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拝撫令思恩 -vibration-
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「それがどうしたってんだ、だからって俺は諦めないぞ」
フォルテの意思は固い。
思わず純陽は口元を綻ばせる。
「いいねえ。その何も考えず向こう見ずの根拠のない自信の塊。子供と見縊っていたがなかなか男前じゃないか。気に入った」
そして後ろを振り返る。彼女の後ろには鞄を持ってきた剣が立っていた。
「もっとも剣には及ばないがな」
ややたるんだ微笑みを見せる。剣は何事かと首を傾げる。
「ノロケはいい。道具の話だ。フーガ大陸では手に入らないってだけで別の場所なら手に入るんだろ? そこはどこだ? 五帝大陸か? ドレイク大陸か? はたまたグラウンドグランド大陸? ピアニーのためなら凍験郷コールドハートにだって行ってやる」
「その心意気やよし。だが若人、はやるんじゃあない。当てずっぽうで地名を言ってるが全部外れだ。まず道具の原料が何でどこにあるかだ。私はそれを知っている。道具は木製だ。そして手に入るのは扶桑国だ」
「扶桑国……聞いたことがない名だ」
「無理もないだろう。これは五帝大陸でのみ使われる名だからな。五帝大陸から見て東の果てに生える神木のある土地の名前だ。当の土地に住む民たちは海の原国と名乗っている」
「それなら書物で読んだことがある。じゃあまずそこへ向かえばいいんだ」
「だから落ち着け。話は最後まで聞くんだ。扶桑は神聖な木だ。その神秘性を守護するために詳細は隠蔽されている。存在を民たちも知らないくらいだ。それに行けば必ず手に入るってものじゃない。使うのは扶桑の落ち枝だ」
「落ち枝……切るんじゃないのか」
「ははは、神木に対して不敬が過ぎるぞ。管理者が聞いたら卒倒するだろうな。それと神木は絶対に切れない。管理者が四六時中目を光らせているからじゃないぞ? 傷一つつかないのさ。どれだけ鋭利な業物でも、探求された魔法でも、たとえ神格武具であろうとね」
「だから落ち枝?」
「そう、切れないからこその落ち枝だ。鳥の卵と同じさ。産むのをじっと待つ。卵を手に入れるのに手で引っ張り出す馬鹿はいない。しかしこれが、待っていれば必ず落ちてくるものではない。扶桑は特殊な根を持っている。どんな特性を持っているかわかるか?」
「わからない。教えてくれ」
「ちょっとは考える素振りをしろ……まあ遠い東の国の事柄だ。西方に住むただの一人の子供がいくら考えたところで答えも出ないだろう」
「……」
「ははは、そんな怖い顔をするな。すぐに教える。龍脈……といえばわかるな?」
「マナが多く行き交う道、だな?」
「正解。これくらいは一般常識のうちか。しかし扶桑の龍脈はちょっと特殊でね、まあいろいろとあって、根の上が荒れると本体も荒れる。そして落ち枝を作るんだ」
「根の上が荒れる……」
「荒れると言ったって大雨が降るとか雷が落ちるとかあじゃないぞ。戦だよ。大地を血で埋め尽くすような戦。大陸と離れた島国だからね、もっぱら同じ民族同士が争う内戦さ。言葉が通じ合うというのに実に下らない。まあ我が故郷五帝大陸も似たようなものか」
「今、海の原国の情勢はどうなんだ」
「一応の終結はしたよ。二週間前の情報だが今も大規模な争いは起きてはいないらしい。しかしあれは沸騰する鍋に蓋をしたに過ぎない。私の見込みではもう一度くらい爆発しそうだな……そのほうが君にとっては好都合かもしれないが」
「……やめてくれ。遠い国の人間だろうと非人間だろうと、有益無益にかかわらず、血を流すのは好ましく思っていないんだ」
