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初めてのデート編

ナンパにご注意

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「起きてください。着きましたよ」
「ん、ん……あれ、私寝てた?」
「はい、ぐっすり。目覚めたままにして夢のような体験ですが……運転手さんが困り果ててるのでそろそろ行きましょう」
「う、うん……って私、正行君の肩を枕代わりにしてた!? ごめんね!」
「いえいえ、むしろお礼を言いたいくらいです。とても可愛らしい寝顔を写真に収められたので」

 スマートフォンを片手にニコニコと笑う。

「消して! 今すぐ消して!」
「はあい、まずはバスを降りますよ~」

 二人が降り立った場所は市内数ある中でも小さな商店街。

「ここ、前まではシャッター街だったのに人通りがあるね……」
「ええ、地域活性化で若手のデザイナーさんがこぞって出店してるんです。きっと佳子さんが気に入るものも見つかるはずですよ」
「そっか……ちょっと楽しみ……」
「喜んでくれて何よりです」

 こうして二人は商店街を隅から隅まで歩き回る。
 歩き疲れ、先にベンチに座ったのは佳子だった。

「はあ~、つかれた~」

 単純な運動なら疲れを感じない体力馬鹿の彼女だが、今回は少し事情が違う。

「店員さん、結構ぐいぐい来るね……」

 プレッシャーを感じる中でのサンダル選び。肩こりとは無縁のはずが今は緊張でまだずしんと重い。
 どんなに下らない質問にも懇切丁寧に答えてくれる。あまりに親切なために「なんだか買わなくちゃいけない気がしてきた……」という気持ちになるがそのたびに正行が自然な流れで撤退させてくれた。

「商売熱心な方たちばかりでしたね。品物もどれも素晴らしいものばかりでした。それで佳子さんは気に入ったものはありましたか」
「うん、まあ……気に入ったというか気になってるというか……」
「それでしたら一度休憩してからそのお店に行きましょう」
「休憩? そんな体力だけが取り柄の私に」

 立ち上がろうとすると両肩を掴まれ、ぐっと抑え込まれる。
 目の前に真剣な表情の正行がいた。

「いいえ。休みましょう。たぶん佳子さんは寝不足です。その原因は僕にありますので」
「寝不足? 確かに正行君にも責任あるかもだけどそれは私にも……」
「何か言いましたか?」
「いえ、なにも!」

 佳子は全力で隠す。

(物足りなくてあの後オナニーしてましたなんて言えない……それも正行君をオカズなんてなおさら)

 正行は首を傾げながらも、

「近くにおいしいソフトクリーム屋さんがあるんです。少しの間、ここで待っててくださいね」
「あはは、ほんと気が利く子だな……」

 年下なのに感心させられてばかりだ。
 店員との会話でわからない単語があれば横からさりげなくわかる表現で説明してくれるし、廻った店の情報も事前にリサーチをしている節すら見える。

「……きっと買ってきてくれるソフトクリームも私の好きなイチゴ味なんだろうな」

 佳子さんの好きなイチゴ味を買ってきましたよ。
 そんなドヤ顔の彼を楽しみに待っていると、

「そこのきれいなお姉さん♪ いま暇してる?」

 スキンヘッドの大男が不躾に佳子の隣に座る。

「えっと……」

 唐突なことに上手く対処ができない。
 知らない人に話しかけられたらすぐに逃げるのがセオリー。
 すぐに立ち上がり走り去らないといけないとわかりながらも座る位置をずらすに留まる。
 未知の脅威は何をするか分からない。下手に刺激したらもっと怖い目に遭うと思い込んでしまい身体が言うことを聞かない。

