ソナチネ

透子

文字の大きさ
上 下
14 / 44
第二章

14

しおりを挟む
玄関を開ける。

「ママおかえりー!」

さくらが走って来る。この明るい声が疲れた体を癒してくれるのは、きっと一生変わらないだろう、と思う。

さくらと一緒にリビングへ入る。

「あら、お帰りなさい。今日はいつもより遅かったのね。」

そう言って私を見る義理の母の視線に全て見透かされてるような気がして、思わず目を逸らす。

「す、すみません、いつもよりお客さんが多くて…。」

キッチンのシンクで水に浸かるさくらの食器を横目に見ながら、冷蔵庫に食材を入れていく。少しだけ、手が震える。自分がしてしまったこと罪深さが今、押し寄せてくる。











葵くんとキスをした。

明確な言葉は何もなかった。だけど、二人の中には明確な気持ちがあった。

一瞬の出来事だけれど、その一瞬で何もかもが崩れ去る。お互いに分かっていた。それでも、後戻りは出来なかった。

「………………家に、帰ろう、お互いに。」

私は何事もなかったようにその場を立ち去ろうとした。自分でも、ずるい奴だと思う。

階段を昇ろうとする私の手を葵くんは掴んで、

「三上さんは、どういう気持ちでキスしたんですか?」

と、問いかけてきた。

私は何も言わなかった。

「俺は、三上さんが好きです。三上さんに家族がいることちゃんと分かってて、それでも、好きだから、キスしました。」

葵くんを、見る。綺麗な瞳は、真っ直ぐ私を見つめている。その瞳が、いつも私を弱くする。

「………どうなっても構わない、そう思ったの。」

私はそれだけ答えて、急いで家の中へ逃げ込んだ。









指先で、唇に触れる。一瞬だったけれど、ちゃんと覚えている。

「ただいまー。」

夫の声で、ハッと我に返る。

慌てて夫に駆け寄る。

「お帰りなさい。」

「ああ。」

相変わらず私の方を見ることはないけど、今はその方がよかった。もし今、夫と目が合っていたら私はどうなっていたか分からない。

いつもの日常。ありふれた幸せ。

これで、いいんだ。これ以上の幸せを望んだらきっとバチが当たる。戻るなら、今しかない。あの一瞬は、忘れるんだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

今、夫と私の浮気相手の二人に侵されている

ヘロディア
恋愛
浮気がバレた主人公。 夫の提案で、主人公、夫、浮気相手の三人で面会することとなる。 そこで主人公は男同士の自分の取り合いを目の当たりにし、最後に男たちが選んだのは、先に主人公を絶頂に導いたものの勝ち、という道だった。 主人公は絶望的な状況で喘ぎ始め…

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

婚約者

詩織
恋愛
婚約して1ヶ月、彼は行方不明になった。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

処理中です...