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はじめての作曲依頼
英雄の終わり 了
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明朝。
マシューと管理者は隊を率いて森の中を進んでいた。
耳の奥では今も大砲が鳴っているよう。頭を払えばフケのように土埃が永遠に舞う。
疲れが残っているがやらなくてはいけない仕事があった。
管理者が大声を上げる。
「運のいい生き残りたちよ! 隠れていないで出てくると良い! 我々はドナタ・ソナタ軍! エルフも敵兵士も関係なく、命を保証する!」
マシューの隣にはハーフエルフがいた。村に取り残された老婆だ。
「聞こえただろう、エルフとエルフとエルフ。見捨てられたハーフエルフの私がこうして生きながらえている。怪我もしていない。安心して出てきなさい」
そう、右の藪に話しかける。
しばらく待っていると、
「駄目……出られない……」
女性の小さな声が返ってきた。
「一週間、ずっと何も着ていないの……下着も……」
老婆の顔にシワが増える。
「マシュー様。お願いがあるのですが」
マシューは即答する。
「心得た。誰か布を持っていないか。なるべく上等なものを」
数名のエルフを保護した後に、開けた場所にたどり着く。
「マシュー様。お待ちしておりました」
マシュー隊よりも先に進んでいた斥候と合流する。
「生き残りはいたか」
「くまなく探しましたがいません。死体が転がっているだけです」
敵軍は全滅。数刻まで野営だった土地は焼き畑よりも黒焦げで、木か人かも区別のつかない炭が転がっている。
「ご苦労だった。休んだのちに周辺に生き残りがいないか探ってくれ」
「追撃はよろしいのですか」
「我々の使命は敵のせん滅ではない。国土とエルフの守護だ」
「仰る通りでございました。失礼をば」
「……それに、疲れることはしたくないだろう」
「……ふふ、そうですね」
斥候は笑みをこぼし姿を消した。
マシューは黒焦げの土地を踏む。
「エルフ君! エルフ君はいるかね!」
隠れられるような場所はない。
それでも風に乗って聞こえるかもしれないし、土の中から聞こえてくるかもしれないし、片耳を澄ます。
ここにいなければそれでもいい。森にこっそりと隠れているのならそれでもいい。何かを思い立ち、手紙も残さずに旅に出たのならそれでもいい。
必死に探す上官を、管理者は止めようとする。
「マシュー様。恐らく彼はもう……最期に立派に使命を果たしたのです」
「……私は認めないぞ。最期などあってたまるものか。彼はまだ若い。これから多くの祝福を得る人生を送るべきなんだ」
「……慰めにはなりませんが、ああ見えて彼は五十歳です」
管理者の言葉はマシューに届いていなかった。彼は闇雲に光を探す。
「人間から見ればもう充分に生きたと思う他ありません」
届いていないとわかっていても語りかける。自分の心を慰めるためにも。
「それは違うよ……」
ハーフエルフの老婆が管理者に話しかける。
「ミセス。何が違うのですか」
「あなたたちが探してる子のことさ」
老婆は話す。本人も隠していた真実を。
「あの子はハーフエルフと人間の間に生まれたクォーター。耳はああだが、肉体の成長速度は人間と変わらない。あの子は見た目通りの年齢だよ」
「ば、馬鹿な!? ではなぜ年齢を偽った!!」
「狩りや採集をするためだ。50歳にならないと村を離れてはいけないと掟で決まっている。彼は身寄りがなかったからね、毎日恵んでもらえるとは限らない。生きるためにはそうするしかなかったんだよ」
「……なにがそうするしかなかっただ……ふざけるなよ、クソエルフ……! お前らなんかのために、あやつは犠牲に……!」
管理者は本気で怒り、嘆いた。
マシューは光を探していた。
見逃してはならぬ。消してはならぬ。
似た者同士だと思った。常に何かに縛り付けられ、痛めつけられていた。
だけど根本的な部分で決定的に徹底的に異なっていた。
恭順と抵抗。
似て非なるもの。いや似てなどいない。光と影くらい全く異なっていた。
そう、光なしには生きていけない影だ。
