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南か北か

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 とある島国の話。色彩豊かな四季、肥沃な土地に恵まれながらも真面目で仕事熱心な民族が暮らしていた。
 四方を海に囲まれていたために国を揺るがすような異民族からの大規模な侵略はなかったものの、たびたび国政の主導権を握るために同じ民族同士での内乱が起きていた。

 その中でも大規模な戦争が二つ。

 一つ目が龍虎の乱。龍の一族、虎の一族の二大棟梁がどちらが帝に相応しいか全国各地で合戦を繰り広げた。
 結果は虎の氏族の辛勝。帝の側で政務を執り行うこととなった。
 なお龍の氏族は負けはしたものの都から離れることを条件に存続を許された。都の外であれば虎の氏族と婚姻を結ぶことも普通であった。

 二つ目が南北の乱。帝の家系が南と北の二つに分裂。仕えていた虎の氏族まで二分してしまい、混乱は全国各地までに広がってしまう。各地の守護は南か、北か、どちらかに与さないといけなかった。戦乱の規模、期間は龍虎の乱を遥かに上回った。複雑な血縁や利害関係で良好な関係を保っていた隣国同士が、虎の氏族同士が戦い、滅ぼすことも珍しくはなかった。

 戦乱は南側が終始圧倒していたが勝利を目前した時に内紛が発生。権力に目がくらみ壮大な足の引っ張り合いを繰り広げ、有力な武人が毒殺されるなどして一気に戦力を失ってしまう。

 北側も最高権力者が戦中に倒れるなどしたが素早く代替わりを済ませ、戦力を立て直した。戦力差で圧倒していたが戦争は避けて和平を迫った。国が乱れると妖が跋扈する。和平後の先を見据えての決断だった。
 南側が折れる形で南北合一を果たした。
 しかし混乱はなおも続いている。賊や妖の跋扈だ。
 そこで新政府は治安維持のために、また従属の意思を問うために各地域の権力者を呼び寄せて守護を任せている。


 ◇


「貴様は南か? 北か?」

 竜之助の手がピタリと止まった。

「……俺は一度も仕官はしたことがない。戦乱中だってどちらに与したことも」
「聞こえんかったか? 貴様は南か? 北か?」
「……」

 無精ひげを力任せにガリガリ掻いた後に答える。

「……どちらかというなら、南だ」
「そうか、そうか、そうじゃったか」

 ばあやは笑顔を浮かべる。
 その反応を見て竜之助はほっとするのも束の間、

「竜宮家は北だ」

 ばあやの膝の上の握りこぶしが手刀に変わる。

「竜宮拳法、波風」

 太刀を振るった時のような風切り音が竜之助の眼前を通過した。
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