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十七章トラウマと嫉妬

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「直様、どうかわたくしと一曲」
「私と踊ってください」
「いいえ、この私と」

 ダンスパーティー時にたくさんの女共に囲まれた。オレは踊るつもりなど全くないというのに相変わらず煩わしくすり寄ってくる。
 
「直様、どうか娘カレンと一曲。娘が将来夫となるかもしれない直様と踊りたいと言っているのです」

 鈴木クソ女が装飾過多な派手な母親に連れられてドレス姿で立っていた。マスコミ共が騒ぐ渦中の人物なので、さすがに騒いでいた女共も悔しげに引き下がっていく。そんなに鈴木のバックにいる白井の権力が怖いらしいな、こいつらは。


 そんなクソ女は母親の後ろに隠れるようにしてこちらをチラチラ窺ってくる。そういう所がますます腹が立つが、公の場なので紳士の顔を装う。

 これもこいつの本性を暴くためだ。やむを得ないと自分に言い聞かせる。

「……こちらこそ喜んで」

 人工的な笑顔を張りつけながらクソ女の手をとる。心の中では反吐が出る思いだった。
 
 誰も見ていなければこれでもかという程罵って追い出してやるというのにな。ついでにこの化粧臭い母親のプライドもへし折ってやりたいものだ。無駄にお高くて偉そうで何様だっつうの。所詮は三流企業で白井の傘下にならなければ大したことない雑魚なくせに。


 あー面倒くせぇったらありゃしない。これだから強欲金持ち共は嫌いだ。

 
 優雅なワルツがゲストで呼ばれたオーケストラから奏でられ、マスコミ共が注目するオレとこの女のダンスシーンは大いに注目の的となる。勝手に世間で大いに騒いでろマスコミクソ外野共。そんでもって後でゴシップだった事を大いに後悔してろ。

「直様、娘は大変楽しかったと言っていました」
「……それはどうも、ありがとうございます……」

 オレが紳士の礼ボウアンドスクレイプをとっている最中、クソ女が母親の影に隠れてまたこちらを見ている。チラチラとまるでこちらの機嫌をうかがうようにして視線を向けていた。

 甚だ不愉快。何がしたいんだ、この小娘……。


 *


「ふぁあ~……」

 いけね、寝ちゃってた。いつのまにかウトウトテーブルに座ったまま微睡んでいた。子供達は大好きな父が21時にも帰って来ない事を残念がりながら寝床に向かった。最後まで粘って起きていた甲夜も子供の眠気に負けて寝室へ引き上げて行ったばかり。

 あくびをしながら時計を見れば23時半過ぎか。もうすぐ日付が変わってしまうが、直から終わったという連絡は来ていない。来ていないという事はまだ用事が終わらないのだろう。

 日付が変わる前までに来るのは無理そうかな……。

 腕によりをかけて作った料理達は当然冷めきってしまい、ラップをかけてそのままにしてある。デザートだって冷蔵庫に保管したままだ。

 一足先に子供達に食べてもらったら大好評だったから早く食べてもらいたい。それに飲み物だって……あ、そういえば子供達がたくさん飲んでもうウーロン茶しかなかったな。


「どこか出かけるのですか?」

 相沢先生が顔を見せた。

「ちょっとコンビニに行きたいんだ」
「ではお供しますよ」

 護衛として家の客間には相沢先生が寝ずの番をしてくれている。男相手に恐怖を抱く爆弾を抱えている中で、護衛が必要になるほど俺は虚弱になっている自分を情けなく思う。が、仕方ない。こういう時の先生は心強いものだ。

「あれ、甲斐君まだ起きてたの」
「悠里も」
「私はシャーペン買いにコンビニに行こうと思ってたんだ。その様子じゃまだ直は帰って来てないんだね」
「そうなんだよ。でも丁度よかった。俺もコンビニ行こうと思ってたんだ」
 

