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竜宮家の御役目

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「えいっ! えいっ! えいっ!」

 気合いの入った、やや舌足らずの掛け声が城内をこだまする。
 声の主は若き日の乙姫。日課の正拳突きの最中。帯解きの儀を経てから拳法の修行を始めていた。

「そうです、そうです、乙姫様。なかなか筋がよろしい」

 そう言うのは若き日のばあや。顔のシワが少なく、腰も曲がっていない。

「これはすぐに私を追い越されますな~」

 空手の修行と言っても六歳の時点ではまだ本格的な段階には至っていない。そのため、ばあやの言葉は甘々であり指導というよりもお世辞。孫を甘やかす好々婆そのもの。

「ほんと!?」

 まんまと騙される乙姫。
 彼女は生まれ持っての愛想で皆から可愛がられ、愛を注がれて育った。
 それゆえに純粋に育った。純粋に育ちすぎた。嘘や悪を知らない、疑うことを知らない危うい子に成長してしまった。そして誰もがそれをよしとした。

「ええ、ほんとですじゃほんとですじゃ」

 ばあやは存分に甘やかす。

「じゃあお母さまにもすぐに追いつける!?」
「……それはどうですかねえ」

 譲れない一線。それほどまでに乙姫の母、甲姫は強かった。

「えー! お母さまに追いつけないの! じゃあもう修行やめる!」
「こら、冗談でもそんなことは言ってはなりません。姫様は竜宮家の血を引く者。将来島の守護を担うお方なのですぞ」
「でもでも、浦島だって空手の修行やってないじゃん!」
「あやつはいいのです。いや本当は良くはないのですが……まったく、拳よりも剣のほうが強いだのと生意気を言いよって……しかしまあ筋がいいから剣に専念するのは間違ってはいませんがばあやとしては複雑……」
「ばあや、疲れた。今日はもう終わりでいい?」
「疲れたのなら休憩にしましょう。続きはそれからでも」
「えー!」
「……ここに冷えた甘酒があります。続きをすると約束してくれた時のみ飲んでもよろしい」
「じゃあ続きやる!」
「はっははは、素直でよろしい」

 乙姫が甘酒を飲んでいると門から腰に帯刀したいかつい男が入ってくる。

「御免」

 彼の名は鶴野サンマ。竜宮家からさまざまな仕事を任される武家の人間。元は海向こうの人間だったが竜宮家との縁があり島に移り住み着いた。島の出身者でなくても信頼を勝ち取れば出世し重役を担えるのはこの島の長所である。
 そしてサンマの後ろに付き添う小さな老婆がさよりだった。

「あ、さよいだー! さよいー!」

 乙姫は姿を見ると甘酒を持ったまま駆け寄る。
 彼女はさよりによく懐いていた。なぜ懐いていたかは本人にもわからない。恐らくはさよりの雰囲気が優しかったからかもしれない。

「あら、乙姫様。こんにちは」
「こんにちは! ねえ遊ぼ遊ぼ! 何する何する!」
「大変申し訳ありません。今日は付き合える時間がないのです」
「……遊んでくれたら甘酒あげるよ?」
「お気持ちだけ受け取っておきますね」
「やだーやだー! さよりと遊びたいー!」
「まあまあ困りましたね……」

 駄々をこねる乙姫。おろおろするさより。

「良い。許す」

 そう言ったのはサンマだった。

「よろしいのですか?」
「二度も言わすな。俺はただ主君と話してくるだけだ。召使いであるお前がいる必要はない」
「……そうですか。それならばお言葉に甘えて。ですがくれぐれも無理はなさらないでくださいね」
「召使いのお前に言われるまでもない」

 怒鳴り寸前の言葉を発す。
 そして小さな乙姫を見下ろして、

「……こんな時に甘酒か」

 睨んで立ち去る。
 睨まれた当の本人はというと、

「……」

 何が起きたかまるでわかっていなかった。
 さよりはパンパンと手を叩く。

「さあさあ、乙姫様。お許しを得たので遊ぶとしましょう。今日は何して遊びます」
「やたー! えとね、えとね!」
「いけませんぞー! まだ修行が残っておりますじゃろー!」

 ばあやが飛んでくる。

「やだー、さよりと遊ぶー!」
「ワガママを言うんじゃありませんじゃ!」
「や、やだ、やだ、さよりと、さよりと」

 ぐずり始める乙姫。
 さよりはささっと側に寄ると、

「そうだ、乙姫様。練習する立派なお姿を見せてはくれませんか」
「うん、いいよー! こうだよ、えいっ! えいっ!」

 途端機嫌を直して正拳突きを始める。

「……やれやれ、姫様の扱いに関してはさより殿には及びませぬな」
「お力になれたようで何よりでございます」

 老婆二人は素直でまっすぐな少女の姿に目を細める。
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