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竜之助の要求

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「なにからなにまですまないな、竜之助よ」

 ばあやを竜の間から引いた後、改めて二人きりで今後の話を進める。

「別に気にはしてねえよ。この通り両目はばっちりとお姫さんのお顔が見えてるんだ」

 両目の瞼を指で押し広げる。ぎょろりと目玉が動く。
 乙姫は線の細い微笑みを見せる。

「……少しは恨み節を吐いたらどうだ。それともお前は怒りの感情を忘れてしまったのか?」
「まあ、そうだな。目覚めてから今に至るまで理不尽で散々な目にあっている。泣きっ面に蜂、くらげ、蛇といった具合だ」

 わかってはいたものの事実を述べられ、乙姫は顔を伏せる。領民の無礼は当主の無礼。数え切れないほどの無礼を働きながら命を賭けて戦えと。従わなければ牢屋に閉じ込めるなど。
 未熟で繊細で優しすぎる彼女は罵られて同然とわかっていながらも辛いと顔に出してしまう。

「だけどよ」

 竜之助は説教を続ける。

「服を恵んでくれただけでなく美味い飯も馳走されたのも事実だ。それに島外であったことに比べりゃ、こんくらい屁の河童さ」
「島中から糾弾されてなお平気と申すか……お前はどれだけの苦労をしてきたんだ……」

 乙姫は本気で竜之助の身を案じる。用心棒だからではなく、エビス様だからではなく、一人の人間として。利害関係の勘定抜きで心を寄り添う。

(……苦手なんだよな、こういう湿っぽいの)

 竜之助はぽりぽりと無精ひげを掻く。

「……ま、これも全部、より多くの女を抱くためですけどね!」
「お前という男は……やはり最終的にはそこに行きつくのだな」
「俺のことがよくわかってきたようで。これで一から十まで知ったようなもんですよ」
「煩悩で埋め尽くされているのか、お前は」
「その通りでございますとしか言いようがないな」
「……困ったな。それでは屋敷や仕官に興味はないのだな」
「成功報酬の話か?」
「ああ、そうだ。島の守護を果たした時、お前に褒美をやらなくてはならない。普通なら屋敷が手に入るだけでも喜ぶと思うがお前はどうなんだ?」
「そうですね……豪華絢爛な寝室で妻だけでなく側室、侍女を侍らせて毎晩違う女を抱く生活も悪くはねえですけどね……俺の性格だと三日で飽きそうだな」
「なんでも望むといい。竜宮家の名にかけて必ず用意してみせよう」
「必ず……ね……」

 同じ謳い文句を聞いたことがある。

『近くの山が賊の根城になってしまった。それも噂によると夜な夜な山を下りて来ては女を攫って行くという。そこで〇〇〇。お前にこれの討伐を頼みたい。剣の腕に覚えがあるのだろう? 報酬か? なに気にするな。何でも望むといい。そうだ、私の娘なんかどうだ? 年が近いし気が合っていた様子ではなかったか。父親である私が口添えしてやってもいいぞ』
『〇〇〇様……どうかお願いです。賊を退治していただけないでしょうか。私、怖くて怖くて夜も眠れぬのです。もしも成功した暁には、私は〇〇〇様と……』

 矢が貫通したかのような鈍痛が頭を襲う。

「くっ……」

 汗が溢れ、無精ひげに集まっていく。

「どうした、竜之助。具合が悪いのか。病気があるなら早々に話せ。医者はいないが常備薬はあるぞ」
「……いや、大丈夫だ。久々に腹いっぱい食ったから身体が驚いちまったんだろう」

 目の前の麗しい女性はあいつらとは違う。
 このお方は外見だけでなく内面も美しい。
 自分とは正反対の人間。
 汚さぬよう距離を置かなくてはならない。

「……それよりもだ、姫さん。報酬はなんでもいいんだな」
「お、なんだ? 思い付いたのか? いいぞ、遠慮なく申せ」

 竜之助は油断しきった乙姫に顔を近づける。

「報酬は姫さんの純潔ではどうだろうか」
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