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第2章 神奮闘~マカダミア王国編~
第44話 迫る真相と不吉③
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ランスはサンセと別れた後実家に戻ると、不機嫌な母親の文句が待っていた――
「ランス! どこ行ってたのよ! お昼前には着くような事言ってたから昼食準備して待ってたっていうのに――」
まだまだ続きそうな文句をランスは耳が痛そうに聞き流すと、話を逸らすように切り出す――
「母ちゃんの話は父ちゃんの墓参りから戻ったら聞くから」
「え!? 今から!? もうすぐ夕飯よ!? てか、行ってから帰って来たんじゃないの!? それなら、こんな時間までどこほっつき歩いてたのよ!?」
「あー……戻ってからちゃんと話すし、夕飯までには帰るから――」
「ちょっと!? ランス!?」
ランスは母親の矢継ぎ早の質問を全部答えたらキリがなさそうだと、逃げるように駆け出した。その背に向かって母親が叫ぶも、ランスは振り返ることなく外へ出て行った――
ランスは溜息を吐いて考え事をしながらマカダミアの集団墓地へトボトボと向かう――
(……先に墓参りしてから帰るべきだったかぁ……でも、それだと母ちゃん心配しそうだったし……まぁ、結局心配させちゃったけど……。うん! しょーがない! 母ちゃんならあとでちゃんと話せばわかってくれるってことで!)
ランスは深く考える事を放棄して楽観的な結論に至り、足取りも軽やかに駆け出すのだった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ダンテ・フォーベルト――
そう刻まれた墓碑の前で、ランスは目を閉じて手を合わせる――
(……父ちゃん……来たよ……)
ランスの脳裏に子供の頃からの思い出が過ぎっていく――
そもそも、ランスがチョコランタの王族等にハマったきっかけは、子供の頃に母親に読んでもらったチョコランタの神の絵本だった。
それで、実際行ってみたいとお願いしたのはランスが5歳の時で、家族みんなでチョコランタに出掛けたのは、初の公開昇格試験が行われる日だった――
試験会場に着くと、チョコランタの平民達の話題は、未だ2年前に最年少王族近衛騎士になったキールの話で持ちきりだった。
当時非公開で、戦うキールを生で見たいという根強い要望がついに実現したのだから、その盛り上がりの熱量は増すばかり――
ランスはそんな聞こえてくる話題に聞き入り、始まりを待ち焦がれ、始まると目を輝かせて夢中に見入り、憧れてのめり込む事になる――
マカダミアに戻ってからも、その時の興奮を忘れぬようにとたくさん絵を描き、最初は子供の落書きレベルの絵も歳を重ねるごとに上達していった――
最終的にランスの両親も一緒になってハマり、チョコランタの話題が絶えない家庭となる――
ランスが見習い兵士試験に受かると、当時の王ブライがマカダミアから通うのは大変だろうと城内に部屋を提供した。
それだけでなく、食事等に困らないように城の設備を自由に使える好待遇を与えられ、ランスは親元を離れてチョコランタで暮らし始めた。
それからは、手紙で互いの近況報告をし合うのが恒例行事のように当たり前になった。
ランスの場合はチョコランタの王族や王近衛騎士語りや、描いた絵を同封したり――
母親はランスを心配する内容ばかり、父親は勤め先の仕事の話等、離れて暮らせど心の距離が離れる事はなかった――
「……父ちゃん……。今日先輩に嘘ついちゃったんだ……。本当はミスティーさんのお姉さんの働いてる場所知ってたのに……。……怒られる……かな?」
そう父親に語り掛けるように呟いたランスの表情は、普段の明るいランスとは思えないぐらいに暗く陰りながらも、再び父親との思い出を振り返る――
いつもやり取りしていた父親の手紙に、不穏な気配が漂いだしたのは、勤め先にティス様が来たと書かれてからだった――
最初は普通に自慢するような内容だったのが、他言無用とした上で“ティス様が不憫だ”と憐れむ内容になり、ついには“ティス様を助けたい”と書かれるようになった――
もちろん、ランスはすぐに詳しく教えて欲しいと返信したが、それに対する返事はなかった――
そして、最後の手紙には死をも覚悟したような内容が綴られていた。それは――
――ティス様は操られている。もし、私に何かあったらお前がティス様を助けて守って欲しい――
ランスは最初これを読んだ時、信じ難い内容で意味がわからなかった。
だが、身の危険を覚悟する程の事が起こっているのはわかり、そんな危険なら身を引いて安全第一だと返信したが返事はなかった――
その約ひと月後、父親の訃報が届いた――
原因不明の火事による事故死と書かれていたが、ランスはそれを当然信じなかった――
(……操られたティス様や、死んだ父ちゃん……俺は研究所の連中を絶対許さない……。父ちゃんとの約束通り、俺がティス様を助けて守ってみせる……。それでもって、父ちゃんの仇を討つ――)
ランスは怖いぐらいの決意に満ちた強い眼差しで墓碑を見据えていた――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――もし、僕が嘘ついてたら怒る?――
メティーの頭の中にクロウさんが言った言葉が繰り返される――
(……嘘? あ……さっきの悩んでるような感じのは、もしかしてこの事を考えて……だったのかな?)
