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練習試合応援編
彼の隣に座するは強烈元カノ
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新調したゲームウエアに袖を通す。
規定で決められた丈が膝上までしかないパンツを履く。
速乾機能性の高いポリエステル素材は肌触りも良い。
河相佳子はコートの中心で両腕を伸ばして叫ぶ。
「よっしゃあー! 気合い入ってきたー!」
延びに延びた他校との試合。
普段の基礎練習も嫌いではないがやはり実戦より面白く楽しいものはない。
「おー、いつにもまして気合い入ってんなー、河相ー」
「あ! 鏡先生! こんちゃー!」
「こんにちはだろ、やり直し」
「こんにちはー!」
「試合開始から元気有り余ってるな。その元気、先生にも分けてほしいよ」
貧血気味で血の気が薄い顔をした高身長の女監督、鏡。白い半そでTシャツに長ズボンのジャージを履くラフな格好をしている。
「いま送ります! 受け取ってくださいね!」
「あぁわりぃ。先生はそういうノリは高校で卒業したんで」
「それじゃあよく食べてよく寝て元気を取り戻してくださいね」
「ほんと、練習試合や部活がなければそうしたいんだがな」
「それで先生、今日のポジションは決まってます? 私、シューティングガードでもスモール、パワーフォワードでもセンターでも行けますよ!」
「相変わらずポイントカードはやりたがらないんだな」
「頭使うの苦手なものでして」
「適正はあると思うんだがな。というかどのポジションに配置しても充分使えるからコーチとしては有難いようで悩ましいんだよなぁ」
「いや~それほどでも」
「褒めてないぞ」
「それでそれでポジションは決まってます?」
「あぁ、決まってるぞ。特に河相、お前だけはな」
「どこどこどこ?」
「ベ・ン・チ」
「…………………………ベンチ。聞いたことないです。新しいポジションですか?」
「わかるだろ。今日お前、スタメンじゃないぞ」
「……うっそー!? なんでですか!? 困りますよー!」
「ばあか。大きい声では言えないが相手は万年一回戦敗退の弱小校だぞ? 近所のよしみで伝統的に慣れ合ってるだけだ。エースのお前は温存。公式試合外で怪我されちゃ困るからな」
「試合に出られないの困ります! 応援してもらう約束なんです!」
「なんだ? 彼氏か?」
「かかかか彼氏なわけないじゃないですか!」
断じて彼氏ではない。何度も身体を重ねているが決してそういう関係ではない。
「はっははは! だよな! 全青春をバスケに注いでるお前に彼氏ができたら先生嫉妬で泣いちゃうぞ?」
「先生、もっと先生らしくしてください」
「とにかく今日はお前の出番はない! ……まあ、負けそうになったら出番があるかもな。そんなこと万が一億が一もありえないがな! 負けたら先生、裸で公民館を一周しちゃうぞ!」
鏡先生は笑いながらどこかへ歩き去っていく。
「うーん、困ったことになったな……出番なくなったって伝えようかな。伝えたら伝えたできっとがっかりするだろうな……」
頭を抱えているとバッグからスマートフォンの着信音。
正行からのメッセージが届いていた。
「お、おう……もう到着してる……」
自由時間はあと十五分残っている。事情を話しに彼がいる入口へと向かった。
狭い入り口でマスク姿の大人たちで混雑している。
目を凝らして彼の姿を探す。
「いない……どこだ……」
すると突然両脇腹にくすぐったい感触。
「ひゃああ!?」
「バスケウェアでしたっけ。いい肌触りですね」
背後からくすぐってきた犯人は上段正行だった。
「も~、あんまり女性をからかわないの」
「佳子さんの反応がかわいいからつい……なので僕は無罪です」
ニコニコと楽しそうに笑う正行。
せっかく応援しに来てくれたのに、出番がないと伝えるのは心苦しい。
(でも……ちゃんと話さないとだよね)
