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平和な世界線in女体化
女になっちゃいましたら24
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深々と頭を下げる様子は、また全国に驚きと衝撃を与えた。直をよく知る関係者でさえ、あの冷酷で傍若無人だったお坊ちゃんがここまで謙虚に誠実に頭を下げている姿は見た事がないと言う。
そこまで直を変えた相手の女性とは一体どんな人物なのだろうか。どんな菩薩のような女性なのか。天使なのか。女神なのか。誰もが見惚れる程の可愛らしい天真爛漫な美少女なのだろうか。と、いろんな美化された彼女像がネット上で飛び交う。
その当の本人は、まさか大食いで脳筋でしかも元男でキモオタ童貞だなんて誰も露にも思わない。誰しもあの矢崎直並に才色兼備な美少女だと信じて疑わなかった。
それから各社マスコミの質問タイムとなった。
「お相手の奥様とはどこで出会ったんですか?」
「詳しくは言えませんが(学校の)食堂ですね」
「デートとかはされていますか?」
「隠れて交際はしていましたが、まだ一度しかデートらしいデートはしていませんね」
「奥様とは今後どこへ行かれる予定ですか?」
「まずは一般女性がよく行かれている庶民的な観光スポットへお忍びで行ってみたいですね。今はもう妻は妊娠中ですので子供が生まれた後にでも考えています」
「奥様は普通の人と話されていましたが、それは一般家庭育ちという認識でよろしいでしょうか?」
「はい、普通の家庭育ちですね。毎日もやしをよく食べている倹約家です」
「毎日もやし……ですか。奥様の手料理は食べたことはありますか?」
「いろんな具が入った卵焼きをよく食べました。料理上手なんですよ」
「毎日もやしを食べている所は驚きでしたが、料理上手とはポイントが高い女性なんでしょうね。奥様の趣味はなんですか?」
「ヲタク活動です」
「「え」」
「ハマっているエロゲと薄い本に情熱を注いでいるそうです。バイト代の大半をそれに注ぎ込んで笑っていました」
「エロゲ……薄い本……ま、まあ面白い趣味をお持ちの奥様なんですね。こんなにも直様に想われて奥様が羨ましい限りです。まさしく超玉の輿ではないでしょうか。では、予定時刻を過ぎたので以上で記者会見は終わります」
終わった後の全国の四天王ファン達は、大半がSNSなどを通じて直の一途な想いに胸を打たれていた。一途に相手女性を想う姿が普通に女性に恋する男子となんら変わりなく、若い女性達はそのけなげな姿に胸がキュンとしたり、泣いて感動したり、絶賛する声が圧倒的だった。
恋を知らなかった御曹司が普通の女の子と出会い恋を知るというシチュエーションがドラマチックと評判で、大半のファンは「なんて素敵な話!結婚しても応援します」と、矢崎直の結婚生活を見守る会まで発足されたのだった。
余談だが、謎の矢崎直の奥さんに関してはエロゲと薄い本が趣味だと暴露され、意識高い系の女性達からは不評だったが、一部のヲタク趣味の女子達からは大好評だったらしい。
*
体調が安定した俺は一時的に退院し、出産までの間は自宅となったマンションで直と新婚生活を始めた。書類上の入籍を済ませているので、周りからは夫婦同然の扱いをされている。一度流産しかかったのであまり無理はできないものの、簡単な家事をこなしながら過ごしている。
一方で直はバカ社長の後釜として正式に社長に就任した。あれだけ面倒くさがっていた矢崎の後継者も俺のためになってくれたようなもの。俺を財閥勢力などの馬鹿どもから守るために。
「毎日ありがとう。俺あまり動けないから」
