ダンジョン最奥に住む魔王ですがこのままだと推しの勇者PTに倒されてしまいます。

田村ケンタッキー

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22層 対狂犬ジャック集団戦

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 全貌の見えない狂犬。まずは少しでも情報を得るべくビクトリアは魔法を唱える。

鑑定スーチカ!」

 ステータスやレベルだけでない。バフがかかっているかも把握できる。レベル差による鑑定失敗の懸念があったが無事に成功する。

「今のあいつはバフがかかっていないようね。この能力値で以前のような目に止まらぬ素早い動きは不可能……のはず」

 戦闘経験が豊富なマチルドは鑑定から得た情報でジャックのおおよその戦闘能力を推測する。

「そう……バフがなければね」

 まずは勝負なるかすらもかかっている、肝心なポイントはバフ。
 ジャックの仲間もしくは同行者であるトニョは、

「……」

 沈黙を守っている。攻撃魔法、補助魔法、おそらくは回復魔法にも適性があるオールラウンダー。加勢する気がないのであればそれでよいのだが、

「おい、そこのお前! 仲間が暴走してるってのに止めねえのかよ!」

 ロビンがそう訴えかけても、

「……」

 彼は無視して眼鏡を拭き始める。

「こら、ロビン! タンクが敵から目を逸らさないでよ!」

 ビクトリアがそう指摘した瞬間には刃が目の前で迫っていた。

「あっぶねえ!?」

 盾で身体ごとはじき返す。

「だから言ったでしょうに。あっちは私が見ておくから」
「ああ頼むぜ、ビクトリアさん!」

 多くをねだってはいけない。今は中立とまではいかなくとも無干渉であることを有難く思うしかない。

「邪魔だぞ、てめえら! ぶっ殺す!!!」

 ジャックの動きはバフがなくとも素早い。レベルにしてはどの数値も平均より上回っている。それも特に素早さが異常なほどに伸びている。
 テオたちを囲って回り続けているが逃げ場がなければ隙もない。
 加えて脅威なのは刃だけでなかった。

「うお!? 火球が飛んできたぞ!?」

 詠唱を必要としない炎の攻撃魔法。これが音もなく突然飛んでくる。

「こんなところで飲むつもりはなかったけど仕方ないわね!」

 マチルドは帽子から液体の入った小瓶を取り出し、その中身を一気に飲み干した。
 枯れていた彼女の魔力がにわかに回復する。

「霊薬? そりゃまあ一つ二つは隠し持ってるよね。仲間にも言わずこっそりとさ」
「今はそれを言わないの。ウォーター!」

 水魔法で応戦する。火の球と水は空中で相殺した。

「助かったぜ、マチルド!」
「……」
「マチルド?」

 状況は好転しない。不利のマイナス要素ばかりが見えてくる。
 マチルドが魔力を回復してもジャックの残存魔力量に届いていない。同数の魔法を放てば先に底に着き、抵抗の手段を失ってしまう。

「くそう、高い霊薬だったのに……! ぼったくられたか!?」

 泣き言を言ってる暇はない。どうにか状況を打破できる方法を探る。
 手を打つならすぐに打たなくてはいけない。魔法を相殺している間も魔力量が減る。それすなわち手段の幅が狭まることに直結する。
 逡巡している間もジャックの猛攻は続く。今度は刃だ。
 ビクトリアが狙われたところをロビンが盾で跳ね返した。

「お前え! 女だけでなく子供にも手を出すのかよ!」
「はぁっ! その女子供をダンジョンに連れまわしてる奴が吐くセリフかよ!」

 物理攻撃に魔法に……妬ましいくらいに主導権は向こうに握られている。

「……せめてどちらか一つに絞れれば……そうだわ」

 マチルドは自分たちの周りの足場が未だに濡れていることに気付く。

「アイス! アイス! アイス!」

 足元を凍らせる。慎重に踏んでも滑らせてしまうほどに表面は滑らか。もしも走れば転倒は免れない。
 接近を許せなくすると同時に自分たちの逃げるという選択肢も消してしまうがそもそも素早さで圧倒的に上回るジャックから逃げられるはずがない。

「まあ、そもそも背を向けるつもりなんてさらさらないんだけど」

 まずは時間を稼ぎ息をつこうとした矢先、

「甘っちょろいぜ、マリー!!!」

 地面が凍結しているにも関わらず、ジャックは突き進んできた。

「ぐああっ!?」

 盾を構えたロビンだったが防御が間に合わず二の腕から血しぶきが舞う。

「今すぐにでも回復を」
「いい、ビクトリア。こんなかすり傷で回復魔法はいらねえ」

 応急処置の血止めもせずにロビンは立ち上がって周囲をにらむ。

「くそ、あいつ、意外と細かい芸当ができるんだな」

 すぐにジャックがどのようにして凍った足場を突破して接近できたか判明する。

「足に火を纏っていたんだ、靴みたいに」

 積雪の上を歩いたような足跡が凍結した地面にできていた。その足跡だけは凍結どころか溶解した水も蒸発し、岩肌が直に露出していた。これならば踏み込みは充分にできる。

「おっと間抜けにしては目がいいじゃねえか」

 ジャックは足を止めて種明かしをする。睨んだとおりに足を炎で纏っていた。

「もとは森で狩人やってたもんでね、足跡を見るのは癖なんだよ……つうか熱くねえのかよ、それ」
「ばーか。熱くねえようにしてんだよ。靴を直に燃やす馬鹿がいるかってんだ」