誠実さを優先する。
「あのね、実は今日」
「あっれれ~~! マイケルきゅんだ~!!」
突然上がる女子の甲高い声。
背の低いギャルが正行にタックルのように抱きつく。
「やあ、山田さん。こんなところで奇遇ですね」
突然の不意打ちにも笑顔を崩さない女性の味方。
「やだ~マイケルく~ん。私との仲じゃな~い。下の名前で呼んでよ~」
「あの……この子は……?」
「クラスメイトの山田さんです」
「だから下の名前で呼んでって~もう~照れちゃって~! それにもう忘れたの? ただのクラスメイトじゃないでしょ? 男と女の関係でしょ」
「元ですよ。とっくの昔に終わった関係です」
「私は今でも思い出すわ~。あの時のファーストキスの味」
「キ……!?」
「それでどうして山田さんはここに?」
佳子が動揺しているうちに正行は素早く話題を変える。
「クソババ……ママがたまにはお姉ちゃんの試合を応援しろって無理やり……お姉ちゃんの応援をしにきに」
「山田……ああ、マホちゃんの妹さん」
「誰よ、あんた」
女相手には露骨に声が低くなる山田妹。
「……マホちゃんのチームメイトの河相佳子です」
「河相……どこかで聞いたことがあるような」
「山田さん、クラスメイトに河相球児君いるでしょう? 彼のお姉さんでもあるんだよ」
「あー! 球児君のお姉さま! 似てると思ったー!」
「あはは……そりゃどうも」
山田妹に気圧されているうちに自由時間は終わってしまう。
体育館で集合の合図である笛が鳴る。
「それじゃあもう行かないとだから」
手を振って別れを告げる佳子。
「マイケル君、一緒に応援しましょ~。ここ公民館のくせに二階にちょっとした観客席があるんだって~」
正行はずるずると引きずられながらも、
「佳子さん! さっき何か言いかけてませんでしたか!?」
そう問いかけた。
それに対し佳子は、
「ううん、なんでもない。楽しんでいってね、マイケル君」
「マイケ……佳子さん!」
彼の呼びかけを無視して体育館へと向かう。
(あれ……どうしたんだろ、私……)
温まっていたはずの心と体が冷えていくのを感じた。
規定で決められた丈が膝上までしかないパンツを履く。
速乾機能性の高いポリエステル素材は肌触りも良い。
河相佳子はコートの中心で両腕を伸ばして叫ぶ。
「よっしゃあー! 気合い入ってきたー!」
延びに延びた他校との試合。
普段の基礎練習も嫌いではないがやはり実戦より面白く楽しいものはない。
「おー、いつにもまして気合い入ってんなー、河相ー」
「あ! 鏡先生! こんちゃー!」
「こんにちはだろ、やり直し」
「こんにちはー!」
「試合開始から元気有り余ってるな。その元気、先生にも分けてほしいよ」
貧血気味で血の気が薄い顔をした高身長の女監督、鏡。白い半そでTシャツに長ズボンのジャージを履くラフな格好をしている。
「いま送ります! 受け取ってくださいね!」
「あぁわりぃ。先生はそういうノリは高校で卒業したんで」
「それじゃあよく食べてよく寝て元気を取り戻してくださいね」
「ほんと、練習試合や部活がなければそうしたいんだがな」
「それで先生、今日のポジションは決まってます? 私、シューティングガードでもスモール、パワーフォワードでもセンターでも行けますよ!」
「相変わらずポイントカードはやりたがらないんだな」
「頭使うの苦手なものでして」
「適正はあると思うんだがな。というかどのポジションに配置しても充分使えるからコーチとしては有難いようで悩ましいんだよなぁ」
「いや~それほどでも」
「褒めてないぞ」
「それでそれでポジションは決まってます?」
「あぁ、決まってるぞ。特に河相、お前だけはな」
「どこどこどこ?」
「ベ・ン・チ」
「…………………………ベンチ。聞いたことないです。新しいポジションですか?」
「わかるだろ。今日お前、スタメンじゃないぞ」
「……うっそー!? なんでですか!? 困りますよー!」
