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はじめての作曲依頼
英雄の終わり5
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僕は夜の森の中を歩く。光魔法で足元を照らしながら。
村から東に三十分ほど。迷わずに歩を進めていく。当然だ、もう歩き慣れたルートだ。
歩いた先に野営はあった。
僕はマシュー様に嘘をついた。本当は野営の場所を知っていた。
「やっと……着いた……」
ひとまず安堵する。
足元を照らし土地勘があったとしても夜の森を歩くのは緊張する。マナが濃いために魔物と遭遇する可能性があるからだ。短い耳で音と気配を探りながら進まなくてはいけない。臆病者の僕は一生慣れない作業だろう。
僕は野営に足を踏み入れる。
直後、僕は何者かに背後を取られ、首元に短剣を突きつけられた。
「怪しいエルフだ。合言葉を言え」
「合言葉!? そんなの知らないよ!!」
僕は狼狽える。
すると背後を取った何者かは吹き出して笑う。
「くくく! 今のビビリ、傑作だったな!」
「……驚かせないでくれよ……アーディ……」
アーディ。僕の幼馴染のハーフエルフだ。彼は大戦中期に森を飛び出し、軍に志願した変わり者だ。元々はエルフという名前だったが、向こうの国で偉い人に新しい名前を貰ったらしい。そして今は将軍であり、宮廷魔術師であり、現時点での村長であり、森の支配者だ。
「あん、あん、あん……!」
聞き覚えるのある声がした。
野営の端の暗がりで一人の女エルフが、何の仕切りもない屋外で人間の兵士に囲まれて喘いでいた。
僕は彼女を覚えている。過去に僕の衣服が汚れていると難癖をつけ、多くのエルフが見ている前で衣服をはぎ取り、川に投げ捨てた純血派のエルフだ。
彼女は村で一番美しい容姿をしていた。
僕は彼女を脳内で何度も犯したことがある。凌辱も純愛もどちらでも。
今はとてもじゃないが、そんな気持ちにはなれない。
見なかったことにして前に進む。
「なあ、演婁賦さあ……アンコウって知ってるか?」
「アンコウ? 知らないな」
「だろうな。アンコウってのは海に住む魚だ。これがまたグロテスクな不細工な魚でな」
「へえ……」
「まるでお前みたいだなって」
「僕がかい? グロテスクで不細工ってこと?」
唐突な悪口。もう慣れっこだ。昔から彼は僕を馬鹿にする。
「おっと言葉が足りなかった。アンコウってのは海の中でも深海という真っ暗な海の中でしか住めないんだ。頭から蝋燭台みたいなのが伸びてて、明かりで魚をおびき寄せ釣りして食べるんだ」
「誘蛾灯みたいなものか」
「そう、それ。つまりお前はアンコウで、俺は闇なんだ」
アーディが手のひらを広げると黒い煤のような物体が煙のように舞い上がる。
彼は僕と対照的に闇魔法が得意。闇魔法に適性があると幻影魔法を習得しやすくなる。
彼は村を、森を飛び出して、才能を開花させた。素直に凄いと思う。
「お前には感謝してるんだぜえ……お前の手助けがなければ俺は今もこの森に囚われていた……こんな下らない、何もない土地に、一生だぞ。ああ、考えただけでおぞましい」
そう、僕は彼がこの森を抜け出す手伝いをした。
エルフの掟ではこの森で生まれたエルフは、純血混血に関わらず、この森で一生住まないといけない。
混血を住まわせることを許可してるだけ有難いと思え。それが前村長の口癖だった。
村を出る前に元エルフ現アーディは言った。
『村の在り方は間違っている! 俺は外に出て、勉強して、この村を変えてやるんだ!』
僕の目には光に見えた。だから僕は彼を期待し、送り出した。
脱出の手伝いをしたことがバレた時は死ぬかと思った。三日三晩檻に閉じ込められた。食事も与えられなかった。辛かった。だけど彼が帰ってくればこんなつらい目に遭わなくて済むようになると期待した。
そしてついに彼は帰ってきた。本当に勉強し成長していた。だけど彼は昔の彼と違って変わってしまった。
彼が村に訪れ、まずやったことは前村長の暗殺だった。覚えた幻影魔法で、持ってきた鉄製の剣で、首を掻っ切った。
村の進化、進捗ではなく、侵略を選んだのだ。
そして僕は侵略の手伝いもしてしまった。
つい昨日のことだ。幻影魔法で隠した野営に近づく人間がいた。
