近所の公園でバスケを教えていたら教え子のチャラショタに溺愛されるようになりました

田村ケンタッキー

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練習試合応援編

限界に挑め勝利を掴め

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 勝負が始まってから二十分。
 休憩なしで続けているが未だにリングを鳴らしていない。

「はあ……はあ……」

 圧倒的な力量差に絶望しながらもリングを睨む正行。セットした前髪が汗で崩れる。

「どうしたの? もう息切れ? いつもの元気はどしたん?」

 ふふん、と笑いながら余裕をかます佳子。

「河相家は化け物ですか……」
「化け物なわけないじゃない。お父さんはトライアスロン、お母さんはフルマラソンの選手のスポーツマン一家で育っただけだよ」
「化け物なんですよ」

 弟の球児もすでに頭角を現わしている。小学三年生で自転車に乗れるようになった次の日に50km離れた祖父母の家まで走った伝説を残している。

「そんなこと言ってると……スティールしちゃうよ!」
「くっ……!」

 躱そうとするがそれ以上に佳子は早い。
 ボールを弾き、拾うまでの過程が瞬きの間に終わっている。

「低さは良かったんだけどね、もうちょっと強くしよっか。ボールの意識が外れてたから集中してね」
「はい、わかりました」

 佳子はボールを胸の前で止める。

「……休憩する?」
「まだ始まったばかりですよ? 今の指導を忘れないうちに身体に覚えさせたいです」
「そっか。無理はしないでね。ちょっと調子悪いなって感じたらすぐ言うよに」
「僕が体調管理もできない子供に見えますか?」
「子供にしか見えないんだけどね……」

 しっかりしているところはしっかりしているので彼を信用し練習を続行する。
 正行はとめどなく流れる汗をそのままに考える。

(佳子さんに弱点らしい弱点はない。弱点を突けば勝てる相手でもない)

 フィジカルもテクニックも勝る点は一つもない。
 勝機があるとするならば相手のミスと幸運。

(勝機が転がり込んでくるまでひたすらにがむしゃらに得意技で攻めるだけだ!)

 記念すべき一本目を回想する。
 基礎中の基礎フロントチェンジで抜いた、忘れざるあの時のこと。
 指一本一本に意識を回す。ドリブルはピアノを弾くかのような繊細さが必須。
 息を大きく吸い込み、挑む。

(ドリブルを鋭く! 体重移動を早く!)

 右に身体を傾けると案の定佳子はついてくる。
 そこでボールを強く弾ませ、左に持っていく。
 同時に身体も動かす。
 右半身が攣る直前の限界に挑戦。

「いっけええええ!」

 今度は左半身の踏ん張りが肝心。
 左に倒れ込みそうになりながらも前に進む。
 態勢は崩したがボールは手の中にある。

(進め! 進め! 身体!)

 誰もいないゴール下。

(1! 2の! 3!)

 リズムを取りながらのレイアップシュート。
 ボールをリングへ置いていく。

「やったか!? っとおおうわ!?」

 勢いそのままに壁に激突、転倒する。

「正行君大丈夫!?」
「入りましたか!?」
「まずは自分の心配して!?」
「僕は大丈夫です!? ゴールになりましたか!? まさか見てないなんてないですよね!?」
「えっと実は……」
「本当に見てないの!?」
「……な~んてね」

 してやったりの笑顔で頭の上に両腕で大きな丸を作る。

「いっっっっっやった!!!!!」

 ひっくり返ったままガッツポーズする。年相応の男の子らしい全力の歓喜。

「……と、こんなことで喜んでる場合じゃないですよね」

 佳子のにこにこ顔を見るや否や慌てて平静を保つ。

「え~、そこは喜んでもらわないと。私から一本を取ったんだよ?」

 差し出される手。正行はそれを握って立ち上がる。
 宝くじが当たったかのように手が震える。

「何度も挑戦していればこういうこともありますよ?」
「若いのに謙遜は良くないよ?」
「佳子さんもまだまだ若いですよ」
「あはは、ありがと。でも謙遜しなくていいよ。今の一本は運じゃなくて実力の一本。初めての一本目よりもずっとキレが増していた。正行君はあの頃より断然に成長したってことだよ。こりゃあうかうかしてたら私なんかすぐに抜いちゃうかもね」
「……なんて言ってるけど抜かせる気なんてさらさらないんでしょう?」
「あは。わかる?」
「わかりますよ。佳子さんのことならなんだって」
「それじゃあ早速二本目行く? それとも休憩する?」
「時間が惜しいです。すぐに挑戦させてください」
「いいよ。そうこなくっちゃ」

