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翌日はいつも通り飲食店で仕事をこなしていた。
今日はあの元彼の姿がないようでホッとする。待ち伏せされていたらどうしようかと少し不安だったのだ。
あの後、店長や同僚らが気を利かせてくれたのか、元彼が来たら出禁にするし対処もこちらでなんとかするからと厨房だけの仕事にしてくれたのだ。それに妹の事で客らに噂が広まってしまっているので、厨房にこもれるのは正直助かっている。しばらくしたらほとぼりも冷めるだろう。
「今日もお疲れさま。帰り、大丈夫なの?」
既婚者の同僚が声を掛けてきた。
「え……?」
「ほら、元彼と言っても店に来るくらいだからちょっと不気味だなって思ってて。ああいう周りなど見えていない自分勝手なタイプって、放っておくと何するかわからないものよ。あたしも過去ああいうタイプの男と付き合った事があるからさ。途中までだけど車で送ろうか?」
「いや、さすがに大丈夫ですよ。非常識な人ですけど一応は妹の婚約者なんで……。元カレも親も公務員なんで世間体もあって変な真似はしてこないと思います」
「そう?でも何かあった時のためにこれ持ってた方がいいわよ」
同僚が小さなキーホルダーを差し出す。
「防犯ブザーですか」
「そう。小学生が持つようなものだけど、お守りとして持つだけでもしておきなよ。あたしも過去に男関係でいろいろやらかしてね、元彼が包丁持って現れた時はマジでビビったわ。これ持ってたおかげで助かったわけ。この防犯ブザーの音で巡回中の警察官が丁度通りかかってくれて、元彼から守って助けてくれたの。その警察官があたしの今の旦那なんだけどね」
「へぇー!旦那さんカッコいい!」
同僚と別れて一人黙々と自宅へ向かって歩く。防犯ブザーを使うほどの事件に鉢合わせた事がないせいか、楽天家な方向へと考えていた。
今思えば、自分の警戒心の無さに自分で自分をぶん殴りたくなったものだ。
翌日の昼間、玄関からノックをする音がした。
「お姉ちゃん、いるんでしょ」
こちらが玄関を開ける前に妹が無断で扉を開ける。
チャイムすら鳴らさずに無断で開ける妹に呆れ返るが、妹はやけに小奇麗なお洒落な格好をしていた。
「あたしね、数時間後にデートなの」
「え……」
「直君とデート。だから邪魔しないでねって言いに来たの」
気づいたら頭が真っ白になって茫然としていた。
妹が直と?なんでデート?直は妹が好きになったの?やっぱり妹がいいと思ったの?なんで?どうして?
いろいろ訊きたいのに、いろいろ考えすぎて声が出てこない。ただ、妹が直とデートをする。
つまり、妹に直をとられる。奪われる。そういう事。
それだけで絶望的に悲しくなってショックを受けた。
「お姉ちゃんにはあたしの婚約者をあげるから元鞘に戻れていいじゃない。あの男、エッチだけは巧いからあたしも好きだったけど、でも生の方が気持ちイイとか言って避妊してくれなくてさぁ、妊娠しちゃったんだよねぇ。どうせ結婚するからと子供できてもいいとか思ってたけど、やっぱ直君の方がいいと思って昨日すぐに中絶手術したの。間に合ってよかったぁ」
妹がペラペラと饒舌に話しているが、私はほとんどまともに聞いていない。聞ける状態じゃない。
「婚約者君て顔は微妙だけどエッチの腕は確かだからぁ、処女なお姉ちゃんには丁度いいんじゃない~?クスクス。あー直君とデート楽しみィ。あんな超絶イケメンで超金持ちで実業家彼氏とか最高にみんなに自慢できるよね~。お姉ちゃんには勿体なすぎてあたしがちゃーんともらってあげるから心配しないでね~!」
それだけ言いに来たのか妹はあっさり去って行った。
ただの自慢とマウント取りに来ただけとはいえ、私は何も言えずに床を見つめていた。
バカだな、わたし……。
好きな人を妹に取られる事なんて毎度の事なのに。ただ、これだけショックなのは直の事がどうしようもなく好きだからだ。年下で、私にだけは優しいオマセな子。私だけだと言ってくれた。
それなのに、妹とデートするんだ……あはは……ははは……ああぁあ。
期待などしなければよかった。この内に秘めた気持ちなど自覚しなければよかった。直は……直君とは弟のように思っていればよかった。やっぱり最後には全部妹に取られてしまうという現実は覆らない。
だから、もう期待なんてしない。これからは一歩引いたように直君と接しよう。時間が経てばきっと忘れる、はず。忘れられるかなァ。涙がこぼれてくるなァ。
心がグチャグチャと混沌としている中で家を出た。もちろんその後、仕事中はいつも以上にミスを連発しまくり、店長にお説教を受けたのは言うまでもない。