 近所のコンビニへ飲み物を買いに外に出た。車通りの少ない静かな住宅街を相沢先生と悠里とで歩きながら、最近の事を話し合った。

「甲斐君、女装もお手の物になってきたね。私より可愛い」
「さすがに悠里よりかなんて言い過ぎだよ。でも、前世が女だったからこういう格好するのに違和感を何も感じなくなっちまったんだよな」

 いつもの後ろ髪をサイドにまとめた髪型にスカートを翻す俺はちゃんと若奥さんになっている事だろう。化粧の仕方や仕草なども研究に研究を重ねた結果、どこからどう見ても女だと言われるほどには女装を極める事が出来たのだ。今生は男だからあんまり嬉しくはないけど、これも子供達と平和に過ごしていくためだ。仕方あるまい。

「今の状態で直と一緒に暮らすのは辛いんじゃないのかな。もし、甲斐君が言いづらいなら私が直に実家にいるよう言っておくけど」
「大丈夫。我慢できるレベルだからまだ平気だよ。体は嫌がって拒否反応が起きてても、心はちゃんと直を求めてるんだ。触れることに恐怖を感じてはいても、それでもアイツのそばにいたい。どんな状態になっても、俺……直がいっぱい大好きなんだ」
「甲斐君……」

 けなげな事を口にしているよ。悲劇のヒロインぶりたいわけでもないのに、今の状況がそれっぽくてなんか情けない。か弱いこんな自分じゃ、いざとなったら子供達を守れないかもしれない。不安だよ。

「明日、おばあさまに見てもらった方がいいよ。いきなり男性恐怖症になるなんてどう考えてもおかしいもの」
「うん。明日、ばーちゃんに変な暗示とかかかってないかみてもらうつもりだ。牧田が何かしたのはわかりきってる事だし」


 コンビニは徒歩五分程度の大通りに面した場所にあり、繁華街も近いために高級ホテルもそれなりに建っている。あの矢崎グループが経営する帝都クラウンホテルもそこにある。

 どうせ直はいないだろうし関係ないか……。でもなんとなくクラウンホテルの入り口を眺めると、一際高級そうな外車がやって来てホテルの入り口前に停車した。

 ホテルの支配人やら数人の従業員が出迎えて、助手席からは直の秘書の久瀬さんが降りてきている。という事は直もいるのだろうかと期待に眺めていると、後座席から直がびしっとしたスーツ姿で降りてきた。

 体は強張っていても心は直への愛情はちっとも薄らいじゃいない。好きだなとか、触れたいなとか、ちゃんと愛おしさに疑問を抱くことなくそう思えている自分に安心する。だから、高揚して直の元へ駆けようとした時、自然と掛ける足はすくみあがって次第に止まっていた。


「あ、あの女って」

 悠里も気づく。

「鈴木カレン……ですね」

 相沢先生が目を細めている。
 世間では直の許婚と噂される彼女も一緒に降りてきたからだ。赤い顔をして直と腕を組みながら。

 世間が婚約者同士と囃し立てる二人のツーショットに胸がちりっと痛んだ。

 たとえ付き合いだからとはいえ、あのツーショットは見たくないな。

 さっさとコンビニに寄って帰ろう。そう思ってすくむ足を無理やり動かして方向転換しようとすると、驚愕の一瞬が目に付いた。
 
 鈴木カレンが口元を歪め、直に背伸びをして堂々とキスをする瞬間を目の当たりにした。半ば強引にされたはずなのに、直に抵抗する気配はない。すぐに離れる事もせずに何秒も唇を重ねあっている。

 それに気づいた久瀬さんが慌てて声を掛けると、二人はやっと離れた。その時の直は茫然としており、対して鈴木カレンは妖艶に嗤っていた。
 
 そんな俺は心の奥がどろりとして、心臓がドクドクと嫌な風に高鳴った。 

「甲斐君!」

 気づいたら一目散にその場から離れていた。



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