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十六章150年前からの愛

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 重い体に鞭打ってなんとか起き上がる。体が冷たいし疲労でだるいがそうも言ってられん。

 ここは……森、か。たしか洞窟を出て、崖から落ちて、崖下の川に流されて、なんとか濁流の川から這い出て、そのまま力尽きていたんだった。

 みんなは?奴は?無事だろうか。それに奴を……バカ社長を倒さなければ――っ。

 相田のせいでひどい目にあったなとくしゃみを連発する。冬の川に落とされたので、これで風邪をひかなかったら俺は魔性の馬鹿かもしれん。だけど、八尾の血を継いでいるし、小学校以来風邪すらひいていないので、引いたら引いたで驚かれそうでどっちもどっちだ。

 まあ、相田がカノン砲を使ってくれなければあの触手共を殲滅なんてできなかっただろうし、そのうちジリ貧になっていただろうとも思う。ある意味あれでよかったような……でも腹が立つから後でぶん殴ってはおこう。とにかくみんなや奴を探さないと。

 しばらく歩いていると二つの気配がした。この気配は、奴だ――!!

 急いで気配のする方へ走ると、先ほど以上に一回り大きくなった化け物が長い舌を出して佇んでいた。十メートル以上はある。

 なんて大きさだ。いつの間にこんな大きさになっているんだよ。しかも、右手には気を失っている直を鷲掴んで携え、もう片方の左手の鉤爪で今にも引き裂こうとしている。

「レイヤクノチ、ワタシノモノ。コレハワタシノモノ。ダレニモワタサン。きひひひひひひ」
「っ!やめろぉ――ッ!!」

 冗談じゃない。直は霊薬の血じゃない。もう混血なんだ。

 その刹那――俺は超スピードで駆けて、直と鉤爪の間に滑り込んだ。

「っ、ぐ!」

 鳩尾辺りを爪で貫かれて、勢いよく血が吹きだす。その鮮血が鮮やかな銀髪を赤に染め、うっすらそのダークブルーの瞳に俺が映しだされると、瞬く間に動揺と恐怖に変わった。

「甲斐――!!」

 *

 圧迫されながら生暖かい感触にふと覚醒すると、目の前にはオレの愛おしい存在が巨大な鉤爪に貫かれていた。

 なんだこの化け物は。先ほど以上に巨大になっているし、見た目もさらにおぞましい筋骨隆々の生物になっているで意味が分からない。

「レイヤクノチノオカゲデ、ワタシハマタツヨクナレタ。オマエノオカゲダ」
「っ――!」

 にやりと舌を出して笑った化け物の表情に悪寒が走る。オレは腰のホルダーに手を突っ込んで握り、自分の自由を奪っている醜い掌にゼロ距離で撃ち込む。

「ギャアアアアア」

 粉々に吹き飛ぶ掌から逃れ、甲斐を抱えて遠くへ離れる。しばらくは苦悶に呻きまわるだろうが、そのうち全てを回復させてしまうだろう。それでも奴から身を隠せる時間くらいは作れた。かなり離れた場所に来て、一先ず甲斐を下ろして介抱する。

「っ……最悪」

 オレはやっぱり変わっちゃいなかったんだ。奴の発言でわかった気がする。なぜ、あの化け物が触手を次から次へと生み出せたのか。先ほど以上に肥大化してしまったのか。

 血を飲んでしまったからだ。

 少し前にオレが壁に打ち付けられて血を吐いた時、奴がオレの血を一滴でも舐めていた事を思い出す。そのせいで徐々におかしな能力に目覚めてしまった挙句、あんな風に肥大化してまた強くなってしまった。

 混血になって、B型の成分しか検知されない血液型とはいえ、オレの血はやはり特殊なままだった。寿命が延び、生命力と身体能力が向上したとはいえ、やっぱり隠れた成分は人間を狂わせる霊薬の血のままだったのだ。

 嫌になる。自分の存在が。この血のせいでまたいろんな奴らから狙われるのが。甲斐を不幸にしてしまうのか。

「直……」

 自分の存在に再び嫌悪感を抱き始めると、甲斐がオレの手を弱弱しく握った。オレの考えている事を察したのか顔を横に振る。

「甲斐っ」
「自分を……責めるな……」
「っ……でも」
「苦しむ……アンタを……見る方が……辛い」

 青白い顔をして甲斐はゆっくり荒い息を吐きながら目を閉じる。

 このままじゃ、甲斐が死ぬ――。

 またあの時前世のように甲斐を失うのか――いやだ。そんなのいやだ。

 冗談じゃない。そんな事させない。死なせない。でもなんとかしなければ。なんとかしないと甲斐がっ。

 ああ、どうすればいいのかわからない。オレはどうすれば……

 甲斐を失うかもしれない焦燥感とパニックで我を失っていたが、ふと冷静になると、流れに身を任せて腕を小枝で軽く裂いた。見た目は人間と何も変わらない赤い血が滲み出る。

「甲斐、血を……」

 オレの血の成分が本当に霊薬の血のまま変わっていないなら、間違っていないはず。傷口に直接垂らしてもいいのだが、それだと回復が遅いし飲ませる方が効率的だろう。

 甲斐はもう自力で飲む力もなさそうなので、自らの血を口に含み、甲斐に深く口付ける。舌を通して甲斐の喉奥に血を流し込むように何度も、何度も。

 生きてくれよ、甲斐。死ぬな。死ぬな。オレと娘達を残して逝くな。

 そう願いながらひたすら長い長い静寂の中で、血をひたすら与え続けた。

「っ……」
「甲斐……っ」

 ゆっくりうめき声をあげながら甲斐の瞼が開いてく。霊薬の血の成分のせいか、甲斐の瞳の色が両目とも純血の八尾の血を飲んだように赤く染まっていた。

「直……」
「大丈夫、か?」

 心配そうに声を掛けると、甲斐は優しい顔でゆっくり頷く。青白かった顔に生気が戻っていく。

「あんたは……嫌がるかもしれないけど……俺はね、アンタが……霊薬の血でよかったとも思うよ」
「え……」
「こうして、あんたの血のおかげで助けられた。これで二回目だ。だから俺は……好きだよ。あんたも、あんたの血も、全部」
「っ……」

 たまらなくなって、オレは甲斐を強く抱きしめた。ああ、もう……こいつは……

「甲斐……甲斐……愛してる」
「ちょ、苦しいってバカ」
「今度こそ、お前を守る……」

 いつまでたっても甲斐に助けられてばかりだ、オレは。情けないったらありゃしない。だけど、もうこんな茶番はおしまいだ。

「甲斐、動けるのか?」

 あんなひどい大怪我だったのに、甲斐は身軽そうに立ち上がる。

「ん。アンタの血のおかげで腹の傷が知らぬ間にふさがってる。しかも、たくさん飲ませてもらってもう万全に近い。摩訶不思議な血だよホント」

 甲斐がゆっくり立ち上がる。瞳の色は依然と赤いままだが、以前の甲斐とどこも変わらない。勇敢で逞しい姿だ。

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