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第一話 学校内でこっそりハグ(中編・昼休みのハグ)
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「あー、疲れたぁ」
特別教室が並ぶ廊下の一番奥、普段の昼休みならまず人の通らない階段の踊り場に、突然声が響いた。驚いて、慌てて窓枠で煙草をもみ消しそのまま外の植え込みに投げ捨てる。
「隼、おまえがいつもここで煙草吸ってること、知ってるんだからな?」
慎吾が後ろから両手で俺の肩をガッと掴む。いつもより声が低い。
「こわっ、俺のストーカーこわっ!」
本気でビビりながら振り返ると、慎吾はそのまま俺の身体をくるっと自分の方に向け、有無を言わさず抱き着いてきた。
俺の首元に顔をうずめて、静かにつぶやく。
「煙草くさい」
「…………まだちょっとしか吸ってねえよ」
静寂が流れた。
というか、どうしていいか分からなかった。
ここは学校。昼休みの校舎内。
慎吾はスーツにネクタイをしめていて、俺は制服の白いカッターシャツ。
いつもならまともに会話すら交わさない格好だ。
ありえない状況に、心臓がきゅっとなった。
「こんなとこ見つかったら俺の方がやばいな。おまえの罰ゲームなのに」
顔をうずめたまま慎吾がつぶやく。
慎吾の登場のしかたが予想外ではあったが、これが昨日の罰ゲームのハグであることは把握していた。
しかしどこか倉庫の中だとかトイレだとか隠れている場所ではなく、階段の踊り場のど真ん中だ。誰か通りがかれば廊下から丸見えになってしまう。もしそんなことになれば、窮地に立たされるのは間違いなく教師である慎吾の方だ。
「でももうちょっとだけ、待って」
そんな状況にもかかわらず、慎吾の腕はきつすぎるくらいに俺を抱きしめてくる。
少しだけ、汗の匂いがした。
「さすがに長くね?」
心の中で非日常のドキドキよりも、見つかったらやばいドキドキの方が勝ってきた。
ほとんど人の通らない場所ではあるけど、俺みたいなならず者がうろつかない保証はない。まかり間違ってもほかの不良どもに見つかるわけにはいかない。
「あと5秒だけ」
「え?」
「5…… 4…… 3…… 2…… 1……」
息がかかってくすぐったいくらいにすぐ耳元で声が聞こえる。
すこし高めで、すこしハスキーな、やさしい声だ。
催眠術にでもかかったように、ざわついていた心の中が静かになっていく。
「……充電完了」
慎吾の腕がふわっと離れた。
「ありがとう、これで午後もがんばれるよ」
俺の頭にポンと軽く手のひらを乗せて、にこっと笑った。
次の瞬間、慎吾は振り向くとさっと階段を駆け下りて、なにごともなかったように歩き出す。廊下を行くピシッとしたスーツの背中は、学校で見かけるいつもの国語教師だった。
その背中も、突き当たりの角を曲がって壁の向こうに消えていく。
『ありがとう、これで午後もがんばれるよ』
記憶の中のその笑顔だけが、ずっと残っていた。
(そっか、慎吾にとってはここは職場だもんな。半日がんばった後なんだ)
「お役に立てて、なにより」
誰もいなくなった廊下でつぶやく。
「……なんてな」
こんな俺でも、誰かのためになれることがあるのだろうか。
家族にも親戚にも見放された、何の価値もない俺でも……
しばらく慎吾の見えなくなった廊下の先を見つめていたが、軽く周りを見渡すと誰もいないことを確認してから階段を駆け上る。
なぜだかちょっとうれしくてニヤニヤした。午後の授業、がんばれそうだ。
あれ? 罰ゲームって、なんだっけな?
特別教室が並ぶ廊下の一番奥、普段の昼休みならまず人の通らない階段の踊り場に、突然声が響いた。驚いて、慌てて窓枠で煙草をもみ消しそのまま外の植え込みに投げ捨てる。
「隼、おまえがいつもここで煙草吸ってること、知ってるんだからな?」
慎吾が後ろから両手で俺の肩をガッと掴む。いつもより声が低い。
「こわっ、俺のストーカーこわっ!」
本気でビビりながら振り返ると、慎吾はそのまま俺の身体をくるっと自分の方に向け、有無を言わさず抱き着いてきた。
俺の首元に顔をうずめて、静かにつぶやく。
「煙草くさい」
「…………まだちょっとしか吸ってねえよ」
静寂が流れた。
というか、どうしていいか分からなかった。
ここは学校。昼休みの校舎内。
慎吾はスーツにネクタイをしめていて、俺は制服の白いカッターシャツ。
いつもならまともに会話すら交わさない格好だ。
ありえない状況に、心臓がきゅっとなった。
「こんなとこ見つかったら俺の方がやばいな。おまえの罰ゲームなのに」
顔をうずめたまま慎吾がつぶやく。
慎吾の登場のしかたが予想外ではあったが、これが昨日の罰ゲームのハグであることは把握していた。
しかしどこか倉庫の中だとかトイレだとか隠れている場所ではなく、階段の踊り場のど真ん中だ。誰か通りがかれば廊下から丸見えになってしまう。もしそんなことになれば、窮地に立たされるのは間違いなく教師である慎吾の方だ。
「でももうちょっとだけ、待って」
そんな状況にもかかわらず、慎吾の腕はきつすぎるくらいに俺を抱きしめてくる。
少しだけ、汗の匂いがした。
「さすがに長くね?」
心の中で非日常のドキドキよりも、見つかったらやばいドキドキの方が勝ってきた。
ほとんど人の通らない場所ではあるけど、俺みたいなならず者がうろつかない保証はない。まかり間違ってもほかの不良どもに見つかるわけにはいかない。
「あと5秒だけ」
「え?」
「5…… 4…… 3…… 2…… 1……」
息がかかってくすぐったいくらいにすぐ耳元で声が聞こえる。
すこし高めで、すこしハスキーな、やさしい声だ。
催眠術にでもかかったように、ざわついていた心の中が静かになっていく。
「……充電完了」
慎吾の腕がふわっと離れた。
「ありがとう、これで午後もがんばれるよ」
俺の頭にポンと軽く手のひらを乗せて、にこっと笑った。
次の瞬間、慎吾は振り向くとさっと階段を駆け下りて、なにごともなかったように歩き出す。廊下を行くピシッとしたスーツの背中は、学校で見かけるいつもの国語教師だった。
その背中も、突き当たりの角を曲がって壁の向こうに消えていく。
『ありがとう、これで午後もがんばれるよ』
記憶の中のその笑顔だけが、ずっと残っていた。
(そっか、慎吾にとってはここは職場だもんな。半日がんばった後なんだ)
「お役に立てて、なにより」
誰もいなくなった廊下でつぶやく。
「……なんてな」
こんな俺でも、誰かのためになれることがあるのだろうか。
家族にも親戚にも見放された、何の価値もない俺でも……
しばらく慎吾の見えなくなった廊下の先を見つめていたが、軽く周りを見渡すと誰もいないことを確認してから階段を駆け上る。
なぜだかちょっとうれしくてニヤニヤした。午後の授業、がんばれそうだ。
あれ? 罰ゲームって、なんだっけな?
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