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第1章 神奮励~チョコランタ王国編~
【幕間】サンセの初恋
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――僕は子供の頃……たしか7歳ぐらいの頃に読んだ絵本【メシアとメシス】が大好きだった――
貴族であった僕は、絵本は平民の見る物だと見せてもらえなかった。親がそういうならそうなのだろうと、平民は貴族より下なのだろうと。貴族の振る舞いを叩き込まれ、言われたままに聞き入れ貼り付けた。
絵本の代わりに家庭教師の者から、この国に神がいたという必要最低限な勉強を、口頭で聞かされてるという感覚だった。
白銀の髪と青い瞳の優しい【光の神メシア】と、白銀の髪と赤い瞳の悪い【闇の神メシス】がいること。
光の神は傷を癒やしたり、お腹が空いた者には食べ物を、お金に困った者にはお金を、病に倒れ治す術もない者には病すら癒す……民のどんな願いも叶えてくれること。
メシスは悪き者に裁きを与える事。
ふたりの神を大切した者に、神の加護【魔法】が与えられ、それがのちの今の王族だという事。
聞いた時は「ふーん」と思う程度だった。
普通の子供ならすごいと思うだろうけど、僕は子供ながらに冷めていた。
メシアはバカなのかと思った。良い奴ばかりと限らない。悪い奴に利用されそうだと――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――貴族が開く茶会では、子供の頃から歳の近い貴族令嬢達が擦り寄ってきていた。
その理由は、当時王子であるビターはまだ子供ながらにすでに隣国アーモンド国の王女と婚約が決まっていた。
王子との婚姻が叶わないや否や、貴族令嬢達が貴族の中でよりいい者へ集うのは必然だった。言われたままに貴族として和やかな姿を貼り付けていただけなのに、それが裏目に出た事にうんざりした。
お淑やかな令嬢がベタベタ擦り寄り気持ち悪い……思い出すだけでも虫唾が走る……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――買い物に出掛ける際、貴族街にも商店はあるけど、令嬢達に見つかりたくない。従者に平民達の城下街に行きたいと言うと、怪訝な顔をされた。
――僕は仕方なく従者を撒いて城下街へと走った。
着いて初めて見た景色は賑やかで、お高く気取った貴族街とは全然違った。息きらせて走ったドキドキもあるけど、初めて見る景色に胸が高鳴った。
――その想いもすぐ終わりを迎える。
貴族の子供が何しに来たんだという目でジロジロ見られた。貴族が平民を下に見る者なら、平民は貴族を嫌う者なのだと知った。
僕はその視線に耐えられず、古びた店に駆け込んだ。
ひっそりして客は誰もいなかった。雑貨や文具など、いろいろ置いてる店のようだ。店内を物珍しく見回していると、ひとつの絵本の表紙に釘付けになった。
――恐る恐る手に取り、じっと表紙を眺める――メシアとメシス――
ふたりの幼そうに見える可愛らしい神の絵を見た時、僕は昔の僕を嘲笑った――聞かされたまま僕は神の姿を想像すらしていなかったのだと――
「――読みたいのかい?」
時が止まったように表紙に見入っていた僕に、店主であろうおばさんが声をかけてくれた。僕は驚きながらも、自然と頷いていた。おばさんは「いいよ」と優しく笑った。
――恐る恐る僕は絵本を開く――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あるところに、やさしいひかりのかみさまメシアと、わるいやみのかみさまメシスがすんでいました。
メシアはこまっているひとを【まほう】でたすけ、むらびとたちに あいされていました。
そんなむらびとたちに こちらをみてほしくて、メシスは【まほう】でいたずらをして、よくむらびとたちをこまらせていました。
メシスのいたずらは、どんどんひどくなっていきました。
とうとうメシスは、むらびとのあしを けがさせてしまいました。そこまでするつもりのなかったメシスは、みえないところにかくれてようすをみていました。
そこへメシアがやってきました。あしをけがして うごけなくなった むらびとを、かわいそうにおもったメシアは そのむらびとのあしにふれると、みるみるきずがなおっていきました。
