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第1章 神奮励~チョコランタ王国編~

第5話 無力な神

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 人を斬った人が近付いてくる――

(殺気がなくても怖いものは怖い!)

 怯えて尻もちを着いたまま後退りする私を見て、あの人がその場にひざまずいて剣を前に置いて頭を下げた――

「……メシア様の御前で人を殺め、怖がらせてしまい、申し訳ありません……」

(あ……れ? いい人なの?)

 それでもまだ震えは止まらず、腰が抜けたのか立ち上がる事も出来ない――
 斬られた人達が視界に入り、恐怖で気持ちが悪くなる。今までが平和すぎて、全然わかってなかった――

(ここは、人があんなにも簡単に斬られて死んでしまう世界なんだ……)

 そんな私を察してくれたのか「……場所を変えましょう」と、立ち上がって剣を腰の鞘におさめた。
 よく見ると、反対側の腰にも剣を下げている――

(二刀流?)

 そして、私にゆっくり近付き、壊れ物を扱うように優しく抱き上げた――
 左腕に腰掛けるような抱っこで、私は落ちないように自然にしがみつくと、近い距離でオレンジ色の瞳と目が合う――

 さっきの怖い時と雰囲気が変わって、私を見る表情も優しく柔らかい――
 だからなのか、場所を変えるべく歩いている最中に思わず話しかける――

「……あなたは、わたちを“ちゅかまえない”ひとー?」
「……はい。我が主である王の命により、メシア様を利用する者達の動向を調べるのが私の役目です」
「へ?」

(今、この人“王”って言ったよね!? 捕まえる“お触れ”を出したのが“王様”じゃないの?)

 首を傾げて混乱した私を見て、よほど変な顔だったのか、あの人はクスクスと笑った。
 至近距離のイケメンの微笑みに思わずドキッとする――

(わっ! ほんとにさっきの怖い人!?)

 さっきのが嘘のように優しく微笑むから、警戒する気持ちを解かれそうになる――

「……確かに不思議だよね。表向きで探してるのは、捜索の指揮を申し出た“大臣”なんだ」

 私の顔で疑問や、警戒して強ばっているのを察してくれたのか、子供に話すように優しく柔らかな口調で教えてくれた。
 口調が変わって少し戸惑ったけど、年上の人に敬語を使われると変に緊張するから、この口調の方が私には助かるかも――

「でも、大臣は裏でさっきのようなガラの悪い賊を雇って、王にも秘密で捕らえようとしてる……メシア様を“利用する為に”ね」

 そう言うと、表情が一瞬だけ冷たくなった。
 それだけ大臣の事を許せないと思ってるのかもしれない――

 話を整理すると、私を捕まえて“利用しようとしてるのは大臣”で、この人は“王様の命令で大臣の動向を探っている”――
 だから、この人は“私を捕まえない人”。つまりは――

「あなたは、わたちの“みかたー”?」
「そうだよ」

 そう言って優しく微笑む姿は、これで後で敵だと言われたら人間不審になるレベルの、疑いようもない無駄に眩しい微笑みだった――

(……これだからイケメンは困る)

 心臓が無駄にドキドキするのは、至近距離でのイケメンを見慣れてないからだろう――

――歩きながら話していると、さっきの場所から少し離れ、森の木々で囲まれた湖に出た。

「わぁー! きれー!」

 危ないって理由で、しーちゃんは岩穴周辺しか外に連れ出してくれなかった。
 それこそ、城下街に連れてってもらえたのは、私の駄々こねの粘り勝ちだったりする――

 だから、こんな所に湖があるのを初めて知り、はしゃいで笑顔になると、この人も優しく微笑んで私を下に降ろしてくれた。

「メシア様の気分も少し良くなったみたいで良かった」
(あ……私が気持ち悪そうだからきれいな湖に連れて来てくれたの?)

 空気も澄んでいて爽やかで落ち着く――

「えっと……ちゅれてきてくれて ありがとー」

 初対面の人に何となく照れくさくて、手を前でモジモジして感謝を込めて微笑むと――
 また、ふわっと優しく微笑んでくれた――

 ほんとにさっきと雰囲気がすぎて、未だに戸惑う――

(“なんでさっきと雰囲気変わったの?”なんて、直球すぎて会ったばかりの人に聞くには失礼だよね……)

 それでも、気になってチラチラと観察していると――

「……あ、まだ名乗ってなかったね。……改めて、僕はチョコランタ王国の王族近衛騎士ロイヤルナイトのサンセット・ゲイン……サンセとお呼び下さい」

 そう言って、ひざまずいて右手を胸元にあて、丁寧に頭を下げた――

 服装は冒険者風の装いだけど、その姿はまさに騎士様って感じで、絶対モテると確信――
 もしかしなくても、すでに女性達の憧れの的になってるような人なんじゃ?

