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平和な世界線in女体化
女になっちまいました14
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俺はとりあえずは退院する事になり、しばらくは自宅療養をしながら通院する事になった。もちろん学校に通ってもよいと許可も出た。
しかし、ドラッグの影響はないとはいえ、時々起こる不安症状で体調不良になった時は無理せず静養するようにと医者から言われた。たまに発作のように気持ち悪くなったり、嘔吐したり、フラッシュバックしてパニックになったりするのは依然と続いているので辛い。
少し学校に通うのは不安だが、学校では四天王はもちろんの事、Eクラスのみんなや先生たちが目を光らせると言ってくれたので心配は和らいだ。俺にはたくさんの味方がいる。仲間がいる。それだけで心強い。
ただ、弱体化しているので以前のように自分は強くはないし、トラウマ持ちのせいでさらに弱くなった俺は、Eクラスの女子より弱くなってしまったのが情け無い。これじゃあ漫画やアニメによくいるただ守られるだけの何もできないか弱い女と同じである。
おまけに、一か月程学校を休んでしまったので、全く勉強がついていけない状態でもある。万里ちゃん先生が必死に数学を教えてくれたんだが全く頭に入らないし、何を言っているのかも理解できなかった。
俺の頭は絶賛退化中だ。これじゃあ留年しちゃうよ。金を払えば卒業できる開星学園で留年ってよほどの事じゃない限りないんだろうが、万年0点ばかり取っている奴をさすがに進級なんてさせないだろうね、とほほ。
「あーもうこんな点数見飽きた」
返ってきた期末テストの出来なんざわかっていた事だ。毎度おなじみペケだらけの答案用紙にはひどい点数の文字。一枚ならず複数あるのはいつもの事。いや、いつもの事どころかさらにひどくなってしまった気がする。
だって一か月も休んでいたから。あとEクラスだから。特にテストの出来が悪いEクラスの中で、その中のまたさらに勉強のできない落ちこぼれバスターズと呼ばれた面々が頭を抱えるのだ。
学園で下から数えた方が早い落ちこぼれ達。つまり俺を含めて学園一成績が悪い五人衆だ。
「甲斐、数学何点だった?」
「口に出さずともわかるだろう、健一」
「ははは、それもそうだな」
落ちこぼれバスターズその1と2は言わずもがな俺と健一の事である。あとは吉村となっちと屯田林の事だ。時々竜ケ崎もそのメンバーに入る事があるが、奴は英語だけはなぜか得意なので英語の点数次第である。多分英語が中二病用語満載だから得意なんだろうな。
俺は数学が全くといって理解不能状態だ。点数は大きなマル一つだけ。俗に言う0点である。こんな英数文字の計算なんぞ将来なんの役にも立たないだろ。意味あんのコレ。なんて言いつつ過ごしてきてはや数年、このザマだ。
直が先生役としてEクラスの数学などを見ていた時期もあったが、俺が入院してからというもののそんな暇はなく、あえなくEクラスの平均点はがた落ちとなったのだ。
そもそも、退院した翌日にいきなりテストというあり得ないくらいのぶっつけ本番で望んだこともあり、数学以外でも壊滅的な出来だった。数学含めての赤点は四つもある。過去最低最悪な結果であった。
「はあ……あたしも最悪だった……」
由希も俺や吉村よりかは点数的にマシだったが、女子版の落ちこぼれバスターズである。メンバーはかしまし三人娘と花野らしい。
「由希はまだいい方だろ。俺なんて数学何書いても0点だったんだぜ。白紙で出した方がマシだったな」
「でも、あたしも10点だったんだからあんまり変わんないじゃん」
「いやいやいや。数学の10点て結構でかいぜ」
吉村が言うとなっちがウンウンと頷いている。
「数学なんて算数の応用に次ぐ応用だろ。少しでもわからなくなったら置いてきぼりにされてなーんにもわかんなくなっちまう。せっかく教えてもらっても気を抜けばすぐこの始末だ」
「それはあたしもだし。たまたま10点取れたのは簡単な計算で点数稼いだだけだから」