手を震わせる程に思い悩む“嘘”を怒るかと聞かれたら、私の答えは迷うことなく決まっていた――
「……じじょーがある“うしょ”はしょーがないの……だから、おこんないよ?」
私が素直に思った事を伝えて微笑むと、クロウさんは口元を歪めた。
それは、吐き出す事の出来ない“嘘”に苦悩しているように見えた――
クロウさんの手の震えは未だに治まらず、私はそんな姿を見てるだけで、胸が苦しくなって泣きそうになってくる――
(クロウさんの苦しさを少しでも楽にしてあげたい……。私はクロウさんに何をしてあげれる?)
クロウさんの話を聞いてあげるにも、話し難い“嘘”を聞き出すなんて余計苦しめるだけだと思うと、今は“大人”の出番じゃない――
こんな時だからこそ“子供”の出番――
ベッドに座ていた私は意を決してベッドの上に立ち上がると、クロウさんの頭を優しく撫でた――
「よしよし……だいじょーぶ……こわくないよ」
「え……?」
「……わたち……くりょーしゃんになでなでしてもらうと、あったかくて……あんしんすりゅの!」
――僕のそばで笑ってて――
クロウさんに頼まれた言葉が私の脳内に再生されると、その言葉を必要としているのはきっと今だとばかりに、私は潤んだ目から涙が零れぬよう懸命に微笑みを浮かべる――
「……だから、くりょーしゃんもなでなでしてあげりゅね!」
「っ…………ありが……と……」
クロウさんが泣きそうな弱々しい声で呟くと、その声に涙腺が崩壊しそうになるのを必死に堪えつつ、私はクロウさんの頭を撫で続けた――
「……よしよし……やさしーくりょーしゃんのこと……きらいになったりしないよ」
「っ!」
クロウさんはビクッと身体を震わせると、少し和らいだかと思われた口元が再び苦しげに歪んでいた――
(え!? 今の言葉に何か“禁句”でもあった!?)
私は内心アワアワと焦りながら自分の言動を思い返していると、その疑問を晴らすようにクロウさんがか細く呟いた――
「……僕は…………優しくなんかないよ……」
「……え?」
私は“優しいクロウさん”が“優しくない”なんて想像もつかず、困惑してそれ以上言葉が出てこなかった。
「……研究所にいた頃、唯一僕に優しくしてくれた人がいたんだ……」
クロウさんは私にわからせる為なのか、昔語りを始めた――
「……歳の近い息子さんがいるみたいで、僕の事も実の息子のように優しくしてくれたんだ……」
話の内容に反してクロウさんの声は暗く、私はどう相槌を返すのが正解なのかと悩んだ挙句、少しでも場が明るくなるようにと振る舞う――
「くりょーしゃん、よかったねー! しょのひとのおなまえなぁに?」
「………………ダンテ・フォーベルトさん……」
「……またあえりゅといいね!」
未だ暗い声のクロウさんが笑ってくれるように、私は場違いとも言える空回りの明るさを振り撒いた結果――
「……会えないよ」
「え?」
「……死んじゃったんだ……」
「あ……」
私は見事に撃沈し、振り撒いた明るさの分だけ気まずさが増して言葉に詰まる――
その気まずさで静まった室内に、クロウさんは更に衝撃の一言を呟いた――
「……僕が…………殺したんだ――」
「……ふぇ?」
私は衝撃的すぎて場違いな間抜けな声を出すのが精一杯だった――
(……クロウさんが?……ほんとに?)
私はどうしてもクロウさんの言葉が信じられなかった。なぜなら、クロウさんはサンセやカイトみたいに戦い慣れてる感じはしなかった。
それこそ、勉学を特化して運動は苦手なタイプだと思い込んでいた――
それでも、クロウさんは自身の震える手を見つめながら、辛そうな声で呟いていて――
それは、紛れもない真実なんだと告げているようなものだった――
(あ……研究所ならおそらく毒薬とか武器で命を奪う以外の方法もあるんだ……。そもそも、人の死で嘘や冗談を……ましてやそれを笑いながら言う人がいたら、それこそ“優しくない人”ってやつだよ!)
クロウさんは“優しい”からこそ“辛い”んだ――
きっと、クロウさんはその人の死を望んでなかったのでは?――
それは私の単なる憶測で、だからこそ土足でズカズカとクロウさんの心の中に入れないデリケートな問題だ――
(周りが“人殺し”に変わりないと責め立てるなら……私は……私だけはクロウさんの味方になる! それでクロウさんが話してくれるのを待って、そばで支えて、一緒に乗り越えるの!)
私はその決意を胸に、クロウさんの首の後ろに手を回してクロウさんに抱きついた――
「え……?」
「しゃっきいったでしょ? わたちはくりょーしゃんのこと きらいにならない」
「っ…………どう……して…………僕は……っ……」
クロウさんは辛そうに何かを言いかけた口を噤んだ――
(……まだ話せないか……当然だよ……無理に聞き出しちゃダメ……そんな事して嫌われたくない。……って、私さっき何言った!?)
