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第2話
しおりを挟む翌日。
私は、二度と帰らないと誓った、実家にいました。
目の前には大公、私の父親本人が、そしてその横には、彼の現妻であるローラと、その娘で私の妹、ライラが同席しています。
「あらあら、お姉様。庶民の分際で、どの面下げて帰ってきたのかしら?」
ライラが嫌味ったらしい口調で、私に言います。
「まぁ、仕方ないわよね。レイモンドに婚約破棄されて、住むところがないんだもの。でも、だからって帰ってきちゃダメよ。貴方はもう、大公の娘じゃないんだから」
「......ちょっと黙っててもらえますか?」
敢えて敬語で、私はライラにぴしゃりと言った。
ライラの憎たらしいくらいの笑顔が、固まる。
今回の私の目的は、ライラの嫌味を聞くことでも、この宮殿に住まわせてもらうよう頼むことでもありません。
私の目的は、目の前で押し黙っているこの情けない父親と、話をすることです。
「大公様。レイモンド様とライラ様の結婚の件、あなたは本当に、応援しているのですか?」
私は単刀直入に切り出しました。大公様の光を失った両眼が、こちらを向きます。
「私は、大公様の娘ではありません。娘に戻る気もありません。ただの庶民で、大いに結構。けれど、私の知る大公様は、自分の領地に住む庶民の、ようやく得られたささやかな幸せを、いたずらに奪い取るようなお方ではなかったはずです」
ライラが眉をひそめます。
「ちょっとお姉様、お父様にそんな口のきき方をしていいと思ってるの?これからの貴方の人生に差し障るわよ」
「もう既に、十分すぎるほど差し障っています。主に貴方のせいで」
言い返してやります。この女にどう思われようが、それこそどうでもいい。
けれどやっぱり、大公がこんな酷いことを許してしまうまで腑抜けてしまった姿を見るのは、心苦しくて仕方ありません。
「貴方が、奥様を愛していることはわかっています。奥様との間の子供についても、同様に愛することも、すごく自然なことです。ですが.....ライラ様の我儘を丸呑みすることは、ライラ様を愛することとは、まるきり別です」
大公は何も言わない。一見すると、何も響いていないかのようです。ライラも、この父親に説教しても意味がない、と、たかをくくっているようです。
けれど私にはわかります。十二年を共に過ごした私には、ライラなどよりずっと、大公の気持ちがわかります。
大公は今でもずっと、亡くなった私の母を愛しています。でも、今の妻も同様に愛している。その矛盾が、今の妻の愛し方を、わからなくさせてしまったのです。
だから、私が思い出させて差し上げます。私の母がよく大公にしていたように、厳しい口調で、けれど決して責めず、諭す。
私には、それができます。だって、私はあの母親と、この父親の血を受け継いでいるのですから。
「大公様。良き領主になってください。良き夫になってください。良き親になってください。貴方には、それができます。彼女たちに、上に立つ者の振る舞い方を、教えてあげてください。私は......いち領民として、貴方に嘆願します。私とレイモンド様の結婚を、どうか祝福してくださいませんか」
大公は、じっと私の目を見つめました。
そして、顔を下に向けます。にやりと、ライラが笑いました。
「......わかった。レイモンドには、私から謝罪しておこう」
しかし、再び顔を上げた大公は、そう仰ったのです。
「なっ......!」
口をあんぐりと開けるライラ。その口から文句が飛び出す前に、大公は彼女に言いました。
「ライラ。結婚相手なら、私がいくらでも探してきてやる。貴族でも、平民でも、他所の王子でも、どんな男でも構わない。気に入った男が現れるまで、何度断ったって構わない。......だから、人の婚約者を取りあげるような真似はやめろ。それに、不純な動機で結婚したって、幸せにはなれないよ」
そう言う彼の言葉は、ライラをも黙らせてしまう、不思議な説得力がありました。
これが、私の尊敬する、この国の大公の本来の姿です。
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