あれから髪を伸ばし始めた。短いままでもいいんだけど、女として生きているからこそ長い髪形にしてもいいかなって事で、少しづつ伸ばしている。今はボブヘアまで伸びた。
「お前と子供のためならなんだってがんばれるから」
直は率先して不慣れな家事をしてみたり、料理を始めてみたもののうまくいかず、それを見ものだとやってきた四天王共にバカ笑いされてキレている。まあ、相変わらずのドタバタだけれど充実な日々に満足しているよ。
「お腹、それなりに大きくなってきたな」
ソファーに座る俺の腹を何度も撫でてくる。もうすぐ自分が本当の親になると思うとそわそわが止まらないらしい。それは俺も同じで楽しみだ。
「もうすぐあえるかな。結構動いているのわかるし。それにしても直……ベビー用品買いすぎ。こんなにもいらんだろ」
部屋の隅には大量のベビー用品やらおもちゃが入った段ボールやらが積み重なっている。
「おじいちゃんやジジイが孫の服やおもちゃはどれがいいかってデパートのど真ん中でケンカおっぱじめて、収拾がつかなくなってつい二人が欲しがってたのを全部買っちまったんだよ。オムツや粉ミルクもな。あの爺さん達はよっぽどひ孫ができるのが嬉しいみたいで放っといたらこうなった」
一年はおむつや粉ミルクを買わなくて済む程の量はあると見た。
「勝じいちゃんや誠一郎さんはひ孫フィーバーになってるもんな」
「父さんや母さんも孫ができる事をめちゃくちゃ喜んでた。悠里や直純も」
「俺の親父なんて泣いてたよ。いろんな意味でだけど」
早くも嫁に行く事や孫ができた事などに対してだ。まあ、最終的には喜んでくれたけど。
「ところで奥さん」
直が視線を俺が編んでいる物の方へ移す。
「ソレ子供の?」
今編んでいるのは我が子へのニット帽だ。それを物欲しそうに見つめている。
「ほしい?」と、楽しそうに訊ねてみる。
「……べ、っっつに!子供のためだもんな~。子供出来ると母親は子供優先になっちまうもんな~」
その顔には欲しいと書いてあるのは一目瞭然。僻んで拗ねている。実にわかりやすい奴。
「……ふふ、拗ねるなよ。お前をほっとくわけないじゃん」
子供みたいでカワイイねーなんて一言つぶやけば、直が余計にソッポを向いて拗ねてしまったので、仕方なくとっておきをお披露目。拗ねている直の頭に最近作ったものをすっぽりかぶせた。白いセーターを。
「ちょっと早いけど仕方ないからプレゼント。あんたに内緒でコソコソ作るの大変だった。もう少し寒くなったら渡そうと思ってたんだけど、サイズぴったりみたいでよかった」
直は首回りにかぶせられたセーターを持ってぽかんとしていたが、見る見るうちに目をキラキラさせて、思いっきり喜びを爆発させるように抱きついてきた。
「ちょ、苦しいバカ。力入れすぎ」
「甲斐、超嬉しい。愛してる。最高」
「っ……ばか……お、おれもだよっ」
直の広い背中に両腕をまわす。我ながら自分達がラブラブすぎて砂を吐きそうだと思う。これが他人で、昔の自分だったならリア充爆発しろって言いたくなるものだ。
「そろそろ健診に行く時間だ」
一緒にエレベーターに乗り、直が俺の手を握り支えながら歩く。妊娠中の妻を支える紳士的な夫の光景に、同じマンションのセレブ奥様方からは「羨ましいわ」と、冷やかされつつ地下駐車場へ向かう。
「安全運転で頼むよおまいさん」
「今更それ言うなよ。命より大事な奥さんと子供を乗せるんだからな」
直は16歳の時にアメリカで取得した国際免許証を所持している。18歳になるまでは日本で運転ができなかったらしいが、海外にいた頃はバリバリ乗りまくっていたらしい。
「今日は何食べたい?健診が安定の結果だったら好きなモノ作ってやるよ」