今日はあの元彼の姿がないようでホッとする。待ち伏せされていたらどうしようかと少し不安だったのだ。
あの後、店長や同僚らが気を利かせてくれたのか、元彼が来たら出禁にするし対処もこちらでなんとかするからと厨房だけの仕事にしてくれたのだ。それに妹の事で客らに噂が広まってしまっているので、厨房にこもれるのは正直助かっている。しばらくしたらほとぼりも冷めるだろう。
「今日もお疲れさま。帰り、大丈夫なの?」
既婚者の同僚が声を掛けてきた。
「え……?」
「ほら、元彼と言っても店に来るくらいだからちょっと不気味だなって思ってて。ああいう周りなど見えていない自分勝手なタイプって、放っておくと何するかわからないものよ。あたしも過去ああいうタイプの男と付き合った事があるからさ。途中までだけど車で送ろうか?」
「いや、さすがに大丈夫ですよ。非常識な人ですけど一応は妹の婚約者なんで……。元カレも親も公務員なんで世間体もあって変な真似はしてこないと思います」
「そう?でも何かあった時のためにこれ持ってた方がいいわよ」
同僚が小さなキーホルダーを差し出す。
「防犯ブザーですか」
「そう。小学生が持つようなものだけど、お守りとして持つだけでもしておきなよ。あたしも過去に男関係でいろいろやらかしてね、元彼が包丁持って現れた時はマジでビビったわ。これ持ってたおかげで助かったわけ。この防犯ブザーの音で巡回中の警察官が丁度通りかかってくれて、元彼から守って助けてくれたの。その警察官があたしの今の旦那なんだけどね」
「へぇー!旦那さんカッコいい!」
同僚と別れて一人黙々と自宅へ向かって歩く。防犯ブザーを使うほどの事件に鉢合わせた事がないせいか、楽天家な方向へと考えていた。
今思えば、自分の警戒心の無さに自分で自分をぶん殴りたくなったものだ。
翌日の昼間、玄関からノックをする音がした。
「お姉ちゃん、いるんでしょ」
こちらが玄関を開ける前に妹が無断で扉を開ける。
チャイムすら鳴らさずに無断で開ける妹に呆れ返るが、妹はやけに小奇麗なお洒落な格好をしていた。
「あたしね、数時間後にデートなの」
「え……」
「直君とデート。だから邪魔しないでねって言いに来たの」
気づいたら頭が真っ白になって茫然としていた。
妹が直と?なんでデート?直は妹が好きになったの?やっぱり妹がいいと思ったの?なんで?どうして?
いろいろ訊きたいのに、いろいろ考えすぎて声が出てこない。ただ、妹が直とデートをする。
つまり、妹に直をとられる。奪われる。そういう事。
それだけで絶望的に悲しくなってショックを受けた。
「お姉ちゃんにはあたしの婚約者をあげるから元鞘に戻れていいじゃない。あの男、エッチだけは巧いからあたしも好きだったけど、でも生の方が気持ちイイとか言って避妊してくれなくてさぁ、妊娠しちゃったんだよねぇ。どうせ結婚するからと子供できてもいいとか思ってたけど、やっぱ直君の方がいいと思って昨日すぐに中絶手術したの。間に合ってよかったぁ」
妹がペラペラと饒舌に話しているが、私はほとんどまともに聞いていない。聞ける状態じゃない。
「婚約者君て顔は微妙だけどエッチの腕は確かだからぁ、処女なお姉ちゃんには丁度いいんじゃない~?クスクス。あー直君とデート楽しみィ。あんな超絶イケメンで超金持ちで実業家彼氏とか最高にみんなに自慢できるよね~。お姉ちゃんには勿体なすぎてあたしがちゃーんともらってあげるから心配しないでね~!」
それだけ言いに来たのか妹はあっさり去って行った。
ただの自慢とマウント取りに来ただけとはいえ、私は何も言えずに床を見つめていた。
バカだな、わたし……。
好きな人を妹に取られる事なんて毎度の事なのに。ただ、これだけショックなのは直の事がどうしようもなく好きだからだ。年下で、私にだけは優しいオマセな子。私だけだと言ってくれた。
それなのに、妹とデートするんだ……あはは……ははは……ああぁあ。
期待などしなければよかった。この内に秘めた気持ちなど自覚しなければよかった。直は……直君とは弟のように思っていればよかった。やっぱり最後には全部妹に取られてしまうという現実は覆らない。
だから、もう期待なんてしない。これからは一歩引いたように直君と接しよう。時間が経てばきっと忘れる、はず。忘れられるかなァ。涙がこぼれてくるなァ。
心がグチャグチャと混沌としている中で家を出た。もちろんその後、仕事中はいつも以上にミスを連発しまくり、店長にお説教を受けたのは言うまでもない。
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