動きから森に慣れた手練れに見えた。
僕は隠れていたが見つかってしまった。
彼らも驚いただろう。僕と森の奥で鉢合わせしてしまうのだから。
良い人たちだった。僕をすぐに裏切者やスパイと認識せずに攻撃しなかった。僕はというと何も考えずに矢を放っていた。
あの人たちはマシュー様の直属の部下だったのだろうか。だったら心苦しいな。
「ここでクーイズ! 俺の名前、アーディとはどういう意味でしょうか!」
野営の中心地に着くと唐突にクイズを出す。
「意味……名前に意味があるのかい」
「そうだよ、エルフ君。あ、考えたところで答えは永遠に出ないだろうし、とっとと教えてやるよ。高貴って意味。いいか、高貴だ。森育ちのエルフ君には難しかったかな?」
「高貴。うん、それはよくわかるかな。アンコウはわからなかったけど」
「俺に相応しい名前だろう。俺に才を見出してくれた偉大な陛下に授かった有難い名前だ。俺はその陛下から大事な使命を預かっている。見てみろ、この巨大な魔法陣を」
赤色の魔法陣が円形の野営全体に広がっている。僕はこの魔法陣を知らない。ただひたすらに禍々しいマナを感じる。近づいてはならない、触れてはならない、あってはならない、破滅を確信させる。
「禁術中の禁術。崩壊魔法レコード・アビス。星落としなんて初歩的でメジャーな禁術よりもっとやべえ、真の禁術よ。森全体の濃いマナとエルフの命を贄にすればなんとか発動にこぎつけられる」
アーディ率いる軍は破れかぶれの特攻や一矢を報いるために忍び込んだのではない。戦略的、戦術的に、戦争に勝つために攻撃を仕掛けたのだ。
「発動するとどうなるんだい」
本当に興味があったわけじゃない。微塵も知的好奇心を煽られてはいない。
彼が何を為そうとしているのか一応知りたかったのだ。
だけど彼は何事もないように答える。
「わからん」
「……わからない?」
「陛下が直々に為せと仰ったのだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……君にだって禍々しさを感じ取っているはずだ。もしかしたら森全体が消滅するかもしれないんだよ? それでも君はなんとも思わないの」
「何か問題はあるか?」
僕は何も言い返せなかった。
僕が言えたことではないが彼はもう手遅れだ。
「この任務が終われば陛下は俺を大将に出世させてくれると約束してくれた。なんと光栄なことか。それでだ、エルフ。お前も連れて行ってやるよ。副官はさすがに難しいが、うん、下僕くらいならお前にも務まるだろう。なに、今の村での扱いに比べれば天と地の差だ」
「ああ、そうかもしれない……そうかもしれないけど……」
こうなるとは薄々わかっていた。
諦めていたけど、とりあえず確認だ。
僕は夜空に指を差した。分厚い雲が浮かび、月も星も見えない暗闇だ。
まるで真っ白の原稿だ。これを端から端まで埋めると考えただけで憂鬱になり、肩が凝ってしまう。
だけど、やるんだ。自由のために。
「おい、お前、なにやってんだ?」
アーディは訝しげに僕を見る。
さようなら、くそったれの幼馴染。
君とはここでお別れだ。清々する。
「我は旅人。果てを夢見る旅人。光よ、我が呼びかけに応えよ」
指の先に蛍よりも小さくか弱い光が集まる。
「っ!? てめえ正気か!? おい、やめろ!!」
さすがは勉強熱心なアーディだ。僕がやろうとしていることをお見通しだ。
だけどお構いなしに詠唱を続ける。
「天は闇。地は闇。我が心を闇が蝕む。旅路も、足跡も、目的さえも行方知らず」
光はより大きく、明るくなっていく。だけどまだ足りない。
僕の力では詠唱を全て読み上げなければ発動に至らない。
「だれか! こいつを止めろ! 今すぐにだ!!」
彼は必死に呼びかけるが誰も応じない。気付いてもいない。
ここの野営の兵士は活気と生気に満ちているが風紀が乱れている。戦場にいるはずなのに全員が酒を飲み、女を抱いている。
残念だけど君に指揮官の才能はなかったようだ。
高貴の言葉も返上するべきだ。君よりももっと相応しい人を僕は知っている。
「光よ、照らせ。世界を照らせ。真実を照らせ」
「くそがあ! それだけは! それだけはだめだあ!!」
アーディは剣を抜いた。
そして剣先を僕に向ける。