「なんでも……じゃない!お前は休んでいろよ。メシぐらいなんとかする」
「でも運動不足だから少しくらいは動きたくてだな……」
「運動不足なんて後でいくらでも解消できるだろ。流産しかかったくせして少しは危機意識の学習しろよ。オレに心配かけさせるな。もう自分だけの体じゃないって何回言えばわかんだよ」
「っ……わ、わかったよ」
そんでもって最近は異常なくらい過保護すぎるんだよな。直の気持ちもわからなくはないけれど、食っちゃ寝しててかなり太ってきたんだよー……なんて聞き入れてはくれないだろう。将来デブなブタ奥様になっても知らんぞ全く。
直が車を取りに行っている間待っていると、誰かが向こうの方からフラフラやってくるのが見えた。ご近所さんだろうかとぼうっと見ていると、次第に素顔がわかってきて目を見開く。
「あなたさえいなければ……」
その風貌はかつての華やかなものとは違っていて、十年は老けたような顔は貧相で、髪はぼさぼさのみすぼらしい姿に変貌していた。直の婚約者であった女の今の姿に驚いた。
直が一般人の俺との入籍を大々的に会見で報告し、川田グループとは今後も良きビジネスパートナーとしての付き合いを続けるとは言ったものの、それはあくまで表向きでの事。裏では直が報復としていろいろしたのだけはわかる。何をしたのかは知らないが。
風の噂では契約をどんどん切られて孤立し、いろんな企業からも見限られ、再起不能なほど経営破綻状態に陥ったと聞いた。その没落ぶりは彼女を見る限り想像以上のようだ。
日本最大の矢崎財閥に見限られた企業やグループは、遠巻きにいる企業からぞんざいな仕打ちの末に見捨てられるというのは有名な話らしい。
「あなたさえいなければ直様も矢崎財閥も私のものだったのに!私の旦那様になっているはずだったのにっ!よくも……っ」
震えた手には新品の包丁が握られている。
「許せない!私から直様を……矢崎財閥を返して!!返してよ泥棒猫!!」
女がいきりたって包丁を向けてくる。俺は身重なためにすぐには動けず、血の気が引いたまま立ちすくむ。だめだ、刺される――!
「……ああ、ああ……!」
目を恐る恐る開けると、青い顔をして震えている女と、自分を庇った愛しい人を確認する。
「直ッ!」
脇腹を刺されて血が滲み出ていた。直は自力で刺されている包丁を抜き、遠くへ放り投げた。
「なんで……なんで……直様はそんな女を………いやあああッ!」
女は狂ったように泣き叫んで、再度丸腰のまま俺に襲いかかってくるが、直の部下が駆けつけて半狂乱に暴れる女を取り押さえてくれた。女は奇声をあげながら直の部下らに連行されていくのを見送った。
「直、大丈夫なのかよ!」
荒い呼吸を吐きつつ直は薄く笑顔を見せた。意識はあるもののそれなりに血が出ているので気が気じゃない。直の部下が慌てて久瀬さんに連絡をし、車の手配している。
「っ、大丈夫。このくらい大したことはない。最愛の奥さんと生まれてくる子供を守れてホッとしたくらいだ」
「直……っ……ばか……馬鹿野郎」
「泣くな……甲斐」
「泣いてなんかねーよっ!」
そうは言っても生暖かいモノが零れていた。
「ふふ……お前もオレと同じで泣き虫になったな」
「うるせ。お前のせいだバカ旦那。ちゃんと治さないと承知しねーからなっ!コロッと死んだりなんてしたら追いかけてやるからっ」
怒り口調で言う俺に直は笑ってる。人の気も知らないでこの野郎。
「お前がいる限りオレは死なない。お前を置いても逝かない。どこへ行くにもお前がいないと寂しいから。あの世でさえも」
それなりな重傷を負った直は、俺と一緒に病院へ運ばれた。
