ユカイなスピンオフ

近所のひと

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平和な世界線in女体化

女になっちまいました8

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 *


「もっと抵抗しろよ。黒く塗りつぶしてやるから」

 最低だと思うならそう思えばいい。どうせ、財閥御曹司という立場上散々過ちを犯して手も黒く染めて、心も体も汚れきっている。これ以上汚れようがない。

 こんな汚れた自分自身などもういらない。架谷の心が手に入らないこの現実なんぞもうどうなっても構わない。

「や、ざき……っく……痛っ……痛いっ!」

 ズボンごとショーツを無理やり下ろし、潤い切ってはいても狭い入口を中指で広げた。苦痛に顔を歪めて嫌がる架谷を見ても、黒い感情が覆い尽くしている限りこの衝動は収まりそうもない。

「やだよ……やだって言ってるだろ……や、ざき……」

 架谷の泣き声が静かな部屋に響いている。

「イヤ……だ……お願いっ……だから……」

 そんな涙を見せて黙ると思うか?オレはもうお前に遠慮なんてしない。いつか自分の方に心を向けてくれるならと散々我慢をして、好きだからとむやみな嫉妬もしないようにしていた。コイツの前ではいい男ぶりたかった。

 だけど、もう我慢の限界だった。恥も外聞も理性すらも捨てた。メチャクチャにして、こいつもオレ自身も深く傷心してしまえばいい。そうしたらお前もオレと同じ痛みを味わう。オレと同じ痛みを共有し、ずっとその痛みを背負っていけばいいんだ。

 たとえこいつがオレに一生心を開かなくても、嫌われても、決して誰のものにもならないならそれでいい。嫉妬で狂うより、そっちの方が全然マシ。


「……き、なんだ」

 そんな惨めなオレを見かねたのか、荒い吐息を吐きながら小声でこいつが口を開いた。

「何だよ……言いたい事があるんならハッキリ言えよ」

 今、いい所なのに。こいつの全てを曝け出して傷つけてやろうって最中なのに。

「アンタが好き」


 …………は?

 それを聞いた途端、一瞬唖然として手を止めたが、次第に激しい怒りが湧き上がってきて、さらに鋭い眼光で睨みつけた。

「好き……だと?心にもない事をぬかしやがってクソ腹立つ!可愛さ余って憎さ百倍だな!」
「うそじゃ、ない……」

 泣いて震えながら言う架谷とはいえ信用ならない。きっとその場限りの慰めの言葉なのが明白だ。

「見え透いた嘘つくんじゃねぇよッ!どうせオレの事なんか好きじゃないくせに!オレを振ったくせにッ!!」
「ちがっ、あぐっ」

 気が付けば首を絞めていた。手に入らないのならいっそもう殺してもいいんじゃないかって悲しみが溜まっていた。

「っ、く、あぁ、あ……っ」
「テメエの事で悩み苦しむのはもうたくさんだ!!どうあがいてもお前の心が手に入らないのならもうこのままテメェを殺してやるっ!死ねっ!」

 もの凄い殺気を含んだ罵声を浴びせて、その場の空気もこいつも震わす。そんな架谷は苦しみ、怯えながらも必死で首の手を振りほどこうとして声を荒げた。

「っ、嘘じゃないッ!!」

 息苦しくやっと荒げた声は、架谷の必死な叫びだった。少しだけ首を絞めていた手が緩まる。

「嘘じゃ、ねぇ、よ……けほっ……俺は……っお前が、好き、だ。お前には、嘘に聞こえるかもしれない。逃げるための、嘘だって、思えるかもしれない。けど……本当、なんだ」

 涙でグチャグチャな架谷の顔はオレを真っすぐ捉えていた。

「どうせ俺とお前は……この先長く一緒にいられないってわかっていたから……離れて傷つく前に……お前を振った。本当は不本意だった。俺とお前とじゃ釣り合わないって……絶対別れる羽目になるって……言われるのがわかってたから……だからっ……臆病だったんだ、俺は」
「……っ……架、谷……」
「好きだ、矢崎。お前が。誰よりも……。これだけは……本当」