そのむらびとは「ありがとう」と、おれいに、もっていたりんごをメシアにあげました。
メシアは おれいをもらえると おもっていなかったので おどろき、うれしそうにほほえみました。
つぎのひ、メシスがむらにいくと「でていけ!」と、いしをなげつけられました。むらびとたちは だれひとりとして、メシスをみむきもしませんでした。
なげつけられたいしで あたまをけがしたメシスが むらをでてあるいていると、メシアがやってきました。
メシスは メシアがきらいでした。メシアだけが あいされているからです。
だから、とうぜんメシスは、メシアも むらびとをこまらせてばかりのじぶんを きらっているとおもっていました。
メシスのあたまのきずにきづいたメシアは、あたまにふれてきずをなおしてあげました。とまどったメシスは「どうして?」とききました。
「メシスはほんとはわるいこじゃなかったのに……ごめんなさい」
メシアはメシスをやさしくだきしめ、そういいました。
「どうしてあやまるの? わるいことしてたのは わたしなのに……なんでほんとのわたしを わかってくれるの?」
メシスはメシアのうでのなかで、なみだをながしました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そこまで読んだ時、僕は頬に涙が伝っている事に気付く。
「……気にしないで読みな」
おばさんは優しく笑い、僕が読み終わるまで頭をずっと撫でていてくれた――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからメシアとメシスは、どこへいくにも いっしょの なかよしになりました。
ふたりがいっしょだと、いままでメシアに「たすけておくれ」といってきていたむらびとたちは、メシスをにらみつけ、はなしかけてこなくなりました。
メシスは「わたしのせいでごめんなさい」と、メシアにあやまると メシアはメシスをだきしめ「だいじょうぶ、わたしにはメシスがいるもの」とほほえみました。
ふときづくと、メシアがきずをなおし おれいのりんごをくれたむらびとがいました。
メシスは けがさせてしまったむらびとに おこられるのがこわくて、メシアのかげに かくれました。
むらびとは メシアのかげにかくれたメシスをみておどろき、あとずさりました。
メシアは、かくれたメシスと てをつなぎました。てのひらに あたたかなひかりをかんじたメシスは、ゆうきがでました。
「けがさせてごめんなさい」
メシスはむらびとにあたまをさげました。メシスはそれでも ふるえていました。
むらびとは、てをあげました。メシスは たたかれるとおもい、ぎゅっとめをとじました。
むらびとは、メシスのあたまをやさしくなでました。
おどろいてかおをあげたメシスがみたのは、むらびとのやさしいえがおでした。
そのごも、そのむらびとだけが ふたりをみつけては わらってはなしかけ、やさしくしてくれました。
そのおれいがしたくて、メシアとメシスは むかいあい、りょうてをつなぎ いのりました。
すると、にじいろにかがやくひかりがうまれ、そのひかりはむらびとのなかにすいこまれ、ふしぎなちから【まほう】をさずかったのです。
のちにそのむらびとは、かみのかごのもとおうさまになり、かみたちはすがたをかくしました。
すると、おうこくのひとたちに ふしぎなできごとがおこるようになりました。
いいことをすればいいことがかえってくる。
わるいことをすればわるいことがかえってくる。
そう、かみはいまもどこかで、たみたちをみているのです。
おしまい
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕が聞かされた話と全然違った。
この話を簡潔にすれば聞かされた話に違いはない。
自分で知ろうともせず、バカな神と思ったメシアは、どこまでも優しく暖かかった。慈愛にみちた微笑みは僕に擦り寄ってきた令嬢達と違いとても美しいと思った。
読んでいて、いつの間にか僕は自分とメシスが似ていると重ねていた。メシスの寂しさからのいたずらだと。気付いてほしかっただけなのだと。
だから、メシアがメシスを抱きしめた時、こんな貼り付けた僕でもほんとの僕に気付いて一緒に抱きしめられた気がして涙が出たんだ。