――嫌いにならない=好き――
そんな思考が脳内に浮かぶと、クロウさんに自分の気持ちがバレバレなのではと、大人の冷静さでさっきの自分を後悔する――
(って……私ってば抱きついてるし! 子供の姿をいい事になんて大胆な事を! いいい今すぐ離れないと――)
脳内がパニックに陥り、大人の冷静さとやらはどこへ行ったのかの慌てようでクロウさんから離れようとすると――
今度は逆にクロウさんに抱きしめられた――
(え……え!? えええぇぇぇ!?)
抱っこを別として、クロウさんからちゃんと抱きしめられたのはこれで2回目――
とはいえ、前は自分が泣いていて余裕がなさ過ぎてわかっていなかっただけで、ほのかに香るクロウさんの香りを認識して心臓が高鳴る――
(クロウさんの香りに安心していい匂いだと思うなんて……クロウさんが精神的に辛いって時に何考えてるの!? 最低すぎる変態か!……落ち着いて! 落ち着くのよ私!)
自分に言い聞かせて必死に落ち着けようと深呼吸するたびに、余計クロウさんの香りがして心臓が苦しい――
「…………メティー」
クロウさんはそんな極限状態の私を抱きしめたまま呟き、更に弱々しいながらも意志のある言葉を続けた――
「…………ティス……を……助けたら…………メティーに伝えたい事がある……」
「え……しょれってもしかして――」
「うん……僕の嘘をちゃんと話す――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サンセが食器を洗い終えると、程なくしてカイトが階段を下りてきた――
「……あれ? メティーは?」
サンセは周囲を見回してからカイトに尋ねると、カイトはチラリと階段を見てからボソリと呟く――
「……クロウが…………メティーと少し……話したいって……」
「……へぇー……少しイジメ過ぎちゃったかな……」
サンセが意味深に呟くと、カイトは当然わからず首を傾げた、が――
サンセは気にするなという意味でカイトの肩をポンポンと軽く叩くと、上の階へ憐れむような視線を向けた――
(僕が気付いた嘘を、後ろめたくてメティーに告白してる?……確かに、嘘つくの向いてないよ――)
サンセがそう思考してリビングのソファーへ座ろうと視線を移すと、そこにはアビスが目を閉じて横たわっていた――
「な! いつの間に――」
「メシス……」
「え……」
サンセは見知らぬ少年が気配もなく突然現れた事に驚いたが、カイトの発言に納得するように黙り込んで“メシス”を見据えた――
一方アビスは、姿と気配を消して宿屋からずっとサンセの後をつけ、一部始終見ていたわけで――
面倒極まりない長丁場にウンザリし、リビングに誰もいなくなったのを見計い、ソファーで寛いでいたわけだ――
すると、アビスは目を開けて気だるげに起き上がり、サンセとカイトをチラリと見た。
「んーと……久しぶりと初めまして?」
アビスは面倒くさそうなやる気のない態度だった。それでも、実力者ならば自ずと肌でアビスの力量を感じとれる強者の風格があった――
(ああ……メシス様だ……紛うことなきメシス様だ……。子供の頃、僕に似てるなんて烏滸がましい事を思ってすみません……)
サンセはアビスの赤い瞳に自分が映った事で、神の絵本愛好家故のミーハーな部分が出てきてしまったようで、穴があくほどに“実在するメシス様”を凝視していた――
「…………何?」
アビスは今まで向けられた事のない類いの視線に、怪訝そうに眉を顰めた――
「あ……申し訳ありません! メシス様にお会い出来た事に感極まってしまって……」
サンセは跪いてアビスに敬意を示すと、アビスはそれを見てキョトンと呆けたのも束の間でニヤリと笑った――
「……なーんか思ってた反応と違うけど……これならすんなり渡してくれそうで良かったよ……」
「渡す? 何をです?」
「……宿屋の忘れ物……って言えばわかる?」
「っ!」
サンセはやっと冷静さが戻ってきたのか、憧れの存在へ向ける眼差しから、敵対する研究所の者を見る険しい眼差しへと変わった。
(メティーがメシス様は研究所にいるって言ってたのに……。それでも、やっぱりわからない……。なんでメシス様は研究者の言う事を聞くのか……。今だって“忘れ物を取りに行く雑用なんか”をメシス様に押し付けるなんて……。クロウが憎むと言うぐらいじゃ、セルフィーさんは相当悪い奴って事?)
