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お泊り会編

誕生日プレゼント

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「姉ちゃん、誕生日おめでとー!!!」
「お姉さん、お誕生日おめでとうございます」
「佳子さん、ハッピーバースデーです」

 球児、神戸、正行の掛け声に合わせて佳子はローソクの火を吹き消した。
 室内は真っ暗になる。

「それじゃ明かりつけますね」

 正行がリモコンを操作して部屋の明かりを灯す。
 今日は佳子誕生日前夜祭兼お泊り会。佳子の部屋で行われている。
 四人は中心に苺のホールケーキが置かれたちゃぶ台を囲う。
 佳子の右には球児、左には正行。正面には神戸が座る。

「それじゃあ今から切り分けるよー……ってあれ、ナイフは?」
「あ、僕が切り分けます。佳子さんは主役なんだから座ってて下さい」

 先行して正行がナイフを持っていた。

「相変わらずの気の配りよう……年上の立つ瀬がない」
「心配ないぞ、姉ちゃん! この場で誰よりも年食ってるんだから誰よりも年上だぞ!」
「ありがとう、球児。一見けなしてるけどフォローしてくれてるんだよね?」

 テーブルに手を着き前のめりになる、元気いっぱいの球児。
 フルネームは河相球児。佳子の実の弟。元気があり余り、勉強がそこそこなのは姉にそっくり。バスケットボールは今年始めたばかりで経験は浅いが持ち前の体力でコートを駆け巡る。ただし器用さを要するテクニックは苦手でありドリブルも習得にまで時間がかかった。最近になりフローターシュートが入るようになった。

「あ、マイケル君。僕のは少なめでいいよ」
「遠慮しなくてどんどん食べていいんだよ、コービー君」
「いえ……その……生クリームがちょっと苦手でして……」

 オレンジジュースが入ったコップを両手で持ち、ぴんと背筋を伸ばした大人しめのコービー。
 本名は神戸万羽。球児のクラスメイト。友達の部屋なのに一切くつろぐ素振りを見せずに正座を崩さない、生真面目な性格をしている。古い家柄であり様々な習い事を受けている。習字、剣道、ピアノ等々。その習い事の中でも一番のお気に入りがバスケットボール。三人の中では最も経験が長く、最も上手い。

「それなら僕の分の苺を食べる? 酸っぱいのちょっと苦手なんだ」
「あぁ、それだったら……貰おうかな。ありがとう、マイケル君」

 気配り上手の笑顔のマイケル。
 本名は上段正行。彼もまた球児のクラスメイトであり、神戸とは幼稚園からの幼馴染。膝立ちになってケーキを切り分け、各々に配っていく。
 バスケットボールの経験は球児よりも少し早い程度。基礎体力は二人に劣るがここぞという場面で彼の持ち前の器用さが光る。シュートよりもパスが、攻撃よりも守備が得意。

「仲良く交換して……本当に仲がいいんだから、コービー君と正行君は」

 微笑ましい光景に佳子の気が緩む。
 球児と神戸の視線が彼女に集まる。

「ん? どうしたの? 顔にクリームついてる?」
「いや……その……なんでもないです」

 神戸は引き下がったが、

「あれ、姉ちゃん、今日はマイケル呼びじゃないの?」

 球児は容赦なくぶっこむ。

「え、あ、これは……」

 あの一件以来、うっかり呼び方を戻し忘れてしまった。
 上手い誤魔化しが浮かばない佳子に代わり、正行が返答する。

「別に呼び方が変わるくらい良いじゃないですか。呼び方が変わっても佳子さんと僕はこれまでもこれからもずっと仲良しですよ?」
「そうか? じゃあ別に喧嘩したとかそういうわけじゃないんだな?」