「計算できるだけウラヤマだよ」
こりゃあ確実に次の連休は補習だな。と、落ちこぼれバスターズは肩を落とした。
その晩、補習の事を憂鬱に考えながら、直が一人で住んでいる都内の高級マンションへお邪魔した。直が改めて俺の料理が食べたいと言うので送迎付きで作りに来たのだ。途中でスーパーに寄って材料を購入。栄養満点の献立を考えてきた。
「そういえば直は黒崎家の方には帰らないのか?」
「ニか月に一回くらいは帰ってる……と思う」
直は実家の黒崎家の方へ顔を見せたりするが、気まずさや照れもあってなかなか帰らないようだ。双子の妹の悠里や弟の直純とも折り合いが悪いわけではないが、本当の家族相手だと何を話していいかわからなくなると言っていた。
まあ、気持ちはわからなくもない。実の両親に最近再会したもんな。しかし、16年も離れ離れだったからこそ、実の両親の早苗さんや一樹さんらが寂しがっているのでたまには帰ってやれと促しておいた。
「美味しい」
「そりゃよかった」
夕食は鮭の炊き込みご飯と豚汁とクリームコロッケとりんごのサラダ。デザートはミルクプリンである。女体化して弱体化に嘆いていたが、料理の腕は依然と変わらない。
「初期の頃、貧乏人の腐った料理なんて食えるかとか言っていたのを思い出すよ」
「っ、あの時は……まだお前の事を知らなかったから……たくさん貶す事をわざと言ってた。でも今はっ……甲斐が作ったやつならなんだって食べる」
「そうか。そりゃ嬉しい」
相変わらず直は自分からは近づいてこないし、話す内容もどこか俺に気を使っているのが感じ取れてもどかしい。この距離感は寂しいけど、これでも少しずつならしていっている。いつか、この距離感がなくなるだろうか。
「明後日の休み……どこかに行かないか」
直が食後のコーヒーを飲みながらカレンダーを眺めている。
「どこかって……旅行とか?」
「そんな大きなものじゃなくてもいい。たしかに旅行もいいけどお前の恐怖症の事もあるし、不特定多数がいる場所でお前に何かあったら心配だから。ただ一緒にいて楽しいを共有したいなって」
「それは、いいな」
旅行はたしかに難しい。人混みはまだ怖いし、その場で発作が起きても直に迷惑をかけるだけだからな。それと同時に今日のテストの事も脳裏をよぎる。
「でも俺、今日のテスト壊滅的で……明後日からの連休は補習かも……」
万里ちゃん先生に嘆かれて、落ちこぼれバスターズ全員は休み返上で勉強会になるかもしれないという事だ。マジで留年の危機だからである。
「………は?」
直は茫然としている。何を驚いてんだよ。俺の成績の悪さを知っているくせして。
「だ、だから補習で」
「補習って……どういう事だよ」
「どういう事ってそのまんまの意味。あまりにテストが悪いから万里ちゃん先生らと学校で休み返上の勉強会で……」
「初めてだ」
直が驚きに声をあげる。
「開星で補習を受けるってそういう奴らを初めて見た」
「っ……悪かったな、開星で補習になるほど出来が悪い人間で」
その後、直がテストの出来具合を確かめるために、俺は躊躇いながらテストの答案用紙数枚を差し出した。
「ひっでぇ点数のオンパレードだな。しかも数学が0点って相変わらずだな……ぶっくく」
直はあまりの点数に笑いそうになっている。おまけに他の答案用紙も8点とか5点とかありえない点数のオンパレードで、さすがに今更自分でさえもドン引きしたくなる出来だと思った。
「0点とか一桁なんてとるバカなんぞSクラスにはいないもんな。他人事だからこそ笑えるだろうよ」
「せっかくオレが一時期教師役してお前らEクラスにスパルタで叩きこんでやったのに……見事に元通りってわけか」
「あー、あははは……」
乾いた笑いしか出てこない。
「補習、どうしても参加しないとだめか?」
「さすがに数学の0点や化学や古典の一桁の点数はやばいなって事で強制参加だよ」
「じゃあ、俺が勉強教える」
「え、直が?」
「補習するより、オレが教えた方が早い。お前の担任にはオレが話しておく」
「や、でもいいのか?」
「ああ。少しでも……お前のそばにいたいんだ」
「直……」