サンセは憧れも混じった考えで迷走していた――
「……渡す事は構いません……でも! こちらの質問にひとつ…………いや、ふたつ…………3つほど答えてくれませんか?」
サンセのその言葉に、アビスはあからさまに面倒くさそうな顔でサンセを睨んだ――
「そんな目で見てもダメですよ? それが忘れ物を受け取る為の交換条件なら、従うしかない……ですよね?」
「………………」
サンセはその視線に敬愛の心が痛みながらも、めげずに強気に話し、不服そうにしつつも黙った“メシス”に質問を始める――
「まず、メシス様はメティーに“メシスだけどメシスじゃない”と言ったようですが、どういう意味ですか? 絵本とは確かに姿は違う……それでも、神聖な存在感に気が引き締まります……。だから、僕にも貴方が“メシス様”にしか思えません……」
サンセの真剣な眼差しに、アビスは気だるげに再びソファーに横たわり、面倒くさそうに話し始める――
「……言葉通りの意味なんだけどなぁ……。だから、それ以上深く話せるものでもないって言うか……」
「メシス様ではある……けれど、メシス様ではない貴方は、研究所の連中になんと呼ばれているのですか?」
サンセが話を整理するように考え込みながら、確信に迫ろうと真剣に“メシス”を見据えた――
「…………それ、もうふたつ目の質問って事?」
「え……あ、これはつい気になっただけなので……答えなくて――」
「いいよ…………別に隠すようなもんじゃないし、答えてあげる……」
アビスの発言にサンセは取り消そうとしたが、アビスはそれに被せるようにどこか楽しげに呟いた――
「あいつらには“アビス”って呼ばれてる……」
「アビス? それはどういった経緯で――」
「んー……さすがにそれはふたつ目の質問って事でいい?」
「あ……なら、やっぱりなしで……」
サンセがそう言って諦めると、アビスはケラケラと楽しげに笑った。そんな友好的な態度だからこそ、サンセはどうしても聞きたかった――
「ふたつ目は……なぜ、研究所の味方に付いているのですか? メティーは絶対メシ……いえ、アビス様がそばにいてくれた方が心強いと思うのですが……」
「…………僕はあいつらの味方になった覚えはないよ? あいつらの事……大嫌いだし」
「っ!」
アビスは最初はケロリとして嘘とも真ともとれる口振りだったが、その後の言葉は殺意すら感じるような冷たい声と表情に変わり、サンセは背筋がゾクリと凍る――
(……殺気を上手く隠しているけど……最初言った事は嘘じゃなさそうだ……)
「……大嫌いなのにそばに?」
サンセはその感じ取った矛盾点を自然とアビスに尋ねていた――
「…………それ、3つ目? なーんてね。……特別に答えてあげる。……大嫌いだからこそだよ……」
アビスはさっきの冷たさが嘘のように再びケロリと答えたかと思えば、再び冷たくニヤリと嗤う――
(っ…………それは……いつでも殺せるように……って事なんだろうね……)
サンセはそう感じる程にアビスの恐ろしさを痛感し、絶対に敵に回してはいけないと冷や汗をかく――
「……つまりは、アビス様は僕らの味方って事ですよね……良かっ――」
「君らの味方になった覚えもないけど?」
「え……でも――」
「僕は……メティーの為に動くだけ……。人間がどうなろうと興味ない」
アビスが冷たい目でサンセを見据えると、サンセは言葉が出てこなかった――
(っ……アビス様は人間そのものを嫌って……いや、憎んでいる?)
サンセがそう感じる程の冷たい視線で、今はこれ以上深入りは禁物だと悟る――
「……図々しい事思ってすみませんでした。アビス様がメティーの為に動いてくれてるだけで充分ですし、メティーもきっと喜びます……。えっと……じゃあ最後の質問を――」
「えー……もうよくない? 僕おまけで結構答えてると思うんだけどなぁ……」
サンセが腫れ物を扱うように言葉を選んで話せば、アビスはさっきまでの恐ろしさから一変して、子供が駄々をこねるように口先を尖らせた――
感情がコロコロ変わり一見扱いにくそうなアビスだが、サンセは先程のアビスの言葉からヒントを得ていた――
「アビス様……実は最後の質問はメティーの事で、ちょっと心配な事が――」
「え? メティーがどうしたの!?」
アビスはまんまとサンセの策に嵌り、勢いよくソファーから起き上がると早く話せとばかりにサンセを見た。
(……チョロい)
サンセはそんな内心を隠し、神妙な面持ちでアビスに尋ねる――
「……実は……突然辛そうに顔を歪めて意識を失う事があって……アビス様なら原因がわかるのではと……」
アビスは少し考える素振りをしてから呟く――
「…………もしかして…………メティーとふたりで話したいんだけど――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
黒猫を追うように三毛猫が廃墟を飛び出すと、三毛猫は執拗に黒猫を追いかけ続け、ついには元いた酒場の路地裏へと行き着いた――
路地の塀に、行き止まりに追い詰められたように見えるふたつの猫の影が映ると、どこからともなく声がした――
「チッ……しつこいなぁ……。俺はお前の場所をわざわざ教えて、それで手当てしてもらえた……言わばお前の恩人……。なのに、何が不満なんだ?」
その声の主に抗議するように、ニャーニャーと猫の鳴き声が響く――
「ああ……俺から俺が喰らったお前を蹴り飛ばした人間のニオイがするのか?……それとも、俺が喰らった他の猫達のニオイがするのか?」
声の主が愉しげに嗤うと、耐え兼ねたように塀に映る猫の影が、もう一方の猫の影に飛び掛かる――
「あーあ……命は大事にしないと」
そう聞こえた瞬間、飛び掛かられた方の猫の影の形がぐにゃりと歪んで大きくなったかと思うと、飛び掛かる猫の影を一呑みにした――
大きな影は再び1匹の猫の形へと変わって歩み出すと、路地から右目を怪我した黒猫が平然と顔を出し、マカダミアの街へと消えて行った――
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
次回、アビスはメティーに何を話すのか!? 一夜明けるとメティーとアビスの姿がない!? 取り乱しつつもサンセは一旦チョコランタへ!?