傷は大事には至らず、命に別状はないと言われて一先ずホッとする。それでも脇腹に痕が残ってしまうらしい。直は妻と子供を守った名誉の負傷だなんだと見舞いに来てくれた面々に自慢のように語っていたが、俺は笑えなかった。
「何、怒ってんだよ」
「怒ってねえよ」
俺はそう言いながらもむすっとしていた。
「怒ってるだろその態度。機嫌治せよ」
「お前が……お前がふざけてるからだろ。名誉の負傷だとか言って……バカかっての。こっちは……こっちはまじでビビって……恐かったのに……くそが」
気が付いたらまた涙腺が緩んでいた。
「っ、お前ときたら人の気も知らないで……みんなの前でアホみたいに災難を不細工ズラで語ってて………腹立つんだよ」
「甲斐」
「心配した俺が馬鹿みたいだから帰る。勝手に退院して勝手に帰って来い馬鹿旦那」
ごしごしと涙を腕で拭う。無神経なバカ旦那を置いてそのまま病室を出ようとすると、
「行くなよ。甲斐」
切なそうに声をあげる直は俺の腕を掴んでいた。
「なんだよ離せ。世話して欲しいなら使用人でも勝手に雇え。俺は知らんからな」
「ごめん……行かないで。オレを一人にしないでくれ……」
「っ……」
そのまま手繰り寄せられて、背後から抱きしめられた。
「オレ、調子に乗ってて……」
「そうだよ。調子に乗りすぎだよ。もう、俺がアンタなしじゃ生きられない事知ってるくせに」
「それはオレも同じ。お前がいなきゃ生きていけない。甲斐がいない世の中なんてオレからすれば滅んでるも一緒だ。だから守れてうれしかった。うかれてたんだ」
どちらかが欠けたら死んでしまうくらいお互いが寂しがり屋だ。
「もう調子に乗らない。お前の夫としても子供の父親としてもしっかりする。いい加減大人にならないとって思う」
「お父さんになるんだからな。長生きしてくれないと」
「甲斐」
直がこちらを振り向かせて唇をすぐに重ねてきた。
「出産まではキスとかで我慢する。いっぱいイチャイチャしたい」
「……っ……うん」
深々と頭を下げる様子は、また全国に驚きと衝撃を与えた。直をよく知る関係者でさえ、あの冷酷で傍若無人だったお坊ちゃんがここまで謙虚に誠実に頭を下げている姿は見た事がないと言う。
そこまで直を変えた相手の女性とは一体どんな人物なのだろうか。どんな菩薩のような女性なのか。天使なのか。女神なのか。誰もが見惚れる程の可愛らしい天真爛漫な美少女なのだろうか。と、いろんな美化された彼女像がネット上で飛び交う。
その当の本人は、まさか大食いで脳筋でしかも元男でキモオタ童貞だなんて誰も露にも思わない。誰しもあの矢崎直並に才色兼備な美少女だと信じて疑わなかった。
それから各社マスコミの質問タイムとなった。
「お相手の奥様とはどこで出会ったんですか?」
「詳しくは言えませんが(学校の)食堂ですね」
「デートとかはされていますか?」
「隠れて交際はしていましたが、まだ一度しかデートらしいデートはしていませんね」
「奥様とは今後どこへ行かれる予定ですか?」
「まずは一般女性がよく行かれている庶民的な観光スポットへお忍びで行ってみたいですね。今はもう妻は妊娠中ですので子供が生まれた後にでも考えています」
「奥様は普通の人と話されていましたが、それは一般家庭育ちという認識でよろしいでしょうか?」
「はい、普通の家庭育ちですね。毎日もやしをよく食べている倹約家です」
「毎日もやし……ですか。奥様の手料理は食べたことはありますか?」
「いろんな具が入った卵焼きをよく食べました。料理上手なんですよ」
「毎日もやしを食べている所は驚きでしたが、料理上手とはポイントが高い女性なんでしょうね。奥様の趣味はなんですか?」
「ヲタク活動です」
「「え」」
「ハマっているエロゲと薄い本に情熱を注いでいるそうです。バイト代の大半をそれに注ぎ込んで笑っていました」