「明後日の休みが終われば忙しくなる。溜まった仕事を片付けたり、海外の出張もある。半年は帰って来れないから」
「半年……」
だから、直は週末にこだわっているのかと納得した。
俺がひどい状態だったから、今まで直は仕事を放棄してまでずっと俺のそばにいてくれた。俺の事を優先してくれていた。そんな今はやっと俺が元の生活に戻れたからこそ、自分の仕事に戻らなければならない。
「だからどうしても休みは一緒に過ごしたい」
直の瞳は切実に訴えていた。俺はそれに頷き、直に今から勉強を教えてもらう事にする。俺だって、直と一緒にいたいから。
「あんたが勉強教えてくれるのは嬉しいけど、大丈夫なのか?俺、教えてもらった事ほとんど忘れちまってさ」
「簡単な暗記方法を教えてやる。それに数学もまた算数から遡って教える」
「相当なボリュームだぞ。小学校五年レベルからだし」
「前にオレがスパルタで教えた事を復習すれば思い出すだろ。てか思い出させる。あれほど頭に叩き込んでやったんだからな。それにお前が困っていたらいつでも助けるし、お前のためならなんだってする」
「直……っ」
持つべきものは有能な彼氏というやつである。某アメリカの大学を飛び級でしかも首席で卒業したんだっけ。俺からすれば次元が違いすぎる学歴差である。
「言っておくが、オレのやり方はあの時以上にスパルタだからな。覚悟しとけよ。これも明後日のためだから」
「へい……」
それから入浴後、勉強会がほどなくして始まる。直は黒ぶち眼鏡をかけて俺の前に座り、参考書を開いた。社長の格好の時も眼鏡をかけているが、今はいつもと違ってアットホームなイメージだ。
Tシャツにジャージな格好とはいえ、風呂上がりのせいか石鹸やシャンプーの香りに少しドキドキしてしまう。決して学校では見れないレアな一面だと思っていると、直が俺の視線に気づいた。
「お前、オレに見惚れてんのかよ」
「ジャージ姿のアンタがいい男に見えたんで」
「ふぅん。どの女共に言われても嬉しくなかったが、お前に言われると違うな。どんどん見てもいいけどそれなりの見返りはくれるんだろうな」
「見返りはさっきのメシって事で」
実はちょっとドキドキしている。だって、こいつが俺の彼氏だなんて信じられないなって思うからだ。今更だけど。
男の頃はイケメンなんて滅びろと思っていたが、今は惚れた贔屓目とか女子目線で見ると、たしかに恐ろしいほど美形だなと見惚れなくもない。綺麗な顔に大人びた仕草や所作。こりゃあ世の女子を虜にしちゃうよなと妙に納得してしまえるのだ。
くどいようだがマジ今更すぎだろって思うけど、自覚がなかったのだ。こんな美形イケメンとなんだかんだ縁があって出会い、目があえば口喧嘩と罵り合いもして、妙な絆もできて、紆余曲折を経て彼氏になっただなんて。人生何が起こるかわからないものだ。
「おい、聞いてんのか」
「ハイキーテマス」
「……聞いてないな」
呆れてため息を吐かれたがな。考え事をするのはもうやめて勉強に集中しよ。マジで本気で勉強しないと留年の危機だ。
その後、俺は気を取り直して勉強を開始。直の教え方は本人が言った通りスパルタで、一度や二度ならともかく三度同じ場所を間違えると「間抜け」やら「阿保」やら「小学校からやり直せ」やらの罵り言葉が飛んできた。
たしかに三回も同じ間違いをする俺も俺だけど、その言い方はなんだってんだよ。俺はお前とは頭の出来がちがうんだ。とまあ、いつもなら腹が立って言い返す所だが、丁寧に教えてもらっている以上は何も言い返せない。スパルタ式な割には教え方は本当にわかりやすいからな。バカな俺でも頭にポンポン入ってくるのである。
数学は以前、直が教師役をして教えてくれたので、忘れていた箇所を復習する形で教えてもらったらアッサリ思い出してきた。あの頃は必死だったな。クラス全員で20点以上を取るミッションをクリアするのに。
「いいか、この数字を……」
「……う……ん……」
俺に眠気の限界が来ていた。そりゃあそうだ。かれこれもう夜中の0時過ぎだからな。数時間は勉強しているから眠気が来てもおかしくはない。
「そろそろ休むか。お前眠そうだし。よくやった方だ」