読み終わると僕は無意識にメシアが微笑んだページへと遡っていた。メシアの微笑みは僕の冷めた心を熱くした。
しばらく本を見つめ惚けていた僕に――
「ずいぶん気に入ったようだね」と、おばさんが声をかけてきた。
「……あ!……この本下さい!」と、言った後、お金はいつも従者が持っていると気付く。
「……あ……今……お金を持ち合わせてなくて……」
買えない事の残念さで視線も足元へと落ちた僕に「あげるよ」と、おばさんの優しい声が聞こえた。
「え!?」と、慌てて視線をおばさんに向けるとにっこり笑っていた。
「そ、そんな! 申し訳ないです! 日を改めてお金を……」
「子供なんだからそんなこと気にしなくていいんだよ」
「で、でもおばさま!」
「おばさまぁ? 嫌だねーおばさんでもおばちゃんでもいいよ!」
おばさんは、手を顔の横でぺしぺしと振りながら豪快に笑い出す。
「……おばさん?」
「そう! 貴族の坊ちゃんは大変なんだねぇ。こんな小さな頃から言葉使いも立派だし……」
「ご、ごめんなさい」
貴族は平民に嫌われていたんだったと、反射的に謝ってしまった。
「何で謝るんだい? アンタは何も悪いことしてないだろう? 私はただここに居る立派な坊やに本をあげたいだけなんだけどねぇ?」
おばさんは、おどけてウインクして笑う。
「っ!……ありがとう!」
貴族の坊ちゃんが立派な坊やに変わっただけなのに、ほんとの僕に言われた気がして嬉しかった。
「うん! 子供はそうやって笑うもんだ!」と、おばさんはにっこり笑った。
ハッとして僕は頬に手を当てた。
今のがほんとの僕の笑顔?
貼り付けることに慣れて、すっかり忘れてた感覚に嬉しくなった僕は――
「また来てもいい?」
「急いで店に入ってきてただろ? 見つかったら怒られるんじゃないかい?」
おばさんは僕の心配をしてくれてる。
これは来ちゃダメってことかとしょんぼりした僕に――
「ただし! 大きくなって自由に動けるようになったらいっぱいおいで」
「っ! うん! いっぱい本買いに来るから待っててね!」
にっこり笑ってくれたおばさんに、僕は思い出したばかりの笑顔をまた浮かべた。
――その日を境に僕は剣術や、武術、筋力トレーニングなどを必死にやるようになった。いつかメシア様が来たときに悪い奴に利用されないように守れる男になりたい一心だった。
それは誰にもこうしろと決められてない――初めて僕が選んだ――
貴族であった僕は、絵本は平民の見る物だと見せてもらえなかった。親がそういうならそうなのだろうと、平民は貴族より下なのだろうと。貴族の振る舞いを叩き込まれ、言われたままに聞き入れ貼り付けた。
絵本の代わりに家庭教師の者から、この国に神がいたという必要最低限な勉強を、口頭で聞かされてるという感覚だった。
白銀の髪と青い瞳の優しい【光の神メシア】と、白銀の髪と赤い瞳の悪い【闇の神メシス】がいること。
光の神は傷を癒やしたり、お腹が空いた者には食べ物を、お金に困った者にはお金を、病に倒れ治す術もない者には病すら癒す……民のどんな願いも叶えてくれること。
メシスは悪き者に裁きを与える事。
ふたりの神を大切した者に、神の加護【魔法】が与えられ、それがのちの今の王族だという事。
聞いた時は「ふーん」と思う程度だった。
普通の子供ならすごいと思うだろうけど、僕は子供ながらに冷めていた。
メシアはバカなのかと思った。良い奴ばかりと限らない。悪い奴に利用されそうだと――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――貴族が開く茶会では、子供の頃から歳の近い貴族令嬢達が擦り寄ってきていた。
その理由は、当時王子であるビターはまだ子供ながらにすでに隣国アーモンド国の王女と婚約が決まっていた。
王子との婚姻が叶わないや否や、貴族令嬢達が貴族の中でよりいい者へ集うのは必然だった。言われたままに貴族として和やかな姿を貼り付けていただけなのに、それが裏目に出た事にうんざりした。
お淑やかな令嬢がベタベタ擦り寄り気持ち悪い……思い出すだけでも虫唾が走る……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――買い物に出掛ける際、貴族街にも商店はあるけど、令嬢達に見つかりたくない。従者に平民達の城下街に行きたいと言うと、怪訝な顔をされた。
――僕は仕方なく従者を撒いて城下街へと走った。