 無垢で純粋な瞳が佳子を襲う。

「そうだね……喧嘩は……してないよ。喧嘩は」

 喧嘩はしていない。嘘はついていない。喧嘩よりもすごいことをしただけだ。

「そっかー。仲良しならいいんだ」
「そうだよ、仲良し仲良し」

 正行は上手く誤魔化せたとほっとしてオレンジジュースを口に含む。

「なんかな、この間、姉ちゃんの制服からマイケルの匂いがしてな、もしかして取っ組み合いの喧嘩したんじゃないかって心配だったんだよー」
「ブッフ」

 口に含んだばかりのオレンジジュースを吹き出す。

「どうした、マイケル!? 毒か!? 毒が入ってたのか!?」
「毒は入ってない。いやちょっと気管に入っただけさ、ははは……」
「というか球児! またお姉ちゃんの制服をくんかくんかしたな!?」
「だって姉ちゃんの匂い、すごく落ち着くんだもん……」
「子供のころから使ってるタオルケットじゃないんだから! いい加減卒業しなさい!」
「やだ! 絶対にやだ! やだったらやだ! やだと心に決めている!」
「頑なな決意!? もうこうなったらクローゼットに鍵でもDIYしようかな……」
「ははは、それでも球児の愛が上回りそうな気がしますが……」
「怖いこと言わないでよ……」

 一同、どっと笑いあう。
 なぜ佳子の制服から正行の匂いがしたかはその後話題に上がることはなかった。

 ケーキが半分テーブルが消えかかった頃、

「二人とも、そろそろお披露目でいいんじゃないかな」

 正行が二人の顔を見る。

「そうだね。そろそろ頃合いかもね」

 神戸が頷き、

「お披露目? なんのことだ?」

 球児が口元にクリームいっぱい付けて首を傾げる。

「買ったでしょう? お姉さんへの誕生日プレゼント」
「あぁ、あれか! 忘れてたぜ!」
「もう球児君ってば……」

 三人は一旦球児の部屋に行き、プレゼントを持って戻ってくる。

「姉ちゃん」
「改めて」
「誕生日」
「「「おめでとう!!!」」」

 プレゼントは佳子にとって驚きの物だった。

「わあ、きれい! 三人が選んでくれたの!?」

 それは純白のタンクトップワンピース、麦わら帽子、麦編みのショルダーバッグだった。

「すごい、すごい、すごーい! これ本当にもらっていいの!?」
「当然です。佳子さんのために用意したんですから」
「喜んでくれたら……嬉しいです……」
「この三点セットな、みんなでそれぞれ買ってきたんだぞ! どれが一番嬉しい!?」
「えぇ~? どれももらって嬉しいんだけど~?」
「なあなあ! どれどれ!」

 球児の圧に押され、佳子は悩みながら答える。

「それじゃあこの……ショルダーバッグかな。あんまりこういうの買ったことないから、ちょっと嬉しいかも」
「あ……それ、僕の……」

 そう言って手を挙げたのは神戸だった。

「あぁ、コービー君? コービー君が選んでくれたんだ、意外~」
「僕、女性へのプレゼント初めてだったから……その……嬉しいです」
「ありがとう、大切にするね」
「なあなあ姉ちゃん! 俺が選んだ麦わら帽子も大切にしてくれよな! 熱中症対策大事だぞ!」
「球児はお姉ちゃんの体を気遣ってくれたんだね、ありがとう」

 残ったのは、

「じゃあワンピースを買ってくれたのは」
「ええ、まあ……僕になりますね」

 正行が少し大人しい。

「高かったんじゃない? なんか申し訳ないというか、着るのが勿体ないというか……」
「あ、お気に召さなかったなら無理して着なくてもいいんですよ? そんなに見た目ほど高くないのでぜんぜん気にしないでください」
「いや着ないとは別に言ってないけど」
「もうちょっと考えてから買うべきでした。もう夏は終わりを迎えてますし、袖があったほうが良かったかもしれません」
「涼しくなっても着るよ? 来年も着るだろうし」
「佳子さんは成長期です。来年も着れるとは限りません」
「ねえ、正行君。なんかいつもと雰囲気が違うよ?」
「あ、わかります? ちょっとトイレ行きたかったんです。ごめんなさい、なかなか言い出せなくて」

 そそくさと退室する正行。
 入れ替わりで佳子と球児の母親がやってくる。

「あなたたち、いつまで騒いでるの。さっさとお風呂に入って歯磨きして寝なさい。明日朝早くにはコービー君帰らなくちゃいけないんでしょう?」
「母ちゃん! 祭りはまだまだこれからだぜ!」
「そう、そんなに元気があるなら塾の合宿、もう一日延長しようかしら」
「と思ったけどなんかすっごく眠くなってきた! 今日はお閉まりだな!」
「球児君。それを言うならお開きだよ」

 母親を含めて笑いが生まれる。
 佳子だけは心の底から笑えなかった。正行のことが少し気がかりだった。
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