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【最終章】顔は愛、愛は顔 面食い淑女よ永遠に

最終決戦 マリアvsアレクシス

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 カルロスは意識を取り戻すもなおぼやける視界で豹変した彼女の名を呼んだ。

「アレ……クシス……」

 元の姿を取り戻した筋肉はドレスを引き裂きそうになるほど膨張していた。ミチミチとドレスは悲鳴を上げ今にも引きちぎれそう。靴は先に脱いでいたために壊れなかったが靴と現在の足サイズの比はまるで丸木舟とガレオン船。
 どういう仕組みか身長も伸びていた。高さはちょど弦楽器のコントラバスほど(約2m)。
 腕も足も胴体をどこを見ても太く厚く屈強。
 その姿はまさに美術館で見たヘラクレス像そのもの。

「……どうか皆さま、こんな私を見ないでください……こんなゴリゴリマッチョの私は、私がなりたかった私ではございませんのよ……」

 声はいつもと変わらない。首も太くなっているので声帯も変わるかと思えばそうでもないようだった。

「その声、間違いなくあいつだよな……」
「お姉さま……なんだよね……」
「まさか本当にヘラクレスだったとは」

 着ていたドレス、髪の色に声。どれもアレクシスのはずなのに知っている彼女の姿と一致しない。名前を呼ぼうにも億劫になる。

「ふははは、何をするかと思えばただ大きくなっただけではないか! 私様のように堅牢な鱗と膨大な魔力を手に入れたわけではない! 恐れるに足りず!」
「そうですわね、外見が変わっただけで中身は何も変わりありませんわ。あなたと一緒ですわね」
「お前と一緒にするな! 私はこうしてる今も成長している! 恐れおののけ、凝縮された海ブロックシー三連発! そしてそれを融合させる!」

 空中で三個のシャボン玉は合わさり巨大化する。

「ははは! これが究極の深海魔法だ! 巨体化したことが逆に仇になったな! 今度こそ死ねい! アレクシス!」

 逃げ場はなかった。もっとも彼女に逃げる気はさらさらなかった。

「芸が足りませんわね」

 ただ、拳を素早く前に突き出した。

 パアン!

 すると巨大なシャボン玉はあっという間に弾けた。

 再び礼拝堂内に大雨が降る。マリアは雨に打たれながら瞬きをする。

「お前……いま、何をした?」
「見たまんまですわ。ただ拳を突き出しただけ」
「いいや、ありえん! 魔法を使ったはずだ! そうだ、時を止めて炎を魔法使ったのだろう! だから弾けたのだ!」
「時を止めて炎魔法? いいえ、シャボン玉が弾けたのは拳の風圧に耐えられなかったからですわ」
「触れてすらいないだと!?」

 そう、アレクシスは炎魔法も風魔法も使っていない。ただ素早く拳を突き出しただけ。
 祝福を受けし恵まれた肉体を解放した今、高位魔法すら身体能力のみで跳ね除けられる。

「ええい、小賢しいのはもうなしだ!! この爪で喉元を搔っ捌いてやる!!」

 鋭利な爪を伸ばし突き出してくる。

「ふん!」

 その攻撃もアレクシスは真正面から受け止める。わずかな指の隙間に自分の指を滑り込ませる。

「力勝負をするつもりか!? 馬鹿め、手の甲に爪を突き刺しああああああああああああいだいだいだいだい」

 アレクシスは手に力を込めただけでマリアの身体は地面に伏す。

「離せえええええああああ」

 マリアは口から水鉄砲を吹き出す。

「ふっ」

 アレクシスは真似て口から息を吹き出し水鉄砲を相殺する。

「ありえんありえんありえんありえんありえん」
「ありえるかありえないかは知ったことではございませんわ」

 指を掴んだままマリアの身体を持ち上げるとみぞおちに蹴りを何度も食らわす。

「うお! ぐお! ああ!! うお!!」

 もはやこれは決闘ではない。蹂躙。勝利は当然とし、いかに敵の心を完膚なきまで叩きのめすかが主題となっていた。美しさや気品とかけ離れた行い。
 だからアレクシスの顔は全く晴れなかった。

「おのれ調子にのるなああ」

 アレクシスの顔に尾ひれの棘が迫る。

「ふんっ」

 それを難なく掴んだ。

「かかったな! 棘には毒があるのだよ! すぐさまお前の手指はドロドロに溶ぐあああああああああ」

 確かに皮膚は溶ける。しかしそれと同時に治癒魔法をかければなんてことはない。痛みは感じるが我慢できる程度。

「……」

 それからアレクシスは黙々と尾ひれをもってマリアの身体を床に叩きつける。カワセミが獲った魚の骨を砕く時のように。

「ぐえ、ぐあ、ぐう、ご……!」

 そしてしばらく叩きつけると、

「……」

 マリアは悲鳴も出さなくなった。
 仕上げにマリアの身体に治癒魔法を施す。ただの治療ではない。体内で砕け散った骨をわざとバラバラにつなぎ合わせるように回復させ、少しでも動けば心臓に骨が突き刺さるように組み上げた。
 これでマリアは二度と暴れたりはできない。事後処理も完璧の完全決着。
 しかしアレクシスの顔は晴れなかった。お決まりの高笑いもなかった。
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