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シュバルツカッツェ家の秘密文庫
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「ピアニー様。ピアニー様は人間ですので高いところにはお気を付けください」
そう言って梯子を支えるのはシュバルツカッツェ家専属の庭師ルーシー。剪定にも使える長い爪は今は仕舞い、がっちりと梯子の脚を掴んでいる。
「ありがとう、ルーシーさん。すぐに終わらせますので」
ピアニーは多毛な猫の尻尾のような埃落としで書物に被る埃を雪いでいく。
ここはシュバルツカッツェ家の秘密文庫。古今東西曰くつきの持ち出し厳禁の本を蔵書しているため、女子トイレからしか入れないよう厳重に隠蔽されている。
「本当はルーシーが掃除当番なんですがどうしてもそのフワフワがですね……」
ルーシーはピアニーが持つ埃落としから目を背ける。そして。尻尾を丸める
「あ、そうですよね、痛そう……ですよね」
ルーシーはケットシーに属する妖精だ。ただし猫の血が薄く、体毛も薄く、耳は猫だが顔は人間という半端者であった。
(猫の尻尾を道具のように扱われたら、いくら明るい彼女でもいい気持ちにはならないでしょうね)
そう同情するが実は勘違いで、
「フワフワはだめです。本能で飛びついてしまうのですニャ」
「あ、そっちの理由……」
「前にフワフワでお掃除した時、つい飛びかかってしまいこのお部屋を猫まんまみたいにぐちゃぐちゃにしちゃったのですニャ」
「それは……お気の毒です」
「ぼっちゃまにもとってもとっても怒られましたニャ。でもあれほど怒ることもないと思うニャ。仕方ないのニャ。掃除するとなるとフワフワは揺れるニャ。フワフワが揺れないようにすれば掃除ができないニャ。八方ふさがりにゃ。ルーシーにはもうどうすることもできなかったのニャ」
「あはは……ぼっちゃまは怒らせると怖いお方ですからね……お互い気をつけましょうね」
「気を付ける……といえば、ピアニー様。入る前にも忠告されましたでしょうがここは古今東西の曰くつきの書物が集まるドナタ・ソナタきっての秘密文庫です。いかなる本も読んだり開いたりしてはいけません」
「はい、ぼっちゃまにもアレグロ様にも同じことを言われました。ここはそんなに危険な場所なんですか?」
「危険か危険かじゃないのなら当然危険です。一見優しそうな魔導書があったとしても中身は時代によっては禁術指定されている魔法が記されていたりします」
「じゃあ魔法適正の低い私なら危険度は低くは……」
「それがそうとも限りません。中には開くだけで魔法が発動する本もあります。そのほとんどがイタズラ目的の愉快犯ではありますが笑えない、度を越えた魔法を仕掛けていることもありますので」
「な、なんでそんな危険な本を屋敷の中に!? それと魔法素人の私がそんな場所を掃除していいんですか!?」
「ええ、ですので開かなければいいのです。掃除は埃を払う程度でいいのです。魔法の本も時間が経てば減衰していきます。ここに所蔵されているのはその目的のためなんです」
「もっと王様が住むお城とかじゃダメなんですか?」
「ありなんですけどね~いかんせん人の出入りが多いので。万が一持ち出されたら追尾が面倒なのでやはり人が寄り付かない、また魔法分析に長けているシュバルツカッツェ家が適任なんでしょうね」
楽天的に嘲わらうルーシー。しかしピアニーの反応は違った。
「もう! ドナタ・ソナタの人たちはシュバルツカッツェ家をなんだと思ってるんですか! 面倒事ばかり押し付けられてぼっちゃまがかわいそうです!」
怒っていた。本気で怒っていた。全然怖くはないし脅威ではなかったが、主人を本当に思いやり、まるで国を敵に回すかのような優しさを見せた。
ルーシーは思ったことをそのまま言葉にする。
「ピアニー様は本当にぼっちゃまのことが愛されているのですね」
「愛!?」
突然の発言にピアニーは身体が揺らめく。こうして会話しているが今も梯子の上。
「掴まってください、ピアニー様」
ルーシーはぐらりぐらりと揺れる梯子を力で抑え込む。
ピアニーは冷静さを取り戻したが、しがみついていた梯子から離れられなかった。
「ピアニー様。ピアニー様は人間ですので高いところにはお気を付けください」
そう言って梯子を支えるのはシュバルツカッツェ家専属の……、
「ごめん! 私のせい! 今のは私のせいだけどルーシーさんも悪いと思うの!」
「なんでルーシーが悪い? ちゃんと梯子も支えていたのに」
「突然、あ、あ、ああ愛いいだなんて言うから驚いちゃったじゃないですか」
「どうして驚く? 的外れだったからですか?」
「全然的外れではないんです全然……でもその照れてしまうというか」
「照れ……? 照れってなんですニャ?」
「ルーシーさん、照れを知らないんですか?」
ルーシーは人間の容姿に近く、人語を扱えるケットシーであるが内面、情緒は本能に従う猫に近い。
「照れっていうのはですね、一例ですが好意を上手く伝えられないとかそういう時に現れるのです」
「よくわからない。ルーシーはフォルテぼっちゃまのこと大好きニャ」
「うっ……」
屈託のない笑顔。ルーシーの大好きは主従の慕いではなく異性、雌雄の慕い。フォルテはどちらかというとツンツン猫だがルーシーは極端にデレデレ猫。それが本人の目の前であろうと嘘偽りのない好意を見せつける。
だからこそピアニーは苦悶する。
「怒ると怖いけど本当は優しい人ニャ。あんな人に番いになってほしいニャ」
ルーシーは人間社会に疎い。一夫多妻制はドナタ・ソナタの法律では認められてはいるがそれでも人間の心は必ずしも決まり事に従うものではない。目には映らない機微な心の動きには鈍感だった。
「そうですね……ぼっちゃまは……お優しいですから……きっと……」
ピアニーは埃落としの猫の尻尾の部分をぎゅっと掴む。
「ピアニー様? 手が止まってますよ? もしかして疲れた? 休憩にします?」
「い、いえ! まだまだこれからです! さあ張り切って掃除をしましょう!」
気を取り直し掃除を再開しようとした時、ふと一冊の本が目に止まる。
(こ、これは……!?)