「そのワンピース、かわいいね? どこで買ったの?」

 離れてもなお馴れ馴れしく近づく見知らぬ男。
 目に来る香水の香り。心を潰すような大声。
 側に座られるだけで威圧感を、身の危険を感じさせる。

「えと、これは……ごめんなさい!」

 逃げようとベンチから立ち上がった。
 しかし男は逃がすまいと佳子の手首を掴んだ。

「俺この商店街の美容院で見習いしてるんですよ! フロムダウンタウンと聞けばわかるでしょう!」
「あの、ぃた……!」

 小さな悲鳴に男は気づかない。

「お姉さんすごく綺麗だからサービスしますよ!」

 世辞を言われても全く心に響かない。
 声を発するたびに恐怖の沼に引きずり込まれる。
 自分の手には負えない。
 助けを求める。危機的状況下で最も頼りになる男の名前を呼ぶ。

「たすけ、て……正行、君……!」

 何とか絞り出した震えた小さな声。
 その声、願い、祈りが届いたか。

「佳子さんから!!!! 離れろ!!!!」

 遠くから駆け付けた正行がソフトクリームを投げながら吠える。
 投げられたソフトクリームは二個。一個は男の顔に、一個は上着のシャツに着弾した。
 当たっても大したダメージは得られないのだが、

「うおおおおお!! 俺のシャツが!!! 5万円した俺のシャツが!!!」

 顔に受けたダメージよりもシャツを汚された精神的なダメージが大きかった。
 その隙に佳子は逃げ出し、正行の後ろに隠れる。

「ごめんなさい、僕が付いていながら」
「そ、それよりも、男の人怒らせちゃったよ?」

 スキンヘッドが茹でたこのように真っ赤に染まる。

「おい、くそがき! よくも俺のシャツにソフトクリームぶつけてくれたな! どうしてくれるんだ!」

 大量の唾を飛ばして怒鳴る。その剣幕は凄まじく大人の通行人ですら怯み仲裁を躊躇う。
 子供なら泣いて許しを請う。もしくは一人だけでも逃げ出してしまうほど。
 しかし正行は違う。

「あなたこそどうしてくれるんだ! 佳子さんに怪我をさせたら! 僕はあなたを一生許さないぞ!!」

 恐れずに立ち向かう。
 後ろには愛する女性がいる。
 逃げずに引かずに、背は同等じゃなくても声量は負けないほど大きい。
 頼もしい後ろ姿に佳子は胸の高鳴りを抑えられない。

「正行君……」

 正行は頼もしいほど勇気がある。
 勇気がありすぎて、
「そもそも怯えてるのがわからないの!? そんなこともわからないようじゃ、あなた絶対にモテないでしょう!?」
「正行君!?」
 
 火に油を注いでしまう。

「こ、このガキ……! 今は俺がモテないことは関係ないだろ!」

 男の顔は茹でだこではなく、鬼のように真っ赤になった。
 正行はそれでも引こうとしない。
 佳子は逆に血の気が引く。
 殴り合いの喧嘩が始まる。そう予感した時、

「いや、どう考えてもお前が悪い」

 スパァン!
 大男のスキンヘッドを小気味いい音を立てて叩く、唐突に現れたリーゼントの男。

「いてて……なにすんすか、ダンクさん!」
「なにしてるのか、わからないか?」
「……はい」

 スパァン!
 スキンヘッドの男はもう一度叩かれる。

「いってぇ……」

 痛みに耐え切れず、しゃがみ込む。

「出来の悪い弟子を折檻してんだ。カットモデルを探してこいとは言ったが無理やり連れてこいと言ったつもりはない。いいか、スタイリストが一番大事にしないといけないのは腕や道具じゃねえ、信頼関係を築くことだ。俺たちはお客様に刃物を突き立てて飯食わなくちゃいけない。ちっとでも怯えさせちゃあいけねえんだよ。覚えておけ」