「……うん。そうする……」
母ちゃんに直の家に泊ると連絡を入れると、グッドラック!とかいうスタンプを送ってきた。何を期待してんだよ。俺がこんな状態だから残念ながらなんもありゃせんわ……たぶん。
「客間があるからそこ使えよ」
「え、客間?」
あっさりとムフフ展開なフラグはへし折られた。
「たまに久瀬がオレがだらしない生活をしていないか見に来るんだ。家事がてんでダメだから、久瀬が掃除とかしに来てくれたり、仕事関係で寝泊ることがあるからもう一室客間として残してある」
「へえ、どおりで綺麗にされてる。久瀬さんていい主夫になれそう……」
ハウスキーパーを雇わないのかと訊いたら、どいつもこいつも信用できないから断っていると話す。女だとハニートラップなどのリスクがあるし、だからと言って男のハウスキーパーも窃盗などをしたりロクなのがいなかったらしい。それ以来、ハウスキーパーは雇わずにたまに久瀬さんに任せているのだとか。
「甲斐が時々来てくれたら助かるんだけど。久瀬は何かと忙しいから家事で時間が取られると本業が捗らなくなる」
「それくらいならお安い御用だ」
「本当か。なら金も出すからたのむ。特に俺が半年留守にしている間に時々掃除してくれると助かる」
「別に金がほしくてやるんじゃないし今回は金はいらないよ。こ、恋人、なんだし」
「甲斐……そうだな。恋人だからお前がここに住んでもいいし」
「住むって、なんか同棲みたいだな」
「同棲でいいよ。半年後に一緒に住もう。毎日お前のプライベートすらも知りたい」
「直……うん。一緒に、住む」
同棲なんて考えてもいなかったが、将来的に考えたらそれが普通だよな。恋人同士だし、一緒にいたいし。
「じゃあ、引越しの準備しとけよ。待ってる。おやすみ」
「え。あ」
そうして直は笑顔で扉を閉めていった。俺は呆気にとられていたが、まあ仕方ないなと肩を下ろす。
名残惜しさがないと言えば嘘になる。けど、さすがに一緒になんて寝れないよな。俺だってこんなだし、直も我慢してくれている。だからあえて部屋を分けて寝床につくわけで……つか何、期待してんだろ、俺。欲求不満が出てきたのか。
俺はとりあえずは退院する事になり、しばらくは自宅療養をしながら通院する事になった。もちろん学校に通ってもよいと許可も出た。
しかし、ドラッグの影響はないとはいえ、時々起こる不安症状で体調不良になった時は無理せず静養するようにと医者から言われた。たまに発作のように気持ち悪くなったり、嘔吐したり、フラッシュバックしてパニックになったりするのは依然と続いているので辛い。
少し学校に通うのは不安だが、学校では四天王はもちろんの事、Eクラスのみんなや先生たちが目を光らせると言ってくれたので心配は和らいだ。俺にはたくさんの味方がいる。仲間がいる。それだけで心強い。
ただ、弱体化しているので以前のように自分は強くはないし、トラウマ持ちのせいでさらに弱くなった俺は、Eクラスの女子より弱くなってしまったのが情け無い。これじゃあ漫画やアニメによくいるただ守られるだけの何もできないか弱い女と同じである。
おまけに、一か月程学校を休んでしまったので、全く勉強がついていけない状態でもある。万里ちゃん先生が必死に数学を教えてくれたんだが全く頭に入らないし、何を言っているのかも理解できなかった。
俺の頭は絶賛退化中だ。これじゃあ留年しちゃうよ。金を払えば卒業できる開星学園で留年ってよほどの事じゃない限りないんだろうが、万年0点ばかり取っている奴をさすがに進級なんてさせないだろうね、とほほ。
「あーもうこんな点数見飽きた」
返ってきた期末テストの出来なんざわかっていた事だ。毎度おなじみペケだらけの答案用紙にはひどい点数の文字。一枚ならず複数あるのはいつもの事。いや、いつもの事どころかさらにひどくなってしまった気がする。
だって一か月も休んでいたから。あとEクラスだから。特にテストの出来が悪いEクラスの中で、その中のまたさらに勉強のできない落ちこぼれバスターズと呼ばれた面々が頭を抱えるのだ。
学園で下から数えた方が早い落ちこぼれ達。つまり俺を含めて学園一成績が悪い五人衆だ。