 ジャックは足をひらひらさせて火傷していないこと、熱くないことをアピールした。

「さてそろそろ遊びにも飽きてきたところだ……次で終わらせる」

 双剣を交差して構える。

「宣言しておいてやる、マリー。お前は最後だ。これは優しさじゃあねえ。お前を絶望させるためだ。その間抜けどもが大事にしてるようだからな、まずはそいつらから殺す。亡骸を嫌になるほど見せつけ悲鳴をたっぷりと上げさせてから……殺す」

 脅している間もロビンとマチルドは目と目で会話をする。

『魔法の準備しておけ。俺が盾であいつを止めた瞬間に氷の矢をぶちぬけ』
『了解』

 魔法はいらない。二人は目を合わせるだけで意思疎通ができた。

「あばよ、マリー。性格は糞だったが抱き心地は悪くなかったぜ」

 そしてジャックは気配を消す。

「姿が消えた!?」
「慌てないで、ビクトリア。鑑定の時点であいつに隠密のスキルがあったのはわかっていたでしょう」
「探知魔法に切り替える?」
「高速移動できるあいつに探知魔法は相性が悪い。それに声をかけている間にあいつは襲ってくる」
「じゃあどうすれば」
「音! 隠密でも足音を隠せても氷が蒸発する音まではかき消せない!」

 足音が聞こえるが姿は見えない。囲うようにして走っているのはわかるがまるで影も捉えられない。
 しかしロビンはある一方向に賭けていた。

(そう、足音……俺がもしももう一度攻撃するなら……蒸発の音も出さないで接近する……!)

 その方法も彼は思いついている。さっき溶かした足跡だ。ここからであれば蒸発させずに接近が可能。

(来るなら来いよ……俺が受け止めてやる……俺はこんなところで死なねえ……魔王の野郎の首をはねるまでは死んでも死ねねえんだよ)

 あえて足跡がある方向に隙を見せる。もしも狙うなら先にタンクであるとも睨んでいた。
 自信ありげに構えるロビンだったが一方でマチルドは一抹の不安を感じていた。

(なにか見落としている気がする……あいつは魔法だけでなく戦闘の達人……でも今はこれに賭けるしかない)

 ついには足音が消える。
 それも十秒も。
 この十秒は空腹時の肉を焼く時間のように永く感じた。
 冷静さを失うには充分な時間だった。

「おい! どこ行った! 逃げたんじゃねえだろうな!」

 ロビンは叫ぶ。静かなダンジョンの中で彼の声はよく響いた。届いているはずだったが返事はなかった。

「どこへ隠れた! 出てこい!」
「ロビン! 静かになさいな!」

 ロビンはまんまとジャックの術中にはまっていた。
 ジャックはすぐそこにいた。
 ビクトリアが膨大な魔力の動きを感じ取り、彼の居場所を察知した。

「みんな! あいつは地面にはいない! 上にいる!」

 狂犬は全員の頭上にいた。風魔法で宙に飛んでいた。

「はぁっ! やはり間抜けは間抜けだったな! 隠密でも詠唱の声は隠しきれない! だがお前のバカでかい声のおかげで気付かれずに詠唱できちまったぜ!」

 眩しい炎が頭上に浮かんでいた。炎で象った鳥だった。

「今度はしっかり一文を詠唱した! オーガも一瞬で丸焼きにしたファイアーバードを食らえ!」
「どこまで相殺できるかわからないけど応戦するわよ! スプラッ──」
「させねえよ!」

 投擲された一本の剣がマチルドの杖を破壊した。

「──なっ!?」
「そうだ、マリー! お前のその絶望した顔が見たかった! 全部お前が悪いんだぞ、ぜんぶ、ぜんぶだ!」

 炎の鳥が襲い掛かる。逃げ場などない。

「みんな……ごめんなさい……あたしの……せいで」

 みなを巻き込んだ責任に駆られるマチルド。

「お前ら! 俺が盾になるから、そのすきににげろ!」

 自分の命を守れるかもわからないのには全員の前に立つロビン。

「……身体強化バイゾータリティ

 補助魔法を唱えるビクトリア。
 そして、

「ありがとう、ビクトリア!!!」

 ロビンの肩を踏み台にして、ファイアーバードに立ち向かうテオ。

「食らえ! チャージ100パーセント!」

 彼はずっと戦闘が始まってから誰から言われるでもなく、それが自分にできる唯一のことだと信じ、いかなるピンチでも仲間を信じ、いつチャンスが来てもいいように力を溜めていた。

「テオ・スラッシャー!!!!!」

 剣から放たれる衝撃波。
 仲間を信じた必殺技は禍々しい炎の鳥を跡形もなく消滅させた。火の粉すら残さない。

「なにぃ!? あのガキ、あんな隠し玉を!?」

 ジャックは自分のミスに気付く。

「先に潰すべきは杖じゃなくガキのほうだったか! しかしそれは今からでも遅くねえ!」

 テオは空中に舞っている。魔法を使えない彼は崖から投げ飛ばされたニワトリ以下。的でしかない。

「死ねえ、ガキが!」

 ジャックがもう一本の剣を投げようとした時だった。

「アイスアロー!」

 氷の矢がわき腹の奥深くまで刺さる。俊敏な彼を一撃で仕留めたのはマチルドの攻撃魔法だった。

「ば、ばかな、お前、つえが」
「やっぱ持つべきものは友達よね」
「終わったらすぐ返してよ」

 マチルドは杖を持ち換えていた。ビクトリアの杖を一瞬借りたのだった。
 致命傷となる傷を負ったジャックは集中力が切れて、宙に浮く風魔法も消滅する。

「ば、ばかな、この俺が、この俺がああああああああ」

 リンゴの木よりも高い位置からジャックは墜落した。
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