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気に食わない魔王様とダンジョンの異変

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 魔王は鏡の前で渋面を浮かべていた。応援している勇者たちがジャックと言う格上の強敵を倒したにも関わらずだ。底抜けに陽気な彼ならクラッカーの一つでも鳴らして祝福するがどういう理由か腹の虫が悪そうにしている。

「もしや魔王様……お怒りなのですか」

 秘書はまだ短い期間ではあるものの、彼が怒りの感情を浮かべる姿を見たことがなかったし想像もしていなかった。

「ああ、もう……カンカンだよ……」

 深い、深い息を吐いた後に怒りの理由を吐露する。

「エキドナだと……ダンジョンの最奥に住むダンジョン主にて魔王の吾輩を差し置いて、勝手に名前をつけおってからに……!」
「あ、そういう理由ですか」

 しょうもな、と秘書は思った。

「しかもだ、エキドナだぞ、エキドナ! 語感もいいし、ちょっと、ちょっとだけ吾輩の心に刺さるセンスのいいしゃれた名前をつけるとは! 新しい名前をつけようにもハードルがあがって難しいではないか!」
「名前がないのであればエキドナでよろしいのではないですか」
「それでは吾輩のプライドが許さぬ!」
「今まで名前もつけていなかったのにちっさいことにこだわりますね」
「ちっさ!? いやいやシロくん! まず君は普通自分の家に名前を付けるかい? 付けないだろう?」
「まあ、そうですね……秘密基地でもないのに家に名前を付けるのは馬鹿のすることですからね」
「なのに他人が自分の家に変なあだ名つけられたらちょっと許せないだろ!? お化け屋敷とかさ!」
「……悔しいですがちょっとだけ気持ちがわかるようになりました」

 魔王は怒りながらも背もたれの高い椅子に座る。

「すまん、吾輩としたことがちょっとイライラしてる……」

 吐き出したというのに苛立ちが収まらない。今まで見せてこなかった貧乏ゆすりまで。

「もしやまだほかにイライラの理由が?」
「ああ……つい先日眷属のジリスを放っただろう。結果を話そうと思う」
「どうでしたか」
「結果を先に言おう。
「……そうですか」

 秘書は目を丸くしたものの、落ち着きは保っていた。

「スキル隠密もEランク相当……小さく俊敏なのが売りなのだが……」
「全滅ですか。大変不可解ですね」
「うむ。道中の魔物は強敵だが見つかりはしてもわざわざ狙うとは思えん。メリットがないからな。異種族の魔物同士が縄張り争いなどで争うことはあれどジリスのような脅威にならない小動物を狙うとは到底思えん」
「では捕食のために食べられたとか? ジリスにも魔王様の魔力が込められています」
「まあ、あるとしたらその線だね。まあ全滅はしたものの、成果は出せたさ」
「それはつまり……」
「異変は66層で起きている。どのジリスも悉く66層でロストしている。魔力の消滅はそこから感じた」
「……」

 魔王の能力はシロの想像を遥かに上回っていた。眷属の消滅の感知は困難だがありふれたものだ。それでも位置を正確に感知することは前代未聞だった。

「おいおーい、シロくん! いつもの! さすがです魔王様は!? あれさぁ、いつも楽しみにしてるんだけど!」
「……すぐに出発されるおつもりですか?」

 シロはそう淡白に尋ねた。行ってほしくない、と感情の起伏が乏しい彼女にどこかそう感じさせた。

「……すぐには行かんよ。プラントや書物庫のこともある。万全の準備を整えてから行くつもりさ」
「そう、ですか」

 どこか安心そうにするシロ。
 魔王は彼女の頭をなでようとするが慌てて止める。それでも安心させようとする気持ちに変わりはない。

「大丈夫。君を一人にはさせんよ。安心してくれ」
「別に、そういうつもりではありませんので」
「ともかく異変の位置はわかった。あとはジリスを送り込んでしばらく様子見しよう。さて我らがテオ君たちの続き、続き」
「誰が我らがですか」

 しばらく目を離していた鏡を見る。
 快進撃を続けていた勇者一行。順調なら今日中にも40層行けるはず。
 その時まではそう思っていた。
 異変は66層で起きている。それ以外には起きていないと。
 しかしダンジョン『エキドナ』は主にすら予想できない形で牙を剥く。

「……なんだと!?」

 魔王は急に立ち上がる。座っていた椅子がひっくり返る。

「これはどういうことだ……!?」

 鏡に詰め寄る。

「……なんで、なんで彼らの前にドラゴンが出現している!? 80層以上でようやく対面する敵だぞ!? それもレベル70相当だと!? これでは、今の彼らに勝てるはずがない!!」

 鏡の向こうでは成長した勇者一行が真の強敵を前にしても懸命に抗っている。しかしレベル差は大きく、一人、また一人と倒れていく。
 そして最後に立っていたのはテオのみとなった。
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