「ばあか。大きい声では言えないが相手は万年一回戦敗退の弱小校だぞ? 近所のよしみで伝統的に慣れ合ってるだけだ。エースのお前は温存。公式試合外で怪我されちゃ困るからな」
「試合に出られないの困ります! 応援してもらう約束なんです!」
「なんだ? 彼氏か?」
「かかかか彼氏なわけないじゃないですか!」
断じて彼氏ではない。何度も身体を重ねているが決してそういう関係ではない。
「はっははは! だよな! 全青春をバスケに注いでるお前に彼氏ができたら先生嫉妬で泣いちゃうぞ?」
「先生、もっと先生らしくしてください」
「とにかく今日はお前の出番はない! ……まあ、負けそうになったら出番があるかもな。そんなこと万が一億が一もありえないがな! 負けたら先生、裸で公民館を一周しちゃうぞ!」
鏡先生は笑いながらどこかへ歩き去っていく。
「うーん、困ったことになったな……出番なくなったって伝えようかな。伝えたら伝えたできっとがっかりするだろうな……」
頭を抱えているとバッグからスマートフォンの着信音。
正行からのメッセージが届いていた。
「お、おう……もう到着してる……」
自由時間はあと十五分残っている。事情を話しに彼がいる入口へと向かった。
狭い入り口でマスク姿の大人たちで混雑している。
目を凝らして彼の姿を探す。
「いない……どこだ……」
すると突然両脇腹にくすぐったい感触。
「ひゃああ!?」
「バスケウェアでしたっけ。いい肌触りですね」
背後からくすぐってきた犯人は上段正行だった。
「も~、あんまり女性をからかわないの」
「佳子さんの反応がかわいいからつい……なので僕は無罪です」
ニコニコと楽しそうに笑う正行。
せっかく応援しに来てくれたのに、出番がないと伝えるのは心苦しい。
(でも……ちゃんと話さないとだよね)
誠実さを優先する。
「あのね、実は今日」
「あっれれ~~! マイケルきゅんだ~!!」
突然上がる女子の甲高い声。
背の低いギャルが正行にタックルのように抱きつく。
「やあ、山田さん。こんなところで奇遇ですね」
突然の不意打ちにも笑顔を崩さない女性の味方。
「やだ~マイケルく~ん。私との仲じゃな~い。下の名前で呼んでよ~」
「あの……この子は……?」
「クラスメイトの山田さんです」
「だから下の名前で呼んでって~もう~照れちゃって~! それにもう忘れたの? ただのクラスメイトじゃないでしょ? 男と女の関係でしょ」
「元ですよ。とっくの昔に終わった関係です」
「私は今でも思い出すわ~。あの時のファーストキスの味」
「キ……!?」
「それでどうして山田さんはここに?」
佳子が動揺しているうちに正行は素早く話題を変える。
「クソババ……ママがたまにはお姉ちゃんの試合を応援しろって無理やり……お姉ちゃんの応援をしにきに」
「山田……ああ、マホちゃんの妹さん」
「誰よ、あんた」
女相手には露骨に声が低くなる山田妹。
「……マホちゃんのチームメイトの河相佳子です」
「河相……どこかで聞いたことがあるような」
「山田さん、クラスメイトに河相球児君いるでしょう? 彼のお姉さんでもあるんだよ」
「あー! 球児君のお姉さま! 似てると思ったー!」
「あはは……そりゃどうも」
山田妹に気圧されているうちに自由時間は終わってしまう。
体育館で集合の合図である笛が鳴る。
「それじゃあもう行かないとだから」
手を振って別れを告げる佳子。
「マイケル君、一緒に応援しましょ~。ここ公民館のくせに二階にちょっとした観客席があるんだって~」
正行はずるずると引きずられながらも、
「佳子さん! さっき何か言いかけてませんでしたか!?」
そう問いかけた。
それに対し佳子は、
「ううん、なんでもない。楽しんでいってね、マイケル君」
「マイケ……佳子さん!」
彼の呼びかけを無視して体育館へと向かう。
(あれ……どうしたんだろ、私……)
温まっていたはずの心と体が冷えていくのを感じた。
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