「ランス! どこ行ってたのよ! お昼前には着くような事言ってたから昼食準備して待ってたっていうのに――」
まだまだ続きそうな文句をランスは耳が痛そうに聞き流すと、話を逸らすように切り出す――
「母ちゃんの話は父ちゃんの墓参りから戻ったら聞くから」
「え!? 今から!? もうすぐ夕飯よ!? てか、行ってから帰って来たんじゃないの!? それなら、こんな時間までどこほっつき歩いてたのよ!?」
「あー……戻ってからちゃんと話すし、夕飯までには帰るから――」
「ちょっと!? ランス!?」
ランスは母親の矢継ぎ早の質問を全部答えたらキリがなさそうだと、逃げるように駆け出した。その背に向かって母親が叫ぶも、ランスは振り返ることなく外へ出て行った――
ランスは溜息を吐いて考え事をしながらマカダミアの集団墓地へトボトボと向かう――
(……先に墓参りしてから帰るべきだったかぁ……でも、それだと母ちゃん心配しそうだったし……まぁ、結局心配させちゃったけど……。うん! しょーがない! 母ちゃんならあとでちゃんと話せばわかってくれるってことで!)
ランスは深く考える事を放棄して楽観的な結論に至り、足取りも軽やかに駆け出すのだった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ダンテ・フォーベルト――
そう刻まれた墓碑の前で、ランスは目を閉じて手を合わせる――
(……父ちゃん……来たよ……)
ランスの脳裏に子供の頃からの思い出が過ぎっていく――
そもそも、ランスがチョコランタの王族等にハマったきっかけは、子供の頃に母親に読んでもらったチョコランタの神の絵本だった。
それで、実際行ってみたいとお願いしたのはランスが5歳の時で、家族みんなでチョコランタに出掛けたのは、初の公開昇格試験が行われる日だった――
試験会場に着くと、チョコランタの平民達の話題は、未だ2年前に最年少王族近衛騎士になったキールの話で持ちきりだった。
当時非公開で、戦うキールを生で見たいという根強い要望がついに実現したのだから、その盛り上がりの熱量は増すばかり――
ランスはそんな聞こえてくる話題に聞き入り、始まりを待ち焦がれ、始まると目を輝かせて夢中に見入り、憧れてのめり込む事になる――
マカダミアに戻ってからも、その時の興奮を忘れぬようにとたくさん絵を描き、最初は子供の落書きレベルの絵も歳を重ねるごとに上達していった――
最終的にランスの両親も一緒になってハマり、チョコランタの話題が絶えない家庭となる――
ランスが見習い兵士試験に受かると、当時の王ブライがマカダミアから通うのは大変だろうと城内に部屋を提供した。
それだけでなく、食事等に困らないように城の設備を自由に使える好待遇を与えられ、ランスは親元を離れてチョコランタで暮らし始めた。
それからは、手紙で互いの近況報告をし合うのが恒例行事のように当たり前になった。
ランスの場合はチョコランタの王族や王近衛騎士語りや、描いた絵を同封したり――
母親はランスを心配する内容ばかり、父親は勤め先の仕事の話等、離れて暮らせど心の距離が離れる事はなかった――
「……父ちゃん……。今日先輩に嘘ついちゃったんだ……。本当はミスティーさんのお姉さんの働いてる場所知ってたのに……。……怒られる……かな?」
そう父親に語り掛けるように呟いたランスの表情は、普段の明るいランスとは思えないぐらいに暗く陰りながらも、再び父親との思い出を振り返る――
いつもやり取りしていた父親の手紙に、不穏な気配が漂いだしたのは、勤め先にティス様が来たと書かれてからだった――
最初は普通に自慢するような内容だったのが、他言無用とした上で“ティス様が不憫だ”と憐れむ内容になり、ついには“ティス様を助けたい”と書かれるようになった――
もちろん、ランスはすぐに詳しく教えて欲しいと返信したが、それに対する返事はなかった――
そして、最後の手紙には死をも覚悟したような内容が綴られていた。それは――
――ティス様は操られている。もし、私に何かあったらお前がティス様を助けて守って欲しい――
ランスは最初これを読んだ時、信じ難い内容で意味がわからなかった。
だが、身の危険を覚悟する程の事が起こっているのはわかり、そんな危険なら身を引いて安全第一だと返信したが返事はなかった――
その約ひと月後、父親の訃報が届いた――
原因不明の火事による事故死と書かれていたが、ランスはそれを当然信じなかった――
(……操られたティス様や、死んだ父ちゃん……俺は研究所の連中を絶対許さない……。父ちゃんとの約束通り、俺がティス様を助けて守ってみせる……。それでもって、父ちゃんの仇を討つ――)
ランスは怖いぐらいの決意に満ちた強い眼差しで墓碑を見据えていた――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――もし、僕が嘘ついてたら怒る?――
メティーの頭の中にクロウさんが言った言葉が繰り返される――
(……嘘? あ……さっきの悩んでるような感じのは、もしかしてこの事を考えて……だったのかな?)