「エロゲ……薄い本……ま、まあ面白い趣味をお持ちの奥様なんですね。こんなにも直様に想われて奥様が羨ましい限りです。まさしく超玉の輿ではないでしょうか。では、予定時刻を過ぎたので以上で記者会見は終わります」
終わった後の全国の四天王ファン達は、大半がSNSなどを通じて直の一途な想いに胸を打たれていた。一途に相手女性を想う姿が普通に女性に恋する男子となんら変わりなく、若い女性達はそのけなげな姿に胸がキュンとしたり、泣いて感動したり、絶賛する声が圧倒的だった。
恋を知らなかった御曹司が普通の女の子と出会い恋を知るというシチュエーションがドラマチックと評判で、大半のファンは「なんて素敵な話!結婚しても応援します」と、矢崎直の結婚生活を見守る会まで発足されたのだった。
余談だが、謎の矢崎直の奥さんに関してはエロゲと薄い本が趣味だと暴露され、意識高い系の女性達からは不評だったが、一部のヲタク趣味の女子達からは大好評だったらしい。
*
体調が安定した俺は一時的に退院し、出産までの間は自宅となったマンションで直と新婚生活を始めた。書類上の入籍を済ませているので、周りからは夫婦同然の扱いをされている。一度流産しかかったのであまり無理はできないものの、簡単な家事をこなしながら過ごしている。
一方で直はバカ社長の後釜として正式に社長に就任した。あれだけ面倒くさがっていた矢崎の後継者も俺のためになってくれたようなもの。俺を財閥勢力などの馬鹿どもから守るために。
「毎日ありがとう。俺あまり動けないから」
あれから髪を伸ばし始めた。短いままでもいいんだけど、女として生きているからこそ長い髪形にしてもいいかなって事で、少しづつ伸ばしている。今はボブヘアまで伸びた。
「お前と子供のためならなんだってがんばれるから」
直は率先して不慣れな家事をしてみたり、料理を始めてみたもののうまくいかず、それを見ものだとやってきた四天王共にバカ笑いされてキレている。まあ、相変わらずのドタバタだけれど充実な日々に満足しているよ。
「お腹、それなりに大きくなってきたな」
ソファーに座る俺の腹を何度も撫でてくる。もうすぐ自分が本当の親になると思うとそわそわが止まらないらしい。それは俺も同じで楽しみだ。
「もうすぐあえるかな。結構動いているのわかるし。それにしても直……ベビー用品買いすぎ。こんなにもいらんだろ」
部屋の隅には大量のベビー用品やらおもちゃが入った段ボールやらが積み重なっている。
「おじいちゃんやジジイが孫の服やおもちゃはどれがいいかってデパートのど真ん中でケンカおっぱじめて、収拾がつかなくなってつい二人が欲しがってたのを全部買っちまったんだよ。オムツや粉ミルクもな。あの爺さん達はよっぽどひ孫ができるのが嬉しいみたいで放っといたらこうなった」
一年はおむつや粉ミルクを買わなくて済む程の量はあると見た。
「勝じいちゃんや誠一郎さんはひ孫フィーバーになってるもんな」
「父さんや母さんも孫ができる事をめちゃくちゃ喜んでた。悠里や直純も」
「俺の親父なんて泣いてたよ。いろんな意味でだけど」
早くも嫁に行く事や孫ができた事などに対してだ。まあ、最終的には喜んでくれたけど。
「ところで奥さん」
直が視線を俺が編んでいる物の方へ移す。
「ソレ子供の?」
今編んでいるのは我が子へのニット帽だ。それを物欲しそうに見つめている。
「ほしい?」と、楽しそうに訊ねてみる。
「……べ、っっつに!子供のためだもんな~。子供出来ると母親は子供優先になっちまうもんな~」
その顔には欲しいと書いてあるのは一目瞭然。僻んで拗ねている。実にわかりやすい奴。