 位置について佳子から正行にボールが手渡される。

(よし、ここはもう一度フロントチェンジで)

 意表を突いたつもりのフロントチェンジ。
 しかし、

「そうくると思ったよ!」

 ドリブルをカットされる。

「やばっ!」

 正行は慌ててボールを拾う。
 カットはされたがキープしたままなので二本連続への挑戦は途切れていない。

「二度あることは三度ある……って諺があるけどそれが私に通用すると思った?」
「思いました。今は激しく後悔と反省しています」

 同じ手は通用しない。
 よくあるシチュエーションだが挑戦者側にとってこれほど絶望的なワードは他にない。
 手札は限られている。
 その手札はどれも佳子から貰ったものばかり。
 師匠を相手するとはそういうことだ。
 それならば、

(教えられていない技に挑戦するしかない……!)

 これは賭けだ。
 今後も彼女からフロントチェンジで一本目を取れるとは限らない。もしかしたら人生最後の彼女から取った得点になるかもしれない。
 無計画にも程がある。成功率は低いだろう。
 やってみた結果、幼稚で未熟なみっともない一生の恥となる攻撃になるかもしれない。
 だけど人生の師は言った。失敗を恐れずに限界に挑戦しろ、と。

(あなたがくれた言葉で、僕は、あなたに勝つ……!)

 正行はまずロッカーモーションを仕掛ける。
 前に行くと見せかけて止まる。
 佳子の反射神経は優れている。優れ過ぎている。簡単なフェイントに距離を取ってしまう。
 また彼女は大変計算高い。常に成功率を考えて効率的に動く。その計算は敵にも当てはめる。正確に実力を測り、しないであろう選択を除外することができる。

(佳子さん、僕がこんな馬鹿したらきっと驚くでしょうね)

 ゴールリングから遠く離れた場所でシュートの構え。

(遠いな……そりゃそうか、スリーポイントラインから十歩も離れているんだから)

 これまでにスリーポイントシュートの練習は何度も繰り返してきたが一度も決まったことがない苦手な技術。
 だからこそ佳子の意表を突ける。

(変な話僕も驚いてますよ。こんな失敗するとしか思えない無謀な挑戦をするなんて)

 正行は器用ではあったが失敗を恐れる性格をしていた。だからできることは率先して行うができないことは理由を作っては遠ざけてきた。

 佳子が手を伸ばして妨害する。
 しかしシュートはすでに放たれていた。

 ボールの軌道はさほど美しくない。
 ミミズが這うかのようにブレブレ。
 力加減もまるで合っていない。力一杯に投げたためにボールはバスケットボードの上にぶつかる。
 ボールは大きく弾み手前に落ちる。
 蚊取り線香を吸った蚊が落ちるかのように力なく。

 すぽん。

 網が揺れた。

「……」
「……」

 二人は唖然とする。
 シュートを放った本人が現実を信じられなかった。

「……入った? 佳子さん今のはいり」
「コングラチュレーション!!!」

 がばっと力強く抱きつく。
 敗北の悔しさよりも弟子の成長を喜んでしまう。

「よおおしよしよしよし! この日がこんなにも早く来るとは思わなかったよ~~~~~」

 汗まみれの髪を床屋のプロの洗髪のような手つきで撫でまわす。

「いたい! いたい! いたいですよ、佳子さん!」
「頬にキスしてやろうか!? このこの~! 色男めが~!」
「僕よりも喜んでませんか……?」
「これが喜ばずにいられますか! もうちょっと喜ばせて~!」

 抱擁されたまま撫でられまくる無抵抗の正行。

(まあ今の状況は悪くない。むしろとても良いのでこのままにしとくとして)

 大事なことを忘れてはいけない。

「佳子さん、約束忘れてませんよね?」
「何でも言うこと聞くでしょ? いいよいいよ! 何でも言ってよ! 若いんだから遠慮しないでよ!」
「本当ですか? 何でも言うこと聞くんですよね? 後でやっぱなし~はなしですよ」
「もう! 正行君ってば疑い深いんだから! 私が約束破ったことある?」
「信用してますよ。ええ、佳子さんは約束を絶対に守る方だと知ってますから」

 この後佳子は後悔する。
 軽い気持ちで口約束するべきではないと。
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