上 下
62 / 87
【第5章】王都突入 立ちはだかる数多の壁

障壁魔法とアレクシス嬢と宮廷魔術師エリック・ベルンシュタイン

しおりを挟む
 木とぶつかりそうになるほど低空飛行で飛ばすアレクシス。木の背よりも高い位置での安全飛行もできるがそうしない理由があった。

「やはりちらほらと見張りの魔法使いが飛んでますわね」

 国の歴史に残る一大イベント結婚式が行われる。そのため王都の中だけでなく外も厳戒態勢が敷かれていた。
 見張りの目を盗むために極力低空飛行でそれでいて速度を出していた。リスクは高いがリターンも大きい。

「ロデオから一直線に飛ばずに迂回して正解でしたわ。やはり北側が手薄といった感じですね」

 念には念をルートも変えていた。今のところ功を奏したと言える。

「ようやく見えてきましたわ。あぁ、愛しのカルロス様がいる王都……ずいぶんと懐かしい気がしますわ」

 城壁に囲まれた純白の城が見えてきた。それだけでほろりと涙が出そうになる。

「いいえ、私は泣きませんわよ。涙はカルロス様との再会した時にとっておきますのよ」

 包囲の目をかいくぐり、ついに城壁近くまで接近する。

「この時間ならまだギリギリ宮殿のはずですわ。大聖堂に入られる前に急がなくては」

 城壁を越えようとする。しかし直前で胸騒ぎが起こる。

(なんでしょう、うまく行き過ぎなような……?)

 嫌な予感は的中する。
 突然王都全体を包むように真珠色の壁が出現する。

「これは障壁魔法シェルター!? いけませんわ!!」

 かつて龍覇帝が送り込んだワイバーン部隊を無力化した最強の都市防衛魔法。いかなる物理攻撃も魔法攻撃もはじき返す貝のように堅牢。高速で人が衝突すれば潰した蚊のようになる。

「まるで私を待ち伏せしたようなタイミングですわね!?」

 減速するが間に合わない。

「こうなったら!! エルメス様ごめんあそばせ!!」

 アレクシスは苦渋の決断で箒から飛び降りる。
 箒はシェルターにぶつかった瞬間に粉々に砕け散った。
 箒を飛び降りても勢いは殺せない。
 眼前に城壁が迫る。

「よいしょーですわ!!」

 避けられないものはしょうがない。
 城壁を蹴って勢いを相殺する。

 ゴオン!

 石と石が衝突したような轟音が響き渡る。
 助走をつけた蹴りでも城壁はびくともしない。

「……かってえ壁ですわね!」

 身体中に痺れを感じながら落下する。ちょうど落下地点に茂みがあり、そこに身を隠す。

「今の音はなんだ!?」
「こっちから聞こえてきたぞ!!」

 轟音を聞きつけて城外の見張りがすわらわらと集まってくる。

「やっべーですわ。マスカラ、マスカラ」

 ロデオで手に入れたマスカラを急いで塗る。

「おい、そこにいる怪しい奴! 隠れてないで姿を現せ!」

 衛兵たちが槍を向ける。

(これは……隠れ続けるのは無理そうですわね)

 勢いに身を任せる。

「きゃー! 大きい音ー! 私こわかったですわー!」

 関係のない弱者のアピールをして情を誘ってみるが、

「怪しい奴! 止まれ!」

 案の定、槍を装備した衛兵たちに四方八方囲まれてしまう。

「ですわよね~……」

 手をあげて戦意のない振りをしても槍先は心臓を狙っている。

「ううん? 顔がぼんやりとして認識しづらいな。ますます怪しい!」
「ひぃ、マスカラも効果がない! エルメス様、役の立たないものばかり売りつけてくれましたね!」

 かくなる上は奥の手を使うか、と思ったその時だった。
 彼は突如として姿を現した。

「皆さん、怖がらせないであげてください」

 優しい声で語り掛ける。女を、男までもうっとりさせるような美しい声。
 突然現れた彼に衛兵一同は目を丸くする。

「あ、あなたは……宮廷魔術師エリック・ベルンシュタイン様!? どうしてここに!!?」

 宮廷魔術師エリック・ベルンシュタイン。かつて隣国聖オルゴール王国に五十年の遅れを取っていたカスターニャ王国の魔法開発を一人で差を埋めた稀代の天才。
 先々代国王から百年以上仕える忠臣。
 戦時中に障壁魔法シェルターを開発し当時最強とされたワイバーン部隊の駆逐に成功、亡国の危機を救った紛うことなき大英雄。

 そして何より琥珀の中にいるように百年以上変わらない美貌を誇る眼鏡美男子イケメン

 抱かれたい男30年連続No1。

 眼鏡が似合う男子30年連続No1。

 実は聖オルゴール王国出身で驚いたカスターニャ王国有名人25年連続No1。

 無人島に持っていきたいもの10年連続No1。

 どれも創設以来から一位を独占し続けている。

 そんな彼が春風も嫉妬するような遠慮がちだが爽やかな笑顔を浮かべた。

「ご友人を迎えに来たのですよ」

 カルロスよりも女性人気の高いイケメンと出会ったアレクシスだったが、

「……やべえですわね」

 胸騒ぎが止まなかった。
しおりを挟む

処理中です...