生き物の罪があって、ようやく必要とされる影。
偉そうに威張っているがそうしないと価値がないとバレてしまう。だから嘘に嘘を重ねる。結果的に多くの人を騙してきた。
前に出てはいけない影。何も言わずに黙って踏まれるだけの影。
だけど影は光を見つけた。見つけてしまった。
煤の中で埋もれる、求め焦がれなければ見落としてしまう微かな光。
「……くっ」
影が光に触れていいのだろうか。
数々の光を飲み込んできた影が、今更小さな影をすくいだそうとしている。
果たして許される行いだろうか。
ぶわっと涙が浮かぶ。
「だが、しかし……!」
身体は動いていた。
その手で土を掘り返す。
勘違いならそれでもいい。勘違いであってくれと祈りながら。
「僕にはできません!!」
僕は崩れ落ちる。手元の万年筆に泣きつく。
そう、僕にはできっこない。僕の下らない物語に嘘だとしても楽しみにしてくれる良い人を殺めることは出来なかった。
本当に最低だ。任務中の斥候は殺したのに、目の前の死を覚悟した人を殺せない。命の選別をしている。
谷を越えれば森とはまるで別の世界が広がっていると夢を見ていた。
出ることさえ叶えば僕も変われると信じていた。
だけど違った。
外の世界も森と変わらなかった。
帰ってきた幼馴染は村長と同じで支配を好み、マシュー様は僕と同じで束縛されていた。
なんてことだ。僕はなんて世界に生み落とされてしまったのか。
……なんて絶望はしない。
良かったと思える。種族は違えど同じ苦悩を持ち、罪に苦心し、明日を諦めきれない人に出会えた。戦いの中でしか生きられない卑劣さ、戦いの中でしか生まれない意義に挟まれながらも人を思いやり笑顔を浮かべられる強さに触れた。
光が見えた。この光は消してはならない。
僕は腕で涙を拭う。
「マシュー様。僕、やります」
僕は戦うことを決めた。自由のために。
マシューは泣き崩れた。
「ああ……!! あああああああ!!」
予感は的中してしまった。
焼け野原の中に埋もれていた小さな光。
彼はそれを拾い上げる。
泥をかぶり、熱と衝撃で曲がっていたが朝日を浴びて燦燦と照り返す。
紛れもなく、エルフが肌身離さず持っていた万年筆だった。
マシューと管理者は隊を率いて森の中を進んでいた。
耳の奥では今も大砲が鳴っているよう。頭を払えばフケのように土埃が永遠に舞う。
疲れが残っているがやらなくてはいけない仕事があった。
管理者が大声を上げる。
「運のいい生き残りたちよ! 隠れていないで出てくると良い! 我々はドナタ・ソナタ軍! エルフも敵兵士も関係なく、命を保証する!」
マシューの隣にはハーフエルフがいた。村に取り残された老婆だ。
「聞こえただろう、エルフとエルフとエルフ。見捨てられたハーフエルフの私がこうして生きながらえている。怪我もしていない。安心して出てきなさい」
そう、右の藪に話しかける。
しばらく待っていると、
「駄目……出られない……」
女性の小さな声が返ってきた。
「一週間、ずっと何も着ていないの……下着も……」
老婆の顔にシワが増える。
「マシュー様。お願いがあるのですが」
マシューは即答する。
「心得た。誰か布を持っていないか。なるべく上等なものを」
数名のエルフを保護した後に、開けた場所にたどり着く。
「マシュー様。お待ちしておりました」
マシュー隊よりも先に進んでいた斥候と合流する。
「生き残りはいたか」
「くまなく探しましたがいません。死体が転がっているだけです」
敵軍は全滅。数刻まで野営だった土地は焼き畑よりも黒焦げで、木か人かも区別のつかない炭が転がっている。
「ご苦労だった。休んだのちに周辺に生き残りがいないか探ってくれ」
「追撃はよろしいのですか」
「我々の使命は敵のせん滅ではない。国土とエルフの守護だ」
「仰る通りでございました。失礼をば」
「……それに、疲れることはしたくないだろう」
「……ふふ、そうですね」
斥候は笑みをこぼし姿を消した。
マシューは黒焦げの土地を踏む。
「エルフ君! エルフ君はいるかね!」
隠れられるような場所はない。
それでも風に乗って聞こえるかもしれないし、土の中から聞こえてくるかもしれないし、片耳を澄ます。