「幻滅魔法だけはああああああ!!!!」
直後、彼の剣は詠唱中の無防備の僕の身体を貫いた。
集まっていた光が、指先から離れた。
村から東に三十分ほど。迷わずに歩を進めていく。当然だ、もう歩き慣れたルートだ。
歩いた先に野営はあった。
僕はマシュー様に嘘をついた。本当は野営の場所を知っていた。
「やっと……着いた……」
ひとまず安堵する。
足元を照らし土地勘があったとしても夜の森を歩くのは緊張する。マナが濃いために魔物と遭遇する可能性があるからだ。短い耳で音と気配を探りながら進まなくてはいけない。臆病者の僕は一生慣れない作業だろう。
僕は野営に足を踏み入れる。
直後、僕は何者かに背後を取られ、首元に短剣を突きつけられた。
「怪しいエルフだ。合言葉を言え」
「合言葉!? そんなの知らないよ!!」
僕は狼狽える。
すると背後を取った何者かは吹き出して笑う。
「くくく! 今のビビリ、傑作だったな!」
「……驚かせないでくれよ……アーディ……」
アーディ。僕の幼馴染のハーフエルフだ。彼は大戦中期に森を飛び出し、軍に志願した変わり者だ。元々はエルフという名前だったが、向こうの国で偉い人に新しい名前を貰ったらしい。そして今は将軍であり、宮廷魔術師であり、現時点での村長であり、森の支配者だ。
「あん、あん、あん……!」
聞き覚えるのある声がした。
野営の端の暗がりで一人の女エルフが、何の仕切りもない屋外で人間の兵士に囲まれて喘いでいた。
僕は彼女を覚えている。過去に僕の衣服が汚れていると難癖をつけ、多くのエルフが見ている前で衣服をはぎ取り、川に投げ捨てた純血派のエルフだ。
彼女は村で一番美しい容姿をしていた。
僕は彼女を脳内で何度も犯したことがある。凌辱も純愛もどちらでも。
今はとてもじゃないが、そんな気持ちにはなれない。
見なかったことにして前に進む。
「なあ、演婁賦さあ……アンコウって知ってるか?」
「アンコウ? 知らないな」
「だろうな。アンコウってのは海に住む魚だ。これがまたグロテスクな不細工な魚でな」
「へえ……」
「まるでお前みたいだなって」
「僕がかい? グロテスクで不細工ってこと?」
唐突な悪口。もう慣れっこだ。昔から彼は僕を馬鹿にする。
「おっと言葉が足りなかった。アンコウってのは海の中でも深海という真っ暗な海の中でしか住めないんだ。頭から蝋燭台みたいなのが伸びてて、明かりで魚をおびき寄せ釣りして食べるんだ」
「誘蛾灯みたいなものか」
「そう、それ。つまりお前はアンコウで、俺は闇なんだ」
アーディが手のひらを広げると黒い煤のような物体が煙のように舞い上がる。
彼は僕と対照的に闇魔法が得意。闇魔法に適性があると幻影魔法を習得しやすくなる。
彼は村を、森を飛び出して、才能を開花させた。素直に凄いと思う。
「お前には感謝してるんだぜえ……お前の手助けがなければ俺は今もこの森に囚われていた……こんな下らない、何もない土地に、一生だぞ。ああ、考えただけでおぞましい」
そう、僕は彼がこの森を抜け出す手伝いをした。
エルフの掟ではこの森で生まれたエルフは、純血混血に関わらず、この森で一生住まないといけない。
混血を住まわせることを許可してるだけ有難いと思え。それが前村長の口癖だった。
村を出る前に元エルフ現アーディは言った。
『村の在り方は間違っている! 俺は外に出て、勉強して、この村を変えてやるんだ!』
僕の目には光に見えた。だから僕は彼を期待し、送り出した。
脱出の手伝いをしたことがバレた時は死ぬかと思った。三日三晩檻に閉じ込められた。食事も与えられなかった。辛かった。だけど彼が帰ってくればこんなつらい目に遭わなくて済むようになると期待した。
そしてついに彼は帰ってきた。本当に勉強し成長していた。だけど彼は昔の彼と違って変わってしまった。
彼が村に訪れ、まずやったことは前村長の暗殺だった。覚えた幻影魔法で、持ってきた鉄製の剣で、首を掻っ切った。
村の進化、進捗ではなく、侵略を選んだのだ。
そして僕は侵略の手伝いもしてしまった。
つい昨日のことだ。幻影魔法で隠した野営に近づく人間がいた。
動きから森に慣れた手練れに見えた。
僕は隠れていたが見つかってしまった。
彼らも驚いただろう。僕と森の奥で鉢合わせしてしまうのだから。
