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【第4章】ロデオに吹く情熱の風 フラメンコも愛も踏み込みが肝心

逆転勝ちしたか……? アレクシス嬢

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 元食材貯蔵庫は跡形もなく消し飛んでいた。床に大きく広がった黒い焦げが残っている。壁際には元が何かわからない瓦礫が落ちていた。
 カルメンにやりすぎたという反省も感覚もない。城内の人間全員中庭にいるし、幽閉魔法もあって損傷も城内に留まっている。こうでもしなければ親衛隊でヘラクレスと呼ばれるほどの強者は倒せない。
 光の壁に穴ができたが、人が通れるほどの損傷ではなかった。万が一アレクシスが生き延びていてヒビをこじ開けようとしたらライフル銃で狙撃しようと思ったが結局姿を現さなかった。
 カルメンは直感していた。

(アレクシス……まだ生きているな)

 爆発の直前、僅かな音を感じ取っていた。

(爆発音が鳴る前に壁をぶち破るような音が聞こえた……暗闇にしていたがおそらく匂いで気づいたのだろう……次からは匂いに偽装もしなければ)

 食材貯蔵庫とは違う階へ移動する。
 アレクシスを追いつめているはずがライフル銃の引き金を引く右手がじわると湿る。

(やはり貴様から目を離すべきではなかったな、アレクシス)

 魔法で目を強化し警戒するが緊張は消えなかった。
 隠れた場所からの不意打ちを仕掛けてきたところで反撃する自信はあるが、それでも怖いものは怖い。熊と対峙する時、いくら経験も装備も揃えても恐怖は消え去らない。

(恐怖……過去の拙にはなかったものだ……)

 恐怖を忘れれば起こせる喜劇もあれば、恐怖を忘れなければ起こさなかった悲劇もある。

(アレクシス……貴様にはわからないだろう……全てを手に入れた貴様に、この拙の気持ちが……)

 カルメンは一階に戻り、元来た道を戻る。

 ガタン、ガタン。

「そこかっ!?」

 突然の物音に銃口を向ける。

「……ただの風か」

 窓に風が当たった音だった。
 幽閉魔法は内側からの衝撃は強固だが外側からは脆弱。

(侵入者は現れるかもしれないが、それはないだろう。さっきの爆発音で近づく気など起きないはず。ウーゴにはアルフォンス様を近づけないように頼んでもいる。何も問題はない。オールクリア)

 そう言い聞かせて冷静さを保つ。

(……見つけた)

 そして意外と呆気なく見つかる。一番最初に入ってきた玄関の部屋に彼女はいた。

「やはり生きていたか、アレクシス」

 アレクシスは背中を向けたまま語り掛ける。

「いやほんと……死ぬかと思いましたわ……なんですの、あの火力量? トンネルでも作るおつもり? 馬鹿でありませんの?」

 彼女は喋る。目を凝らせば幻炎ではなく実体のある本体だとわかる。

「それでも貴様は生きている……化け物め」

 さらに目を凝らせばより正体がはっきりとする。
 姿──。

「王都に戻っても貴様はアルフォンス様の障害になりえる……ここで葬らなければならない」
「アルフォンス様のこと、ほんとに大事になさっているのですね。それはカルロス様に命令されたから」
「違う。拙の忠誠心は……自分が決めた」
「なるほど。よくわかりました。それでは私はなおさら負けるわけにはいきませんわね」
「どういう理屈は知らんが……関係ない。ここでお前は拙に負けて死ぬ」

 二人の動きが止まる。
 互いに出方を窺いながら機を狙う。攻めるか守るか、その時その時の最適解を探り合う。
 一生動かないとそう思わせる瞬間、

「くらえですわあああ」

 先に動いたのはアレクシスだった。
 振り向き際に投擲。投げたのは花瓶の破片だった。

「遠距離攻撃はあなたの専売特許じゃなくってよ!」

 そう言いながらスカートをたくし上げて足を伸ばしカルメンに詰め寄る。

「……ぬるい。反射的に避けるとでも思ったのか」

 花瓶の破片ごと撃ち抜いてしまえばいい。
 ちょうど花瓶の影にアレクシスが重なる。

「おわりだ」

 そう引き金をかけた瞬間、銃身は上を向いた。

「なに!!?」

 ライフル銃に何かがぶつかっていた。
 それは踵に釘が打ちつけられたフラメンコシューズ。

「投擲ばかりが遠距離攻撃でもありませんわよ!」

 さらにアレクシスは距離を詰める。

「ちぃっ!」

 カルメンはライフル銃を放棄。
 左手から現影魔法で装填済みの拳銃を取り出し即座に六発を早撃ちする。
 どんなに追い詰められていても射的の腕は鈍らない。
 正確無比に胸と顔、頭部を狙う。

「少々はしたないですがごめんあそばせ」

 アレクシスはそれをスカートをたくし上げて防御する。

「エルメス、最後の最後で役に立ちましたわよっ」

 アレクシスの手はいよいよカルメンの身体に届く。

「痛いの行きますわよ!!!!」
「くそがあああああああ!!!!」
「背負い投げですわあああああああああああああ」

 カルメンの身体はぐるりと回り背中から叩きつけられる。

「一本……ですわ!」
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