「……ふふ、拗ねるなよ。お前をほっとくわけないじゃん」
子供みたいでカワイイねーなんて一言つぶやけば、直が余計にソッポを向いて拗ねてしまったので、仕方なくとっておきをお披露目。拗ねている直の頭に最近作ったものをすっぽりかぶせた。白いセーターを。
「ちょっと早いけど仕方ないからプレゼント。あんたに内緒でコソコソ作るの大変だった。もう少し寒くなったら渡そうと思ってたんだけど、サイズぴったりみたいでよかった」
直は首回りにかぶせられたセーターを持ってぽかんとしていたが、見る見るうちに目をキラキラさせて、思いっきり喜びを爆発させるように抱きついてきた。
「ちょ、苦しいバカ。力入れすぎ」
「甲斐、超嬉しい。愛してる。最高」
「っ……ばか……お、おれもだよっ」
直の広い背中に両腕をまわす。我ながら自分達がラブラブすぎて砂を吐きそうだと思う。これが他人で、昔の自分だったならリア充爆発しろって言いたくなるものだ。
「そろそろ健診に行く時間だ」
一緒にエレベーターに乗り、直が俺の手を握り支えながら歩く。妊娠中の妻を支える紳士的な夫の光景に、同じマンションのセレブ奥様方からは「羨ましいわ」と、冷やかされつつ地下駐車場へ向かう。
「安全運転で頼むよおまいさん」
「今更それ言うなよ。命より大事な奥さんと子供を乗せるんだからな」
直は16歳の時にアメリカで取得した国際免許証を所持している。18歳になるまでは日本で運転ができなかったらしいが、海外にいた頃はバリバリ乗りまくっていたらしい。
「今日は何食べたい?健診が安定の結果だったら好きなモノ作ってやるよ」
「なんでも……じゃない!お前は休んでいろよ。メシぐらいなんとかする」
「でも運動不足だから少しくらいは動きたくてだな……」
「運動不足なんて後でいくらでも解消できるだろ。流産しかかったくせして少しは危機意識の学習しろよ。オレに心配かけさせるな。もう自分だけの体じゃないって何回言えばわかんだよ」
「っ……わ、わかったよ」
そんでもって最近は異常なくらい過保護すぎるんだよな。直の気持ちもわからなくはないけれど、食っちゃ寝しててかなり太ってきたんだよー……なんて聞き入れてはくれないだろう。将来デブなブタ奥様になっても知らんぞ全く。
直が車を取りに行っている間待っていると、誰かが向こうの方からフラフラやってくるのが見えた。ご近所さんだろうかとぼうっと見ていると、次第に素顔がわかってきて目を見開く。
「あなたさえいなければ……」
その風貌はかつての華やかなものとは違っていて、十年は老けたような顔は貧相で、髪はぼさぼさのみすぼらしい姿に変貌していた。直の婚約者であった女の今の姿に驚いた。
直が一般人の俺との入籍を大々的に会見で報告し、川田グループとは今後も良きビジネスパートナーとしての付き合いを続けるとは言ったものの、それはあくまで表向きでの事。裏では直が報復としていろいろしたのだけはわかる。何をしたのかは知らないが。
風の噂では契約をどんどん切られて孤立し、いろんな企業からも見限られ、再起不能なほど経営破綻状態に陥ったと聞いた。その没落ぶりは彼女を見る限り想像以上のようだ。
日本最大の矢崎財閥に見限られた企業やグループは、遠巻きにいる企業からぞんざいな仕打ちの末に見捨てられるというのは有名な話らしい。
「あなたさえいなければ直様も矢崎財閥も私のものだったのに!私の旦那様になっているはずだったのにっ!よくも……っ」
震えた手には新品の包丁が握られている。
「許せない!私から直様を……矢崎財閥を返して!!返してよ泥棒猫!!」
女がいきりたって包丁を向けてくる。俺は身重なためにすぐには動けず、血の気が引いたまま立ちすくむ。だめだ、刺される――!