「えっと……“しゃんしぇしゃん”?」
(うわ! サンセさんって言いにくい名前!“サ行”のトリプルコンボ……)

 そう思った表情があからさまに顔に出ていたのか、サンセさんはクスクス笑う――

はいらないよ?」
「……しゃんしぇ?」
「なに?」
「わたちも“めてぃー”でいいよー?」
「メティー?」

 サンセは不思議そうに首を傾げる。

「“めてぃあ”のこと、しょう“よぶこ”がいりゅの!」
「ああ、なるほど……“メシア”って言えなかったから、そこから“メティー”ね」

 サンセは納得してクスクス笑う――
 私の精一杯の喋りを笑われた事に、拗ねるように頬を膨らませて冗談っぽく睨む――

「ごめんごめん。……でも、笑ったのはバカにしたんじゃなくて、メティーが“何でも顔に出る素直で可愛いらしい子”だから、自然と笑っちゃっただけ」

 そう言って、サンセは私の頭を撫でながら優しく微笑んだ。

(う……わぁああ!)

 何でも顔に出るって言葉にグサッときたのに、その後の“可愛らしい”と“微笑み”と“撫でる”の合わせ技の破壊力で顔が熱くなる――

「……がメティーを今まで守ってくれてたのかな?」

 サンセにそう聞かれて我に返り、守ってくれてたって言葉が誇らしくて、しーちゃんを自慢したくなる――

「うん!  しーちゃ――」

 笑顔でそこまで言いかけ、私は慌てて自分の手で口を塞ぎ、サンセから視線を逸らす――

 しーちゃんは獣人だからなのか、人間と関わることを望んでないように思う――
 人間の街に買い出しに行った時、人間と深く関わらず足早に移動してたし――

(それで私はぐれたんだもん……)

 人間のサンセに、しーちゃんの事を勝手に話しちゃダメな気がする――

(せめて、しーちゃんに聞いてからじゃないと……)

 サンセに視線を戻すと、サンセは複雑そうに苦い笑みを浮かべた――

「……僕はひとまず帰って王に報告するよ」
「へ?」

(しーちゃんの事無理に聞かず、話を逸らしてくれた?)

「あ、まだちゃんと言ってなかったっけ? 王を含めて命を受けた王族近衛騎士ロイヤルナイトは、メティーを“利用しようとする者から守り保護する”べく、大臣にバレないようにこっそり動いてるんだ」
 
(……保護?)

 私を利用しようと思ってる人ばかりじゃないとわかって、少し安心する。でも――

「……ころしゃないとなの?」

 さっき斬られた人を思うと、あれはやり過ぎだと思った。

「……殺さないと奴らはまたメティーを捕まえにくるよ?」

 サンセの怖いぐらい真剣な視線にビクッとひるむ――

「……しょうだけど……」

 “誰も死んで欲しくない”なんて、甘い考えなのかな?“みんな仲良く”なんて、綺麗事で夢のまた夢なのかな?

 神でチートだと思っても、目の前で殺される人すら怯えて救えなかった――
 見えてない所にだって、ほんとに困って救いを求めてる人もいるかもなのに――

(私は、無力だ……)

 情けない自分が悔しくて、それでも綺麗事な世界を願いたい……そんな甘い考えの自分に涙が零れた――

「……メティーは、優しすぎるよ……」

 そう言ったサンセの顔も、なんだか辛そうに見えた。

 サンセだって好きで人を殺してるわけじゃないのに。私を守る為にしてくれた事――
 私を捕まえにきた人達も、それが仕事だから命懸けでやってる事――

 大臣やその仲間が“悪者”で“敵”だと思ったとして、私もサンセみたいに、いつか人を攻撃しないといけないの?

(……タライ攻撃はしたけど、命に関わる攻撃なんて……無理だよ……)

 私はサンセに返す言葉もなく、ただ泣き続ける事しか出来なかった――


 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

次回、サンセの主登場!? 城に報告に戻ったサンセは何を語り、何を思う!?
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