手を震わせる程に思い悩む“嘘”を怒るかと聞かれたら、私の答えは迷うことなく決まっていた――
「……じじょーがある“うしょ”はしょーがないの……だから、おこんないよ?」
私が素直に思った事を伝えて微笑むと、クロウさんは口元を歪めた。
それは、吐き出す事の出来ない“嘘”に苦悩しているように見えた――
クロウさんの手の震えは未だに治まらず、私はそんな姿を見てるだけで、胸が苦しくなって泣きそうになってくる――
(クロウさんの苦しさを少しでも楽にしてあげたい……。私はクロウさんに何をしてあげれる?)
クロウさんの話を聞いてあげるにも、話し難い“嘘”を聞き出すなんて余計苦しめるだけだと思うと、今は“大人”の出番じゃない――
こんな時だからこそ“子供”の出番――
ベッドに座ていた私は意を決してベッドの上に立ち上がると、クロウさんの頭を優しく撫でた――
「よしよし……だいじょーぶ……こわくないよ」
「え……?」
「……わたち……くりょーしゃんになでなでしてもらうと、あったかくて……あんしんすりゅの!」
――僕のそばで笑ってて――
クロウさんに頼まれた言葉が私の脳内に再生されると、その言葉を必要としているのはきっと今だとばかりに、私は潤んだ目から涙が零れぬよう懸命に微笑みを浮かべる――
「……だから、くりょーしゃんもなでなでしてあげりゅね!」
「っ…………ありが……と……」
クロウさんが泣きそうな弱々しい声で呟くと、その声に涙腺が崩壊しそうになるのを必死に堪えつつ、私はクロウさんの頭を撫で続けた――
「……よしよし……やさしーくりょーしゃんのこと……きらいになったりしないよ」
「っ!」
クロウさんはビクッと身体を震わせると、少し和らいだかと思われた口元が再び苦しげに歪んでいた――
(え!? 今の言葉に何か“禁句”でもあった!?)
私は内心アワアワと焦りながら自分の言動を思い返していると、その疑問を晴らすようにクロウさんがか細く呟いた――
「……僕は…………優しくなんかないよ……」
「……え?」
私は“優しいクロウさん”が“優しくない”なんて想像もつかず、困惑してそれ以上言葉が出てこなかった。
「……研究所にいた頃、唯一僕に優しくしてくれた人がいたんだ……」
クロウさんは私にわからせる為なのか、昔語りを始めた――
「……歳の近い息子さんがいるみたいで、僕の事も実の息子のように優しくしてくれたんだ……」
話の内容に反してクロウさんの声は暗く、私はどう相槌を返すのが正解なのかと悩んだ挙句、少しでも場が明るくなるようにと振る舞う――
「くりょーしゃん、よかったねー! しょのひとのおなまえなぁに?」
「………………ダンテ・フォーベルトさん……」
「……またあえりゅといいね!」
未だ暗い声のクロウさんが笑ってくれるように、私は場違いとも言える空回りの明るさを振り撒いた結果――
「……会えないよ」
「え?」
「……死んじゃったんだ……」
「あ……」
私は見事に撃沈し、振り撒いた明るさの分だけ気まずさが増して言葉に詰まる――
その気まずさで静まった室内に、クロウさんは更に衝撃の一言を呟いた――
「……僕が…………殺したんだ――」
「……ふぇ?」
私は衝撃的すぎて場違いな間抜けな声を出すのが精一杯だった――
(……クロウさんが?……ほんとに?)
私はどうしてもクロウさんの言葉が信じられなかった。なぜなら、クロウさんはサンセやカイトみたいに戦い慣れてる感じはしなかった。
それこそ、勉学を特化して運動は苦手なタイプだと思い込んでいた――
それでも、クロウさんは自身の震える手を見つめながら、辛そうな声で呟いていて――
それは、紛れもない真実なんだと告げているようなものだった――
(あ……研究所ならおそらく毒薬とか武器で命を奪う以外の方法もあるんだ……。そもそも、人の死で嘘や冗談を……ましてやそれを笑いながら言う人がいたら、それこそ“優しくない人”ってやつだよ!)
クロウさんは“優しい”からこそ“辛い”んだ――
きっと、クロウさんはその人の死を望んでなかったのでは?――
それは私の単なる憶測で、だからこそ土足でズカズカとクロウさんの心の中に入れないデリケートな問題だ――
(周りが“人殺し”に変わりないと責め立てるなら……私は……私だけはクロウさんの味方になる! それでクロウさんが話してくれるのを待って、そばで支えて、一緒に乗り越えるの!)
私はその決意を胸に、クロウさんの首の後ろに手を回してクロウさんに抱きついた――
「え……?」
「しゃっきいったでしょ? わたちはくりょーしゃんのこと きらいにならない」
「っ…………どう……して…………僕は……っ……」
クロウさんは辛そうに何かを言いかけた口を噤んだ――
(……まだ話せないか……当然だよ……無理に聞き出しちゃダメ……そんな事して嫌われたくない。……って、私さっき何言った!?)