着いて初めて見た景色は賑やかで、お高く気取った貴族街とは全然違った。息きらせて走ったドキドキもあるけど、初めて見る景色に胸が高鳴った。
――その想いもすぐ終わりを迎える。
貴族の子供が何しに来たんだという目でジロジロ見られた。貴族が平民を下に見る者なら、平民は貴族を嫌う者なのだと知った。
僕はその視線に耐えられず、古びた店に駆け込んだ。
ひっそりして客は誰もいなかった。雑貨や文具など、いろいろ置いてる店のようだ。店内を物珍しく見回していると、ひとつの絵本の表紙に釘付けになった。
――恐る恐る手に取り、じっと表紙を眺める――メシアとメシス――
ふたりの幼そうに見える可愛らしい神の絵を見た時、僕は昔の僕を嘲笑った――聞かされたまま僕は神の姿を想像すらしていなかったのだと――
「――読みたいのかい?」
時が止まったように表紙に見入っていた僕に、店主であろうおばさんが声をかけてくれた。僕は驚きながらも、自然と頷いていた。おばさんは「いいよ」と優しく笑った。
――恐る恐る僕は絵本を開く――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あるところに、やさしいひかりのかみさまメシアと、わるいやみのかみさまメシスがすんでいました。
メシアはこまっているひとを【まほう】でたすけ、むらびとたちに あいされていました。
そんなむらびとたちに こちらをみてほしくて、メシスは【まほう】でいたずらをして、よくむらびとたちをこまらせていました。
メシスのいたずらは、どんどんひどくなっていきました。
とうとうメシスは、むらびとのあしを けがさせてしまいました。そこまでするつもりのなかったメシスは、みえないところにかくれてようすをみていました。
そこへメシアがやってきました。あしをけがして うごけなくなった むらびとを、かわいそうにおもったメシアは そのむらびとのあしにふれると、みるみるきずがなおっていきました。
そのむらびとは「ありがとう」と、おれいに、もっていたりんごをメシアにあげました。
メシアは おれいをもらえると おもっていなかったので おどろき、うれしそうにほほえみました。
つぎのひ、メシスがむらにいくと「でていけ!」と、いしをなげつけられました。むらびとたちは だれひとりとして、メシスをみむきもしませんでした。
なげつけられたいしで あたまをけがしたメシスが むらをでてあるいていると、メシアがやってきました。
メシスは メシアがきらいでした。メシアだけが あいされているからです。
だから、とうぜんメシスは、メシアも むらびとをこまらせてばかりのじぶんを きらっているとおもっていました。
メシスのあたまのきずにきづいたメシアは、あたまにふれてきずをなおしてあげました。とまどったメシスは「どうして?」とききました。
「メシスはほんとはわるいこじゃなかったのに……ごめんなさい」
メシアはメシスをやさしくだきしめ、そういいました。
「どうしてあやまるの? わるいことしてたのは わたしなのに……なんでほんとのわたしを わかってくれるの?」
メシスはメシアのうでのなかで、なみだをながしました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そこまで読んだ時、僕は頬に涙が伝っている事に気付く。
「……気にしないで読みな」
おばさんは優しく笑い、僕が読み終わるまで頭をずっと撫でていてくれた――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからメシアとメシスは、どこへいくにも いっしょの なかよしになりました。
ふたりがいっしょだと、いままでメシアに「たすけておくれ」といってきていたむらびとたちは、メシスをにらみつけ、はなしかけてこなくなりました。
メシスは「わたしのせいでごめんなさい」と、メシアにあやまると メシアはメシスをだきしめ「だいじょうぶ、わたしにはメシスがいるもの」とほほえみました。
ふときづくと、メシアがきずをなおし おれいのりんごをくれたむらびとがいました。
メシスは けがさせてしまったむらびとに おこられるのがこわくて、メシアのかげに かくれました。
むらびとは メシアのかげにかくれたメシスをみておどろき、あとずさりました。