「甲斐、数学何点だった?」
「口に出さずともわかるだろう、健一」
「ははは、それもそうだな」
落ちこぼれバスターズその1と2は言わずもがな俺と健一の事である。あとは吉村となっちと屯田林の事だ。時々竜ケ崎もそのメンバーに入る事があるが、奴は英語だけはなぜか得意なので英語の点数次第である。多分英語が中二病用語満載だから得意なんだろうな。
俺は数学が全くといって理解不能状態だ。点数は大きなマル一つだけ。俗に言う0点である。こんな英数文字の計算なんぞ将来なんの役にも立たないだろ。意味あんのコレ。なんて言いつつ過ごしてきてはや数年、このザマだ。
直が先生役としてEクラスの数学などを見ていた時期もあったが、俺が入院してからというもののそんな暇はなく、あえなくEクラスの平均点はがた落ちとなったのだ。
そもそも、退院した翌日にいきなりテストというあり得ないくらいのぶっつけ本番で望んだこともあり、数学以外でも壊滅的な出来だった。数学含めての赤点は四つもある。過去最低最悪な結果であった。
「はあ……あたしも最悪だった……」
由希も俺や吉村よりかは点数的にマシだったが、女子版の落ちこぼれバスターズである。メンバーはかしまし三人娘と花野らしい。
「由希はまだいい方だろ。俺なんて数学何書いても0点だったんだぜ。白紙で出した方がマシだったな」
「でも、あたしも10点だったんだからあんまり変わんないじゃん」
「いやいやいや。数学の10点て結構でかいぜ」
吉村が言うとなっちがウンウンと頷いている。
「数学なんて算数の応用に次ぐ応用だろ。少しでもわからなくなったら置いてきぼりにされてなーんにもわかんなくなっちまう。せっかく教えてもらっても気を抜けばすぐこの始末だ」
「それはあたしもだし。たまたま10点取れたのは簡単な計算で点数稼いだだけだから」
「計算できるだけウラヤマだよ」
こりゃあ確実に次の連休は補習だな。と、落ちこぼれバスターズは肩を落とした。
その晩、補習の事を憂鬱に考えながら、直が一人で住んでいる都内の高級マンションへお邪魔した。直が改めて俺の料理が食べたいと言うので送迎付きで作りに来たのだ。途中でスーパーに寄って材料を購入。栄養満点の献立を考えてきた。
「そういえば直は黒崎家の方には帰らないのか?」
「ニか月に一回くらいは帰ってる……と思う」
直は実家の黒崎家の方へ顔を見せたりするが、気まずさや照れもあってなかなか帰らないようだ。双子の妹の悠里や弟の直純とも折り合いが悪いわけではないが、本当の家族相手だと何を話していいかわからなくなると言っていた。
まあ、気持ちはわからなくもない。実の両親に最近再会したもんな。しかし、16年も離れ離れだったからこそ、実の両親の早苗さんや一樹さんらが寂しがっているのでたまには帰ってやれと促しておいた。
「美味しい」
「そりゃよかった」
夕食は鮭の炊き込みご飯と豚汁とクリームコロッケとりんごのサラダ。デザートはミルクプリンである。女体化して弱体化に嘆いていたが、料理の腕は依然と変わらない。
「初期の頃、貧乏人の腐った料理なんて食えるかとか言っていたのを思い出すよ」
「っ、あの時は……まだお前の事を知らなかったから……たくさん貶す事をわざと言ってた。でも今はっ……甲斐が作ったやつならなんだって食べる」
「そうか。そりゃ嬉しい」
相変わらず直は自分からは近づいてこないし、話す内容もどこか俺に気を使っているのが感じ取れてもどかしい。この距離感は寂しいけど、これでも少しずつならしていっている。いつか、この距離感がなくなるだろうか。
「明後日の休み……どこかに行かないか」
直が食後のコーヒーを飲みながらカレンダーを眺めている。
「どこかって……旅行とか?」
「そんな大きなものじゃなくてもいい。たしかに旅行もいいけどお前の恐怖症の事もあるし、不特定多数がいる場所でお前に何かあったら心配だから。ただ一緒にいて楽しいを共有したいなって」
「それは、いいな」
旅行はたしかに難しい。人混みはまだ怖いし、その場で発作が起きても直に迷惑をかけるだけだからな。それと同時に今日のテストの事も脳裏をよぎる。