 架谷の真っ直ぐな想いが胸に響く。乱暴に抑え込んでいた自らの手が緩み、次第に瞳から大粒の涙が次々こぼれていた。その涙が何度も架谷の頬や髪に落ちて濡らした。

「オレも……好き……。大好きなんだ……架谷。お前を……誰よりも愛してる……」
「知ってる。知ってるよ……直」

 薄暗い景色が、どんどん陽が差したように明るくなっていく。架谷が……甲斐が自分を想ってくれているという事実に心が歓喜していく。

「お前だけ。オレにはお前だけだ。それが手に入らないなら……無理やりでもお前を犯して傷つけて、最期はこの手で殺そうとすら思った……」
「っ、ばかやろ……そんな事……させねえよ」
「じゃあ……オレにそうさせないでくれよ。お互いが最悪な結末を迎えないためにもオレから離れないで。オレだけを見つめて。オレとお前を引き離す奴がいるなら、オレが力づくででもそいつを排除するから。親も周りも全部、お前のことを必ず納得させてみせるから。ずっと二人で一緒にいられるように。二人で生きていけるように。だから……全部オレのものになって」

 自分の事ながら贅沢だと思う。でも意地でもそうしたいのだからしょうがない。何もいらないから、甲斐だけが欲しかった。


「受け入れろよ、オレを」

 激重すぎるオレの想いに、甲斐はとうとう折れたように溜息を吐いた。

「仕方ねえな」

 甲斐はそっとオレの両頬を両手で包んで顔を寄せた。一瞬だけの柔らかな感触だけで、オレの胸はこの上なく高揚した。地獄から天国に舞い戻るってこういう事なんだろう。だけど今よく考えてみればオレは、甲斐にものすごいひどい事をしたなと今更ながら思い出してゾッとした。
 
「ごめん。オレ……」

 慌ててオレは甲斐の乱れた服などを直した。お互いに乱れまくりで、甲斐など裸もいい所だ。シャツのボタンは大半が弾けてしまって完全元通りとはいかない。

「理性なくしてたんだ。それくらいおかしくなってて……傷つけてごめん……」
「今更それかよ」

 呆れたような甲斐の声に何も言えない。

「でもまあ、俺も気持ちに嘘をついてお前を傷つけてた。報われない気持ちだって全てを諦めていたから……」
「もう諦めるなよ。オレは全てを捨ててでもお前のそばにいるつもりなんだ」
「ウン。ごめん……」
 
 こうして見ていると、甲斐は本当にただの女のように見えて、庇護欲を掻き立てられる。いつも勇敢で、男らしくて、オレの助けなんていらないくらい自分で何とかしようとするこいつも、今はか弱いただのオレだけの女。

「これからはオレが全部守ってやるよ、甲斐」
「そりゃ……頼りにしているよ……直」

 気持ちが通じ合えたばかりのキスはとても優しい味がした。重なりあう二つの影を、憎悪を隠さずに見つめている者がいるとも知らずに。




「やっと素直になったのね」
「あ?」

 拓実にこれでもかと怒りの文句を言ってやろうといつものラウンジへ出向くと、拓実は悟っているような口ぶりで言う。拍子抜けしたオレは訝しんだ。

「見てていじっかしいんだよね君達。オイラ、ああいうの見てるとどうにかしたくなっちゃってさぁ、わざと憎まれ役演じてるオイラの身にもなってよね」
「お前、わざと……」
「どうかね」