メシアは、かくれたメシスと てをつなぎました。てのひらに あたたかなひかりをかんじたメシスは、ゆうきがでました。
「けがさせてごめんなさい」
メシスはむらびとにあたまをさげました。メシスはそれでも ふるえていました。
むらびとは、てをあげました。メシスは たたかれるとおもい、ぎゅっとめをとじました。
むらびとは、メシスのあたまをやさしくなでました。
おどろいてかおをあげたメシスがみたのは、むらびとのやさしいえがおでした。
そのごも、そのむらびとだけが ふたりをみつけては わらってはなしかけ、やさしくしてくれました。
そのおれいがしたくて、メシアとメシスは むかいあい、りょうてをつなぎ いのりました。
すると、にじいろにかがやくひかりがうまれ、そのひかりはむらびとのなかにすいこまれ、ふしぎなちから【まほう】をさずかったのです。
のちにそのむらびとは、かみのかごのもとおうさまになり、かみたちはすがたをかくしました。
すると、おうこくのひとたちに ふしぎなできごとがおこるようになりました。
いいことをすればいいことがかえってくる。
わるいことをすればわるいことがかえってくる。
そう、かみはいまもどこかで、たみたちをみているのです。
おしまい
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕が聞かされた話と全然違った。
この話を簡潔にすれば聞かされた話に違いはない。
自分で知ろうともせず、バカな神と思ったメシアは、どこまでも優しく暖かかった。慈愛にみちた微笑みは僕に擦り寄ってきた令嬢達と違いとても美しいと思った。
読んでいて、いつの間にか僕は自分とメシスが似ていると重ねていた。メシスの寂しさからのいたずらだと。気付いてほしかっただけなのだと。
だから、メシアがメシスを抱きしめた時、こんな貼り付けた僕でもほんとの僕に気付いて一緒に抱きしめられた気がして涙が出たんだ。
読み終わると僕は無意識にメシアが微笑んだページへと遡っていた。メシアの微笑みは僕の冷めた心を熱くした。
しばらく本を見つめ惚けていた僕に――
「ずいぶん気に入ったようだね」と、おばさんが声をかけてきた。
「……あ!……この本下さい!」と、言った後、お金はいつも従者が持っていると気付く。
「……あ……今……お金を持ち合わせてなくて……」
買えない事の残念さで視線も足元へと落ちた僕に「あげるよ」と、おばさんの優しい声が聞こえた。
「え!?」と、慌てて視線をおばさんに向けるとにっこり笑っていた。
「そ、そんな! 申し訳ないです! 日を改めてお金を……」
「子供なんだからそんなこと気にしなくていいんだよ」
「で、でもおばさま!」
「おばさまぁ? 嫌だねーおばさんでもおばちゃんでもいいよ!」
おばさんは、手を顔の横でぺしぺしと振りながら豪快に笑い出す。
「……おばさん?」
「そう! 貴族の坊ちゃんは大変なんだねぇ。こんな小さな頃から言葉使いも立派だし……」
「ご、ごめんなさい」
貴族は平民に嫌われていたんだったと、反射的に謝ってしまった。
「何で謝るんだい? アンタは何も悪いことしてないだろう? 私はただここに居る立派な坊やに本をあげたいだけなんだけどねぇ?」
おばさんは、おどけてウインクして笑う。
「っ!……ありがとう!」
貴族の坊ちゃんが立派な坊やに変わっただけなのに、ほんとの僕に言われた気がして嬉しかった。
「うん! 子供はそうやって笑うもんだ!」と、おばさんはにっこり笑った。
ハッとして僕は頬に手を当てた。
今のがほんとの僕の笑顔?
貼り付けることに慣れて、すっかり忘れてた感覚に嬉しくなった僕は――
「また来てもいい?」
「急いで店に入ってきてただろ? 見つかったら怒られるんじゃないかい?」
おばさんは僕の心配をしてくれてる。
これは来ちゃダメってことかとしょんぼりした僕に――
「ただし! 大きくなって自由に動けるようになったらいっぱいおいで」
「っ! うん! いっぱい本買いに来るから待っててね!」
にっこり笑ってくれたおばさんに、僕は思い出したばかりの笑顔をまた浮かべた。
――その日を境に僕は剣術や、武術、筋力トレーニングなどを必死にやるようになった。いつかメシア様が来たときに悪い奴に利用されないように守れる男になりたい一心だった。
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