「でも俺、今日のテスト壊滅的で……明後日からの連休は補習かも……」
万里ちゃん先生に嘆かれて、落ちこぼれバスターズ全員は休み返上で勉強会になるかもしれないという事だ。マジで留年の危機だからである。
「………は?」
直は茫然としている。何を驚いてんだよ。俺の成績の悪さを知っているくせして。
「だ、だから補習で」
「補習って……どういう事だよ」
「どういう事ってそのまんまの意味。あまりにテストが悪いから万里ちゃん先生らと学校で休み返上の勉強会で……」
「初めてだ」
直が驚きに声をあげる。
「開星で補習を受けるってそういう奴らを初めて見た」
「っ……悪かったな、開星で補習になるほど出来が悪い人間で」
その後、直がテストの出来具合を確かめるために、俺は躊躇いながらテストの答案用紙数枚を差し出した。
「ひっでぇ点数のオンパレードだな。しかも数学が0点って相変わらずだな……ぶっくく」
直はあまりの点数に笑いそうになっている。おまけに他の答案用紙も8点とか5点とかありえない点数のオンパレードで、さすがに今更自分でさえもドン引きしたくなる出来だと思った。
「0点とか一桁なんてとるバカなんぞSクラスにはいないもんな。他人事だからこそ笑えるだろうよ」
「せっかくオレが一時期教師役してお前らEクラスにスパルタで叩きこんでやったのに……見事に元通りってわけか」
「あー、あははは……」
乾いた笑いしか出てこない。
「補習、どうしても参加しないとだめか?」
「さすがに数学の0点や化学や古典の一桁の点数はやばいなって事で強制参加だよ」
「じゃあ、俺が勉強教える」
「え、直が?」
「補習するより、オレが教えた方が早い。お前の担任にはオレが話しておく」
「や、でもいいのか?」
「ああ。少しでも……お前のそばにいたいんだ」
「直……」
「明後日の休みが終われば忙しくなる。溜まった仕事を片付けたり、海外の出張もある。半年は帰って来れないから」
「半年……」
だから、直は週末にこだわっているのかと納得した。
俺がひどい状態だったから、今まで直は仕事を放棄してまでずっと俺のそばにいてくれた。俺の事を優先してくれていた。そんな今はやっと俺が元の生活に戻れたからこそ、自分の仕事に戻らなければならない。
「だからどうしても休みは一緒に過ごしたい」
直の瞳は切実に訴えていた。俺はそれに頷き、直に今から勉強を教えてもらう事にする。俺だって、直と一緒にいたいから。
「あんたが勉強教えてくれるのは嬉しいけど、大丈夫なのか?俺、教えてもらった事ほとんど忘れちまってさ」
「簡単な暗記方法を教えてやる。それに数学もまた算数から遡って教える」
「相当なボリュームだぞ。小学校五年レベルからだし」
「前にオレがスパルタで教えた事を復習すれば思い出すだろ。てか思い出させる。あれほど頭に叩き込んでやったんだからな。それにお前が困っていたらいつでも助けるし、お前のためならなんだってする」
「直……っ」
持つべきものは有能な彼氏というやつである。某アメリカの大学を飛び級でしかも首席で卒業したんだっけ。俺からすれば次元が違いすぎる学歴差である。
「言っておくが、オレのやり方はあの時以上にスパルタだからな。覚悟しとけよ。これも明後日のためだから」
「へい……」
それから入浴後、勉強会がほどなくして始まる。直は黒ぶち眼鏡をかけて俺の前に座り、参考書を開いた。社長の格好の時も眼鏡をかけているが、今はいつもと違ってアットホームなイメージだ。
Tシャツにジャージな格好とはいえ、風呂上がりのせいか石鹸やシャンプーの香りに少しドキドキしてしまう。決して学校では見れないレアな一面だと思っていると、直が俺の視線に気づいた。
「お前、オレに見惚れてんのかよ」
「ジャージ姿のアンタがいい男に見えたんで」
「ふぅん。どの女共に言われても嬉しくなかったが、お前に言われると違うな。どんどん見てもいいけどそれなりの見返りはくれるんだろうな」
「見返りはさっきのメシって事で」
実はちょっとドキドキしている。だって、こいつが俺の彼氏だなんて信じられないなって思うからだ。今更だけど。