――嫌いにならない=好き――
そんな思考が脳内に浮かぶと、クロウさんに自分の気持ちがバレバレなのではと、大人の冷静さでさっきの自分を後悔する――
(って……私ってば抱きついてるし! 子供の姿をいい事になんて大胆な事を! いいい今すぐ離れないと――)
脳内がパニックに陥り、大人の冷静さとやらはどこへ行ったのかの慌てようでクロウさんから離れようとすると――
今度は逆にクロウさんに抱きしめられた――
(え……え!? えええぇぇぇ!?)
抱っこを別として、クロウさんからちゃんと抱きしめられたのはこれで2回目――
とはいえ、前は自分が泣いていて余裕がなさ過ぎてわかっていなかっただけで、ほのかに香るクロウさんの香りを認識して心臓が高鳴る――
(クロウさんの香りに安心していい匂いだと思うなんて……クロウさんが精神的に辛いって時に何考えてるの!? 最低すぎる変態か!……落ち着いて! 落ち着くのよ私!)
自分に言い聞かせて必死に落ち着けようと深呼吸するたびに、余計クロウさんの香りがして心臓が苦しい――
「…………メティー」
クロウさんはそんな極限状態の私を抱きしめたまま呟き、更に弱々しいながらも意志のある言葉を続けた――
「…………ティス……を……助けたら…………メティーに伝えたい事がある……」
「え……しょれってもしかして――」
「うん……僕の嘘をちゃんと話す――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サンセが食器を洗い終えると、程なくしてカイトが階段を下りてきた――
「……あれ? メティーは?」
サンセは周囲を見回してからカイトに尋ねると、カイトはチラリと階段を見てからボソリと呟く――
「……クロウが…………メティーと少し……話したいって……」
「……へぇー……少しイジメ過ぎちゃったかな……」
サンセが意味深に呟くと、カイトは当然わからず首を傾げた、が――
サンセは気にするなという意味でカイトの肩をポンポンと軽く叩くと、上の階へ憐れむような視線を向けた――
(僕が気付いた嘘を、後ろめたくてメティーに告白してる?……確かに、嘘つくの向いてないよ――)
サンセがそう思考してリビングのソファーへ座ろうと視線を移すと、そこにはアビスが目を閉じて横たわっていた――
「な! いつの間に――」
「メシス……」
「え……」
サンセは見知らぬ少年が気配もなく突然現れた事に驚いたが、カイトの発言に納得するように黙り込んで“メシス”を見据えた――
一方アビスは、姿と気配を消して宿屋からずっとサンセの後をつけ、一部始終見ていたわけで――
面倒極まりない長丁場にウンザリし、リビングに誰もいなくなったのを見計い、ソファーで寛いでいたわけだ――
すると、アビスは目を開けて気だるげに起き上がり、サンセとカイトをチラリと見た。
「んーと……久しぶりと初めまして?」
アビスは面倒くさそうなやる気のない態度だった。それでも、実力者ならば自ずと肌でアビスの力量を感じとれる強者の風格があった――
(ああ……メシス様だ……紛うことなきメシス様だ……。子供の頃、僕に似てるなんて烏滸がましい事を思ってすみません……)
サンセはアビスの赤い瞳に自分が映った事で、神の絵本愛好家故のミーハーな部分が出てきてしまったようで、穴があくほどに“実在するメシス様”を凝視していた――
「…………何?」
アビスは今まで向けられた事のない類いの視線に、怪訝そうに眉を顰めた――
「あ……申し訳ありません! メシス様にお会い出来た事に感極まってしまって……」
サンセは跪いてアビスに敬意を示すと、アビスはそれを見てキョトンと呆けたのも束の間でニヤリと笑った――
「……なーんか思ってた反応と違うけど……これならすんなり渡してくれそうで良かったよ……」
「渡す? 何をです?」
「……宿屋の忘れ物……って言えばわかる?」
「っ!」
サンセはやっと冷静さが戻ってきたのか、憧れの存在へ向ける眼差しから、敵対する研究所の者を見る険しい眼差しへと変わった。
(メティーがメシス様は研究所にいるって言ってたのに……。それでも、やっぱりわからない……。なんでメシス様は研究者の言う事を聞くのか……。今だって“忘れ物を取りに行く雑用なんか”をメシス様に押し付けるなんて……。クロウが憎むと言うぐらいじゃ、セルフィーさんは相当悪い奴って事?)