 拓実はすかしたように笑う。相変わらず真意の読めない態度だ。

「オイラ、一応友達は悲しませたくないわけよ。初恋もした事がない直の恋愛成就を台無しにしたり、わざと引き離そうとするゲスな人間てわけじゃないからね。誤解されやすい性質だけど。でも、甲斐ちゃんを泣かせたり、苦しませたりすると横取りできるものならしちゃう。そーゆー略奪は大好きだからね。くれぐれもよそ見しないでよ」
「相変わらずいけすかねー野郎。そうならない様にしてやるから安心して高みの見物してな」
「ぜひともそうしてほしいもんだね。両想いになっておめでとうって言いたい所だけど、それを快く思わない連中は山ほどいる。オイラの部下がいつでも甲斐ちゃんの周りに目を光らせてるわけじゃないんだから、甲斐ちゃんの彼氏として守ってあげなよ」
「わかってる」

 自分達を引き離そうとする勢力は山ほどいるだろう。今も、これからも。いばらの道は覚悟の上だ。

「そんでもって、あの女……網走梨華の事だけど、きな臭くて仕事以外の時間だけ監視をつけてる。甲斐ちゃんに何かするかもしれないから気をつけなよ」
「後でまた会うつもりだからよく警戒しておく」


 *

 夕刻、夕日を浴びながら俺は近所のスーパーから出てきた。久々に大量の買い物を済ませて自宅へ帰る所だ。この後には直と逢う約束もしている。

 両想いになった記念に料理が食べたいと直が言うので、帰りにスーパーに寄ってそれなりの材料を購入。急いで帰って仕込みと掃除をしておかなければと考えている。両親は黒崎家と食事に出掛けていないので、ドキドキの二人きりだ。

 そんな時、向こうの方からバイクのエンジン音が騒がしく鳴り響いている。近所迷惑になるほどの騒音で、数人の男達がバイクに跨って行き先を通せんぼしていた。

 連中はこちらを見据えると、バイクを降りて襲いかかってきた。

「っ!」

 俺はとっさに買い物袋を放り投げて応戦。迫ってきた一人目に足払いをかけ、二人目にひじ打ち、三人目に背負い投げ、四人目に腕を掴んでの関節技をかける。弱体化したとはいえ、この程度の相手ならなんとかなるものだ。

「やーん。女の子なのに結構強いんだ~。驚いちゃったぁ」

 栗色の髪にツインテールをした可愛らしい女の子が心無い拍手をした。ここらでは見ない制服だが見たことはある。妹が通う百合ノ宮学園の制服だ。

「おい、いきなり数人で襲い掛かってくるとはなんだ」
「えへへ~ごめんねっ。実力を確かめたかったのォ」

 女の子は体をくねくねさせた仕草をしつつアヒル口で笑う。両手でハートを作り、顔を少し傾けてウインクまでして見せた。地雷系が入った夢女子ってやつか。あんなアヒル口する人って実際いるんだな。漫画だけかと思っちまったよ。

「で、あんた誰。俺に何の用」
「んーとぉ、あたしィ~百合ノ宮学園一年の意地川瑠偉姫いじがわるいきっていうのぉ。ちょっとあなたに用があってぇ~あ、瑠偉姫の事はルイルイか姫って呼んでね~」
「…………」

 少し前にいた姫川瑠璃と似ているかもしれない。親戚か。

「姫ね、ある人に頼まれてキミを連れてくるように言われたのぉ。女の子だからって言われて来てみればあなたすっごく強いからさぁ、姫チョーびっくりしたのぉ。強い女の子だって聞いてたけどホントだったんだねぇ。でも姫はぁ、どうせ相手するなら男の子がよかったのにィ~」
「そら残念だったな」

 でも元は男だぞ、俺は。

「姫ね、やっぱり女の子はか弱くて可愛い美少女じゃないとダメだと思うのぉ。特に直様の恋人になるならか弱い超絶美少女じゃないと割にあわないしィ。たとえば超絶美少女の天然ドジっ子で、小柄で目が大きくてぇ、お花畑のお姫様みたいな瑠偉姫みたいな子じゃないとダメなんだからぁっうふふ」
「お花畑のお姫様ねぇ……」