邂逅。まさにピアニーの今の気持ちにぴたりとはまってしまう本と出会ってしまう。
(よ、読みたい……でもルーシーさんの目があるし……)
すると名案が浮かぶ。
(そうだ、この埃落とし……ルーシーさんは本能に従うお方……使えるかもしれない)
ピアニーは早速行動に移す。
「ルーシーさん、これ見て下さーい」
埃落としを猫じゃらしのように揺らして見せつける。
「んにゃにゃ!??」
まんまと引っ掛かるルーシー。左に振れば視線は左に、右に振れば視線は右に。回転したら一緒に回る。埃落としに夢中。もはや埃落とし以外のことは考えられない。
「そーれ、とってこーい」
ピアニーは埃落としを遠くへ投げる。
「にゃにゃにゃにゃー!!」
ルーシーは埃落としに飛びつく。床に落ちた後も本能のままに猫パンチで死体蹴りならぬ死体叩き。
「今だ!」
ピアニーは本棚から気になった一冊を取り出し、すぐさま開いた。
次の瞬間、彼女は開いたページから発するピンク色の光に包み込まれた。
そう言って梯子を支えるのはシュバルツカッツェ家専属の庭師ルーシー。剪定にも使える長い爪は今は仕舞い、がっちりと梯子の脚を掴んでいる。
「ありがとう、ルーシーさん。すぐに終わらせますので」
ピアニーは多毛な猫の尻尾のような埃落としで書物に被る埃を雪いでいく。
ここはシュバルツカッツェ家の秘密文庫。古今東西曰くつきの持ち出し厳禁の本を蔵書しているため、女子トイレからしか入れないよう厳重に隠蔽されている。
「本当はルーシーが掃除当番なんですがどうしてもそのフワフワがですね……」
ルーシーはピアニーが持つ埃落としから目を背ける。そして。尻尾を丸める
「あ、そうですよね、痛そう……ですよね」
ルーシーはケットシーに属する妖精だ。ただし猫の血が薄く、体毛も薄く、耳は猫だが顔は人間という半端者であった。
(猫の尻尾を道具のように扱われたら、いくら明るい彼女でもいい気持ちにはならないでしょうね)
そう同情するが実は勘違いで、
「フワフワはだめです。本能で飛びついてしまうのですニャ」
「あ、そっちの理由……」
「前にフワフワでお掃除した時、つい飛びかかってしまいこのお部屋を猫まんまみたいにぐちゃぐちゃにしちゃったのですニャ」
「それは……お気の毒です」
「ぼっちゃまにもとってもとっても怒られましたニャ。でもあれほど怒ることもないと思うニャ。仕方ないのニャ。掃除するとなるとフワフワは揺れるニャ。フワフワが揺れないようにすれば掃除ができないニャ。八方ふさがりにゃ。ルーシーにはもうどうすることもできなかったのニャ」
「あはは……ぼっちゃまは怒らせると怖いお方ですからね……お互い気をつけましょうね」
「気を付ける……といえば、ピアニー様。入る前にも忠告されましたでしょうがここは古今東西の曰くつきの書物が集まるドナタ・ソナタきっての秘密文庫です。いかなる本も読んだり開いたりしてはいけません」
「はい、ぼっちゃまにもアレグロ様にも同じことを言われました。ここはそんなに危険な場所なんですか?」
「危険か危険かじゃないのなら当然危険です。一見優しそうな魔導書があったとしても中身は時代によっては禁術指定されている魔法が記されていたりします」
「じゃあ魔法適正の低い私なら危険度は低くは……」
「それがそうとも限りません。中には開くだけで魔法が発動する本もあります。そのほとんどがイタズラ目的の愉快犯ではありますが笑えない、度を越えた魔法を仕掛けていることもありますので」
「な、なんでそんな危険な本を屋敷の中に!? それと魔法素人の私がそんな場所を掃除していいんですか!?」
「ええ、ですので開かなければいいのです。掃除は埃を払う程度でいいのです。魔法の本も時間が経てば減衰していきます。ここに所蔵されているのはその目的のためなんです」
「もっと王様が住むお城とかじゃダメなんですか?」
「ありなんですけどね~いかんせん人の出入りが多いので。万が一持ち出されたら追尾が面倒なのでやはり人が寄り付かない、また魔法分析に長けているシュバルツカッツェ家が適任なんでしょうね」