「おやおや、お優しい。シュバルツカッツェ家当主代理はなんと心優しいお方なのだろう。前もって聞いていた悪評とはえらい違いだ」
「な、お前、シュバルツカッツェ家がどんな家か知っていて入り込んだのか!?」
「勿論さ。半人前とはいえ、弟子は弟子。悪い職場で働いているようなら転職を促すか、悪い職場を上司ごと火の海に沈めるか。それが親心ならぬ師匠心ってものだ」
純陽は小さい体で青ざめたケイローンを見上げる。
「少なくとも上司には恵まれているようだな。これは幸運なことだぞ。上司というのは黴菌と違って石鹸で殺せないからな」
「ははは、ありがとうございます……それよりも落ち枝の手に入れ方です」
苦笑交じりに答える。
「おっと、そうだった。なあに、フォルテ君、心配はいらない。落ち枝を手に入れるためにはなにも戦争を引き起こさなくてもいいんだ。さっきもちらっと言ったが管理者がいる。管理者の仕事は神木への祈祷や世話をしている。その業務のうちに落ち枝の管理も入っている」
「そうか。何も新しい物にこだわらなくてもいいのか」
「しかしここでも問題がある。落ち枝とはいえ、神木は神木。当然信仰の対象となる」
「そう、易々と譲ってはくれないわけだ」
「ああ、そうだ。盗むのもいけないことだ。いくら人助けだろうと盗みは悪だ。許されない行為だ」
「じゃあどうすれば……」
「千里の行も足下より始まる。何事も地道にコツコツとだ。まずは信頼を勝ち得ていくのだよ。まずは敵意がないとわかってもらえるように当たり障りのない挨拶から始まり、お土産を渡す。それから顔を覚えてもらえるように毎日足繫く通いながらお土産を渡す」
「おい、そのお土産ってのはつまり賄」
「こらこら、年上の話を途中で遮らない。お土産を渡したら日常会話を行う。季節を感じさせる話題がいい。業務上神木から離れられないうえに場所も季節感をあまり感じられないからね。そして彼らの言葉の耳を傾け、依頼があれば文句ひとつ言わずに手伝い、見返りも求めてはならない。誠実さをアピールするためにね」
「でもお土産は渡すんだろう」
「人付き合いの上でお土産は大事だ。貴族の一人ならそれくらいはわかるだろう?」
「ああ、嫌ってほどな。あるとないとじゃあまるで態度が違う」
「古今東西、人間は正直なものさ。与えてくれる人に好意を持つ。生まれた赤子も何かしらを与えてくれる人を母と認識するものだ」
「それで信頼を勝ち得たのちに落ち枝を融通してもらうわけだな?」
「ああ、その通りだ。だがこれもまだまだ全行程の一割に過ぎない」
「これで一割!?」
「落ち枝を手に入れたら五帝大陸に向かう。そして全ての国を順番に巡礼し、循環させる。木火土金水木土水火金木、この順番を絶対に遵守しなくてはならない」
「ただでさえ広大な五帝大陸を二周するのか!?」
「……おっと、さすがの君も怖気づいてしまうか?」
純陽はヒールに笑う。
「無理もない。技術的に絶対不可能とまではいかないが絶望的だ。幸運に物事が順調に進んだとしても何年何十年とかかるだろうね。ひょっとしたら完成を待たずに寿命が尽きてしまうかもしれない。仙人としてではなく一人の人間として君に助言をしておこう。命に別状はないんだ、諦めるのも手の内だぞ?」
純陽が問いかけ終わる前にフォルテは答える。
「諦めない! 何がなんでも治す!」
「……その覚悟は領主としてか?」
「一人の男としてだ!」
「……ふむふむ」
純陽は腕を組み考え事をする。
剣はそんな彼女を心配そうに見守る。
夫の視線に気づくと純陽は見た目相応の笑顔を見せる。
「ははは、旦那様は人が良すぎる。いや私が意地が悪すぎたかな」
純陽は剣から鞄を受け取る。