 ダンクと呼ばれた男の説教は弟子の心を強く響いたようで、

「はい、すみやせんした!」

 大泣きして頭を下げる。

「不肖虎前倫太朗! お詫びして頭を剃ります!」
「いや、もう剃ってるだろ……」
「はっ! そうでした!」

 漫才に区切りが付いたところを見図り、

「あのぉ……そろそろ帰ってもいいですか……? 帰ってもいいですよね?」

 佳子は一刻もこの場から立ち去りたいことを告げる。

「ああ、すみません。できるならほんの数分お時間いただけないでしょうか?」
「え?」

 ダンクはリーゼントを揺らしながら頭を下げる。

「弟子の不始末は俺の不始末。怖がらせてしまい大変申し訳ありませんでした。お詫びとして俺も頭を剃ります」
「お、俺もすみませんでした!」

 大の大人二人が畏まって揃って頭を下げる。

「いえいえ! いらないです! 見るからに魂がこもってそうなリーゼントを剃るなんてもったいないです! こっちもソフトクリームぶつけましたしお互い様ですよ」
「僕のソフトクリームは正当防衛で悪くないですよ」
「こら! 話がまとまりそうなのに話をこじらせない!」
「だって佳子さんを怖い目に合わせたんですよ!」
「それはほら、正行君が駆け付けてくれたからもういいっていうか」
「大事なのは佳子さんの心ですよ?」
「うぅん、それじゃあ……やっぱ素直に謝ってくれたから許しちゃうかも。丸坊主にして反省なんて時代錯誤甚だしいし」
「……佳子さんが……そういうなら」

 正行はしぶしぶ承諾する。

「心が広いお嬢さんに感謝です。あの良ければこれを……」
「これは?」

 サイン付きの名刺だった。

「それで一年無料パスになります。何度来ていただいても無料でセットします。シャンプーだけでも結構ですので」
「えぇ、いいんですか!?」
「どうぞどうぞ。そして兄ちゃんにはこっちを」

 サイン付きの名刺に比べればあまりに夢のない、生々しい、現金一万円札。

「ソフトクリームの弁償です。これで足りるでしょう」
「……いらない」
「え?」
「なんかお年玉を貰う子供みたいで嫌」
「よろしいので?」
「佳子さんが納得してるならそれでいいです。もう怒ってませんから」
「さようですか」
「あ、でも」
「でも?」
「佳子さんの髪のセットをしくじったら、その時は本当に許しませんからね」





 立ち去る二人の若い男女を見送りながら、

「お前、カットモデル探しに乗じてナンパしようとしてただろ」
「ダンクさん!? なんでそれを!?」

 スパァン!

「いったぁ! 何度も叩かないでください! 毛根が死んじゃう!」
「一流の馬鹿野郎だな、お前は……いいか? あの娘はああ見えて……」

 ダンクは真実を伝える。

「ええええ!? そうだったの!? 大人っぽく見えたからつい!」
「まあそう見えるのはしょうがねえ。いい男がすぐ側にいたら、いい女になるわな」

 手をつないで歩く初々しい若者を見て、満足げに頷くダンクであった。




「聞こえましたか? 大人っぽいですってよ」

 弟子の大声は去る二人の耳にも届いていた。

「あはは、正行君に見繕ってもらったおかげだよ」
「謙遜しないでください。それだけ佳子さんは魅力的だってことですよ」
「……ねえ、正行君。ソフトクリーム屋さんの前にちょっと寄りたいところあるけどいいかな?」
「ええ、いいですけど……?」

 そしてたどり着いたのは人気のない路地裏。

「ここに隠れ家的なお店があるんですか?」

 次の瞬間、正行は佳子に包まれる。
 ふわりと広がる香り。温かく柔らかな肌の感触。そして早すぎる心臓の鼓動。

「……こわかった」

 震えた声で吐露する。
 心臓の鼓動の理由が愛や恋ではないとわかった正行はすぐに夢見心地から覚めて自分の不甲斐なさを嫌悪する。

「ごめんなさい、僕がいながら怖い目に合わせてしまって」
「ほんとだよ……こわかった……正行君がいなくてどんな心細かったか、私は正行君なしじゃ生きていけないんだよ、わかんないでしょ」
「ごめんなさい……ほんとに……ごめんなさい」
「……ばか」

 ぽつり。
 コンクリートの地面に一滴の水滴。
 これは佳子の涙ではない。
 先程までの青空が嘘かのように灰黒い雲が覆っていた。
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