サンセは憧れも混じった考えで迷走していた――
「……渡す事は構いません……でも! こちらの質問にひとつ…………いや、ふたつ…………3つほど答えてくれませんか?」
サンセのその言葉に、アビスはあからさまに面倒くさそうな顔でサンセを睨んだ――
「そんな目で見てもダメですよ? それが忘れ物を受け取る為の交換条件なら、従うしかない……ですよね?」
「………………」
サンセはその視線に敬愛の心が痛みながらも、めげずに強気に話し、不服そうにしつつも黙った“メシス”に質問を始める――
「まず、メシス様はメティーに“メシスだけどメシスじゃない”と言ったようですが、どういう意味ですか? 絵本とは確かに姿は違う……それでも、神聖な存在感に気が引き締まります……。だから、僕にも貴方が“メシス様”にしか思えません……」
サンセの真剣な眼差しに、アビスは気だるげに再びソファーに横たわり、面倒くさそうに話し始める――
「……言葉通りの意味なんだけどなぁ……。だから、それ以上深く話せるものでもないって言うか……」
「メシス様ではある……けれど、メシス様ではない貴方は、研究所の連中になんと呼ばれているのですか?」
サンセが話を整理するように考え込みながら、確信に迫ろうと真剣に“メシス”を見据えた――
「…………それ、もうふたつ目の質問って事?」
「え……あ、これはつい気になっただけなので……答えなくて――」
「いいよ…………別に隠すようなもんじゃないし、答えてあげる……」
アビスの発言にサンセは取り消そうとしたが、アビスはそれに被せるようにどこか楽しげに呟いた――
「あいつらには“アビス”って呼ばれてる……」
「アビス? それはどういった経緯で――」
「んー……さすがにそれはふたつ目の質問って事でいい?」
「あ……なら、やっぱりなしで……」
サンセがそう言って諦めると、アビスはケラケラと楽しげに笑った。そんな友好的な態度だからこそ、サンセはどうしても聞きたかった――
「ふたつ目は……なぜ、研究所の味方に付いているのですか? メティーは絶対メシ……いえ、アビス様がそばにいてくれた方が心強いと思うのですが……」
「…………僕はあいつらの味方になった覚えはないよ? あいつらの事……大嫌いだし」
「っ!」
アビスは最初はケロリとして嘘とも真ともとれる口振りだったが、その後の言葉は殺意すら感じるような冷たい声と表情に変わり、サンセは背筋がゾクリと凍る――
(……殺気を上手く隠しているけど……最初言った事は嘘じゃなさそうだ……)
「……大嫌いなのにそばに?」
サンセはその感じ取った矛盾点を自然とアビスに尋ねていた――
「…………それ、3つ目? なーんてね。……特別に答えてあげる。……大嫌いだからこそだよ……」
アビスはさっきの冷たさが嘘のように再びケロリと答えたかと思えば、再び冷たくニヤリと嗤う――
(っ…………それは……いつでも殺せるように……って事なんだろうね……)
サンセはそう感じる程にアビスの恐ろしさを痛感し、絶対に敵に回してはいけないと冷や汗をかく――
「……つまりは、アビス様は僕らの味方って事ですよね……良かっ――」
「君らの味方になった覚えもないけど?」
「え……でも――」
「僕は……メティーの為に動くだけ……。人間がどうなろうと興味ない」
アビスが冷たい目でサンセを見据えると、サンセは言葉が出てこなかった――
(っ……アビス様は人間そのものを嫌って……いや、憎んでいる?)
サンセがそう感じる程の冷たい視線で、今はこれ以上深入りは禁物だと悟る――
「……図々しい事思ってすみませんでした。アビス様がメティーの為に動いてくれてるだけで充分ですし、メティーもきっと喜びます……。えっと……じゃあ最後の質問を――」
「えー……もうよくない? 僕おまけで結構答えてると思うんだけどなぁ……」
サンセが腫れ物を扱うように言葉を選んで話せば、アビスはさっきまでの恐ろしさから一変して、子供が駄々をこねるように口先を尖らせた――
感情がコロコロ変わり一見扱いにくそうなアビスだが、サンセは先程のアビスの言葉からヒントを得ていた――
「アビス様……実は最後の質問はメティーの事で、ちょっと心配な事が――」
「え? メティーがどうしたの!?」
アビスはまんまとサンセの策に嵌り、勢いよくソファーから起き上がると早く話せとばかりにサンセを見た。
(……チョロい)
サンセはそんな内心を隠し、神妙な面持ちでアビスに尋ねる――
「……実は……突然辛そうに顔を歪めて意識を失う事があって……アビス様なら原因がわかるのではと……」
アビスは少し考える素振りをしてから呟く――
「…………もしかして…………メティーとふたりで話したいんだけど――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
黒猫を追うように三毛猫が廃墟を飛び出すと、三毛猫は執拗に黒猫を追いかけ続け、ついには元いた酒場の路地裏へと行き着いた――
路地の塀に、行き止まりに追い詰められたように見えるふたつの猫の影が映ると、どこからともなく声がした――
「チッ……しつこいなぁ……。俺はお前の場所をわざわざ教えて、それで手当てしてもらえた……言わばお前の恩人……。なのに、何が不満なんだ?」
その声の主に抗議するように、ニャーニャーと猫の鳴き声が響く――
「ああ……俺から俺が喰らったお前を蹴り飛ばした人間のニオイがするのか?……それとも、俺が喰らった他の猫達のニオイがするのか?」
声の主が愉しげに嗤うと、耐え兼ねたように塀に映る猫の影が、もう一方の猫の影に飛び掛かる――
「あーあ……命は大事にしないと」
そう聞こえた瞬間、飛び掛かられた方の猫の影の形がぐにゃりと歪んで大きくなったかと思うと、飛び掛かる猫の影を一呑みにした――
大きな影は再び1匹の猫の形へと変わって歩み出すと、路地から右目を怪我した黒猫が平然と顔を出し、マカダミアの街へと消えて行った――
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
次回、アビスはメティーに何を話すのか!? 一夜明けるとメティーとアビスの姿がない!? 取り乱しつつもサンセは一旦チョコランタへ!?
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