ここにいなければそれでもいい。森にこっそりと隠れているのならそれでもいい。何かを思い立ち、手紙も残さずに旅に出たのならそれでもいい。
必死に探す上官を、管理者は止めようとする。
「マシュー様。恐らく彼はもう……最期に立派に使命を果たしたのです」
「……私は認めないぞ。最期などあってたまるものか。彼はまだ若い。これから多くの祝福を得る人生を送るべきなんだ」
「……慰めにはなりませんが、ああ見えて彼は五十歳です」
管理者の言葉はマシューに届いていなかった。彼は闇雲に光を探す。
「人間から見ればもう充分に生きたと思う他ありません」
届いていないとわかっていても語りかける。自分の心を慰めるためにも。
「それは違うよ……」
ハーフエルフの老婆が管理者に話しかける。
「ミセス。何が違うのですか」
「あなたたちが探してる子のことさ」
老婆は話す。本人も隠していた真実を。
「あの子はハーフエルフと人間の間に生まれたクォーター。耳はああだが、肉体の成長速度は人間と変わらない。あの子は見た目通りの年齢だよ」
「ば、馬鹿な!? ではなぜ年齢を偽った!!」
「狩りや採集をするためだ。50歳にならないと村を離れてはいけないと掟で決まっている。彼は身寄りがなかったからね、毎日恵んでもらえるとは限らない。生きるためにはそうするしかなかったんだよ」
「……なにがそうするしかなかっただ……ふざけるなよ、クソエルフ……! お前らなんかのために、あやつは犠牲に……!」
管理者は本気で怒り、嘆いた。
マシューは光を探していた。
見逃してはならぬ。消してはならぬ。
似た者同士だと思った。常に何かに縛り付けられ、痛めつけられていた。
だけど根本的な部分で決定的に徹底的に異なっていた。
恭順と抵抗。
似て非なるもの。いや似てなどいない。光と影くらい全く異なっていた。
そう、光なしには生きていけない影だ。
生き物の罪があって、ようやく必要とされる影。
偉そうに威張っているがそうしないと価値がないとバレてしまう。だから嘘に嘘を重ねる。結果的に多くの人を騙してきた。
前に出てはいけない影。何も言わずに黙って踏まれるだけの影。
だけど影は光を見つけた。見つけてしまった。
煤の中で埋もれる、求め焦がれなければ見落としてしまう微かな光。
「……くっ」
影が光に触れていいのだろうか。
数々の光を飲み込んできた影が、今更小さな影をすくいだそうとしている。
果たして許される行いだろうか。
ぶわっと涙が浮かぶ。
「だが、しかし……!」
身体は動いていた。
その手で土を掘り返す。
勘違いならそれでもいい。勘違いであってくれと祈りながら。
「僕にはできません!!」
僕は崩れ落ちる。手元の万年筆に泣きつく。
そう、僕にはできっこない。僕の下らない物語に嘘だとしても楽しみにしてくれる良い人を殺めることは出来なかった。
本当に最低だ。任務中の斥候は殺したのに、目の前の死を覚悟した人を殺せない。命の選別をしている。
谷を越えれば森とはまるで別の世界が広がっていると夢を見ていた。
出ることさえ叶えば僕も変われると信じていた。
だけど違った。
外の世界も森と変わらなかった。
帰ってきた幼馴染は村長と同じで支配を好み、マシュー様は僕と同じで束縛されていた。
なんてことだ。僕はなんて世界に生み落とされてしまったのか。
……なんて絶望はしない。
良かったと思える。種族は違えど同じ苦悩を持ち、罪に苦心し、明日を諦めきれない人に出会えた。戦いの中でしか生きられない卑劣さ、戦いの中でしか生まれない意義に挟まれながらも人を思いやり笑顔を浮かべられる強さに触れた。
光が見えた。この光は消してはならない。
僕は腕で涙を拭う。
「マシュー様。僕、やります」
僕は戦うことを決めた。自由のために。
マシューは泣き崩れた。
「ああ……!! あああああああ!!」
予感は的中してしまった。
焼け野原の中に埋もれていた小さな光。
彼はそれを拾い上げる。
泥をかぶり、熱と衝撃で曲がっていたが朝日を浴びて燦燦と照り返す。
紛れもなく、エルフが肌身離さず持っていた万年筆だった。
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