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婚約破棄のみならず、さらに妹まで騙そうなんて、そんなことが通用するとでも?
しおりを挟む「アン=セレブレイト、お前との婚約は破棄だ!」
そう言うジェシーの顔からは、怒りや悲しみなんて微塵も感じられず、むしろ笑みさえ浮かべているように見えた。
その顔を見たとき、私は猛烈な吐き気を覚えたのだった。
ジェシーはこの辺境の小国、カレイアの第一王子だ。
「王子」といっても万年金欠で、本国の庇護下に置かれ補助を受けることでどうにか成り立っている、といった具合のカレイアの王子では、大した肩書きでもない。
だが、ジェシーは自分の立場を、そして自分の国の立場を、いささか読み違えている節がある。
とはいえ、ジェシーは王子、将来王になることを約束されている男だ。
私はこの傲慢な男と、婚約を結んでいた。何故って、金が必要だったからだ。
私の妹は大病を抱えていて、今も三日に一度は、一日中ベッドに伏せっているような日があるくらい苦しんでいる。
ジェシーの援助があれば、この国一番の、何なら本国一番の医者にだって診せられる。そうすれば、妹だってきっと良くなるはずなのだ。
婚約してからこれまでの二年間は、辛く苦しいものだった。
好きでもない男に媚びへつらい、身体を委ね、乱暴に耐え、それでもへらへらと笑ってきた。
それもこれも、結婚を果たせば、私は王太子妃としてある程度のお金を自由にできる、そう考えたからだ。
そして、ずっとせがみ続けてきた結婚が、ようやく果たされると言う時になって、この宣言である。
「そんなっ......」
私は絶句しながら、どこかで納得していた。
この男は最初から、私と結婚する気なんてなかったのだ。弱みを利用して、好き勝手して、ぽい。
こんな非道な男が、この世にいるのか。それだけでも驚きなのに、この男は将来の王だという。人生は、こうも不平等なものなのか。
「きひひひひ。さぁ、さっさと出てけ!俺はこれから貴様の妹、メアリと大事な話をしなければならないのだ」
え。
今、なんて言った?
この男は。
この男は、私のみならず。
病気を抱えた妹まで、その毒牙にかけるつもりなのか。
その瞬間、頭が真っ白になり、気がつけば城を飛び出していた。
このままじゃいけない。今この瞬間にも、あの城の中で、妹は騙され、手籠めにされているかもしれない。
けれど、私にはどうすればいいのか、わからなかった。
「痛っ!」
ろくに前を見ずに走ったせいか、何かにぶつかる。
見ると、フードを被った壮年の男性だった。
「大丈夫かい?」
手を差し出してくれた彼の顔に、私は見覚えがあった。
「きひひひひ。だから、俺と結婚すれば、その病気は治るんだって。長生きしたいだろう?」
「......でも」
女なんて、ちょろいもんだ。
ちょっと甘い言葉をかけてやれば、ほいほい騙されやがる。まぁ、それも俺の顔がいいからかな、なんちゃって。
「失礼します。本国から大臣が来ました。補助金の話かと」
「おっと、もうそんな時間か。そいじゃ、この話はまた後で」
ちっ、せっかくいいところだったのに。
だが、本国の大臣の来訪は無視できまい。本国からの定期的な補助金がなければ、この国はあっという間に破産だ。
まぁ、毎年同じ額を何も言わずにくれるし、今回も適当に相手してれば大丈夫だろ。
「ゼロ......?」
「ええ。今回、カレイアに差し上げる補助金はございません」
大臣はにこやかな顔で告げてきた。
父親でもある国王が、血相を変えて詰め寄る。
「一体どうして、そんなことに」
「えぇ、実は、他にもっと良い使い道を見つけたので、そちらにお金は全て使ってしまいまして」
「ふ、ふざけるな!そんな身勝手な話......!」
俺が思わず反論すると、大臣は面白そうに私の顔を見つめた。
「身勝手。ふむ、いったい身勝手なのはどちらなのでしょうかね」
「メアリ。体調はどう?」
ここは本国一と称される大病院。
そこに入院して、治療を続けているメアリに、私はそう声をかけた。
「ええ、すこぶる良いわ。この調子ならもうすぐ退院できそうだって、お医者様が」
「それは良かったわね」
そう、本当に良かった。
あの日ぶつかった見知らぬ男性に、追い詰められてパニックになっていた私は、どういうわけか全てを打ち明けてしまった。
私の話を最後まで聞いた男性は、背に背負っていたリュックを、そっくりそのまま私にくれて、こう言ったのだ。
「是非、妹さんのために使ってください。もともと、ドブに捨てるはずだった金です」
その中には、大量の金貨が入っていた。
そのおかげで、メアリはこの病院に入ることができたばかりか、私たち家族も本国で部屋を借り、毎日見舞いに訪れることができる。
いったい、あの親切な人は誰だったのだろうか。
見覚えがある、見覚えがあると思いながら、結局その正体を思い出すことは、できなかった。
「あ、これ今日の分の新聞。どれどれ......。えっ、『カレイア王国破産、今後は本国の直轄領へ』!?」
fin.
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