良い人たちだった。僕をすぐに裏切者やスパイと認識せずに攻撃しなかった。僕はというと何も考えずに矢を放っていた。
あの人たちはマシュー様の直属の部下だったのだろうか。だったら心苦しいな。
「ここでクーイズ! 俺の名前、アーディとはどういう意味でしょうか!」
野営の中心地に着くと唐突にクイズを出す。
「意味……名前に意味があるのかい」
「そうだよ、エルフ君。あ、考えたところで答えは永遠に出ないだろうし、とっとと教えてやるよ。高貴って意味。いいか、高貴だ。森育ちのエルフ君には難しかったかな?」
「高貴。うん、それはよくわかるかな。アンコウはわからなかったけど」
「俺に相応しい名前だろう。俺に才を見出してくれた偉大な陛下に授かった有難い名前だ。俺はその陛下から大事な使命を預かっている。見てみろ、この巨大な魔法陣を」
赤色の魔法陣が円形の野営全体に広がっている。僕はこの魔法陣を知らない。ただひたすらに禍々しいマナを感じる。近づいてはならない、触れてはならない、あってはならない、破滅を確信させる。
「禁術中の禁術。崩壊魔法レコード・アビス。星落としなんて初歩的でメジャーな禁術よりもっとやべえ、真の禁術よ。森全体の濃いマナとエルフの命を贄にすればなんとか発動にこぎつけられる」
アーディ率いる軍は破れかぶれの特攻や一矢を報いるために忍び込んだのではない。戦略的、戦術的に、戦争に勝つために攻撃を仕掛けたのだ。
「発動するとどうなるんだい」
本当に興味があったわけじゃない。微塵も知的好奇心を煽られてはいない。
彼が何を為そうとしているのか一応知りたかったのだ。
だけど彼は何事もないように答える。
「わからん」
「……わからない?」
「陛下が直々に為せと仰ったのだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……君にだって禍々しさを感じ取っているはずだ。もしかしたら森全体が消滅するかもしれないんだよ? それでも君はなんとも思わないの」
「何か問題はあるか?」
僕は何も言い返せなかった。
僕が言えたことではないが彼はもう手遅れだ。
「この任務が終われば陛下は俺を大将に出世させてくれると約束してくれた。なんと光栄なことか。それでだ、エルフ。お前も連れて行ってやるよ。副官はさすがに難しいが、うん、下僕くらいならお前にも務まるだろう。なに、今の村での扱いに比べれば天と地の差だ」
「ああ、そうかもしれない……そうかもしれないけど……」
こうなるとは薄々わかっていた。
諦めていたけど、とりあえず確認だ。
僕は夜空に指を差した。分厚い雲が浮かび、月も星も見えない暗闇だ。
まるで真っ白の原稿だ。これを端から端まで埋めると考えただけで憂鬱になり、肩が凝ってしまう。
だけど、やるんだ。自由のために。
「おい、お前、なにやってんだ?」
アーディは訝しげに僕を見る。
さようなら、くそったれの幼馴染。
君とはここでお別れだ。清々する。
「我は旅人。果てを夢見る旅人。光よ、我が呼びかけに応えよ」
指の先に蛍よりも小さくか弱い光が集まる。
「っ!? てめえ正気か!? おい、やめろ!!」
さすがは勉強熱心なアーディだ。僕がやろうとしていることをお見通しだ。
だけどお構いなしに詠唱を続ける。
「天は闇。地は闇。我が心を闇が蝕む。旅路も、足跡も、目的さえも行方知らず」
光はより大きく、明るくなっていく。だけどまだ足りない。
僕の力では詠唱を全て読み上げなければ発動に至らない。
「だれか! こいつを止めろ! 今すぐにだ!!」
彼は必死に呼びかけるが誰も応じない。気付いてもいない。
ここの野営の兵士は活気と生気に満ちているが風紀が乱れている。戦場にいるはずなのに全員が酒を飲み、女を抱いている。
残念だけど君に指揮官の才能はなかったようだ。
高貴の言葉も返上するべきだ。君よりももっと相応しい人を僕は知っている。
「光よ、照らせ。世界を照らせ。真実を照らせ」
「くそがあ! それだけは! それだけはだめだあ!!」
アーディは剣を抜いた。
そして剣先を僕に向ける。
「幻滅魔法だけはああああああ!!!!」
直後、彼の剣は詠唱中の無防備の僕の身体を貫いた。
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