「合格だ。フォルテッシモ・シュバルツカッツェ君。お近づきの印として、これを貸そう」
鞄の中から一本の木。ただの木ではない。それは男性器の形状をしていた。
フォルテの意思は固い。
思わず純陽は口元を綻ばせる。
「いいねえ。その何も考えず向こう見ずの根拠のない自信の塊。子供と見縊っていたがなかなか男前じゃないか。気に入った」
そして後ろを振り返る。彼女の後ろには鞄を持ってきた剣が立っていた。
「もっとも剣には及ばないがな」
ややたるんだ微笑みを見せる。剣は何事かと首を傾げる。
「ノロケはいい。道具の話だ。フーガ大陸では手に入らないってだけで別の場所なら手に入るんだろ? そこはどこだ? 五帝大陸か? ドレイク大陸か? はたまたグラウンドグランド大陸? ピアニーのためなら凍験郷コールドハートにだって行ってやる」
「その心意気やよし。だが若人、はやるんじゃあない。当てずっぽうで地名を言ってるが全部外れだ。まず道具の原料が何でどこにあるかだ。私はそれを知っている。道具は木製だ。そして手に入るのは扶桑国だ」
「扶桑国……聞いたことがない名だ」
「無理もないだろう。これは五帝大陸でのみ使われる名だからな。五帝大陸から見て東の果てに生える神木のある土地の名前だ。当の土地に住む民たちは海の原国と名乗っている」
「それなら書物で読んだことがある。じゃあまずそこへ向かえばいいんだ」
「だから落ち着け。話は最後まで聞くんだ。扶桑は神聖な木だ。その神秘性を守護するために詳細は隠蔽されている。存在を民たちも知らないくらいだ。それに行けば必ず手に入るってものじゃない。使うのは扶桑の落ち枝だ」
「落ち枝……切るんじゃないのか」
「ははは、神木に対して不敬が過ぎるぞ。管理者が聞いたら卒倒するだろうな。それと神木は絶対に切れない。管理者が四六時中目を光らせているからじゃないぞ? 傷一つつかないのさ。どれだけ鋭利な業物でも、探求された魔法でも、たとえ神格武具であろうとね」
「だから落ち枝?」
「そう、切れないからこその落ち枝だ。鳥の卵と同じさ。産むのをじっと待つ。卵を手に入れるのに手で引っ張り出す馬鹿はいない。しかしこれが、待っていれば必ず落ちてくるものではない。扶桑は特殊な根を持っている。どんな特性を持っているかわかるか?」
「わからない。教えてくれ」
「ちょっとは考える素振りをしろ……まあ遠い東の国の事柄だ。西方に住むただの一人の子供がいくら考えたところで答えも出ないだろう」
「……」
「ははは、そんな怖い顔をするな。すぐに教える。龍脈……といえばわかるな?」
「マナが多く行き交う道、だな?」
「正解。これくらいは一般常識のうちか。しかし扶桑の龍脈はちょっと特殊でね、まあいろいろとあって、根の上が荒れると本体も荒れる。そして落ち枝を作るんだ」
「根の上が荒れる……」
「荒れると言ったって大雨が降るとか雷が落ちるとかあじゃないぞ。戦だよ。大地を血で埋め尽くすような戦。大陸と離れた島国だからね、もっぱら同じ民族同士が争う内戦さ。言葉が通じ合うというのに実に下らない。まあ我が故郷五帝大陸も似たようなものか」
「今、海の原国の情勢はどうなんだ」
「一応の終結はしたよ。二週間前の情報だが今も大規模な争いは起きてはいないらしい。しかしあれは沸騰する鍋に蓋をしたに過ぎない。私の見込みではもう一度くらい爆発しそうだな……そのほうが君にとっては好都合かもしれないが」
「……やめてくれ。遠い国の人間だろうと非人間だろうと、有益無益にかかわらず、血を流すのは好ましく思っていないんだ」
「おやおや、お優しい。シュバルツカッツェ家当主代理はなんと心優しいお方なのだろう。前もって聞いていた悪評とはえらい違いだ」