 ただの地雷臭漂う夢女にしか思えん。本当のお姫さんなら自分の事を姫なんて言わんぞ。

「だって直様って本当に素敵すぎるんだからっ。背が高くて、手足が長くて、サラサラな銀髪が素敵で、頭もよくて運動神経もよくてぇ、おまけに次期矢崎財閥の社長様でぇ~もうとにかく全部が究極に理想的でカッコイイのぉ!瑠偉姫にとっての白馬の王子様だからっ!だからね~あなたみたいなゴリラじゃ釣り合わないしゆるせないのォ。ねえ、わかるでしょぉ~?」
「なんかしゃべり方がだんだんウザくなってきたな……」

 このバカっぽい女のしゃべり方はともかくとして、あいつが白馬の王子という柄ではないぞ。

「とにかくね、姫の直様を横取りする女は嫌いなのっ!」
「はあ、そうかよ。それで?その直様とやらの近くにいる俺が気に食わないと、そう言いたいわけだろ」
「うん、そう!姫の直様にいい顔しないでよね!直様は姫のなんだからっ」
「ハイハイ。勝手にそう思ってりゃあいいんじゃない。で、俺を襲撃したのはあの網走にでもいろいろ命令されたんだろ」
「よくわかったねっ!アイツ性格超悪いし、姫より胸がでかいからっていい気になりすぎなんだよッ。いつも姫の欲しいモノを先に横取りするし、カッコイイ男の子に色目ばっか使うし、超スーパーウルトラ大っ嫌い。いくら生の直様にあわせてあげるから架谷を連れてこいってノッちゃう瑠偉姫もおバカなんだけど、でも最終的にあの女から直様を横取りして姫のモノにするんだからっ。今に見てなさいよねっ。最後に直様を手に入れるのは瑠衣姫なんだもンっ。ぷんぷん。もちろん、あなたにも渡さないモンねーっ。えいっ」

 馬鹿っぽい女だと思って油断していたせいで、腕に刺さった何かに気付けなかった。

「なんだそれ」

 バカ女の手には、俺の腕を刺したと思われる不可解な注射針が握られていた。次第に意識が遠のいていく。即効性の睡眠薬か。いや、でもなんだか違うようだ……急に体が、重い。目がまわる。

「お前、一体……何を刺しやがった……」
「睡眠薬って話だけど、本当の所はしらなーい。あんたに私怨はないけど、直様の恋人だなんて認めないモンッ。だから悪く思わないでよね。オヤスミ」


 *

 オレは用事を急いで終わらせて、甲斐の自宅へ向かっていた。秘書の久瀬が運転する車で。

「随分ご機嫌ですね。甲斐さんに逢えるのが楽しみって顔に書いてありますよ」
「……まあ、な。今日は甲斐の家族は誰もいないって話だからいろいろと……」

 言葉にできないくらい不思議な気分だった。こんな風に誰かの事で感情任せに突き動かされる事なんて初めてだったから、とても新鮮で楽しいと思う。些細な一瞬一瞬が大事だと思えて、これが人間としての当たり前の感情なんだと知った。

 甲斐と出会う前まではいかにくだらなくて、退屈で、寂しかったかがよくわかる。今までをなかった事にしたいくらいにツマラナイ日々を忘れてしまいたい。

 早く会いたい。

 大好きすぎて独占欲が溢れてくる。想えば想う程、胸が締め付けられて愛おしさが止まらない。愛し、愛される喜びを初めて知って、自分が知らなかった感情で満たされ、多幸感にうっとりする。


「両想いになったばかりなんですから、お互いに心の準備もなしに甲斐さんを襲うなんてやめてくださいよ」
「そんな事するか」

 無理やり襲うなんてもうしたくない。あんなに甲斐を怖がらせて泣かせた罪悪感はまだ残っているのだから。だからこそ存分に優しくして、甘やかして、いっぱい労わってやるつもりだ。

 そろそろ着くという所でスマホの着信が鳴る。

「チッ……だれだよ、こんな時に」

 スマホを取り出して画面を見れば拓実からであった。耳に当ててなんの用だと不機嫌そうに切り出すと、一瞬で蒼褪めそうな一言を聞いた。

「甲斐が……さらわれた!?」



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