。
テオたちも取り残されないよう歩き始める。
そして歩きながら、
「……悪かったわ、ロビン」
先に謝ったのはマチルドだった。
「顔を見せようとしない相手を信じられないのはわからなくもない。だけどあれこれ疑うだけ疑って拒絶しては何も始まらないわ。せめて見ようとする努力はしてほしい」
「謝ったと見せかけて説教かよ」
「お願いよ、ロビン」
「……わかったよ。少しの間だけな。しかし怪しい動きを見せたら俺は、なんでもするぞ」
「……早まったりはしないでよね」
二人の諍いはひとまずこれにて決着。
それを眺めていたもう一方の幼馴染組は、
「なあ、ビクトリア……二人は仲直りしたってことでいいんだよな?」
「さあ、どうかしら。いつまた火を吹くかわからないわ」
ビクトリアはいつも通り、さっぱりしていた。
「仲直りしたって言ってくれよ~」
テオは少し涙目になる。
「それよりもリチャードって男、奇妙よね。会った頃は軽いノリをしてたのに今は威厳がある感じで……性格が変わったみたい」
「うーん? 移動中だから集中してるんじゃないか? ビクトリアみたいにさ」
「あら、珍しい。テオが人の頑張りに気付くなんて。これは明日槍が降るかもね」
「またまた~、ここはダンジョンだぞ~? 槍が降るわけ……あ、でもダンジョンだし、ありえるかもな」
「テオに嫌味が通じないのもいつものことね……」
ビクトリアはロビンほどではないが注意を払っていた。その点では彼と比べ物にならないほどに冷静だった。聞くべきところは聞く。見るべきところは見る。聞き分けも見分けもできた。
(……ん、リチャードが何かひとりごとを呟いてる)
何者か、正体を探るべく、ビクトリアは耳を澄ませる。
リチャードは小声で呟く。
「はあ……壁になりたい……」
それを聞き取ったビクトリアは、
(本当に何者なの、こいつ?)
そう思った。
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