楽天的に嘲わらうルーシー。しかしピアニーの反応は違った。
「もう! ドナタ・ソナタの人たちはシュバルツカッツェ家をなんだと思ってるんですか! 面倒事ばかり押し付けられてぼっちゃまがかわいそうです!」
怒っていた。本気で怒っていた。全然怖くはないし脅威ではなかったが、主人を本当に思いやり、まるで国を敵に回すかのような優しさを見せた。
ルーシーは思ったことをそのまま言葉にする。
「ピアニー様は本当にぼっちゃまのことが愛されているのですね」
「愛!?」
突然の発言にピアニーは身体が揺らめく。こうして会話しているが今も梯子の上。
「掴まってください、ピアニー様」
ルーシーはぐらりぐらりと揺れる梯子を力で抑え込む。
ピアニーは冷静さを取り戻したが、しがみついていた梯子から離れられなかった。
「ピアニー様。ピアニー様は人間ですので高いところにはお気を付けください」
そう言って梯子を支えるのはシュバルツカッツェ家専属の……、
「ごめん! 私のせい! 今のは私のせいだけどルーシーさんも悪いと思うの!」
「なんでルーシーが悪い? ちゃんと梯子も支えていたのに」
「突然、あ、あ、ああ愛いいだなんて言うから驚いちゃったじゃないですか」
「どうして驚く? 的外れだったからですか?」
「全然的外れではないんです全然……でもその照れてしまうというか」
「照れ……? 照れってなんですニャ?」
「ルーシーさん、照れを知らないんですか?」
ルーシーは人間の容姿に近く、人語を扱えるケットシーであるが内面、情緒は本能に従う猫に近い。
「照れっていうのはですね、一例ですが好意を上手く伝えられないとかそういう時に現れるのです」
「よくわからない。ルーシーはフォルテぼっちゃまのこと大好きニャ」
「うっ……」
屈託のない笑顔。ルーシーの大好きは主従の慕いではなく異性、雌雄の慕い。フォルテはどちらかというとツンツン猫だがルーシーは極端にデレデレ猫。それが本人の目の前であろうと嘘偽りのない好意を見せつける。
だからこそピアニーは苦悶する。
「怒ると怖いけど本当は優しい人ニャ。あんな人に番いになってほしいニャ」
ルーシーは人間社会に疎い。一夫多妻制はドナタ・ソナタの法律では認められてはいるがそれでも人間の心は必ずしも決まり事に従うものではない。目には映らない機微な心の動きには鈍感だった。
「そうですね……ぼっちゃまは……お優しいですから……きっと……」
ピアニーは埃落としの猫の尻尾の部分をぎゅっと掴む。
「ピアニー様? 手が止まってますよ? もしかして疲れた? 休憩にします?」
「い、いえ! まだまだこれからです! さあ張り切って掃除をしましょう!」
気を取り直し掃除を再開しようとした時、ふと一冊の本が目に止まる。
(こ、これは……!?)
邂逅。まさにピアニーの今の気持ちにぴたりとはまってしまう本と出会ってしまう。
(よ、読みたい……でもルーシーさんの目があるし……)
すると名案が浮かぶ。
(そうだ、この埃落とし……ルーシーさんは本能に従うお方……使えるかもしれない)
ピアニーは早速行動に移す。
「ルーシーさん、これ見て下さーい」
埃落としを猫じゃらしのように揺らして見せつける。
「んにゃにゃ!??」
まんまと引っ掛かるルーシー。左に振れば視線は左に、右に振れば視線は右に。回転したら一緒に回る。埃落としに夢中。もはや埃落とし以外のことは考えられない。
「そーれ、とってこーい」
ピアニーは埃落としを遠くへ投げる。
「にゃにゃにゃにゃー!!」
ルーシーは埃落としに飛びつく。床に落ちた後も本能のままに猫パンチで死体蹴りならぬ死体叩き。
「今だ!」
ピアニーは本棚から気になった一冊を取り出し、すぐさま開いた。
次の瞬間、彼女は開いたページから発するピンク色の光に包み込まれた。
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