男の頃はイケメンなんて滅びろと思っていたが、今は惚れた贔屓目とか女子目線で見ると、たしかに恐ろしいほど美形だなと見惚れなくもない。綺麗な顔に大人びた仕草や所作。こりゃあ世の女子を虜にしちゃうよなと妙に納得してしまえるのだ。
くどいようだがマジ今更すぎだろって思うけど、自覚がなかったのだ。こんな美形イケメンとなんだかんだ縁があって出会い、目があえば口喧嘩と罵り合いもして、妙な絆もできて、紆余曲折を経て彼氏になっただなんて。人生何が起こるかわからないものだ。
「おい、聞いてんのか」
「ハイキーテマス」
「……聞いてないな」
呆れてため息を吐かれたがな。考え事をするのはもうやめて勉強に集中しよ。マジで本気で勉強しないと留年の危機だ。
その後、俺は気を取り直して勉強を開始。直の教え方は本人が言った通りスパルタで、一度や二度ならともかく三度同じ場所を間違えると「間抜け」やら「阿保」やら「小学校からやり直せ」やらの罵り言葉が飛んできた。
たしかに三回も同じ間違いをする俺も俺だけど、その言い方はなんだってんだよ。俺はお前とは頭の出来がちがうんだ。とまあ、いつもなら腹が立って言い返す所だが、丁寧に教えてもらっている以上は何も言い返せない。スパルタ式な割には教え方は本当にわかりやすいからな。バカな俺でも頭にポンポン入ってくるのである。
数学は以前、直が教師役をして教えてくれたので、忘れていた箇所を復習する形で教えてもらったらアッサリ思い出してきた。あの頃は必死だったな。クラス全員で20点以上を取るミッションをクリアするのに。
「いいか、この数字を……」
「……う……ん……」
俺に眠気の限界が来ていた。そりゃあそうだ。かれこれもう夜中の0時過ぎだからな。数時間は勉強しているから眠気が来てもおかしくはない。
「そろそろ休むか。お前眠そうだし。よくやった方だ」
「……うん。そうする……」
母ちゃんに直の家に泊ると連絡を入れると、グッドラック!とかいうスタンプを送ってきた。何を期待してんだよ。俺がこんな状態だから残念ながらなんもありゃせんわ……たぶん。
「客間があるからそこ使えよ」
「え、客間?」
あっさりとムフフ展開なフラグはへし折られた。
「たまに久瀬がオレがだらしない生活をしていないか見に来るんだ。家事がてんでダメだから、久瀬が掃除とかしに来てくれたり、仕事関係で寝泊ることがあるからもう一室客間として残してある」
「へえ、どおりで綺麗にされてる。久瀬さんていい主夫になれそう……」
ハウスキーパーを雇わないのかと訊いたら、どいつもこいつも信用できないから断っていると話す。女だとハニートラップなどのリスクがあるし、だからと言って男のハウスキーパーも窃盗などをしたりロクなのがいなかったらしい。それ以来、ハウスキーパーは雇わずにたまに久瀬さんに任せているのだとか。
「甲斐が時々来てくれたら助かるんだけど。久瀬は何かと忙しいから家事で時間が取られると本業が捗らなくなる」
「それくらいならお安い御用だ」
「本当か。なら金も出すからたのむ。特に俺が半年留守にしている間に時々掃除してくれると助かる」
「別に金がほしくてやるんじゃないし今回は金はいらないよ。こ、恋人、なんだし」
「甲斐……そうだな。恋人だからお前がここに住んでもいいし」
「住むって、なんか同棲みたいだな」
「同棲でいいよ。半年後に一緒に住もう。毎日お前のプライベートすらも知りたい」
「直……うん。一緒に、住む」
同棲なんて考えてもいなかったが、将来的に考えたらそれが普通だよな。恋人同士だし、一緒にいたいし。
「じゃあ、引越しの準備しとけよ。待ってる。おやすみ」
「え。あ」
そうして直は笑顔で扉を閉めていった。俺は呆気にとられていたが、まあ仕方ないなと肩を下ろす。
名残惜しさがないと言えば嘘になる。けど、さすがに一緒になんて寝れないよな。俺だってこんなだし、直も我慢してくれている。だからあえて部屋を分けて寝床につくわけで……つか何、期待してんだろ、俺。欲求不満が出てきたのか。
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