「な、お前、シュバルツカッツェ家がどんな家か知っていて入り込んだのか!?」
「勿論さ。半人前とはいえ、弟子は弟子。悪い職場で働いているようなら転職を促すか、悪い職場を上司ごと火の海に沈めるか。それが親心ならぬ師匠心ってものだ」
純陽は小さい体で青ざめたケイローンを見上げる。
「少なくとも上司には恵まれているようだな。これは幸運なことだぞ。上司というのは黴菌と違って石鹸で殺せないからな」
「ははは、ありがとうございます……それよりも落ち枝の手に入れ方です」
苦笑交じりに答える。
「おっと、そうだった。なあに、フォルテ君、心配はいらない。落ち枝を手に入れるためにはなにも戦争を引き起こさなくてもいいんだ。さっきもちらっと言ったが管理者がいる。管理者の仕事は神木への祈祷や世話をしている。その業務のうちに落ち枝の管理も入っている」
「そうか。何も新しい物にこだわらなくてもいいのか」
「しかしここでも問題がある。落ち枝とはいえ、神木は神木。当然信仰の対象となる」
「そう、易々と譲ってはくれないわけだ」
「ああ、そうだ。盗むのもいけないことだ。いくら人助けだろうと盗みは悪だ。許されない行為だ」
「じゃあどうすれば……」
「千里の行も足下より始まる。何事も地道にコツコツとだ。まずは信頼を勝ち得ていくのだよ。まずは敵意がないとわかってもらえるように当たり障りのない挨拶から始まり、お土産を渡す。それから顔を覚えてもらえるように毎日足繫く通いながらお土産を渡す」
「おい、そのお土産ってのはつまり賄」
「こらこら、年上の話を途中で遮らない。お土産を渡したら日常会話を行う。季節を感じさせる話題がいい。業務上神木から離れられないうえに場所も季節感をあまり感じられないからね。そして彼らの言葉の耳を傾け、依頼があれば文句ひとつ言わずに手伝い、見返りも求めてはならない。誠実さをアピールするためにね」
「でもお土産は渡すんだろう」
「人付き合いの上でお土産は大事だ。貴族の一人ならそれくらいはわかるだろう?」
「ああ、嫌ってほどな。あるとないとじゃあまるで態度が違う」
「古今東西、人間は正直なものさ。与えてくれる人に好意を持つ。生まれた赤子も何かしらを与えてくれる人を母と認識するものだ」
「それで信頼を勝ち得たのちに落ち枝を融通してもらうわけだな?」
「ああ、その通りだ。だがこれもまだまだ全行程の一割に過ぎない」
「これで一割!?」
「落ち枝を手に入れたら五帝大陸に向かう。そして全ての国を順番に巡礼し、循環させる。木火土金水木土水火金木、この順番を絶対に遵守しなくてはならない」
「ただでさえ広大な五帝大陸を二周するのか!?」
「……おっと、さすがの君も怖気づいてしまうか?」
純陽はヒールに笑う。
「無理もない。技術的に絶対不可能とまではいかないが絶望的だ。幸運に物事が順調に進んだとしても何年何十年とかかるだろうね。ひょっとしたら完成を待たずに寿命が尽きてしまうかもしれない。仙人としてではなく一人の人間として君に助言をしておこう。命に別状はないんだ、諦めるのも手の内だぞ?」
純陽が問いかけ終わる前にフォルテは答える。
「諦めない! 何がなんでも治す!」
「……その覚悟は領主としてか?」
「一人の男としてだ!」
「……ふむふむ」
純陽は腕を組み考え事をする。
剣はそんな彼女を心配そうに見守る。
夫の視線に気づくと純陽は見た目相応の笑顔を見せる。
「ははは、旦那様は人が良すぎる。いや私が意地が悪すぎたかな」
純陽は剣から鞄を受け取る。
「合格だ。フォルテッシモ・シュバルツカッツェ君。お近づきの印として、これを貸そう」
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