黒猫貴公子とどんくさメイドの激甘ラブコメ ~拝撫令思恩編~

田村ケンタッキー

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字は純陽。号は薬師仙人。

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 フォルテが屋根上から戻り自室へと向かう道中にケイローンと出会った。

「ここにいらっしゃいましたか、ぼっちゃま。先程は失礼しました」
「いや、さっきのは俺が悪い……それよりもどうした、その装いは」

 いつも医者として清潔感を保ち、無駄な装飾は着けずに室内でも動きやすい恰好を心掛けている彼が、どういうわけか弓矢を背負い、蹄鉄を嵌めていた。

「ピアニー様を助けるにはこれがベストかと」
「何をするつもりだ?」
「……私の師匠を探しに行こうかと」
「師匠だと」
「ええ、以前にも説明しましたが私の師匠は五帝大陸に住む仙人なのです。字は純陽。号は薬師仙人。の私と違い、医学だけでなく呪術にも詳しい。私の知る限り、あのお方以上に呪術に詳しい人はいません」
「……五帝大陸だと。待て待て、どれだけ遠いと思っているんだ! ケンタウルス族のお前でも走っていける距離ではないぞ」
「道中で魔女便を使いますのでご心配なく。それでも早くて着くのに半年は費やすでしょう」
「必ず着くという保証もない! それに仙人ってのは人里離れた場所に隠れて暮らしているんだろう? 必ず会えるわけでもないんだろう!?」
「それでも行かなくてはいけないのです。ピアニー様は私の患者です。ケイローンの名に遠く及ばなくとも、これが回復へと向かう最善策なのです。しかし挨拶もせずに旅立つのは失礼と思い、アレグロ様に言付けは頼まず、このようにフォルテ様に直接ご挨拶に」
「いくらなんでも無謀だ! 俺は許可しないぞ!」
「止めてくださるな、フォルテ様! 私には契約よりも大事なものがあるのです! そうせざるを得ないのです!」
「行くのなら俺が行く! ピアニーに側にいるべきは医学を知り尽くしたお前なんだ!」

 互いに譲らない二人。
 そこへ老執事アレグロがやってくる。

「取り込み中申し訳ございません。お客様がいらっしゃってます」
「後にしろ! 俺は今忙しい!」
「それがぼっちゃまではなく、ケイローン様のお客様です」
「急患ですか!? 急患でないのならお引き取り願いたい!」
「急患ではありませんが、その……すでに中までお招きしておりまして」

 アレグロの後ろには女性と男性が一人ずつ立っていた。

「まったく。遠くはるばる師匠がやってきたというのに茶も淹れず挨拶すらろくにせずにどこへ行くつもりだ、鹿弟子。

 女性が動き出す。東洋人らしい長い黒髪を白い肌の手で梳き、ほんのりとお香の匂いを漂わせる。

「お師匠様のご機嫌取りより大事な用事はない。そうだろう?」

 西洋では見ない、少なくともドナタ・ソナタがあるフーガ大陸では見ない、不思議な帽子。切妻屋根を横から見たような形状をしていた。彼女はそれを傾けて被っている。
 気品を感じさせるゆっくりとした口調、言葉から大人の女性を連想させる。
 彼女はアレグロの前に立つ。

「げえ、あなたは……いえ、あなた様は……!」
「おい、今、げえと言わなかったか?」
「言ってません断じて言っておりません……私がそのような無礼を働くわけないじゃないですか、薬師仙人様」

 ケイローンは人馬一体で薬師仙人の前で傅く。

「こいつがケイローンの師匠で薬師仙人……? 俺よりもちょっと上の子供じゃないか!」

 艶ある声を発するがしかし実際の見た目は想像よりも若々しく成人手前の女性に見えた。西洋人から見ると東洋人が実年齢より若く見えることがある。今回に関してはそれは別。東洋人から見ても彼女は成人には見えない。

「ぼっちゃま! いけません! その方は百歳の私よりも遥か年上で」
「黙れ、馬鹿弟子。それ以上言ったら私の心の健康を阻害する病魔として退治するぞ」
「……それで突然何用でいらっしゃったのですか? 手紙も予兆もなく、驚きが隠せません。タイミング的には願ったり叶ったりなのですが」
擲筊ポエ占いで蜜月は西方を訪れると吉と出たのでな、ふらっと遊びに来たのだよ。お前はそのついで」
「蜜月とはなんのことかわかりませんが、これほど幸運なことはありますでしょうか。ちょうど呪い関係で薬師仙人様に助けを求めようとしていたところなんです」
「お前と私の仲だ、薬師仙人と呼ぶな、堅苦しい。純陽でいい」
「はい、純陽様。それで恐れ多いのですが診てはいただけますでしょうか」
「症状による。お前が頑張れば治せそうなら一切力は貸さない。助言もしない……まあ? 生真面目なお前が私を頼るのならきっと間違いはないだろうがな?」
「ありがとうございます。それでは早速ですが診てはいただけませんか?」
「仙人使いが荒いなぁ~。馬のように酷使するじゃないか」
「ええ、そこをなんとかお願いします」
「まったく……蜜月の最中だというのに……剣。悪いが着いて早々仕事だ。準備してくれ」

 剣と呼ばれた男(彼もまた成人一歩手前の顔つき)は黙って頷いて、どこかへと歩き去る。

「あの剣という男は純陽様の現在の弟子なのですか?」
「おっと紹介が遅れたな。そう、あの寡黙な男は剣だ。私の弟子であり、旦那様だ」
「ほう、弟子であり旦那様……………………旦那様?」

 ケイローンは汗を垂らす。

「旦那様というとつまり……婚約者?」
「言っただろう、蜜月だと。西洋でいうところのハネムーンだ」
「婚約者!? あのお師匠様に婚約者!?」
「……愚かなお前のことだ、忘れているかもしれんが私は相馬術にも長けていてな、馬用の新薬を開発中なんだ。尊敬する師匠が飲めと言えば当然喜んで飲むよな?」

 純陽は笑顔を浮かべる。だが目は笑っていなかった。

「お情けを! 純陽様、後生ですから!」

 逞しい肉体をびくびくと震わせるケイローン。

(……本当にこいつらにピアニーを任せていいのだろうか)

 そう、心の底から不安になるフォルテだった。
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