「……ああ、ああ……!」
目を恐る恐る開けると、青い顔をして震えている女と、自分を庇った愛しい人を確認する。
「直ッ!」
脇腹を刺されて血が滲み出ていた。直は自力で刺されている包丁を抜き、遠くへ放り投げた。
「なんで……なんで……直様はそんな女を………いやあああッ!」
女は狂ったように泣き叫んで、再度丸腰のまま俺に襲いかかってくるが、直の部下が駆けつけて半狂乱に暴れる女を取り押さえてくれた。女は奇声をあげながら直の部下らに連行されていくのを見送った。
「直、大丈夫なのかよ!」
荒い呼吸を吐きつつ直は薄く笑顔を見せた。意識はあるもののそれなりに血が出ているので気が気じゃない。直の部下が慌てて久瀬さんに連絡をし、車の手配している。
「っ、大丈夫。このくらい大したことはない。最愛の奥さんと生まれてくる子供を守れてホッとしたくらいだ」
「直……っ……ばか……馬鹿野郎」
「泣くな……甲斐」
「泣いてなんかねーよっ!」
そうは言っても生暖かいモノが零れていた。
「ふふ……お前もオレと同じで泣き虫になったな」
「うるせ。お前のせいだバカ旦那。ちゃんと治さないと承知しねーからなっ!コロッと死んだりなんてしたら追いかけてやるからっ」
怒り口調で言う俺に直は笑ってる。人の気も知らないでこの野郎。
「お前がいる限りオレは死なない。お前を置いても逝かない。どこへ行くにもお前がいないと寂しいから。あの世でさえも」
それなりな重傷を負った直は、俺と一緒に病院へ運ばれた。
傷は大事には至らず、命に別状はないと言われて一先ずホッとする。それでも脇腹に痕が残ってしまうらしい。直は妻と子供を守った名誉の負傷だなんだと見舞いに来てくれた面々に自慢のように語っていたが、俺は笑えなかった。
「何、怒ってんだよ」
「怒ってねえよ」
俺はそう言いながらもむすっとしていた。
「怒ってるだろその態度。機嫌治せよ」
「お前が……お前がふざけてるからだろ。名誉の負傷だとか言って……バカかっての。こっちは……こっちはまじでビビって……恐かったのに……くそが」
気が付いたらまた涙腺が緩んでいた。
「っ、お前ときたら人の気も知らないで……みんなの前でアホみたいに災難を不細工ズラで語ってて………腹立つんだよ」
「甲斐」
「心配した俺が馬鹿みたいだから帰る。勝手に退院して勝手に帰って来い馬鹿旦那」
ごしごしと涙を腕で拭う。無神経なバカ旦那を置いてそのまま病室を出ようとすると、
「行くなよ。甲斐」
切なそうに声をあげる直は俺の腕を掴んでいた。
「なんだよ離せ。世話して欲しいなら使用人でも勝手に雇え。俺は知らんからな」
「ごめん……行かないで。オレを一人にしないでくれ……」
「っ……」
そのまま手繰り寄せられて、背後から抱きしめられた。
「オレ、調子に乗ってて……」
「そうだよ。調子に乗りすぎだよ。もう、俺がアンタなしじゃ生きられない事知ってるくせに」
「それはオレも同じ。お前がいなきゃ生きていけない。甲斐がいない世の中なんてオレからすれば滅んでるも一緒だ。だから守れてうれしかった。うかれてたんだ」
どちらかが欠けたら死んでしまうくらいお互いが寂しがり屋だ。
「もう調子に乗らない。お前の夫としても子供の父親としてもしっかりする。いい加減大人にならないとって思う」
「お父さんになるんだからな。長生きしてくれないと」
「甲斐」
直がこちらを振り向かせて唇をすぐに重ねてきた。
「出産まではキスとかで我慢する。いっぱいイチャイチャしたい」
「……っ……うん」
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